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latteさんのWHITE ALBUM2 ~closing chapter~の長文感想

ユーザー
latte
ゲーム
WHITE ALBUM2 ~closing chapter~
ブランド
Leaf
得点
99
参照数
114

一言コメント

もはやパルフェやったあたりから完全に脳をやられてしまったんだろうか…。「めんどくさい女」のよりどりみどりの見本市で、統一王座決定戦のようなゲーム。玲愛玲愛言ってた自分が懐かしい。まるねこ三部作しかやってないけど、それでも初見時よりもずっとライターの方の世界に浸れた気がする。良識的な部分は全部icに置いてきましたとでもいうかのように、すでに情緒が心配になるような重い過去を引きずるところから始まり、際限なく酷くなる徹底した書き方。誇張でもなんでもなく「人物」の描き方はやり過ぎだと思う。冬の切ない音楽や物語に涙を流したい、なんて軽い気持ちで手に取ろうとしなくても大丈夫。きっとどんなに想像してもそれを超えてくれるような、現実に寄せられているからこそ目の前で本当に起きてるような、そんな地獄へ続く扉を開けて雪菜が待ってくれてるはず。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

※DL版のデジタルノベルを含んだ感想、プレイ時間です。
※icはプレイ時間に含んでませんが感想の中で触れることがあります。
※最初からネタバレ全開です。







closing chapter


和泉千晶

 なのになぜ…
 今こうして和泉の『女』を受け入れてるんだ、俺?

バーで二人で飲んで話して。ずっと手を握り合ったまま。御宿駅の列車が出発することを告げるアナウンスが鳴ってる、別れ際。突然のキスは春希だけでなく絵としてもしっかりプレイヤーの心に残る。


「メリークリスマス!
 サンタのお姉さんがよい子のもとにやってきたよ~!」

あの有明の夜の絶望に沈む春希に対して、和泉のサプライズ。キスに続きまたしてもびっくりさせてくれる。迎えてくれるタイミング、サンタ姿で抱き合う一枚絵も抜群に映える。

 だって、とっくに終わっていたんだから。

武也の電話に嘘をついて、千晶と引き篭もる。雪菜とは、俺たちは、今までと何も変わってないと武也にした返事を再度独白した後の、この心の中の一言。重い。いろいろなことが、世界が、変わってしまったような一言。


 あいつは、一体なにを考えていたのだろう…

春希が回復し始め出ていったNormal EDの千晶。
窓を開けて青空を見るカットが非常に印象的で、WHITE ALBUM無印のとあるルートを思い起こさせる。話の流れも内容も無印味が感じられて、とてもNormal EDとは思えないほど印象に残った。このあとの雪菜と普通にメールする関係に戻り、また同じような日々に戻ってしまうのも無性にWAらしさを感じてしまう。




「あ、あんたは…あんたはぁっ!」

「悪いで済むか!
 わかってんの?
 あんたの浮気は、全然浮気じゃないんだよ?」

「また戻れなくなっちゃうんだよ?
 雪菜が許してくれなくて、自分が許せなくて、
 余計に雪菜を傷つけるんだよ?」

TRUEに進むことで出てくる、依緒と武也に雪菜とは別の女性に慰めてもらったことを話すシーン。
『吐露』から『氷の刃』に変わる。修羅場。でも、雪菜のことを想って、責めながら糾弾しながら春希も心配していることがわかる依緒のセリフは、単に怒りの感情をぶつけるセリフよりも数段その想いが感じられる。依緒も付き合いは長いし、春希のことを理解してくれる大事な友人であることがこうしたセリフに現れていると思う。
icではそこまで目立たなかった依緒だけど、渦中の人から少しだけ離れた常識人ポジで、ある程度事情もわかって、心配も、ときにお節介も焼いてくれる。当事者の気持ちをわかっててわかりきれていないところが巧くできていて、ccの個別ルートによっては依緒が物語を動かしているように感じる。作中でも大事な役割を担っていると思う。

「………逃げて何が悪い」

別の女に逃げた春希を庇う、武也。武也の言動が自身と依緒の関係を重ねたものだと気づく春希。凄い場面。三者三様の想いが交錯する、自分の中では屈指のシーンの一つかも。
武也はicから春希の親友として描かれている。単に付き合いが長いとか馬が合うみたいな書き方だけでなく、もっと本人の内面の根っこのところで春希への信頼や春希との友人関係を大事にしているように感じられる。武也もやっぱりccのどのルートにも顔をだし、春希を心配し背中を押してくれる。しかも今回はここに武也と依緒の因縁も絡んでくるのだからたまらない。




千晶の正体に迫り附属祭のDVDを見返す場面では、演劇部の『雨月山の鬼』の原作が澤倉美咲になってる。無印をプレイしている人にとってこういう小ネタは嬉しい。ライターの方も無印の相当なファンだったらしいので当然リスペクトも感じられるし、好きな作品に出てきた劇中劇の内容をシナリオに組み込んで書いているのだから、そりゃ嬉しかったんじゃないかと妄想してしまう。


「わたしたちの三年間は、
 誰にも覆すことはできないんだから。
 かずさ以外は、ね?」

雪菜と千晶が二人で話すシーン。回想で振り返るように何度も分けて出てくる。雪菜は雪菜で千晶に対して多少演じているような話しぶりもあるけれど、でも基本的には本音をぶつけているような気がする。千晶が自分で取材して作り上げた創作の三人の物語に対して、現実の当事者の本音をぶつける。icの説明的な内容になっていたり、雪菜の話す量としても、小春や麻理さんのルートと比べてこのルートは特徴的。


「雪菜が、俺や千晶たちのことを許すのはさ…
 怖いから、なんだと思う」

「ほんのちょっとした誤解やすれ違いで
 今まで触れ合えてた人たちと触れ合えなくなることが、
 怖くて、本当に怖くて仕方ないんだと思う」

マンションを訪れた千晶に話す春希のセリフは、とても的を射ていると感じる。春希だからわかることでもあるのか。雪菜の優しさなのか逃避なのかわからない言動の本質でもあり、このルートが雪菜のルートではないこと、彼女が乗り越えるべき問題、間違った想いの説明なのかもしれない。

春希を押し倒す千晶。『最後に残るもの』から『氷の刃』に変わる。でも以前に舞台で春希が押し倒したときとはまた別の意味で、二人の想いは交わらない。
帰り際、両手を胸に当てることを演技ではない本当のことを言うときの合図とするように、一方的に約束する春希。

このルートの舞台のシーンは、初見の時に思いっきり引き込まれてしまった。千晶の思わせぶりな態度、いろんな謎が散りばめられた話でもあり読み手を引き付けて離さない。

「わたし、和希くんのこと、本当に、本当に愛してる!
 これだけは真実だって、約束する…」

舞台の最終幕。両手を胸に当てて語る雪音。
種が明かされると単純な物語なんだけど、でもだからなのか、情報の出し方が巧くて解決の見せ方が際立つ。




「二人きりで会うの…これで最後にしよう」

 氷の刃のような言葉を次々に吐き出して、
 口の周りを傷だらけにして…

 雪菜を、ずたずたに引き裂く。

回想で語られる、雪菜と二人で舞台を見に行く前の喫茶店での会話。
言葉の刃で相手にぶつけて傷つけながら、ぶつけていることに自覚的で、そしてその刃に本人も傷ついてるところは本作を象徴していると思う。相手を傷つけるその言葉を吐く作中の誰も彼もが、本当は相手を傷つけたくはなかったり、そうして自分も傷ついてしまったりする。明確な悪意を持つ人は一人も出てこなかったと思うし、むしろ相手を思いやる善意が作品全体を覆っているはずなのに。でも、だからこそこの物語からは余計にやるせなさを感じずにはいられない。


「わたしは…彼女を恨んでいるよ?
 あなたを憎んでいるよ?」
「だから…これは返さない」
「雪音が和希くんにピックを返さなかったように、
 一生、大事にしてみせる」
「さよなら。
 わたしの…」

公演後の駅のホーム。終電で帰る雪菜との別れ。
一枚絵が強烈に印象に残る。(なんならブレスレットを返さないところは別作品のあの人を思い起こさせる。)

雪菜TRUEのあの場面と被る、別れの最後の言葉…。わたしの愛しい人、わたしの春希。きっと、ずっと想い続けるつもりというか、そうせざるを得ないほどの想いがあるだろうから、目の前の現実と自分の内面に線を引いてるような、どこまでも未練というか、引きずることがわかっているからできる決別にみえる。外の「現実」での春希はいなくなるけど、それでも内面の「春希」は大事にしていたい。これ以上傷つくこともないし、させない。そしてそんな倒錯する自分にどこまでも傷ついていくような、そんなことを妄想させる。




杉浦小春

「なんであんな悲しそうで、あんな嬉しそうな顔してたんだろ、あいつ」

冬馬かずさの取材で訪れた第二音楽室で、思い出に耽る春希。それを遮る、小春。『最後に残るもの』が流れる。

「それはですね…
 きっと、もう一度あんな顔して欲しくて、
 そして、もうあんな顔しもらいたくないからです」

クリスマスに春希が休めるように謀る小春。家まで送っていく会話は、この第二音楽室のセリフが思い起こされることでも、二人の距離感が出ていることでも、とてもいい感じ。
二年参りでも、この三歳違いの恋人未満友達以上の絶妙な距離感がたっぷり感じられる。お互いの好意に気づいているようで当然お互いに踏み込んだりはせず。そうして片方の傷を癒すために寄り添う関係。仲を深めていく書き方が無性によい。

「じゃあどうすれば関係あることになりますか!?」

北原先輩は悪くない、小木曽先輩が悪い、でなければ自分が悪いと言う小春。雪菜は悪くない、杉浦は関係ない、と言う春希。表情差分含めて、感情が先行してしまっている。好きな場面。翌日謝る小春。手を前で組んで上目遣いの立ち絵が可愛い。
どこまで無自覚でどこまで意識しているのかわからない、この絶妙な距離感で放たれるこの一言は印象的。この素直じゃない、小春希と言われるくらい弁もたつし理屈っぽい、誠実でまじめでめんどくさい彼女の魅力が詰まった一言。


雪菜を避ける、春希。
早百合と亜子にキスを見られ、矢田の言う通りだと、親友の男を奪ったと二人に詰められる、小春。

「矢田さん、ボロボロだった…
 あなたが、そうしたんだよ?」

感情的な早百合はともかく冷静で思いやりのありそうな亜子のセリフは、プレイヤーにもぐさりとくるものがある。

「小春…わたし、わたし、わかんないよ」
「小春がどうしてこんなことしちゃったのか、
 全然わかんないよ!」

亜子のセリフ。時系列的には例のアニメの前だと思うのでパロディではない、はず。断じて。笑


また校門で春希を待つ小春。電話できず、たまらず会いにくる。ちょっと物憂げな一枚絵は再登場といえど画面に映える。マンションの部屋までいき、どうするかのやりとり。長いが丁寧。
小春を抱く。春希が、覚悟を決めて。雪菜の誕生日パーティをメールで断って。

「…だから、もっと悪いコにしてください。
 いけないコに、しちゃってください」

弱さとかどうしようもなさもあるけど、流されてる具合はWHITE ALBUM無印っぽさを感じる。しっかり者で真面目な二人がどこまでも愚かな方向に進んでいるような、悪い方向にいくことに抗わない、積極的に堕落しているよう。寂しさ、埋めたいもの、欠けてるもの。そうした要素に彩られている。


「いいんです…
 今は、わかるから」

「人には、いくつもの…
 別々の人に対しての、それぞれの誠実があるって」

「ね、先輩。
 今からあの店に戻りましょう?
 小木曽先輩へのプレゼント、選びに行きましょう?」

雪菜の誕生日。パーティにはいかない。「プレゼント…贈りましょうよ?」。これを小春に言わせてしまうのが…。
無垢、純粋さ、そういったものを感じさせていた小春。そんな彼女が、誰に対しても平等に誠実ではいられないとようやく気づく。痛みを伴って。

三角関係。過去からの恋人に割り込むから、その重さを正面から受け止めようとする。自分が恋に落ちたことも止められないことも自覚的。雪菜のこと、おそらく矢田さんと自分の関係も重ねながら、重いまま受け止めようとする。誰にも頼らないし自分だけで解決しようとする。
まじめでないなりに最後はまっすぐ向き合う千晶とは対照的に、しっかり悩む描写。それでも春希との関係はやめないし、やめられない。学校での立場もどんどん悪くなる。まじめだから、受け止めようとしてしまうから書ける、重苦しさ。これをあえて年下キャラでやるのだから思わずため息が出てしまう。

抱き合って肌を合わせてつながって。小春が抱えているものが零れそうになる。けれど、約束だから春希は踏み込まない。


「それがどういうことかわかるか?
 …自分のこと、そういう立場だって思ってるんだよ。
 あのコは」

「雪菜ちゃんを裏切ったお前は最低だ。
 けど、あのコを助けないお前はもっと最低だ」

お前の愛人?二号?雪菜ちゃんの代替品?と、あえて歯に衣着せぬ言い方をする武也。大事なところで大事なことを言って役割を果たしてくれる。やっぱりこの男が出ると物語がちゃんと動いていくなあ。なによりセリフの一言一言が刺さってしょうがない。春希のことを理解していて、だから叱咤によって気づかせることも、その言葉で背中を押してあげることもできる。男同士の関係がとても巧く書かれていて、流石だなと思ってしまう。




教室での卒業アルバムに関するやりとり。矢田さんの推薦辞退。雪菜のメールを消した罪悪感も加わって、小春を追い詰めていく。

「だって先輩は小木曽先輩のものじゃないですか!
 わたしのものじゃ、ないじゃないですか!」

「あの、優しくて綺麗な人と、
 その周りにいる優しい人たちを、
 傷つけていいはずなんかなかった…」

ようやく小春を見つけた春希の助けを拒む。流れる『優しい嘘 Piano』。めちゃくちゃよい。

「三年間、ずっと一緒にいたんですよぉ…
 あんな自分勝手なコ、好きじゃなきゃ、
 大好きじゃなきゃやってられません!」

矢田さんに対する小春の本音が出る。想いが、火力が凄いことになっている。このルートの中でも特に感動した場面。
好きな人をめぐっていろいろと拗れてしまったけれど。ずっと素直になれなかったけれど。でも根底にあるこの正直な気持ちと、自分を省みて受験も進路も自分にとって納得できるものにしようと、前へ踏み出す小春の姿は読み手に響くものがある。これに輪をかけて良いのが、卒業式のタイミングでの答辞を矢田さんに贈るシーン。画面の作り方、演出も相まって感動的な内容になっている。


そして。時系列では小春の卒業式より前だった、喫茶店での、雪菜との別れ。

「やっと、言えたね」

 その瞬間…
 テーブルの上に、しずくがぽたりと落ちた。

 けれどそれは、言葉の刃を刺された方じゃなく、
 突き立てた方のまぶたからこぼれ落ちたものだった。

小春が間に入っているから、追い詰められていく彼女に雪菜が過去の自分を見たからなのか。他のルートとはまた少し違う、別れ際の雪菜。その優しさにみることができる、涙を零すほどなのにそれでも向き合う、雪菜の本質にある強さ。
小春と雪菜の二人での対話シーンと交互に出てきて、それらの間にある時間も雪菜の心情描写に非常に巧く使われている。

 雪菜が、笑顔で手を振っていた。
 その姿が、その姿こそが…
 俺を必死で救ってくれようとする、その優しさが…

そうしてたどり着く、ここの喫茶店の窓越しに笑顔で手を振る雪菜の絵と、次の一枚絵への変化が強烈に印象に残る。
どのルートも春希と別れる雪菜の描き方は力の入った素晴らしいものになってるけど、どのルートよりも雪菜の出番が少なく彼女の内面が語られることも少ない物語上の必然のあるこのルートでは、たから絵を使った表現がなおのこと効果的で、視覚を通して感情に訴えるからこその雄弁さに満ちている。ほかの感想を見ててもここ印象に残った人は多そう。それだけの表現だと思う。


