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amaginoboruさんのCrescendo ~永遠だと思っていたあの頃~の長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
Crescendo ~永遠だと思っていたあの頃~
ブランド
D.O.(ディーオー)
得点
97
参照数
436

一言コメント

喜びも悲しみも苦しみも、全てを等しくセピア色とする物語。何もかも失ったかのような瞬間すら「あの頃は良かった」とできる優しさはしかし、悲寂を旋律として遺したからこそ無残とはなりませんでした。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

罪に自覚的な人達の物語です。他人の恋心を弄び、弟に恋愛感情を抱き、体を売り、
姉を襲い。どれを取っても非倫理的で赦されざる行為なのに、過ちから目を背けない
から綺麗に映る。綺麗事で終わらせず闇を自覚し、他者へ道を譲り合う純粋な彼らの
物語は、読み手の希った青春を色鮮やかに起こしていたように思います。

そんな優しく純粋な彼らの物語がゆえに、いずれの結末も優しく色褪せます。想いが
通じ合えた時はもちろんのこと、袂を分かつ道でも後に「あの頃は良かった」と述懐
できる結末なのは、過程が優しさや純粋さから生まれているから。

もっともバッドエンドらしい優佳の「オールド・パル」ですら、やりきれない思いを
抱いたまま高校生活を終えたからこそ得られたのであって。香織のバッドにしても
同様。たとえその瞬間こそ落胆に塗れたとしても時が経つにつれ「失恋と共に大人を
実感した青春」として、ほろ苦くも良い想い出へと移りゆくのでしょう。

時に苦悩に苛まされ、時には幸せを2人でわかちあった、高校生活最後の5日間。その
瞬間が人生の頂点あるいは底辺に感じたような出来事も、時間は全てを優しく懐かしい
思い出へと変えてしまう。永遠だと思っていたあの頃も、今となっては色褪せた一葉の
写真から僅かに「良い思い出」として振り返れるだけ。

永遠に感じたあの頃を、等しくセピア色とする物語。
それが『Crescendo』という作品なのでしょう。



同時にそれは、美夢の存在をも鳶色の一葉へ閉じ込める行為です。あれだけ波乱めいた
5日間ですら色褪せてしまうのに、僅かしか共にしなかった彼女を覚えていられるわけも
なく。かといって事実だけで憐憫や悲しみを向けてしまえば、それは大した友誼も
なかった同級生のすすり泣きと何ら変わらないわけで。

式場で写真を渡された涼はどんな感情を抱けば良かったのか。他ルートにおける卒業
写真と異なり思い出としてはいけない、しかしどうすることもできない。若くして
この世を去った美夢とって、セピア色とは自己の消失に他なりません。誰の記憶にも
残らない、この上なく残酷な物語です。

記憶の劣化は生きる人の過去、その多くを優しさで丸めてくれます。しかし世を去った
人にとっては全てを忘れられてしまう、残酷極まりないものです。作品の主題として
酸いも甘いも全て許したセピア色が、美夢ルートだけはそうあってはならない、なって
ほしくはない、けれどどうすることもできない存在として立ちはだかります。

しかし美夢の生き様であったピアノが記憶を、そして存在を繋ぎとめます。
フロッピーに残された原曲より緩やかな旋律は、彼女と共に過ごした僅かな時間を
改めて鮮明にしてくれる。細っこく大人しい中にピアノへの愛情を持っていることを、
そしてもういないことを思わせてくれる。泣くことを許されます。

夢の中をたゆたうような優しさと、孤独の寂しさ悲しさを思わせる美夢の『solace』。
それは優しさだけを与えるセピア色と異なり、主人公と読み手に沈鬱な感情を与えます。
しかし全てを不確かな思い出へと変えず、静原美夢を僅かにでも永遠に留めたからこそ、
無残とならず優しいままで作品は幕を閉じた。私にはそのように受け取れました。