エピローグは、このライターの方らしい爽やかなハッピーエンド。次のセリフが頑張った小春への救いを与えてくれる。

「合格おめでとう………小春ちゃん」




風岡麻理

 本当に、格好いいひとだ。
 俺が女性にこんな感情を抱くなんて、
 麻理さんで二人目だ。
 一人目の、クールで鋭い格好良さとも違う。

わざわざ書店でアンサンブルを買って、春希にも喜んでくれる人がいると、自分の部下の初仕事を喜んで悪いかと怒る、麻理さん。純粋な好意で答える春希。麻理=かずさ、がわかりやすくテキストで示される。
ここだけでなく、春希の精神的破滅願望を見抜いたり、もう終わったこと、という春希に『仕事に逃げても無駄』という発言が印象的。職場の同僚としての距離感ながら、年上の理解のある上司として魅力的に描かれている。


「…バタークリームくどいな。しかもすんごい甘い。
 そりゃ早々と値引きするよ。
 こんなもの売り切れる訳ないだろ」

クリスマスの夜。逃げるように職場に行った春希。いつもの悪趣味のキーホルダーよろしく、春希が買ってきたケーキを飾り付ける麻理さん。
でも、春希の様子に気づいていながら、いつもの「麻理さん」をやってくれることに、一緒にケーキを食べようとしてくれることに、やっぱりこの人らしい優しさがあって。無関心じゃない不干渉、このテキストが適切すぎる。
『綺麗で儚いもの』がめちゃくちゃいい。
ケーキ食べた後の二人の距離感も妙に良い。『Snowfalls』がとても心地よく感じられる。

「俺、冬馬かずさのこと、今でも好きだったんです」

麻理さんから無理に仕事をもらい、お互い端末の画面を見ながら私語に没頭する。なぜ今日は様子がおかしいのか。クリスマスの思い出としてあの旅行とかずさへの想いを語る春希。ルートによってみせる情報が違う。話し相手がいるからか、かずさのことを今でも好きと話すのはここだけ。雪菜との有明での夜の場面に対する答えにもなっている。

「まだ、忘れてなかったんです」
「恋の傷を、恋で癒せてなかったんです」

共通パートで出て来た自販機での会話の回収。続くテキストで語られるとおり、雪菜にはとても言えないことをでも誰かに肯定してほしい春希。その誰かは誰でもいいはずないと自ら独白していて、麻理さんが、誰でもいいには当てはまらない存在になっている。


「あ、あのさぁ、北原…」
「いいんですよ」
「な、何が?」
「何てアドバイスしていいかわからないんでしょう?
 …まさか俺がこんな話するとは思わなかったから」
「お前、本当に私のことなんだと思って…」
「別に、アドバイスが欲しくて話した訳じゃないんです。
 ただ、麻理さんには、
 どうしても聞いておいて欲しかっただけなんです」
「…なんでだ?
 報告・連絡・相談は、
 上司に次の指示を仰ぐためのものだろ?」
「上司に報告したわけじゃないです。
 麻理さんに聞いてもらっただけです」
「同じ事だろ。
 私は北原の上司なんだから」
「俺…麻理さんのそういうとこ、好きですよ」

だからなのか独白の効果も相まって、ここの『バタークリーム』からの一連の会話の流れ、機微、微妙な距離感、お互い分かっていてあえて言葉にしない感じがたまらなく良い。小春は少し直球すぎで、千晶は遠回しの意味深すぎで。麻理さんだから、年上の社会人の上司で、この距離感で、このキャラだから出せる空気感。ひっぱたいてやるところだ、の表情差分が照れてる感じなのがまた魅力的。

話の展開の意外性は千晶ルートに敵わないけど、あちらは千晶が演技をしながらいつの間にか惚れてるというトリッキーな話に対して、麻理さんルートはシンプルな恋物語なんだけど、会話の端々にちゃんと麻理さんらしさが垣間見えて。年上で職場の上司に対してこれを書くというのも、年上で職場の上司だからこその表現と感じられるところもこのルートが好きな理由。




 だから俺は、心の中の小さな声で、
 『あけましておめでとう』を呟く。

 いつも近くにいたのに、
 ずっと、悲しませてばかりの大切な人に。
 もう何年も会ってない、
 これからも会うはずのない大切な人に。

冬馬曜子の公演を聴きにいくかどうか、選択したくてもどうしてもできない意地悪な選択肢。

年明けを迎える瞬間はコンサートホールの側を歩きながら。電光掲示板の時刻表示を見上げて心の中で呟く。かずさについての記事が関わっているからか。麻理さんにかずさと似たものを見るからか。「そうよ。あんたの左側。誰かいなかった?」。招待券が届くものの、千晶や小春と異なり、このルートはかずさとの再会の機会を逸したことが明示的に描かれる。




「いい加減なこと言わないでください。
 何の薬を飲んだって言うんですか?」
「………………………ピル」

「だから…帰るなんて言うな」

襲ってしまった反省しきりの春希を受け入れようとする、すごい告白。思わず、どきっとくる、言い方。声の演技。佐和子さんに頼んで、恥を忍んで、でも春希と会うときのために完璧に準備する。セックスはダメだと、今は仕事優先で妊娠したくないからと、そう言っていたから。実はあのとき、もうその気があったと思わせる麻理さん。そうして結局雪菜のことは話せずじまいで先に進んでしまうところも、この作品らしい。


「苦しんで、のたうち回って…
 それで出した結論なら、俺はもう文句言わない。
 依緒にも言わせない」

武也に問い詰められる春希と、佐和子に問い詰められる麻理さんがそれぞれ描かれる。もうここの武也のセリフのかっこよさときたら。雪菜ではなくバイト先の上司に傾いていることへの非難、依緒の性格、四人の関係性があるからこそここの「言わせない」は武也の気持ちが伝わってくる。どこかでエロゲの主人公とかやってたんですかね。出てくる度に株を上げていく男。春希はたくさん救われてるんだろうな。

「俺たちの結論がたとえどんなものでもさ、
 依緒と二人で、雪菜の力になってやってくれよな?」
「そんなのはお前に言われなくても織り込み済みだ。
 …三年前からずっとやってる」
「………本当に酷い奴だな、俺って」
「今ごろ気づくな。
 …今さら、反省するな」

二人して寝ようとし、暗くなった天井を見上げて話す。この男だけのトークの距離感、魅力よ。またもやかっこつけたような言い回しの武也の発言がとても印象的。だからお前はなんでんそんなにいい男なんだ。(n回目)




2月14日。雪菜の誕生日は家族でお祝いする流れに。この状況になるだろうから春希と会える、破局がわかっているような臆病な彼女。雪菜の部屋は三年ぶりでも変わっていなくて。本人も変わることができていないことに自覚的。ちょっと怖いと思ってしまった。

三年前のこの日にあったことの告白。雪菜は一人ではなく家族と一緒だと思ってた春希の動揺。icのエピソードをこう持ってくるのかという使い方。実は麻理さんの大事な日なのに、春希目線では約束に遅れることもしょうがないという書き方が巧い。

この日まで会えなかったことを謝る雪菜。

「そんなわけないって、気づいてるくせに」

仕方ないって気遣う春希に、まるでそっちが悪いと言っているようなこのセリフ。雪菜らしさに溢れてる。春希は春希で決して叱ったりしない。雪菜のための日だからというのももちろんあるけど、でもこれが二人の結局いまの距離だって感じがする。

「あはは…これからは年一回しか会えないかもね。
 次は来年の今日まで…織姫と彦星みたい」

計算高い、冬の織姫。
優しさにつけこんで、核心的な話を避けられる「今日」この日に春希と会うことにする。そんなことをしても関係が修復される望みなんてないのに、一年に一度しか通用しないとわかっていて。もうそんな関係になってしまっているのに。でもそれでも離れられないし、会ってお祝いされたい。自分の状況を自覚している、悲しき織姫。話はシンプルでも、雪菜の抱え込み方や織姫と彦星の例えによって彼女の悲しさが表現できている、できてしまっていると感じた場面。

「一年間、ずっと彦星から逃げ続ける織姫…
ふふ、みっともないね。心の底からみじめだね…っ」

心の底から、の「から」に込められる感情の演技。
自分が間違っていることに自覚的であるばかりか、自分を責めて、そして傷つく。その想いはでも解決の糸口を見つけられず、どこにも行き場をなくして際限なく雪菜を苦しめているよう。春希が優しいから、優しいだけでしかないから、泣き止むまで、眠ってしまうまで側にいることしかできない。まだ春希の『大事な話』はでてきていないのに。救われないヒロインの書き方が読み手の心を揺さぶる。

「自分で春希くんを突き放しておいて、
 なのにあなたが離れていこうとするのを
 認められないなんて…」
「そんなのないよ、最低だよ、わたし…」
「ごめんなさい、ごめんなさぁい…
 う、ぅ…うぁぁ、ぃぁぁぁぁ…っ」




「だから、出て行け。
 そして、もう二度と私の前に顔を出すな」

「出てけよ!」

 麻理さんの顔を、正面からまっすぐに見つめる。

 ワインにほんのり染まった頬と同じ色の瞳が、
 俺から逸れていった。

ここまで淡々と話していたのに、どうしても感情が乗ってしまう、そんな演技。
約束の時間にどうしても会いたかった麻理さん。約束の時間をどうしても守れなくて土下座して許してもらおうと、以前彼女が話していた婚姻届より仕事を優先した後にとる態度に、望みを託さざるを得ない春希。最悪のすれ違い。アメリカ行きを事前に話せなかった麻理さん。かずさのことがフラッシュバックし自分の前からいなくなろうとする麻理さんに詰め寄る春希。お互い相手が裏切ったと思っている。なのに、だからどちらも目を赤くする。相手を失いたくなくて。手放したくなくて。

『氷の刃』が流れる場面。発している言葉が相手に刺さるだけでなく、発する側も含めてズタズタになっているお互いの心を表しているよう。

ここもやはりテキストに強烈に惹かれる。凝った文章表現というわけではない。なのに、「涙」と言う単語も「赤」という単語も使わない瞳の描写に、それまで音楽もセリフも感情を相手にぶつける激しさに溢れているのに、そんな激しさが似合わない内面の意外な見せ方に、どうしてももっていかれてしまう。このルートの二人の対話では赤ワインが度々印象的に使われているのも◎。


「本気になる訳なんかないじゃないか。
 …なれる訳、ないじゃないか」

エロシーンなのに、お互いの想いがぶつけられるセリフ。ストーリーに意味がありすぎる。icのかずさとのシーンみたい。「なれる訳、ないじゃないか」の言い方がもう。せつなさ、に満ちている。激しい告白。本音。春希が欲しいことを、心も身体も求めていることを麻理さんがぶつける。

「誰が信じるものか
 今さらそんなこと言ったって、もう何も変わらない…」
 そう、冷たく言い放った麻理さんは、
 繋がったまま、抜こうとも、離れようともせず…
 ただ、両脚で、俺をぎゅっと抱きしめた。

行為が終わって、春希が麻理さんを好きと言って。でも、泣いてるかのような声で、信じるものか、もう手遅れだと返す。事後の会話からすると春希をまったく許していない。裏切ったと糾弾していて、だから信じないというセリフに嘘はない。そしてそんなセリフを言っているからこそ、口と違って身体が、繋がりを求めてしまうことが、ちゃんと本音を語っていることが、言葉にならない感情をプレイヤーに与えてくれる。


「あなたが決めてあげて…
 麻理には、仕事以外で
 そんな重い決断をできる勇気なんかないの」

佐和子さんが鈴木さんに番号を聞き、バーで話す二人。
麻理には不利なことは言わないといっておいて。彼女の弱さを責めて、春希にいまがチャンスと唆して、親友への想いがこれでもかと示される書き方。くっそよい場面。『優しい嘘 Piano』が合う。合いすぎて、たまらない。
佐和子さんが離れかけそうな二人の仲を繋ぐ。社会の中で、周りの人間関係の中で恋愛を描くから、困難も書くし、希望も書く。全体的に社会の側は立ちはだかることが多いから、親友がちゃんと助けてくれるこの話は異色かもしれない。




四人のスキー旅行。部屋で雪菜と二人きりになる。今日も逃げきれたと雪菜が思ったことを察する流れと、それを感じながら、遠距離は無理だと別の想い人の事を考えている春希。麻理がメールを打とうとするときに流れる『優しい嘘 instrumental』が、春希が携帯をみて察すると『Answer』に変わる。

これまで理由をつけて逃げていたが、ようやく二人で『大事な話』をする。春希が前に踏み出すことで、二人の関係に終わりがくる。二人きりだから、東京から離れた雪山の一室だから、雪菜が本音を吐き出せるのだろうか。千晶や小春のルートとはまた違う濃いやりとり。想いをぶつける。

「わたしのこと、好きだったよね?
 好きだったんだよねぇ…?」
「好きだよ…
 ずっと、好きなままだよ…っ」
「酷い言葉…ありがとう。
 わたしもう、それだけでいいよ…」

 そんなふうに、最後の瞬間を恐怖している俺を、
 雪菜はまだ、救おうとしてくれる。
 俺たちが繋げていた手を、
 自分から引きちぎってみせる。
 最後の最後まで、雪菜は強かった。
 確かに強かった、けど…
 それは、強がりだとわかってしまう程度の
 脆すぎる強さでしかなかった。

『あれは、あなたがかずさを語るときの顔。
 本当に好きな女の子を語る時の顔だから』

『さよなら、春希くん。
 ずいぶん遅くなっちゃったけど、
 わたし、あなたを…ふってあげる。』

雪菜を抱き締める。眠りにつくまで慰める。一枚絵がとても印象的。

なんで浮気しているときよりも、ずっと、別れのシーンが涙腺にくるのだろう。本命でもない方の女の子なのに。まだまだその魅力を見つけられているとはとても思えないような複雑すぎる、めんどくさいヒロインなのに。麻理さんの想いとかすごいいいシーンがこのルートにはあったはずなのに。ずっと間違ってしまっていた雪菜が最後にみせる強さと、春希への心からの想い。『最後に残るもの』がとっても胸にくる。

残された雪菜。依緒と武也が部屋にくる。
武也が部屋を出て、外から聞く泣き叫ぶ声。
激しい慟哭を聞くことができるのも、ccではこのルートだけ。


麻理さんに対する、かずさの代用品みたいな言い方だったり、かずさを意識させる書き方。春希も似てると言う。そしてエピローグでは、三年前と違い今度はちゃんと追いかける春希が前へ踏み出す姿を描き、幕を閉じる。




小木曽雪菜

 なのに結局、たった一度、
 その切ない笑顔を見てしまっただけで、
 全てを水泡に帰すくらい、俺はまだ引きずってる。
 …なぁ、雪菜。
 いつになったら憎んでくれるんだよ?
 どれだけ深く自分を傷つけたら、
 俺を許そうとするの、諦めてくれるんだよ?

春希の自責の念。かずさが一番でも、雪菜を大事にしないわけにはいかない。自分から嫌うなんてありえないから、自分を許さないでほしい、嫌われたい、憎まれたいと願う。2番目の想い人に対する愛情の深さではとてもない。償いとか、自分のための行為でもない。
真摯で、誠実で、まっすぐで、情熱的。だから顔を合わせないように学部も変えて距離をとる。自発的なのに、自発的ではないような、雪菜に対する自分と、自分を許さない自分を乖離して、どこまで自身を責め続けているよう。

「叱って、くれた…」

二人で深夜の電話。赤ワインを飲んで、かずさの雑誌記事に助けてもらい春希と話を弾ませる雪菜。
普段優しくしかしてもらえない、ちょっと距離を感じる春希から叱ってもらったことを喜ぶセリフが印象的。


「早く、ふってよ」
「わたしを、楽にしてよ」
「わたしを、自由に」

「嫌ぁっ! 今のなし! 絶対になしだから!」

「全部忘れて…
 ここでわたしが言ったことは、みんな嘘だから。
 お願いだから、何も聞かなかったことにしてくださいっ」

駅の改札で見つける。会ったことに驚かない雪菜との終電後の公園での会話。
痛々しいセリフ。本音であって本音でない、雪菜の中にある春希に固執する感情と辛くて早く楽になりたいという感情。安定しない。情緒も。気持ちも。三年前の出来事があって、『歌を忘れた偶像(アイドル)』で語られるとおりずっと引きずって拗らせて。そんな雪菜の"いま"が、どこにも進めずずっと三年前の想いに囚われていることが表現される。




隔月雑誌、アンサンブル2月号。雪菜の分の見本誌ももらうか春希から渡すべきか悩む。

 少しでもリスクを恐れるなら、
 ”彼女”に”あいつ”の話なんかしちゃいけない。

 何が『誠実』な行動なのか…
 まだ、三年前の答えを見つけられないままだった。

春希は春希でずっと同じところで止まっている。答えの出せない問。雪菜は”彼女”で、かずさは”あいつ”。越えられない呼び方の壁。


春希に会うのを12/24にしたい雪菜。その裏で、アンサンブル2月号に、かずさの記事に対し食事も喉を通らなくなるほど苦しむ描写がキツい。

クリスマスデートのディナーのデザートの場面で手渡される。初めて見るような態度。本当は何もかも知ってるはずなのに。

「どれかもなにも…
 最初から最後までメチャクチャじゃない。
 あ、あはは…お腹いたい…ぷ…ふふっ」
 えらく可愛い、くすくす笑いだった。

 雪菜はやっぱり笑い続けてる。
 俯いて、お腹を押さえて、
 全身を小刻みに振るわせて。

笑いのリアクションに見えるけど、そうでないように見る事もできる。
就職に有利と思い冬馬を利用して記事を書いた、と言う春希。慎重に言葉を選んで雪菜との新しい関係を手繰り寄せようとする。言ってることは正しくて、散々悩んだけど利用して書いたのも事実。でも、雪菜がどう思うかはまた別の話。分かっていて記事の内容に笑う、雪菜の声の演技が巧すぎる。

「だってこれは…これはさぁ…っ」

「…ううん、よく書けてる。
 かずさって、確かこんな感じだったもんね」

俯きながら春希へ返すリアクションを迷う雪菜。それを見ながら一番愚かな選択をするに決まっているという春希の独白。
なんでこんなにまでなって春希を捨てられないのか。かずさに負けたみじめな女になりたくない、見栄とかそういう薄っぺらい内容ではとても表現できない、春希と離れることが自分の存在の否定みたいな、重くて深くて、歪んだ愛情。

 けどその時の、雪菜の俺の庇い方には、
 いつもより、ほんの少しだけ違和感が漂ってた。

 言おうとしたことを慌てて直前で飲み込んだような。

 自分でも、何が言いたいのかわからなくて、
 心のこもらない愛想笑いで誤魔化したような、
 雪菜らしくない、言葉の軽さがあった。

過去を後からばらすと伏線回収の驚きで引き込むことができる。でも、先に過去を書いてしまうことで、プレイヤーも過去を知っている状態で話を進めることによる、やるせなさ、重苦しさ、悪いことしか起きない予感。笑いを交えたセリフとは裏腹に、状況が際限なくひどくなっていくように感じられる。

初めから変だったら、異常だとか適当なレッテルを貼って特別扱いできていればこんなに拗れた話にならないのに。どこまでも雪菜自身を、歪んだ部分も含めて大事にしようとする春希。自分のせいだ、とか言いつつ多分こいつも(そしてかずさも)こんな雪菜が心底好きなんだろうな。

やってることは、終始、笑顔のお面をかぶって、その裏で泣きながらお互いに「雪菜」と「春希くん」を演じているように見える。わかっても踏み込めないし、正面からは触れにいかない。相手の内面の問題を尊重しているからということだけではないだろう。離れられないし、相手を大事にしたい。まるで恋愛そのものに感じる。
ここまで面倒くさいと、愛すべきキャラとか魅力よりも少し怖さを感じてしまうのも正直なところ。でも目を離せない。別の意味で虜になる。




「ねぇ、春希くん。
 春希くんは、今でも雪は好き?
 そして…今でもかずさのこと、好き?」

思い出を大事にしたい、でもだから前に進めない。そして自分を延々と傷つけ続ける。リセットしようとする春希。雪菜も理屈は分かってるだろうけど留まり続ける。自分が傷ついてもやめないほど、こだわる。
春希の罪を認めて、自分の関与も責任もないことになったら、二人と一人になるから、自分の責任で拗れたことにしない限り、三人ではいられないからだろうか。もう、かずさはいないのに。そこまでこだわる。強迫観念のような、こんなに苦しんでいるのに、でも「三人だったこと」はやめたくない。

「忘れよう?
 あのときの雪も、それから………あいつも」

「駄目なのに…最低なのに…
 今の春希くんを否定できないよ、あたし」

罪の話は譲らないのに、春希のものになるのは否定できない。雪菜のもう一つの側面。かずさを忘れるのは、「三人だったこと」と矛盾してるのに。両方とも欲しくて、でも春希が手に入るなら自分に対して嘘がつけてしまうということか。純粋に好きだということもわかる場面。雪菜がぶつかっているのは、もういないかずさではなく、自分でつくった「三人だったこと」で。春希はそれを乗り越えさせるために行動しているよう。

「だから今日は、考える時間がないまま、
 わたしの決心が鈍らないうちに、奪って」

「この痛みを、和らげて欲しいの」




ホテルに入ってシャワーを順に浴びる。

「大丈夫…」
「わたしは、ずっと春希くんが好きだった」

「不安なんか、かけらもない。
 後悔なんか、するわけない。
 だって、昔のことなんか全部忘れたんだから」
「………ごめん、かずさ」

浴室で大丈夫と自分に言い聞かせる雪菜。ここの不安はいろんな想いが詰まってるはず。春希が自分を求めてくれてるのに、でもそこに本心がないような、お互いかずさから目を背けてることを最後まで意識から外せないからか。
ここの「ごめん」はすごい。三年前は、あのときの誕生日パーティでは一度覚悟が決まっていたはずなのに。いまさらここにきてかずさに想いが向いてしまう。雪菜らしい矛盾と葛藤に塗れてる。


 じゃあな。
 さよならだ、かずさ。

かずさを想ってシャワーを浴びながら泣く、春希。かずさとの思い出が溢れた感じか。さっきまで雪菜とキスして、ホテル入るのに緊張して、全くこの男は…なんでこんな状況で「誠実」になってしまうんだ。けじめが好きな、どこまでもまじめな奴。




激しいピアノの演奏と、アンサンブル2月号のページを捲る音。雪菜が聞いた、冬馬について話す春希の思い出。それをこれからというときに過去回想として振り返る演出。
雪菜の口から洩れる、声にも音にもならない「悲鳴」。時折入る雪菜目線の場面の中でも、屈指の場面。ピアノの曲調が残酷なくらいハマってる…。

シャワーが止まり、春希が部屋に戻る。無音から雪菜が喋ることで『吐露』が流れる。

「本当はね…」

「わたし、この記事、もう何十回も読んだんだ。
 …発売日に自分で買って、ね」

「特に12ページから16ページのところ。
 かずさの生い立ちから、日本を発つまでの話」

「穴が開くほど読んだ。
 いつも、最初は苦笑いから始まって、
 そのうちおかしさがこみ上げて、声を出して笑って」

「読み終わった頃には、
 涙が止まらなくなってた」

笑えるほど楽しい素敵な思い出であることも、涙が止まらなくなるほど辛い思い出であることも真実で。だから穴が開くほど読んだというテキストが、どこまでも自分を傷つけてしまうのに繰り返し読むのをやめられない描写が、雪菜の苦しみの深さを物語る。

「ねぇ、春希くん…もう一度答えて」

「春希くんは…かずさのことを、忘れたの?」

雪菜の問いかけに嘘で答える春希。それも雪菜との関係を良いものしたいから、雪菜のためを想っているからで。でも当の彼女からすればそれは、かずさへの溢れる気持ちと愛の籠った記事を読んだ後に聞かされる、三年かかって想いが消えたという"嘘"。どうしようもない流れ、展開。最悪のすれ違いの書き方。

『氷の刃』に音楽が変わるとともに雪菜がキレて、本音をぶつけ春希を糾弾する。「あの頃の言葉そのまま」「こんなラブレターを見せつけられて」というセリフもきついが、雪菜がシャワーを浴びている間に「かずさを諦める勇気をかずさにもらってた」「雪菜を抱くためにかずさに励ましてもらってた」と春希の内面を見抜いてゆくセリフの威力もすごいことになっている。

嘘とわかっていながら春希の口から聞かされるかずさへの気持ちも。春希が本当はいまもずっと想い続けていることを自ら口に出して責めたてるのも。そして、手にとるようにわかっている春希の内面も。口に出しながら雪菜自身が絶対傷ついているはずで。氷の刃が相手だけでなく吐き出す自身の口をズタズタにしているような、本作の本作らしいシーン。

これだけでも十分すぎるのに、さらにこの場面を際立たせているのが、この後のセリフ。

「ずるいよね、春希くん」

「あなたは…
 何年たっても、わたしに嘘をつき続けるんだね」

「忘れられるはずのない思い出を、
 忘れてしまったかのように嘘で塗り固めて、
 ずっと、自分を殺して生きてくつもりだったんだね」

「ただ…わたしだけのために」

最後の「ただ…」の声に込められた感情がものすごいことになってる。すさまじいセリフ。『氷の刃』のメロディがその内容を一層引き立てる。

悲しいくらいに春希の内面がわかってしまうからこそ出てくるセリフ。
雪菜がキレた理由。ディナーの場面では我慢できて、雪の降る中では本音を隠して甘えることもできて。なのに、頑張って溜め込んでいたものを外に出ないようにしていたその防波堤を決壊させたもの。
それが、春希が今も変わらずかずさを想っていることだけではなくて、春希のついた自分を想った嘘に、彼の優しさに気づいたからというところが、なおさらこの二人が救われないという想いを強くさせてくれる。

あれだけ夢中にキスをしておいて、いざこれからベッドに入るときにお互いがそれぞれ昔の女の記事を読む。いったい何をしてるんだ、この二人。イヴの夜を何だと思ってる…。

千晶TRUEの雪菜と千晶の会話を参考にすると、雪菜が許せないのは、嘘をつく春希と、嘘が嫌いな春希に嘘をつかせた自分自身という考え方もできるかもしれない。
結局許せないものの根底にあるのは、かずさへの想いなのかも。邪魔だからではなく、大好きだから、大切だから、だから裏切っている自分たちが許せない。本当はどこまでも自分だけを見てほしいくせに。かずさを見る彼が好きだったという雪菜の本音も千晶TRUEへ進む際の差分(バーで晶子さんと雪菜が飲む場面)に出てくる。

さらに深読みすると、後のかずさNormal(浮気ルート)を否定するような内容になっているともいえる。

ホテルに残された雪菜の絶望の書き方。嘆きの、泣く声の、あまりの強さ。自分で自分を傷つけている、結局どこにも進めない彼女のまま。ここからルートが分岐し救われない結末を何度も迎えるのだから、残酷な書き方。




クリスマスの後、三人のヒロインとの決着を描く。年内中に。
麻理さんにすべて話す。千晶が脚本を諦める。矢田さんに謝り好きな人がいることを伝え、小春も振られる。ほかの3つのルートよりTRUEっぽい。

大晦日。武也と依緒と飲む。クリスマスの夜の雪菜を非難する依緒。春希の浮気がないからか矛先がこれまでと違う。でも、なぜ雪菜がそんな態度をとってしまうのか、取らざるを得ないのか、そこには思い至らない。

「それから、それからさ…
 これが一番謝らなくちゃならないことだと思うんだけど」

「それなのに俺…
 やっぱり雪菜が大好きだから」

麻理さん、千晶、小春、春希が関わってきた人、絶望から少しずつ日常に戻してくれた人たちの力を借りた電話での告白。ここはぜひルートロックをかけてほしかったところ。

 頼もしく自分を支えてくれる人に、
 頼んでもいないのに支えようとする人に、
 嫌だと言っても支えられようとする人に。

ここの手前のコンサートホールを通りがかった時の、新年の心の中の挨拶にも三人が出てくる。大切な友人たちである武也も依緒も。ずっと、悲しませてばかり”だった”大切な人である、雪菜も。
麻理ルートでの心の中の挨拶にあった、『悲しませてばかりの大切な人』はもういなくなってるし、『もう何年も会っていない、これからも会うはずのない大切な人』も出てこない。春希が前へ踏み出したことが示されている。


春希の告白から二週間。連絡も返事もできない雪菜。このめんどくささ。ほかのルートと違って、春希が踏み出した影響によるものなのか本音を依緒に打ち明けることができている。
ずっと四人でいられないかなと逃避する雪菜に、春希が彼女つくって家庭もって子供できてもいいのかと叩きのめす依緒のセリフが厳しい。いまの雪菜は間違いだらけだと言う、彼女の良識ポジの役回りが生きる。

「本当は間違ってるなんてわかってるよ!
 それでもわたしを肯定してよ!
 絶対に正しいんだって、誰か言ってよぉ…っ」

依緒が去った食堂での、雪菜の叫び。表情。激しさに反して流れてる『届かない恋』が切ない。
自分の間違いに自覚的で、それでも前に踏み出せない雪菜の弱さ、心に負った傷の深さ。かずさを想う春希が受け入れられない、身体の拒否反応が証明してしまう絶望。依緒があきれるほどのめんどくささもあるけれど、それだけとは単に切り捨てられない、心の闇。

春希の告白は前に進む機会をつくっただけで、雪菜の問題がまだ解決していないことの表現。彼女の本当の闇の部分に救いを与えるにはどうしたらいいのか。




武也と部屋で飲んでいるところに、依緒も合流。四人で春休みに旅行に行きたいという話に「三人」に思いを馳せる春希。ccで初めて三人の学園祭出演時の写真がアップで映る。特別感のある演出。

 昔みたいに、ひねくれた理由じゃない。
 男の子がギターを始める、
 純粋な衝動に駆られて。
 だって、ギターってのは…
 好きな女の子を口説くための道具だろ?

会話の中に昔を思い出す内容を入れておいて、それをちゃんと超えるような、春希が過去とは違ってちゃんと雪菜と向き合おうとするような独白。単にギターを雪菜のために弾く、という話じゃなくて、運命をつくってしまった過去のきっかけや動機と異なっているから、とても単純な理由なのに物語としての意味がある。めっちゃよい。


千晶との電話。春希がふっきれたことを明確にセリフで示してる。
ファミレスでの最後の挨拶。美穂子が学校に通えるようになり小春と一緒に推薦も決まる。
職場から帰る際の少し明るくなり壁をつくらなくなった春希。改札口でのやりとり。はっきり言えない麻理さん、ギターの練習のために帰る春希。

「…二人で飲みに行きませんか?」
「鈴木…お前、何か誤解してるだろ?
 私は別に落ち込んでなんか…」
「誤解でもなんでもいいじゃないですか。
 朝まで付き合いますよ?」
「………」
「ね? 麻理さん」
「…悪いな。今夜は私のおごりだ」

鈴木さんがちゃんとアシストしようとしてくれて、別れた後も飲みに誘う。ほんといい流れ。こういうの大好き。


 それは、出会って間もない頃の、
 電話口だといつもの3倍くらいワガママになってしまう、
 困った雪菜。

朋といるところに男に絡まれ怖い目にあった日の夜、ワインで酔った雪菜が元旦以来の電話で春希を理不尽に責める。
かつての純粋な、本物の雪菜を、自分のせいで失ったものを取り返したいという春希の独白。『涙が出るほど懐かしかった』というテキストが沁みる。icの、しかも前半の方の内容が上手に使われ、このルートのゴールが明確になる。

電話から聞こえるギターの音。雪菜の部屋に移ってから音質が変わる丁寧な演出。ギターの音を子守唄がわりに寝てしまう、雪菜の一枚絵も印象的。




「あなたを好きでい続けるために、
 歌の方を嫌いになったの」

朋が勝手にライブの機会を作ってしまい逃げた雪菜。かつてのライブ会場だった体育館で春希に歌えなくなった理由を語る。
歌うことで蘇る、三年前の思い出の数々。トラウマ。どうしても辛い記憶まで出てくることを止められない。

「だって…
 俺が世界で一番好きな人は、
 俺の前で、楽しそうに歌う雪菜だから」

彼女の抱えてきた想いに抗うように、自分のやるべきことはこれだけと言わんばかりにギターの練習を続ける。
『届かない恋』を特に強く拒絶する描写。それでも結局悩んでしまう雪菜と、自分で立ち上がることをただただ待つ春希。

そうしてようやく、朝、窓を開けて、フレーズを口ずさむ場面が印象的。


ピアノのいない二人の舞台の幕が上がり、演奏に乗せて春希の想いが語られる。かずさにはもうたくさんの形にならないものをもらったから、だから今度こそ、と別れを告げる。
三人が再び二人と一人になって、二人が前へ進むことができる。


日付が進み誕生日とバレンタインデーが終わったことにも気づかないくらい、夢中でキスに耽る二人。クリスマスにできなかったことを、三年前のあの日にできなかったことを取り戻す。

春希のモノをしてあげる雪菜。わたしが初めて、かずさにもしてもらったことなんかないよね、という言葉が出てくるセリフ。かずさの嫉妬はストレートに描かれる反面、雪菜は、その内面の気持ちの強さに反して、表に出すことは隠そうとする。雪菜の雪菜らしいめんどくささ。

 でも最後は、必ず自分の足で立ち上がる。
 どれだけ辛くても、苦しくても、
 頑張って、頑張って…いつか、乗り越える。
 そんな、自分の弱さを知っていて、
 だからこそ本物の強さを持っている、
 世界で一番魅力的な女性なんだって。

雪菜の強さに言及する春希の独白が印象に残る。
三年のブランクを埋め二人が世間に溶け込めるようにしようと言う一方で、必ず一週間に一度は会うと誓う。
とても感動的な場面のに。大事な場面なのに。おそらくエロゲ主人公の中で最も大事な約束をしてはいけない男にみえる。

「大丈夫だよ、雪菜…
 俺たちはもう、大丈夫なんだよ」

「これからは、何があっても受け止めるから。
 雪菜のこと、離さないから」


2月最後の、寒い夜。二週間遅れの誕生日パーティ兼卒業祝い。祝福してくれる小春が嬉しい。

 それは、満面の笑顔、だった。
 この際、目の色とか、そこに溜まってるものとか、
 そんなことはどうでもいいんだ。
 だって、戻ってきたんだから。
 三年前の、あの誕生日に戻ってきたんだから…俺たち。

そして三年前の、閉まっていた指輪をプレゼントする場面。
左手の薬指に春希がつける。目ざとくからかう依緒と武也。

尻すぼみの物語、とテキストに出てくる通り、雪菜と結ばれた後の話の流れはあっさり。でも、これでもかというくらい幸せな二人が描かれ、春希も報われる。浮気もなく、かずさの影も実際にはなかった。大変ではあったけど予定調和のような終わり方。

 冬が、終わる。
 三人の季節が、終わる。
 『WHITE ALBUM』の季節が、終わる。
 そして、俺たちの…
 二人だけの季節が、始まるんだ。

窓から雪を見る、雪菜と春希。周りを友人たちが囲む絵が暖くて素敵。
EDもほかの三人のヒロインとは違う演出。特別感も、ほかの三人のヒロインの物語も収束してるので一番終わった感じがある。エンドロールが終わりエピローグが始まるまでは。




coda


共通

「きっと、あんたらがもう一つ先に進んだら、
 決定的な結論を出したらさ…
 武也は、今よりももっと決意を固めると思うんだ」

「そしたらさ…
 あたしの方も、そろそろ腹くくらなくちゃ…」

 そして今、依緒は…
 誰もが結構見抜けなかった結論を、
 さらりと口に出したような気がしないでもなかった。

出張前に四人、もとい五人で飲む。変わったところもある変わらない会話と関係。
武也の活躍に、自分と比べ落ち込む依緒。

依緒を通じて武也との関係の変化を匂わせる書き方。春希と雪菜のここまでの描写だけなら、迷うことなく『決定的な結論』が出せそうなくらいなのに。codaの冒頭の邂逅があったから、プレイヤーだけは「あいつ」を見てしまったから、好ましい友人関係の書き方がどこか春希を追い詰めていくように思えてならない。「あんたは…いつ、決心するの?」という依緒のセリフ。雪菜の父親や家族の結婚するんでしょ的な書き方も。

あのccの雪菜ENDの感動的な流れも生かした、流石の幕の開け方。
ここの依緒のセリフは、後のあるルートでの彼女がキャラ変化と思うほど感情をむき出しにして春希を責める布石になっていると思う。




「春希………っ」
「っ…あれ?
 なんだよ、もう着いたのか雪………っ!?」
「………え」
「春希…」
「かず………さ?」
「………偶然、だな」
「………」

異国の地、ストラスブール。偶然出会った、その瞬間。五年越しの邂逅。その驚きが本作では珍しく地の文なしで表現されているのが、自然に感じる。

「それじゃ…元気で」
「かず…冬馬も、な」
「っ………ん」

動揺し顔を上げられない、春希。セリフのわずかな部分に傷ついたであろうことが察せられる、かずさ。

「…いいのか?」
「何が?」
「お前、無理してないか?」
「知るか」
「…そう、か」

裸足で雪の中を歩き凍傷になってるだろう、かずさをほっとけない。免罪符を得たとおんぶする。春希を見かけて、目の前にして、嫌というよりむしろ嬉しいはずなのに気遣う、遠慮するところが出るかずさ。ただ相手を求めるのではい、こういうちょっとした言葉に、より忠犬ぶりが、かずさらしさが感じられてしまう。

「なぁ…」
「ん?」
「北原………で、なくていいか?」
「勝手にしろ…かずさ」
「春希…」

再開が春希に助けもらうところから始まるのが、おんぶから、体温や重みが感じられるところから始まるのが、これだけくっついていながら、二人が五年前と違って思っていることがバラバラなのが、どうしても二人らしさやWAらしさを感じさせる。だから、二人にまだ想いあってる部分もあることが自然と感じられる。うぅ、とても、よい…。

突き放せなくて、結局名前を呼び合うのも、それが春希からなのも、かずさが甘えてしまうのも、悲劇の始まり方には十分すぎて。『雪が解け、そして雪が降るまで』や、かずさ目線でのこの邂逅までの流れを見ればわかるとおり、かずさの想いはどこまでも純粋で、春希も最初は純粋だったはずで、それが拗れに拗れてこうなってしまう、この書き方が秀逸すぎる。

ホテルでの足の治療の二人とも時間切れになるまでやめようとしない描写。翌日のインタビューでのかずさの、今ピアノと向き合っているのは全部春希のせいだと言うセリフ。葛藤しながら、お互いの距離を探りながらのやりとりにも"二人"がとても感じられる。




「ほんとになぁ…
 たった一つ、この番号だけ覚えてるなんて、
 あたしって、なんなんだろ」

電話ボックスからSOSを出すかずさに、喧嘩から始まる二人らしい流れと、結局助けに行かざるをえなくなる春希。
熱は37.7度で五年前ほどではないけど、ボンゴレ雑炊をねだるのも、ほかの料理はイヤだとゆずらないのも、熱い鍋を抱えながらまずいと言いながら食べるのも。二人きりなのも含め、五年前を思い出させるシーン。雪菜のパジャマを着せる鬼畜ぶりと、5年前のかずさに戻らないかと願って、眠った後もウザい説教を聞かせる春希の描写も印象に残る。


「髪飾りも、取って…
 いつものかずさに、戻って」
「………」
 俺に求められるまま、自らの髪をほどく。

早朝の散歩。附属生の通学路。
昔歩いた道をまた一緒に歩いてくれるかずさがいいというセリフに、「…だから近づいちゃいけなかったんだ」と聞こえないように小声で呟くかずさ。写真を撮る春希。近づきすぎてはいけない距離感と、思い出を交える会話が妙によい。


雪菜のライブのチケットをきっかけにこの五年間のことを春希に聞くかずさ。
ライブが終わり、五年前のあのとき、雪菜の家を後にしたときと同じように夜空を見上げる描写。

『不倶戴天の敵になるか、
 ………生涯の大親友になるかのどっちかだと思う』
「結局、親友にはなれなかったけど…
 そうしてしまったのはあたしだけど」
 その言葉を発したときと同じように、
 かずさは、同じ東京の同じ夜空を見上げる。

いまだけは雪菜の敵になりたくない、雪菜と仲直りしろと言いながら、春希の胸に顔を埋めるかずさ。誓うそばから最後に一度だけ許してほしいと破る。抱きしめるか、胸を貸すかの選択肢。

五年前を思い出しながら、現実を前に傷つき続ける。あの頃もそうだったように。今も変わらず。想いも、報われなさも、自分たちで自分たちを傷つけることも。変わらない二人。前へ進めていない、繰り返してしまう。かずさが誓うように来週のコンサートが終わって出ていけば、それで終わりのはず。思い出だけ抱えて、決して敵にならずに。でも、そうした辛さが結局二人をどこまでも惹きつける。

あの卒業式の夜を独白に出し、最大の過ちを犯した夜といって今の状況と重ねる描写。
夜空の一枚絵。雪菜の家の帰り道の夜と、卒業式の夜。意味合いの異なる二つの夜の使い方に思わず引き込まれる。

場面は夜の公園。ccの雪菜との対比でもあると思う。
雪菜の倒錯した感情。逃避。春希に転嫁して責め立てて、自分が傷つく。
かずさの強がりと内面の弱さ。自分の中の正論に、叶わない想いに傷つく。




ボイスレコーダーやカメラを使った二人のやりとり。
柴田さんの家への訪問とかずさの貰い泣き。
春希の取材も終点を迎える。


 開け放たれた窓から、
 冬の冷たい風が吹き込み、
 かずさの長い髪を揺らす。

 窓の外には、練習を終わろうとしている運動部。
 そろそろ赤から藍へと色を染めていく空。
 二年前と同じ…
 五年前と変わらない光景がそこに広がる。

夕暮れの第二音楽室。あの頃を思い出させる流れ。
あの日の終演後を、再現する二人。

過去回想としてのicがあって、間に五年はさんで、ccの濃い物語があったから。だから自然とプレイヤーも懐かしく感じてしまう。美しい夕暮れの背景の一枚絵。夕陽の射すピアノと音楽室の絵。
画面を横にゆっくりと動かしながら、かずさのセリフと心情を丁寧に"映して"いく。

ここまでのすべての物語はここのシーンのためにあったんじゃないかと錯覚するくらい、流れも、入りも、絵も音楽も、話もテキストも、すべてが完璧に感じられる。これを超えるシーンはほかに存在しないんじゃないかとすら本気で思ってしまう。

作中でも特に重要な場面でしか使われない『After All ~綴る想い~』が流れ、かずさが核心に触れる。

「あたしが、先だった…
 先だったんだ」

セリフの声の感情の込め方。激しくも、声が大きいわけでも、荒げるわけでもない、むしろ真逆の繊細な込め方。楽器の演奏で出てくる「p」や「pp」のように、音量を抑え、注意をひき、大事なフレーズを奏でるような、深い表現。

同じ音楽が流れたicの「親友の彼氏に言われる台詞じゃないんだよ!」の場面と同じ構図、春希に対する、かずさの心情の発露のはずなのに。それなのに声の演技の仕方は全く違う。あの激しさが脳裏に焼き付いているから一層ここのセリフは際立つ。

icは周回して見ることができる差分がある。気づかずccを始めこの場面にたどり着いた初見時の自分にとって、春希の独白の謎解きによって初めて明かされることになる、五年前のあの時の真実は衝撃だった。

かずさの想いも。

すべてのきっかけだったはずの雪菜の行動に、さらにきっかけを与えたやつがいたことも。


 あまりにも、痛かった。
 その言葉が、立ち振る舞いが、
 五年前と何も変わってないって、
 俺に勘違いさせることが。

 五年前の、かずさの慟哭も…
 熱さも、冷たさも、悲しさも、痛々しさも、
 あの別れの夜から何一つ変化してないって、
 俺に勘違いさせることが。

 悲しかったから。
 俺の、進んでしまった時間と、
 かずさの、停滞した時間との間に、
 こんなにも決定的な乖離が生まれていることが。
 乖離…してるはずだ。

かずさが零す"本音ではないはず"の言葉。真偽を正確に受け取ることができてしまう春希。だから、かずさが変わらないことを勘違いだ、あまりにも痛い、自分と彼女の時間は決定的に乖離しているはずだ、と言い聞かせるように独白する。

かずさの瞳が触れてしまいそうなほど目の前にある描写。潤んでいくそれを詳細に観察している春希。
自分の言ったことを冗談だと笑ってほしくないかのような、かずさのセリフ。そして、自分が笑えるわけないからお前が笑ってくれと春希に言われ、とうとう潤んだ瞳からしずくが伝う。

ここでも瞳のテキストによる表現は非常に劇的。

五年前の真実。いまさらの。冗談かどうかわからないことにするべきか、そもそも最後まで言うべきでなかったのか。


 額が、こつんとぶつかった。

 鼻先も、軽く触れあった。

 しずくが、俺の頬にまで垂れ落ちた。 


これが最後だからというかずさと、認めない春希。二人の気持ちが交錯する。

合間に一文ずつ入る、額、鼻先、頬の描写。

ここは本当にたまらなかった。

簡潔で短いテキスト。
二人の内面を表現しようとしたら、きっと文字数がいくらあっても足りないくらいなはずなのに。

でももう噛み合ってない二人のセリフなんかより、触れそうなほど近くにあった、その距離がゼロになる描写の方がなぜだかずっとたくさんのものを伝えてくれる気がしてしまう。

物理法則に従って、こぼした側から、額と鼻先が触れたその先に落ちただけ。ただ、それだけ。

落ちたことを、触れたことを、ぶつかったことを、感覚を通してわかっただけ。

かずさの言ったことを冗談にしないといけない二人の、でもたしかに通じたものがあった、そう思わせるものがある気がしてしまう。

声の演技の端々だけでない。
片方の頬しか伝わることのないはずのしずくが、もう一人をも濡らしてしまうことによって。
その事象が起きる距離の意味と、その距離から逃れようとしないことによって。
それらによって伝わってくるものがある気がしてしまう。


「手を繋ぐくらい、想いを伝えるくらい。
 最後にもう一度キスをするくらい…」
「それくらいなら、雪菜だって許してくれるだろう?」

かずさが目を閉じたことで、春希も目を閉じてしまう、という記述。
二人の、唇を合わせようとする一枚絵。
頬を伝わる涙が強烈に印象に残る。

でも、結局唇を触れたところで雪菜のメールが邪魔する。

「どうして今なんだよ雪菜…」

「なんで、もっと早く止めてくれなかったんだよ…」




大阪で雪菜とつながることで、心の内を吐露する春希。
ベッドへ向かう途中に時計を意識しないではいられない。コンサートに行かないこと、かずさをずっと意識したまま、最低の行為に逃避する。

 かずさが…怖い。

 だって、あいつは『今日限り』と告げる時、
 今にも泣き出してしまいそうな辛そうな顔をする。
 『一度だけ』の約束とともにした行為の後、
 蕩けてしまうかのような嬉しそうな顔をする。

 自分の気持ちを、自分で制御なんかできない。
 最後の最後には、何もかも巻き込む危うさを持ってる。

あの第二音楽室の夕暮れの中で、かずさが一歩を踏み出してしまったこと。
身体的なところはともかく、心情的に一線を越えてしまったことが、春希に強く影響する。恐怖。恐ろしいと表現されるほどの、自分を見失ってしまいそうなほどの、約束を破って雪菜に逃げ込まないと自分を保てないほどの、心の揺れ。

かずさの危うさに触れるここの春希の評し方は、後の個別ルートで曜子さんが語る内容とも被っていたはず。


行為の最中に自分を振り返り、反省と後悔をする春希。
もっと早く雪菜に話しておけば、傷はよほど浅く済んだという独白。

 あいつが用意してくれた招待席に、俺はいない。

 考えうる限り、もっともあいつを傷つける裏切りだった。

エロシーンの終盤なのに、別の女の事を考えてるとかそういう次元ではなく、大事なことを、自分でも自覚していることを白状する。正直に話すことが正解だったことも、コンサートへ行かずあえて裏切り傷つけたことも、そうせずにはいられないくらい、心はかずさに囚われてしまっていることも。


雪菜を抱いた後、午前2時を過ぎてベッドに入り二人で話す。

 どちらかと言えば、悲しそうな…
 何かに耐えているような、
 この場と状況にそぐわないものだった。

笑顔とは違う表情を見つけてしまう春希。コンサートに触れない雪菜。

独白の中で自分の心が揺れたことを事実として話し、その上で関係を進めようとしてしまう。自覚的に、間違いだとわかっていて、一番愚かな選択をする。

「受け取って…もらいたいものがあるんだ」

 かずさを、全部忘れるんだ…

「結婚しよう。
 結婚しよう、雪菜…」
「………はい」

もっと早く雪菜に話すべきだった、ストラスブールの夜に全てを打ち明けるべきだったと後悔する描写があるのに、さらに隠したまま最悪を更新する。
らしいといえば、らしい行動。そういうとこやぞ、春希くん。




 頬を撫で、手を取り、傷口に唇と舌で触れた事実と
 そのときの感情は、もう動かしようがなかったから。

コンサートに失敗しぼろぼろになったかずさ。結局その弱さによって春希はまたあの音楽室の距離に戻ってきてしまう。かずさへの想いに自覚的な描写。雪菜へ逃げたことが無駄になるような矛盾。

「本物の愛は諦める。
 それは、雪菜のものだから。
 …けれど、嘘の愛だけは、あたしにくれよ」

「日本を発つまでの間だけ…
 冬が終わるまで、だけでいい」


自分が迫ったせいで春希が傷つかないように、壊れないように気にする。自分だけが傷つけばいいと願いながら春希に抱かれる。春希の雪菜への想いはわかっていて絶対自分も傷つくはずなのに、嘘の愛に溺れたい、かずさ。

雪菜も春希が本当のことを話してくれないのに、コンサートのことを聞かずに仲直りしたことにする。春希を受け入れてしまう。怒ることもできない。

二人とも間違ってる。めんどくさい女の成れの果てみたいな、彼女たちの描き方。




かずさNormal

自分が強引に迫っただけ、春希も"誰も"傷つけちゃいけないと、すべて自身のせいにして、抱いてくれと言うかずさ。5年前を繰り返すように抱く春希。二人とも雪菜を意識しながら。あの夜みたいに。そこまで一緒にしなくてもいいのに。

「痛くない、よ、あたし。
 お前…ヘタクソじゃ、なくなっちゃったなぁ…っ」

だから、上手になった春希に快感を与えられて、かずさが涙を見せる。路上のキスのシーン、あの悲しみが籠った嫉妬に近いだろうか。

 がりっ

快感を誤魔化すためか、あの時とは違う理由で舌を噛む。
そして春希も彼女の想いに応える。雪菜との経験を捨てて。

 …あの、お互い初めてだった夜のように。


いまだけ自分のものでいて欲しいと言い、最後の瞬間も意図したように中で受け止める。

 絡みついたまま、身体を重ねたまま。
 そして多分…
 心を、重ねたまま。

 笑い声と泣き声と…
 涙と、笑顔の混じった声と、表情と、吐息と…

続く事後の短いやりとりには、涙と笑顔という、かずさの嬉しさや後ろめたさ、このときの心情が巧みに表現されていてぴったりはまっているように感じてしまう。icの行為シーンに出てきたテキストとも重なっている。

心を重ねたまま、というテキストもやっと想いが結ばれたとっても素敵な表現なのに、重ねることが罪なのだと思うとむしろ涙に繋がっているのかもしれない。
だから、続くテキストがすとんと腑に落ちて、かずさの想いに打ちのめされる。

「ありがとな、春希…
 あたしのために、最低なこと、してくれて」

「でもさ、でも大丈夫…
 あたしも…ううん、あたしこそが、最低だから」

 そして、心からの言葉が…
 俺に、突き刺さった。




「できる、よな」

金曜の夜。ccの誓いどおり一週間ごとの雪菜との逢瀬。春希に黙って隣の部屋で聴いているかずさ。
雪菜も春希も壊したくない。かずさの想いが語られる回想。背景が部屋の照明で、ちょうどいま行われている雪菜との行為に被るのが何とも言えない気持ちにさせてくれる。

暗号を使い、電話で二人だけにわかるやりとりをする。ccの雪菜ルートが魅力的だったからこその背徳感。


翌日も一緒に雪菜の家で夕飯をご馳走になる。左手薬指の指輪からプロポーズを覚られるやりとり。なのに、俯いて笑顔を張り付けることしかできない春希。重い…話がすでに重いよ。

 そんな睦あいの最中に零れる言葉が、
 どしてこんなにも辛く、哀しいんだろう。

駅で待ってたらしきかずさ。お互いの震える声。わかっていて現実から逃げる、1か月の期限付きの逃避。望んだとおり結ばれて、幸せなはずで、決して幸せに浸ることができない。


「してもらったこと、ないんだな?
 雪菜にも、してもらったこと」

部屋で春希のものを胸でしてあげる。ccの雪菜との対比。どちらも初めてにこだわる描写は本来、ヒロインが主人公にする行為として魅力的な表現と受け取っておけばいいはずなのに、このゲームでは痛々しい。絶対にどちらかは手に入れることができないもので、すでに奪われた自覚があって、傷ついてしまっているから。


 その恍惚とした表情も、泣きそうな瞳も。
 俺がこいつと出逢った頃から夢に描いてた
 『こんなコだったらいいのにな』が、
 何もかも、そのまま実現されている。

本気で愛し合ったらいけなくなった今の状況になって、どうしてかつて夢に描いた理想を、五年前の夢想を目の前にみてしまうのかと自問するテキスト。もう、ただ哀しい。
呼応するかのようなかずさのセリフも。

「ふぇ…ぅぁぁ…あ…っ、はぁぁ…
 ………何で、優しくするんだよ」

「もっと、強く、痛くしろよ…
 あたしに、後悔させてくれよ…っ」




武也達による婚約祝い。春希の部屋へ行きそうな流れにどきっとして、でも雪菜が明日も仕事だからと止めてくれたことに罪悪感を覚える春希。
友人の物語上の使い方が巧い。

雪菜への罪悪感を抱いたこの流れで、ずっと待っていたかずさとの場面。

春希を抱きかかえながら、二人で話すCG。夜中の静かな部屋、青が映える色使い。抱きかかえる構図、目線、表情。単なる絵として以上に惹きつけられる。

テキストで語られる、かずさの春希への強い気持ち=ただ純粋な感情。
流れる音楽『言葉にできない想い』がたまらない。この場面のための曲かのように感じる。
かずさの、想いのための曲。

逃避しながら、繰り返し繰り返し、現実に、している自分たちに傷つく。間違った想いとして描かれているのに。でもだからなのか、過去に想いを馳せる二人のやりとりがこのルートの中でもとりわけ深く心に残る。


 そんな馬鹿とお利口さんが出逢ったのは、
 偶然隣同士の席になった、3年E組だった。

学園モノ、それも最強の。こんなにそれを感じる作品がほかにあるのか。思い出の中の、懐かしい時間。運命的な出会い。哀しいくらいの。

「世界と一番うまくやれてたお利口さんが、
 世界から一番爪弾きにされてた馬鹿に
 そこまで本気になる理由が、わからなかったんだよ」

世界を舞台にしたピアニストが、何もない普通の男に入れ込む理由がわからない。そんな春希の指摘との対比。
あまりにも、よい。よすぎる。かずさの純粋さ。言葉にできない想い。

春希がかずさに構ったのは実は一目惚れだった、という告白に対して、自分のことを女の子として見てたのかという返事。自分のことを大嫌いだったというセリフが効いてる。これは、落ちるわ。女たらしがすぎる、誠実さが売りの委員長。


「残念だったな、春希…
 諦めの悪い女にひっかかっちゃってなぁ」
「ああ、そうだな…
 五年前の俺そっくりだよ」

 ため息ついて、ほっとして、
 哀しくて、嬉しくて…
 ゆっくりと目を閉じて、
 濡れた瞳を、誰にも見られないように閉じこめる。

目の、瞳の表現がまたしても抜群によい…。
悲観とか厭世感みたいな雰囲気たっぷりの二人のやりとり。浮気を真正面から書かないと出せないであろう空気感や味みたいなものがたまらなくさせてくれる。

春希の「そっくりだよ」という返事。もうこんなに相手への想いを感じさせるセリフがさらっと書けてしまうなんて。この作品もこの場面もおかしいと思う。

「ままらないな、本当に」
「さあ、な」

 …かずさも同じことをしたみたいだったけど、
 あっちは、閉じこめきれなかったみたいで、
 俺の頬に、また何粒も降りかかってきた。




「もう、帰りたくないかも」

旅行。雪を見に五年前のあの温泉宿へ。温泉に浸かり、回想を挟みながらあの時の雪菜と同じセリフを吐くかずさ。
春希の初めてだったらとお尻を差し出す。退廃的な雰囲気に負けず行為も過激な方向へ。
誓いの言葉。一夜限りの夫婦。あとで"ごっこ"と言われてしまう哀しさと、そしてきっと無常の嬉しさがあったはずのシーン。


「なんてな…お断りだ。
 あたしとお前は一緒には行けない」

雪一面に立つ、かずさの絵。画面に非常に映える。
嫌な予感の中で必死に探した先に見つけた、という気持ち。二人の距離感のようにもみえる、遠目の構図。旅館の中は暗い室内の背景も多かったせいか、白一色の景色が鮮やか。

雪合戦、二人が仰向けに倒れ挿し込まれる空の一枚絵。解放感、吹っ切れた感じ、そういったものが感じられる。だから、無性に切ない。




「でも、できないんだ…
 いくら頑張っても、できなかったんだ…」

「あたしの、世界で一番大切な宝物は…
 あたしが持つと壊してしまうんだ」

春希を幸せにできなかったことを認める、かずさ。
元の世界から離れ、再びかずさとの世界からも放り出される。身体の拒絶反応。世界から見放されたことを、頭や感情が拒否しようとしても、身体が理解してしまっている。

「帰るんだ…雪菜のいる世界に」

「できるよ…
 だってあたしにはしてくれたじゃないか」

「お前と雪菜のこと…
 なかったことにしてくれたじゃないか。
 お前だけだって、嘘、ついてくれたじゃないか」

誰かをなかったことする、優しい嘘。自分といなかったときは雪菜とのことをなかったことにしてくれたんだから、だから今度は自分をなかったことにしてくれ、嘘をついてくれと言うかずさ。
本作の、そしてこのルートを象徴するかのような意味をもつと思う。


「なぁ、春希…」
「あたしは、お前を護れない人間だ」
「お前を愛することしかできない、駄目な奴だ。
 お前を何一つ支えることのできない、弱い奴だ」
「雪菜には…一生勝てない女だよ」

敗北宣言。雪菜の強さに比べ、弱い部分が描かれるかずさ。そんな弱さから春希に逃避していたかずさが、自らの弱さを認める。最後になって、弱いくせに、でも春希のために自らの五年間ずっと忘れられなかった想いを超えて行動する。間違った想いが正される。弱くてピアノ以外だめだめな忠犬かずさもいいのだけど、こいつが弱いくせに立ち上がって前へ進む姿はとっても魅力的に感じる。

恋愛をメインに書きながら、社会的な関係の中で描くことで深みを出している本作。かずさの純粋な想い、恋愛が社会に負ける構図。だから、どうしたら恋愛が勝つことができるのか気になるし、こんなに面白いのに、まだこれがNormalルートであることに納得してしまう。

護る。堅苦しいこの表現は、Normal、TRUEを通して使われることで、言葉以上に意味を持つと思う。世界に抗して当然のように護れなかったことも、護れてしまうことも。


駅のホーム。別れ際。

「強い人間のままで…
 あたしが愛した、出逢ったときの春希のままで
 ずっと生きていって欲しいんだよ」

五年前の回想。学園でのかずさの暴言。その思い出。


「離せよ…」

お互いに最後の別れのタイミングを自分から決められない。
相手に委ねることでしか別れられない。

だから、それでも指先を話してしまう、弱くないかずさが、切ない。

EDは春希の浮気に一週間で無理矢理泣き切って立ち直り、春希のために尽くす雪菜の強さを見ることができる。




雪菜TRUE

「今、こうして正直に話したことだって、
 ものすごく勇気のいることなんだって」

「心の底から、わたしのこと大事にしてくれてるって、
 しっかり、伝わってきたんだよ」

「それでもわたし、あなたを許さないよ」

大阪。部屋にいかず正直にかずさのことを話す。
あなたを許さないといって頬を叩かれるところが印象的だが、それもそこに至る春希の肯定があるから。

かずさNormalでの恋愛VS社会関係の戦いの構図は、弱い方である恋愛側に感情移入しやすいと思う。これにどう対抗するのか、という観点で見ていくとよりこのルートの深みが増す気がする。


「そういう、たった一つだけの気持ちじゃないんだよ。
 人って、誰もがそうだよ」

「わたしだって、かずさのことが好き。
 ずっと、あの頃から好きなままだよ」

「だけど、それで全部じゃない。
 とても人には…
 特に春希君には言えない気持ちだって抱えてる」

「だから、もう会わないからとかそういう問題じゃない。
 …逃げても、距離を置いても、
 時間は何も解決してくれない」

「これからのこと、かずさと春希くんとわたしと…
 しっかり決着をつけないと、いけないんだよ…」

かずさが自分に会いにきてくれないことから、いまも気持ちは変ってないと見抜く鋭い洞察。時間の問題でないことも痛いほどわかっているはず。

自分の中にある単純ではない複雑な想い。恋人に対してだからこそ、かずさが絡むからこそ言えない気持ちも正直に認める。
その上で決意している。今度こそ決着が必要だと。だから、単に正論を言っていること以上にプレイヤーに響くものがある。

「あなたのかずさへの想いの強さを信じてるから。
 あなたのかずさへの愛を信じられてしまうから…」
「だから、あなたがわたしのところに戻ってくるって、
 最後の最後まで信じ切れない」

「わたし、春希くんに幸せになってもらいたい。
 かずさに幸せになってもらいたい。
 そして、わたしも幸せになりたい」
「春希くんが好き、かずさが好き。
 そして、わたしはわたしが好き」
「三人揃った今、誰の幸せが一番かなんて選べない。
 ずっと悩んだし、今も悩んでる。
 そしてまだ結論が出ない」

自分と春希や、春希とかずさだけの、二人の問題にはしない。
自分も辛いのに、でも正しいことを、三人の結論を出さないと解決にならないと逃げずに向き合おうとする。
春希にも逃げないこと、かずさを支えることを求める。自分の中にそれをしてはいけないという想いもある。それでも目を背けたりしない。

ccで囚われていた過去を乗り越えて強くなった雪菜。その成長と強さこそが三人に解決をもたらすといわんばかりに、この大阪の場面の差分でこのルートのゴールが、雪菜が求めるものが提示されている。

「ね、春希くん…
 逃げたら駄目だよ。
 お互い、さ」




契約をたてにかずさを説得しようとする雪菜。家族を失う悲しみ、けれど人は人と離れられない、触れ合わずにはいられない、そうやって世界を修復する。かずさにも周りの触れ合える人に目を向けて欲しい。言葉を紡ぎながら、想いをぶつける。

「じゃあどうしてかずさは春希くんを好きなったのよ!
 あんな嘘だらけの汚くて卑怯な人を、なんでっ!」

かずさのことを好きという雪菜。こんな最低な奴を好きになるばずないと、かずさは信じようとしない。そこに、論理的で、反論を許さない、春希を評するのに的確過ぎる一言を放つ。

「違う! 春希くんは全然忘れなかった!
 かずさのこと、一度たりとも忘れてはくれなかった!」

かずさが日本を離れてから二年前までの日々。どれだけもがいて、悩んで、苦しんで、泣いたか、というセリフ。そうした経験が、乗り越えた成長が、強い想いが、現実から逃避しているかずさを叩きのめす。

「それ以外に理由なんかある訳ないじゃない!
 全部あなたが臆病なのが悪いんじゃない!」
「っ…雪菜…そこまで言うか?
 何もかも手に入れたお前が、
 何もかも失ったあたしに、そこまで言うのか?」
「そっちこそ勝手なこと言わないで。
 彼の気持ちをずっと独り占めしてきたくせに、
 今さら被害者みたいな顔しないでよ!」
「~っ!」

思わず手を出してしまうかずさ。すぐにやり返す雪菜。

「どうしてすぐ奪いに来なったのよ…」

「かずさが日本に残ってれば、
 春希くんはあなたのものだった。
 なのに、どうして逃げちゃったのよ…」

「あの時かずさはわたしに春希くんを譲ったんだよ。
 春希くんのこと、諦めたはずなんだよ」
「それは、それは…それはぁ…っ」
「なのに、五年ぶりに再会した途端にこんな…
 今さら気が変わったなんて言われても知らないよ!」
「うるさぁい!」

罵倒する言葉とビンタの応酬。
正論でかずさを責める雪菜。かずさの反論がもう反論になってない。相手をずたずたにする言葉の刃が印象的な本作の中でも一番切れ味がありそうなのに、ここは発してる雪菜が傷ついているとは感じられない。受けるかずさもおそらく。お互いを想ってる二人だからそうさせるのだろうか。春希に関しては似た者同士で愚か者同士だからだろうか。

親友同士の喧嘩。でも、それが普通の喧嘩に見えることで、ほかの場面のような言葉を発する方も受け取る側も苦しんでしまう胸を締め付ける感覚がないから、作中でも異色な場面に感じてしまう。

春希が傷つけ苦しませてきたことが、雪菜を強くしたかもしれないこと。(おそらくccも含め)春希がいままで頑張ってきたから、かずさと向き合い大阪でも体の関係に溺れず踏みとどまったから、だからいまの雪菜が作られたこと。それらが、ビンタ合戦後の春希の回想で語られる。




喧嘩して、赤ワインを飲んで、同じベッドに入る二人。
背中を向け合う構図の一枚絵。まだお互いに心が通いきれてない表現のよう。ウィーンでピアノを弾いてずっと五年前に留まっていたこと、五年後の世界で現実に直面したこと。どこにも進めないかずさの間違った想い。

「もう、寝るよ。
 ありがと、雪菜。
 今夜も、側にいてくれて」

でも、かずさが感謝するこの一言は内面が少しずつ変化していることを教えてくれる。


かずさをベッドで抱きかかえる雪菜の一枚絵。構図がちゃんと対比になっていることも、雪菜の表情も屈指の一枚にしてくれる。

「あなたのピアノには、そういう力がある。
 人と人とを繋げる、強い力があるんだよ」

流れる『時の魔法 instrumental』が輪をかけるように場面を彩る。雪菜のセリフも、話す内容も合わさって、作中でも1,2を争うくらい、とてもとても感動した場面。

「人を感動させることのできる、
 人に力を与えることのできるそのピアノで、
 あなたはこれからも、世界と触れ合っていくんだよ」
「そうやって、大切な人、たくさん作るんだよ…」

かずさのピアノの力。ピアノの音が春希に届き、春希がギターを弾いて、それにつられて雪菜が歌った。春希を世界に招き入れたから曜子さんが戻ってきた。

icの過去の単なる事実が、かずさが知らずに成し遂げてきたことが、かずさには大したことなく映っても雪菜はすごいと称賛しそうな出来事たちが、どこまでも説得力をもって伝わってくる。

だからかずさを救おうとする雪菜の想いが、世界から取り残されないようにしたいという優しさが、沁みる…。

「母さんとだって離れたくないよ…嫌だよ。
 たった二人しかいらないのに…
 どうして二人とも取り上げようとするんだよ!」

「なのにお前は…家族もいて、春希もいて…
 そうやって幸せを独り占めして…
 なんであたしに一つも分けてくれないんだよ!」

「か、かずさ…ぁ。
 ぅ、ぅぁぁ…かずさ、かずさ…っ」
「離せ、離せよ、雪菜…
 あたしを…あたしを………っ」
「あたしを仲間外れにしないでくれよぉぉっ!」

かずさの本音。間違った想いが正される。世界と、自分以外の人と、自分の大切な人と向き合う。

春希のギターで雪菜が歌う『届かない恋』。二年前と同じ。氷った心を溶かす音楽。今度は三人になる。雪菜が五年前からずっと願っていたとおり。
ccの春希と雪菜。icやcodaの春希とかずさ。二人と二人の物語に分かれてしまったものが、ギターによって、音楽によって、三人の一番の思い出である『あの歌』によって再び結ばれる。

恋愛と社会関係の戦いの構図でみれば、かずさの純粋な想いが負けてしまうだけにも思える。
それが雪菜によって、あんなにめんどくさい屈折したヒロインによって、決して自分と春希の二人の話にせず三人とも幸せになる道にこだわり続ける真っ直ぐな想いによって、とっても感動的な場面になってる。
過去の使い方が非常に巧い。これまで積み重ねてきた物語がしっかり雪菜の強さとなって、プレイヤーの心を打つものになっている。

「やるよ…あたし、やる」

前へ進もうとする、かずさのセリフ。コンサートもミニアルバムも。音楽で新しい世界をつくり自分を好きでいてくれる人たちを歓迎したい想い。
かずさNormalでも書いた通り、前向きな彼女は、ここからのかずさはとっても魅力的。




 みんな、本当はわかってる。
 誰もが、空元気を振り絞ってるって。
 泣きそうなのを必死で抑えて、
 端から見たらものすごくくだらない馬鹿をやってるって。
 それでも俺たちは、誰もが決して素に戻るまいと誓いつつ、
 手探りで、五年前の俺たちを作っていく。
 あの、三人が初めて音楽室で一堂に会したときのように。

コンサートの準備とミニアルバムの制作のための、五年前と同じような合宿。時間がない中でまた新曲にこだわる。話の流れは少々出来すぎていてフィクション感が強いが、上に書いたような三人があえて「三人」をやっている描写がたまらなく良い。

睡眠時間を削って取り組む中で、かずさの春希と同じくらい雪菜を愛しているというセリフや、春希が会場にいなくても最高のコンサートにすることが語られる。codaの前半を引き合いに出し、かずさが前へ進んだことを表現している。


「誰か呼んだの? ここに」
「ああ…」
「友達をね」

コンサート当日。開演前に楽屋に依緒と武也を呼ぶかずさ。友達という言葉が出てくるのが嬉しい。

終演後。日本に残ることを決意していたかずさ。

「愛してる、母さん…
 あたしを産んでくれて、ありがとう」

曜子さんのガチ泣きがとっても響く。こんな曜子さんを見られるのもこのルートだけの特権。




コンサートも収録も終わる。五年前の終演後みたいにいつまでもピアノを弾きながら余韻に浸るかずさ。

ついこの前の第二音楽室で起こったこと、五年前の眠っている間にかずさがしたことを思い出す春希。雪菜と一緒に帰れと、かずさが別れを促す。
春希の気持ちに気づき、傷つき、最後に背中を押した、かずさらしくない強い女の子みたいな行動、というテキスト。

最後に、ドアを閉じる春希に声をかけてしまう。

 かずさが、こっちを見ずに、
 けれどその瞳を隠せず、鍵盤を濡らしてしまうように。

セリフには出てこない想いが、春希を通して語られる。

この場面は一枚絵もなく立ち絵も普通。かずさの感情を正確に現しているとはとてもいえない、いくつかのパターンの一つでしかない画面。
でも、セリフには強い女の子の姿が滲んでるから、必死でつくっているはずだから、内面を語る客観的な状況描写に魅入ってしまう。

そしてこうした表現が、最後の、自ら別れを告げる言葉を、ことさら深いものにしてくれる。

「さようなら…あたしの愛した春希」

「そして、これからもよろしくな…
 あたしの大好きな春希」




雪の中、雪菜の5分だけの反抗と、プロポーズ。雪菜が春希の母親の問題を解決することを宣言し、EDへ向かう。

「ううん…自分たち三人の分はわたしが作る。
 それで、できれば材料だけ残しておいてくれると…」

雪菜の家で、三人で発売されたミニアルバムを聴く流れ。

収録に臨む回想。『附属祭』の会話を思い出す春希。
歌いだしがそのままエンドロールへつながる。
結婚式の写真と、かずさと曜子さんの写真を使った素晴らしい演出と、三人で新たに作った『時の魔法』でこのライターの方らしいハッピーエンドが語られる。


『時の魔法』は本当に好きな曲になった。あのかずさを世界に引き入れる感動的な場面での使い方も、三人がまた作ったオリジナルの歌、かずさが自身のミニアルバムのために作曲したという意味でも、ラストの幸せに溢れた素敵な画と合わせた演出としても。エンドロールへの持っていき方、入り方も完璧。この物語の結末としてこんなに素晴らしい終わりがあるのかと言うくらい感動させてくれた。




かずさTRUE

夕暮れの第二音楽室の場面では、目を見つめる選択肢を選ぶことによって差分を見ることができる。雪菜のメールの邪魔は入らないが、かずさ自らによって唇が触れたところで止めてしまう。冗談にしようとする姿は、メールの着信音で止まってしまうよりも、より彼女の内面を表現しているように感じる。


大阪に逃げるも雪菜も春希もかずさのことに触れない。
雪菜を抱いてプロポーズした大阪からの帰り。レコーダーに入っていた、かずさの音声を聞く。

『After All ~綴る想い~ instrumental』が流れ、春希と雪菜の結婚式には辛すぎていけない、コンサートを機に諦めるから、だからコンサートの時だけは自分を見て欲しいとかずさの覚悟が語られる。
最後が『お願い、します』なのが、丁寧語なのが、雪菜TRUEにもあったように真摯な願いであることを示している。

かずさの五年前で止まってしまった純粋な想い。
録音にも現れるし、その想いは春希にも届く。心を揺らすほどに。そして届いてしまったから大阪に逃げてしまい、コンサートにはいけなかった。すべて終わった後にかずさの決意を聞かされる流れは、想うがゆえにうまくいかなくなるという意味で非常に本作らしい。


コンサートの失敗。行方をくらませ手を怪我したかずさを見つける。また第二音楽室の距離に戻ってきてしまった二人。あの場面、そして第二音楽室という単語が大事なものを指すように使われる。

顔を背ける、かずさを受け入れない選択肢。
そして、雪菜を愛してる、ではなく、かずさに嘘をつけない、という選択肢。雪菜には本当のことも本音も話していないのに。

しずくが頬に落ちる描写と、別のしずくが目尻を伝う描写が印象的。かずさを押しとどめようとする物理的な意味でも、いろんな想いが春希の中で渦巻いているはずで、だから精神的な意味でも。よかれと思ってしてきた行動は裏目に出て、これ以上逃げることもできず決断を迫られる。

「誰もが傷つかない恋なんて、もうできない。
 誰を傷つけなくちゃならないのか、
 決めなくちゃならない」

憐れみでもなく、かずさのためでもなく。
五年前のように抱くことはしない。
代わりに覚悟する。誰かを傷つける覚悟。そうまでして自分の気持ちに従おうとする。
かずさの懇願も願いも聞き入れない。でも、かずさの想いと、春希の本当の気持ちが運命を変える。
五年間積み上げたものですら、敵に回す、それでも真っ直ぐでいようとする。

ダメな奴なんだけど。嫌いな人多そうな主人公なんだけど。雪菜を大阪で抱くシーンはとても擁護できないし、いろいろと回り道をし過ぎている。けれど自分の気持ち、かずさへの気持ちに真っ直ぐで、だからかずさの逃避ではない別の道を求めるところだけは評価できるかもしれない。

「だから俺は…
 お前を、今、受け入れることはできないんだ。
 …ごめんな」




「おめでとう!
 婚約おめでとう…っ!」

かずさの前で迂闊にも武也の電話に出てしまった春希。意図せず婚約したことをかずさに聞かれてしまう。
かずさの発する祝福の言葉。『氷の刃』が流れるとおり、あまりに痛々しい。それはかずさの内面が傷だらけになっているということもそうだが、その傷を春希が察してダメージを受けているという意味でも、何より自らが吐く祝福にかずさ自身が傷ついていることでも、この曲がはまりすぎている。悲しいくらい。


「………どうしよっか? ギター君」という曜子さんにしては珍しい本当に手がなくなった、沈黙を含む言葉。かずさに曜子さんの病気が露見してしまうのも、ccのヒロイン三人のその後を回想していく流れも、雪菜TRUEと同じ。

雪が夜空から降る中、決断を迫られる。

ccを振り返る流れは雪菜の話でこそより意味があるのかもしれないけど、自分はこのルートのためにあるように感じた。もう曜子さんは頼れない。かずさを彼女のまま世界から護ることができるのは自分しかいない。それでもたった一人で世界を敵に回していいのか、社会関係より恋愛をとっていいのか。ccのヒロインたちとの経験を顧みて助けてもらうのは、雪菜の強さに託すことを決断するあちらのルートよりも、春希がたった一人で進むことを決断するこのルートこそ相応しいと思う。

 ただ一つだけの、俺の気持ちに従う。
 …世界で一番大切な人を、選ぶ。


「俺は、お前の側にいる。
 …たとえ、全てを捨てることになっても」

ホテルに籠るかずさを連れ出した春希の、告白。

覚悟を決めた、曜子さんが言っていたように『勇気がありすぎる』春希。
本当に何とかしてしまいそうな、一人で世界に敵にしてしまうような主人公ムーブ。かっこよ…くはないか。世間の評価を得たくてもこれまでの言動で株を落とし過ぎている。

相手どるのが社会での人間関係における規範とかモラルだから、春希が格好よくても正しくてもいけないはず。実際そういう描かれ方をしていると思う。

「…お前は何も心配しなくてもいい。
 俺が…俺一人でなんとかするから」

ただ、世界を敵に回しても一人のヒロインのためにすべてを捧げる、ということ自体は恋愛モノで出てきそうな構図。だから見方によっては、プレイヤーが規範やモラルを別に分けて見ることができれば、格好いい感情移入できる面も持つといえるかもしれない。


空港に行くかずさ。間に入る回想。

「一番、大切なひとだけを救おうって、
 そう、決めたんだ」

でも、かずさが幸せになれないなら拒絶してほしいという春希。
自分がやろうとしていることの罪深さを、あまりにもな選択であることを自覚していて、かずさに手を差し伸ばしてもそれを取らないことも選択肢として与えている。

かずさを幸せにするための最善の手段をとる。かずさを選んだというだけになっていなくて、この意味で、かずさNormalを超えてる。


 噛む力が徐々に強くなり、
 やがて、指先から染み出した血が、
 かずさの喉にこくりと飲み込まれ…

「これでお前は………あたしのものだ」
 俺たちは、血の契約を交わした。

かずさも覚悟を決める。春希の覚悟の承認だからテキストはあっさり。でも口から血が滴る一枚絵が印象に残る。

かずさの行為シーンによく出てきた舌に噛みつく描写。鉄錆の味というテキスト。
かずさを象徴する行為なのだろうけど、今回は、春希の血を飲んでいる描写などにさらに意味があったりするんだろうか。


春希もかずさも、これまでの世界を裏切ることができる理由、その説得力に、なんでこんなのが書けるんだろうと思ってしまう。

葛藤、苦悩、悩む時間、いろんな要素で見せることができそうだけど、後悔することがわかっていて、周りも相手も自分も傷つけることがわかってて、自覚的に裏切る。

予想もするけど、それ以上のものが待っていようと、構わず飛び込む。
ただ、決断する。
酷いことを自覚しながら、自分でもわかっていながら、それでも選ぶ。
自ら酷いやつになるし、そして自分たちも傷つく。身勝手さも自覚し、自分たちの辛さを受け入れ、相手を傷つけることをわかっているうえで厭わない。

本作は悪意をもった人物が登場しない。だからか、あえて世間の良識とは逆側に墜ちようとする二人が映える。それは、どうしても規範やモラルがちらつくから、あまり認めたくない映え方に感じる。そのうえ、二人を動かす動機がたかが恋愛感情にある、というところが、異質だと思う。




有明の海の側の思い出の場所。
雪菜に別れを告げる春希。

「話があるんだ。
 どうしても言わなくちゃならない、大事な…」

久しぶりのデートを楽しむ雪菜。春希の気持ちを察しながら。目を背け耳を塞ぎながら。
書き方が強烈。核心に触れる前に必死に理由をこじつけて帰ろうとする様子も。春希が今日の雪菜と過ごした時間を優しい時間と表現していることも。その時間は、雪菜がずっと我慢に我慢を重ねて必死に作り上げていたという独白も。

「やめてぇぇぇぃぃぃゃゃぁぁぁぁあああ~~~っっ!」

雪菜の叫びがあまりにキツい。


『俺は絶対に小木曽から離れていったりしない!』

『それから、それからさ…
 これが一番謝らなくちゃいけないことだと思うんだけど』
『それなのに俺…
 やっぱり雪菜が大好きだから』

『だって…
 俺が世界で一番好きな人は、
 俺の前で、楽しそうに歌う雪菜だから』

『大丈夫だよ、雪菜…
 俺たちはもう、大丈夫なんだよ』
『これからは、何があっても受け止めるから。
 雪菜のこと、離さないから』

『結婚しよう。
 結婚しよう、雪菜…』

ic、cc、codaと雪菜に伝えてきた言葉を、想いを振り返る演出。合間のテキストにあるとおり、全てが嘘に染まっていく。発したのも、それを後から嘘にするのも、全部、春希のせいで。


「どうも…しなくていい。
 雪菜は、間違ってない。
 悪いところなんかひとつもない」

年が明けてから、かずさと会ってから、春希の変化に気づいていた雪菜。大阪の夜も春希が逃避していること、かずさに傾いていることを察していて、でも東京に、コンサートに行って欲しくないから身体で繋ぎとめたというセリフ。雪菜の間違っていた想い。

ccを乗り越えて強くなったはずの雪菜は見る影もない。雪菜TRUEの大阪の場面の差分で人にはいろんな気持ちがあると言っていたように、強さだけではないもう一つの、間違ってしまう弱さも雪菜の本質の一つということかもしれない。

どこで間違ってしまったのか、どうすれば自分のもとに帰ってきてくれるのか、どこを直せばいいか尋ねる雪菜。

「もう一度言う。
 何も、ない」

どんな償いだってすると言う春希。あなたはわたしがして欲しいことを全部拒否した、と言う雪菜。涙を流す表情差分。
三人でいたら駄目なのかと問われても、春希は理由を話さない。雪菜を巻き込まない。

雪菜の想いは春希が真正面から拒絶することによって、より一層心を抉られるようなキツさに満ちている。
そしてこれだけ書きながら、最後の独白がさらに強烈。

 だって、俺がかずさを選ぶのに理由なんかない。
 あいつを、誰よりも愛してる以外には。




これまでの世界が壊れていく。

曜子さんにウィーンに一緒に行ってもらえないか頼んで断られたときに、あなたにはこれから地獄が待ってるかもしれない、と言われているけど、大袈裟でも何でもなく、そのとおり世界を敵に回したツケを払わされる。


朋、依緒の糾弾。

朋はおそらくまだマシな方。もちろん雪菜を想って、婚約してわざわざ深く傷つけるようなことしてと厳しい言葉を投げつけるが、常識的というか、まだ予想できる。朋は。

 依緒は…思いっきり退いていた。

冬馬かずさとの身体の相性がそんなによかったんだと怒りのあまり侮辱する朋に、断罪は自分だけでいいと、かずさを庇う春希。
それが仇になったかのように、さっきまでの、まだ友達として春希に嘘だと言って欲しいと話していた態度が豹変する。

 顔色を失い、感情を失い、
 俺に対する熱さを、失っていく。

プラトニックであることに、雪菜は心と身体両方繋がっていたのに、かずさにはただ愛しているからという理由しかないことに、ドン引きする描写。
強い言葉だったら、想いが詰まっていたら、どんなに非難されても春希は覚悟できただろうに。狼狽えてしまう春希。想定していたよりもずっと痛かったというテキスト。

「これだけ周囲をボロボロに壊して、
 自分たちはプラトニックですって…」
「最低の純愛だね。吐き気がする」

依緒にお前そんなこと言うキャラだったっけ?とつい言ってしまいたいくらい、友情がなくなったとかそういうレベルではなく、心の底から軽蔑したようなセリフ。プレイヤーにも強烈に刺さる。


「………帰れ、お前ら」

「もう諦めろ。
 というか、お前らもう諦めてるじゃないか。
 いらねぇよこの場に」

武也が場をいったん収めてくれる。自分も言いたいことはたくさんあるだろうに、俺は諦めない、春希を必ず説得すると言って。春希を追い込む奴らはいらないと、依緒を否定し、春希に味方すると言って。


そして、その武也をも切り捨てる。

公演で缶コーヒーを二人で飲みながら、大事な話をする。時折入る夜空の背景絵が良い雰囲気をつくってくれる。
これで話の内容もよかったら、ただのその辺のゲームや漫画にありそうな感動的な場面になるのに。

武也には冬馬親子の事情を話す。雪菜にも話して三人で解決策を探すべきと言う武也に、かずさだけを選ぶため、自分のエゴのために雪菜を入れないという春希。

真っ当で良識的な立場から、かずさを最低だと言い、春希にも見損なった、軽蔑しているとはっきり告げる。きっとそれも本心だろう。本当は春希よりもずっとしっかりした善悪の判断基準を持ち、根っこの部分で真っ直ぐなやつだから。

そんなやつだから、ちゃんと『正しい事』も言った後だから、だから続くセリフは、武也の想いは、火力がすさまじい。

「けど俺、お前の親友だから。
 望みがないって分かってるけど、
 それでも、まだお前の親友だからさ…」

「だから、これが最後の頼みだ…
 頼むよ春希…元のお前に、戻ってくれよっ!」

「お前が一言、雪菜ちゃんの元に戻るって言ってくれれば、
 俺がなにもかも元踊りに戻してやる!」

「依緒も、朋も…みんな説得する!
 お前の言ってしまったこと全部なかったことにしてやる。
 だから、だから…」

否応なく感動させられた場面。音楽も『言葉にできない想い』に変わる。
春希を心配し連れ戻そうとする武也の熱い想い。依緒との関係などまるで大事ではないように、全部春希のためだけを想って言葉をぶつける。

ccを見てるから。どのルートでもこいつの言葉は響くものがあったから。普段は軽薄そうに見えてここぞというときに譲らない芯のあるやつだから。
だからここの本気で言ってくれるセリフはプレイヤーの胸を打つ。

「撤回、してくれよ…
 でないと俺、今度こそ本当に、
 お前のこと軽蔑しなくちゃならなくなるんだぞ…」

「お前を庇えなくなる…庇いたくなくなる。
 最低な奴だって、認めてしまうんだぞ…?」

「嘘だ…嘘だろぉ…っ」

友情とかそんな薄っぺらい言葉ではとても形容できないくらい。
作中のどのヒロインよりも、春希のことを理解しようとし、信じて、時には諫めて背中を押して。

これに動じないんだからな…春希、あんたすげえよ。でも、最低だよ。

「もう、行けよ。
 これ以上話しても、平行線だ」
「待てよ…待ってくれよ…っ」

「お前が行かないなら、俺が先に行くわ。
 じゃあな」
「許さねえ…
 一生、許さないから、春希ぃ…っ」

「さよなら…武也」
「ふざけんなぁぁぁぁ~っ!」




小木曽一家も、もはやこのルートの話を書くために設定されたんじゃないかと思うくらい、これまでの温かい家庭との落差によって春希をプレイヤーごと地獄に落とす。

春希の心変わりが信じられず、雪菜がどうせ何かよくないことをしたのではと、現実を受け止めきれない、お母さん。本当は春希のことを認めていたこと、嫌になるくらい信頼できる男だと思っていたことを話す、お父さん。

さらにキツさを増しましにしてくれるのが、暗転から文字通り突然襲ってくる孝宏君。ちょっと能天気なくらい、いつも楽しそうな雰囲気に書かれていたと思ったら。それこそ全部伏線なんじゃないかと思ってしまうくらい、痛みを与えてくる。春希の身体にも。心にも。きっと殴ってる本人の拳にも。音楽は当然『氷の刃』。

「姉ちゃんは、姉ちゃんは…
 姉ちゃんは、どうなるんだよっ!」

「付属の頃から付き合ってたんじゃないのかよっ!?
 婚約、したんじゃないのかよ!
 俺の兄貴になるつもりだったんじゃないのかよ!?」

「返せよ! 姉ちゃんの五年間を…
 あんたにめちゃくちゃにされた五年を返してくれよ!
 北原ぁ!」

兄貴という言葉も、返してくれよ、と言うセリフもめちゃくちゃ刺さる。そしてなにより、きたはらぁ、という声優の方の迫真の演技。これまで絶対そんなこと言うやつに見えなかった孝宏君の怒りが凝縮されているよう。

そしてトドメを刺すのが、小木曽家を後にした帰り道での春希の回想。直接的な暴力も、暴力的な激しいセリフも、彼を叩きのめすのにはもう十分すぎるくらいなのに。
春希もプレイヤーもおそらく思いっきり心に穴を開けられてたであろうこの、お父さんのセリフ。お父さんお母さんを前に謝る場面で独白に、父親のいない春希がこの人に抱いていた気持ちが出てくるから、余計に、重い。
その「他人」に向けた「失礼」なセリフは、春希にとって、わかってても、覚悟してても耐えられないくらいの重さだと思う。

「他人に暴力を振るうんじゃない。
 この人は…うちとは何の関係もない人だ」

「そして、どうかお願いだ。
 私から呼び出しておいて失礼だとは思う。しかし…」
「二度と、ここへはこないで欲しい」




小木曽家から帰る春希に追いついた雪菜。
公園で再度話す二人。

三人でいたい。そう話す雪菜に、あの空港へ向かったときの、自分が悪いと決めつけて春希に罪はないと論理を飛躍させていた過去を重ねる。五年前の間違ってた頃に後戻りしてしまった、雪菜。

「だから、ねぇ、春希くん。
 わたしを、入れてよ…
 仲間外れに、しないでよぉ…っ」

雪菜を拒絶する。
三人には戻れない。戻ってしまったら、もう二人には戻れなくなるから。春希がかずさを選べないから。

恋愛関係をあきらめ三人でいることに活路を求める雪菜のことを、現実逃避や論理の破綻、妄想のように表現する春希。
春希への恋愛感情は確かに本物だと思うしそれを否定するのは間違いかもしれない。けれど三人への想いも同時に本当なのではないかと思ってしまう。
五年前からずっとということでもそうだし、雪菜の根本には春希と恋人になれないことより、三人が終わってしまって一人になることの方が嫌なのでは。千晶TRUEに出てくるように『怖くて、本当に怖くて仕方ない』のでは。

「俺だけ、なんだ。
 あいつに必要なの、俺だけなんだよ」
「ぁぁぁぁぁ…っ」

「雪菜…もう俺のこと忘れてくれ」

「俺も、雪菜のこと、忘れるから」

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!」
「かずさと行くよ…
 俺、かずさと一緒に行くんだ」
「うあああああああああっ!
 いやあああぁぁぁぁぁぁ~っ!」

雪菜は周りの人と、世界と繋がって生きる普通の人だから。だから、かずさと一緒にはいられないと、捨てる。妄想だからといって拒絶するのではない。もっと本質的な理由になっている。

三人になりたい、世界と離れてでもウィーンについていきたいという雪菜の想いが間違ってるなら、当然自分たち二人と世界を分けようとする春希もかずさも間違っている。
雪菜を拒絶する理由を冷静に語りながら、そんなことはきっと春希もわかっていて、でも決断したからどんなに厳しくても、痛みを伴っても、大切な人を傷つけても、また裏切っても、止まらない。雪菜を拒絶し、絶望させ、見捨てることになろうと躊躇わない。

 かずさと、行く。
 もう、俺たち以外は誰もいない。
 かずさのためだけの世界で、俺は生きていく。
 かずさを守るため、
 これからも俺だけは世界と触れていくかもしれない。
 けれどその刺激を、かずさのところに持ち込まない。
 もう、揺れない。
 かずさと俺の世界に、誰も、入れない。




失って、罰を受けて、雪菜に別れを告げて。
ぼろぼろになってマンションに戻ってきた春希。傍にいて一緒に眠るかずさ。

「任せておけよ、春希。
 今度は…あたしがお前を護る」

 その時の俺が泣いていたかどうかは、
 もう、俺にはわからなかった。

春希の信念。決断した後の行動力。覚悟。揺るがない。

そしてしっかり傷を負う。罰を受ける。痛み。心の。身体の痛みを感じる余裕もないほどの厳しい心の痛み。
それらを一身に浴びながら、覚悟もしてたけどそれ以上の痛みを当然のごとく受けながら、それでも決めた道を進む。

だから部屋に戻ってかずさと眠るときの、泣いてるであろう姿が無性に響く。全部わかってやっていて、自覚して自分の大事なものを壊して、かずさに慰めてもらって救いを得て、そのことですら自分を責めて。

曜子さんは春希のことを、勇気がありすぎる、怖いと言っていた。
精神面のタフさも、痛みや苦しみに耐える強さもある。
痛みを感じる普通の感受性もまともな心も持っているのに、決心したら、一番大事なものだけを護ると決めたら、周りを壊してしまうことに躊躇がない。

それでも内面はまともなやつだから、ダメージは受ける。一人になれば、夜がくれば泣く。この人間でありながら、世界をまともに相手にする描き方。
最低の主人公かもしれないけど、受け入れられない人は多そうだけど。
でも、こんなに強い人間は、フィクションの中でも、ほかのゲームの中でもなかなかお目にかかれないのでは。

誰かを傷つけるとき、自身も傷ついている。
それが執拗に描かれる。
そこにこの作品の面白さの本質があると思う。




雪菜と話す、かずさ。
裏では、内緒で春希に悟られないように企画し、会社の送別会をしてくれる同僚たち。社会的な関係には優しさもある。当事者でない距離感だからこその、気遣いと優しさが描かれる。

そして壊れてしまった、心を病んでしまった雪菜の描写が、とってもキツい。このライターの方の書く鬱はほんと怖いくらい。

「だから…ピアノを捨てるくらいしかないんだ。
 ごめんね、雪菜」

結局かずさが自ら手を怪我しようとするのを止めてしまう、自分で自分のしたことがわからない雪菜。


かずさと別れ、一人街を歩く雪菜。事故に遭ったらしき音の演出。行方を晦ましてしまう。
雪菜が呟いていた歌詞の中身と、一番の被害者なのに自分を自分で責めているような意味深なセリフ。すでに許容量を明らかに超えるくらい酷い目にあってるはずなのに。やり過ぎともいえる展開。

「届かない恋をしていても…
 映し出す日が来るかな…」

「卑怯者、卑怯者…」
「小木曽雪菜の、卑怯者ぉ」




 けれど、その表情や言葉は穏やかで、理性的で、
 いつもの優しい雪菜そのものだった。

事情を聞いてコンサートホールから飛び出し、雪菜を見つける春希。
再び有明の海沿いで二人で話す。身も心もぼろぼろのはずなのに、むしろいつもの優しい姿を見せる。

「五年だよ…?」

「三年間、ずっとあなたとすれ違って、
 二年間、ずっとあなたと触れ合ってきたんだよ?」
「嬉しいことも、悲しいことも、
 ずっとあなたと二人で積み上げてきたんだよ?」

「わたし、そんなにあなたに影響与えられてなかったの?
 そんなに…あなたと絡み合うことはできなかったの!?」

行方を晦ませていた間に思い出の地を回ったという雪菜。春希が出逢ってから、icからこれまでの雪菜との思い出を一枚絵とともに振り返る。これが最後であることを引き立てるような流れ。結局、あの日、別れを告げた一番悲しい思い出の場所に戻ってきてしまう。辛くて、悲しくて、どうにかなってしまいそうになるこの場所に。

「こんなに悲しいのに、
 こんなに心が引き裂かれてるのに…」
「でも考えちゃったんだ…
 お父さんもお母さんも孝宏も、心配してるだろうなって」
「依緒や武也くんや朋、探してるんだろうなって。
 会社の人たち、連絡取れなくて困ってるんだろうなって」
「そういうこと、考えちゃったんだ」

でも正直に告白する。悲しいはずなのに、自分の周りを壊すことも振り切ることもできなかった。春希だけにこだわれなかった。

「やっぱり、かずさより、本気じゃなかったんだよ。
 あなたのこと、そんなでもなかったんだよ…っ」

春希くんにはもう関係ないかもしれないけどと言いながら家族に連絡を取ってしまった話をするのも、春希のそんな雪菜だから愛したという独白も、コンサートの日に春希に探させてまた邪魔したことやかずさに酷いことを言ったと謝るのも。春希はもう声を掛けられないから、誰もその本心を慰めることはできないから、救いはきっと誰からも与えられないから、画面の中の二人も見ているこちらも本当に辛い…。

春希のために全てを捨てられるかずさに敵わなかった、自分はかずさより本気じゃなかったんだと言うセリフ。
本音のようで本音じゃないように感じる。もう春希を楽にさせるために、恋愛における自分の負けも、三人になろうと無理についていくこともできないことを覚って、どんなにぼろぼろになろうと最後はちゃんと別れようと、春希の負担を減らそうとしてくれてるようにもみえる。

 俺が愛したその強さで、
 俺から、一歩離れてみせた。

 それは気高く、美しく…
 そして俺にとっては、
 とんでもなく身勝手だけど、身を引き裂かれる笑顔。

五年前も自分が邪魔しても変わらなかった、後はかずさに任せる、というセリフ。
雪菜の強さをみる、春希。春希を通して描写される笑顔とその深い意味。

「ちょっと言い方変えるね。
 ごめんね、かずさ…
 ちょっと長く借りちゃったけど、春希くん、返すよ」

諦めることを口に出して伝えることのできる、二人と一人であることを覚らせてしまう、かずさを祝福してしまう、強さ。

 痛みを感じちゃいけないのに。
 手を伸ばそうとしたら駄目なのに。
 なのに、今の雪菜は、
 まるで聖母のように穏やかで、優しげで。

 とても儚かった。

少し前の同じ場所では絶対に認めようとしなかったのに。あの時よりもずっとぼろぼろのはずなのに。自身の身体のことを何も覚らせない、気丈さ。

「あなたのこと、邪魔しなくてよかった。
 本当に、よかった」
「知られなくて、よかった…
 かずさにも、春希くんにも、誰にも…」

小声で春希に聞こえないようにつぶやく。
事故のこと、怪我のこと。コンサートのために、かずさを動揺させないために、知られまいと姿を消し、春希の前でも気丈に振舞う。
雪菜の強さ…。最後にこんな書き方するとは。
あれだけ泣き叫んで、悲しんだ描写よりも、ずっと感情を持っていかれてしまう。あんなに心に刺さる叫びよりも、こちらの強さの表現の方が、より強烈に惹かれてしまう。

「だから、ここでさようなら。
 …ね?」

「大丈夫…
 もう、大丈夫なんだよ、わたし
 …だって、みんながいるもの」

「家族も、友達も、会社の人たちも…
 みんな、わたしを支えてくれる」

「たとえ、たとえどんな大きな傷だって、
 いつか、塞がるよ」

「それじゃあね、春希くん…」

「お幸せ、に」


最後の、我慢していた雪菜がついに倒れる音。これ以上話が悪くならないでほしいと願うとともに、いまにも倒れそうなくらいの状況で必死に耐えていたであろうことが察せられる。

世界と、周りの人たちと離れられなかった雪菜。そして、その大切な人たちのもとへ帰ることを告げる。春希とお別れし、二人を祝福して。

この書き方。雪菜の雪菜らしい、心の内のエゴだけではない部分が、世界を、周りを大切にしている部分が、最終的に春希とかずさと自分を分つものになる。
恋愛の話でありながら、もっと大きな関係の中で描くからこその内容。ただの三角関係の話とはとても括れない。雪菜の人物としての描き方も。別れ際の内容の濃さも。




3月23日。冬が終わってしまい、日本を発つ飛行機が離陸する場面。直前の曜子さんとの会話はこのルートなりに、離れることを決断したかずさの想いが感じられる。

処分を忘れてきてしまったギターを思い出す春希。もう弾かないから、ギター君じゃないから、雪菜に捧げたものだからという独白。曜子さんに安物と言われていた一本のちっぽけな楽器に、別れを告げるこれまでの世界と、変わってしまった春希が映るようで、沁みる。


ギターが引き金となり、雪菜を想って、思わず涙が零れてしまう春希。

「違う…これ、は」
「違わない。
 それは、違わないんだよ」

「自分を責めてもいい。泣いてもいい。
 後悔なんて、何度でもすればいいから」

「だけど忘れるな…
 それはお前のせいじゃない」

血の契約を交わしてからは、その契約内容は何が書いてあるの?と突っ込みたくなるくらい、かずさTRUEなのに思ったよりも活躍しない。
そんな彼女がでも言葉を尽くして、春希に届けようとする。

「そうさ、あたし今、世界一幸せだ…」

「幸せだ、あたし幸せだよ、春希」

「やっと、お前の胸の中に帰ってこれたことが。
 お前があたしのもとに帰ってきてくれたことが」
「それが、こんなにも…
 この世に生を受けてから、一番幸せなんだよ」

コンサートを成功させたことも一つの成果だろうけど、それよりもずっと春希の琴線に触れる、彼のやったこと、成し遂げたことを肯定するセリフ。
全てを敵に回して護ったものがあること、春希を承認する大切な役割。


 かずさの言葉が、
 俺をかずさへのいとおしさで溢れさせていく。
 けれどそれは、
 雪菜への想いを打ち消してくれるものじゃなくて…
 三人でいた…
 あの危ういバランスの中で、
 けれど最高に楽しくて、ドキドキした、
 たった数日間の記憶を鮮明に思い出させる。
 雪菜への気持ちまでも、
 溢れさせていく。

かずさの言葉が、これまでの三人でいた思い出を、春希の中の雪菜への気持ちまでをも溢れさせてしまう。

全てを敵に回してぼろぼろになりながらここまで護りきれたのに。コンサートを成功させ、次の生活へ向けてスタートも切れたのに。
ここは一つのゴールなのに。

嬉しいはずの、喜ばしいはずの、達成感に溢れるべき瞬間は、むしろその感無量とでもいうべき心の動きによって、ずっとため込んでいたもの、耐えていたもの、心の奥底にあるとても大切なものをついに表に出してしまったようにみえる。

 もう、止まらない。
 かずさへの、溢れる気持ちが。
 一生消えることのない甘みが。
 雪菜への、溢れる気持ちが。
 一生癒えることのない痛みが。

涙が、嗚咽が、止まらない春希。

内面の防波堤を決壊させるものが、雪菜への想いと、かずさによる受容と、三人の思い出であることが、この場面を、ここまでの物語を、この作品を、強烈に記憶に残るものにする。

かずさの「ごめんな」「そして…ありがとう」。
読み手に響く。

そして空の背景に重ねた春希の独白。
次に陸を踏んだ時は、恋人を護る強い自分になっているのだから。
かずさへの溢れた気持ちはそのままに。
雪菜への溢れた気持ちは、これが最後だと、絶対に最後だと自分に言い聞かせる。

決意や誓いというよりも、止められない溢れた気持ちに対して、これではいけない、自分は強い男でなければいけないから理由を無理矢理つけて最後にしようとしているよう。
自分の心に対して、コントロールできない溢れてしまう気持ちに対して、けじめをつけなければいけないと、抑え込もうとしているよう。
そうまでして、自分の選択を、すべてを捨ててでもたった一人のために生きるという意志を押し通す。

一生癒えることのない痛み。
ずっとこの先も痛みを、思ってはいけない想いを抱えて、それを弱さだと強い自分は持ってはいけないと責め続けるのだろう。


なんちゅう書き方。
恋愛しかしてないのに、ほかのゲームのどんな主人公よりも、下手したら強いのかもしれないと思ってしまう。

ccが雪菜の話なのに対して、codaはかずさの話。彼女の問題とその解決。五年前で止まってしまったかずさが、再び前に歩き出せるか。

かずさが春希を自分の世界に入れるけど、壊してしまい手放す。

雪菜の強さによって、世界から逃げていたかずさが前を向く。

春希がたった一人で立ち向かい、世界のすべてからかずさを護る。

数あるルートの中でも、かずさTRUEは異質。
北原春希の物語、になってると思う。
ライターの方が執筆順を話しているインタビュー記事を読んで、かずさTRUEを最後に書いたことにどんな意味があったのかずっと気になっていたけど、おそらくこのあたりにあるのでは。
嘘だらけの汚くて卑怯な、とてもプレイヤーに受け入れられそうにない主人公の、その本質を書き切ったような 、そんな物語に感じてしまった。




エピローグ。
忘れていったギター。春希が捨てたものの象徴のよう。

雪菜によるPOWDER SNOWの弾き語り。
背景絵を使ってこれまでの思い出の地を振り返るような画面の見せ方。

「元気ですか?
 わたしは、今でも歌ってます」

ドイツ語のメッセージ。
春希とのつながりであるギター。
三人のつながりである「歌」。
失恋の歌『POWDER SNOW』。

意味がたくさん込められているような、でも実のところは意外とシンプルな気もする場面。考察や感想を書く人の中には鋭いことを言っている人がたくさんいそう。

そんなに難しいことは考えられないけど、自分はWHITE ALBUM無印に出てくるこの歌の解釈の一つのように感じた。本編で春希にしっかり別れを告げた雪菜が歌うその歌は、悲しい歌にも聞こえるけど、離れてしまった人を今の新しい生活の中の自分が想って歌うから、だからただ失恋に打ちのめされたというだけになっていない、前向きとも違うけれど、もっと複雑で透きとおった想いが込められているように感じた。

もちろんこのタイミングで、ギターをあえて新たに練習してこの歌を選ぶ雪菜も、なんとも雪菜らしいと思う。

それでも、画面の中の明るい様子と、力強ささえ感じるその歌声は、悲恋というものを超えた少し異なるものを感じさせてくれる。


最後に、icの武也の懐かしいセリフを。

「また古い曲弾いてるな春希。
 …確かそれ、別れた相手をずっと想ってる歌だよな」








総評

バックログジャンプやオートセーブもなく、ロードするとバックログが消えてしまう。セーブがこの長大な話に対して100個しかないため細部を振り返りにくい。ロードしたときの画面のセリフを読んでくれず、バックログにも出てこないのも、痒い所に手が届いてない。

一枚絵は優れたものがたくさんあり、立ち絵も年代の移り変わりに応じて豊富に用意されている。
しかし、長大な物語に対して表情差分がどうしても少なく感じるし、一瞬一瞬の心情、非常に繊細なテキストによるキャラの内面の表現に対して立ち絵が表現できてないと感じることが少なくなかった。ただし、これは物語の長さや緻密な心情表現がウリの本作に対して求めすぎともいえる。その意味でノベルゲームの形式でできる限界にぶつかっているようにも思える。

反面、音楽が相当助けてくれてる。場面に寄せたもの、キャラの心情に寄せたもの、音楽を切り替えるタイミングを含めとても丁寧に作られていて、しっかりプレイヤーの心を揺さぶってくる。

テキストにおいて、台詞と地の文それぞれで別の話をしているような書き方が多用される。
バックログで読み返すことになったり慣れるまでは不便にみえるが、喋っている事と考えている事が必ずしも一致していないという実際の会話に寄せた表現になっていることで、臨場感を高めていると感じる。何より、口から出る内容と、春希の本音や相手の言動への洞察が一致してないことによって、登場人物の心情を非常に効果的に表現している。

このライターの方らしい会話劇にも魅了された。
本稿に引用したものはどれも好きな場面ばかりだけど、言語化が何ともしづらいという意味でも、麻理さんとのクリスマスの夜の職場でのやりとりは特に好きな場面。登場人物が想いをぶつけあうところも強烈だけど、こういう何とも表現しづらい男女の機微が宿る掛け合いはたまらなかった。

icの感想と被ってしまうが、テキストによる描写、それも劇中の人物を主人公をとおして、もしくは客観的な視点から見た状況描写は、文や言葉単体は簡素でたいした意味を持たないのに、文脈や話の流れから「意味」を感じとることで堪らないものになっていた。
間に合わなかった春希にキレる麻理さんの瞳の色、かずさNormalの後ろから抱きしめる場面の瞳と頬、雪菜TRUEでの収録後のピアノの鍵盤の描写が特にお気に入り。

ワンクリックごとにどこまで表示させるのか。
「なぁ、春希」といったようなセリフの頭に軽くクリックを挟むことで、キャラの会話しているリアルで自然な感じに一役買うような手法も頻出していた。それも特徴だと思ったが、地の文こそ表示を短く切ることで効果的な演出になっていたと思う。
出てくる場面は少なかったと思うが、やはり印象に残っているのが夕方の第二音楽室。『額が、こつんとぶつかった。』。どんなセリフよりも、声優の方の名演技よりも目を奪われ心を掴まれた。

余分な場面をあげるのが難しいほど、各シーンに意味があって構成の妙を感じる。けれどしっかり取捨選択されているはずなのに、物語が非常に長くどうしても時間がかかる。話が面白くて引き込まれるので、体感は数字ほど長く感じないところは救いではある。


いろんな意味で簡単に自分の中での評価を書かせてくれない作品。

おそらく筋書きも、無印を下敷きにした書きたいであろうものも、言葉にすれば単純かもしれない。
けれど、そうした短い文章ではとても表現しきれないような、やるせなさや切なさといった上っ面の語句はでてきても、そこに込められたこの物語の面白さを取り出すのは何とも難しいという思いにさせてくれる。
多分本当に取り出そうとしたら、テキストの一文一文や一つ一つの言葉だったり、音楽の、しかも流れるタイミングや劇中の使われ方を含めたものだったり、画の見せ方といった一瞬一瞬の演出、声優の方の演技に宿る、それこそ息の入れ方や語尾の持っていき方といった、細部に目を向けないことにはまず始まらないだろう。

膨大なボリュームとゲームに引き摺り込む力の強さ。
日付、時間の積み重ね、生活感のある画づくり、効果音といった、虚構でありながら現実に寄せた「リアリティ」を最大限生かす工夫。もし主人公にボイスを付けなくて、こんな重たい話に一人称として本当に没入してしまったらどうなるんだろう、とちょっと怖くなるくらい。ノベルゲームであることの特性を、少なくとも一定の方向で活かしきっているという意味で、到達点みたいな言い方も可能だと思う。

icからずっと思っていたけど、特に雪菜は、声優の方の解釈の解像度が高すぎてひくレベルだと思う。もちろん、ディレクションもあるだろうし、出来上がったものを後から見ているから正解がこの演技だよと言われているだけという見方もできるんだけど、それでもテキストだけから本当にここまで起こしたの?と控えめにいって驚嘆するくらい雪菜というキャラにいる「人物」を感じられた。

ちなみに、雪菜だけ演技が突出しているとか、そういう意味では決してないです。全体が長くて、何度もヒロインと接する機会があることによる愛着の効果を脇においても、演技も、声に宿るキャラらしさや内面がにじみ出てる感じもどれもとても好き。依緒や武也はもちろん、かずさもこの方の演技抜きには語れないでしょう。

キャラだけなら亜子はもっと見たかったというか、勝手に魅力を感じていた。ただ、攻略したいともルートがほしいとは全く思わないし(春希と関わって欲しくない)、孝宏君は決して悪いキャラじゃないんだけど小木曽家ともあまり関わって欲しくないと思ってしまった。


尋常じゃないゲーム。この先もずっと遊び継がれてほしいし、氷の刃でずたずたにされる感覚を浴びせ続けて、そして、他の媒体でも他のゲームでもできないこの冬の切なさでこれからも多くの人を打ちのめしてほしい。