yujitさんの「潮風の消える海に」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

鶴見線沿線という舞台設定が素敵です。数年前「逃げ恥」のドラマ版が「ムズキュン」と評されたことがありましたが、さしづめこちらは「ムズムズムズムズキュンキュンキュン」でしょうか(「ムズ」が強め)。壁にぶつかったと感じている人にぜひやってほしいゲーム。
 今年の夏、久しぶりに鶴見線に乗る機会があり、家に帰ってからネットで鶴見線関係のサイトを見ているうちにこの作品の存在を知りました。ダウンロードサイトでの購入です。

○世界観、シナリオ
 「鶴見線沿線が舞台のゲームがある」ということから入ったこともあるのですが、舞台設定がとてもいいなと思いました。ヨットがテーマだと湘南や房総の方が向いているのかもしれませんが、工業地帯の人工的な海、休日はひとっこ一人いなくなり寂寥さを感じる空間だからこそ、屈折した主人公とヒロインの気持ちに合っていると思いますし、学校でも家庭でもない秘密基地のような場所を作るのにぴったしなのではないでしょうか。
 また、ヨットの修理代のためだったり、校則があったりして携帯電話が作中にほとんど出てこないところも、主人公とヒロインのすれ違いを作るためのよい設定だと思います。
 生い立ちや家庭環境にコンプレックスを感じ、心を屈折させてしまった主人公とヒロインが、互いに惹かれ合うことを通して、まっすぐに生きていこうとするまでのストーリーは心を打ちました。
 心情をストレートには表現しない地の文、行間を読ませる文体は何度も読み返して味わっています。
 
 ただ、突っ込みどころも多いです。
 ・婚約者が16歳でいるという設定は、登場人物たちも感じているようですが、現代ではなかなかあり得ないように思います。真摯に親と向き合うという地に足の着いた解決法をするのだから、問題の方もリアリティのあるものにした方がよいと思います(ここだけ、70~80年代の大映テレビのドラマみたいな世界観)。性的虐待やDVなどだと警察や児童相談所の介入が必要になりますので、深刻だけど親と真摯に話し合えば解決できるような問題というと、許嫁(いいなずけ)だったのかもしれませんが。
 ・美潮が親に心を開くところはさらっと終わっていますが、それでもまだ描写している方だと思います。しかし、進と父親の和解のエピソードはもっと深めてもよいのではないでしょうか。
 ・未成年飲酒・喫煙については、表現上必要だと思いますが、お台場のレストランでワインを飲んだり、家でエビスビールやアイラのモルトを飲んで深酒したりするのは、年齢にそぐわないように感じます。ああいうレストランでワインを注文するなんて経験は30代後半の私でもまだないですし、エビスなど高いビールを飲むのは月1回あればいい方です。高校生が失恋の憂さや自分のふがいなさをアルコールで紛らわすとしたら、もっと安い酒にした方がいいと思います(父親が飲むために買っていたのだったら仕方ないですし、酒の飲み方が分からない未熟さの表現なのかもしれないとも思いました)。
・聖ヨハネスは、校則で携帯が禁止されていたのではないでしょうか。3年生になったときに認められたのでしょうか。
・親権停止という言葉が進の父親のセリフにありましたが、発表当時は親権喪失の制度しかなく、親権停止の制度ができたのはもっと後です。弁護士のセリフなのだからきちんと民法くらいは調べておきましょう。

○グラフィック
 鶴見線には何度も乗りに行ったことがあり、海芝浦駅にも行ったことがあるので、背景の精緻な描写には驚きました。
 美潮の髪の色や胸の大きさは文章と合っていないように思いました(あれならDカップくらいはあるのでは?この世界ではあれで貧乳なんでしょうか)。

○声、BGM、音楽
 BGMはほかのゲームからの使い回しとのことですが、そのゲームをプレイしたことがないので、気になりませんでした。美潮との会話のときによく流れる感傷的なメロディの曲が好きです。
 そして、「セイリング」が本当に素晴らしいと思いました。曲単独で聴いてもいい曲だと思いますが、ストーリーを全部読んでからだと、歌詞の奥深さを感じます。「その時の自分には大地は平らで 海はその端からまるで滝のように流れ落ちていた」という歌詞は、主人公たちが親の気持ちを理解せず誤った世界認識を基に自分から行き止まりに進んでいたことを象徴するように思います。

○キャラ
 美潮の強気な感じにはドキドキします。私も海に落とされて踏んづけられたいです。
 浩介と莉佳子のアナザーストーリーも見たい。

○エロシーン
 ストーリーを展開させる上での性描写という感じがして、うまくはまっていると思います。射精とともに女性もオーガズムに達する予定調和がないところも、現実的な感じがします。

 誰も指摘していないようですが、作者が影響を受けたのではないかと思われる作品があるので、ここで紹介しておきます。那須正幹(ズッコケ三人組シリーズの作者)が1980年に発表し、2010年に文春文庫に再録された『ぼくらは海へ』という児童文学作品です。
 ざっくりというと、家庭環境などに閉塞感を感じていた小学校6年生の子どもがいかだを作って海に出るというストーリーです。海に出た子どもたちは行方不明という終わり方で、明るく健全な世界を描いていた児童文学の歴史を変えたとも評価されています。海への航海に現状からの逃避、閉塞感の打破を重ね合わせているところは、『潮風の消える海に』を読んだときに、『ぼくらは海へ』に似ていると思ってしまいました。
 『ぼくらは海へ』で破局的な航海に出た小学生たちと違い、進たちはヨットでの航海での駆け落ち(あるいは現状からの逃避)をするのではなく、また美潮はお父さんのところへ行くこともなく、きちんと自分の問題に向き合って生きていこうとします。それはなぜなのでしょうか。年齢を重ねていたことで思慮深くなっていたという理由もしれませんが、やはり進と美潮が互いを信頼し一体感を持つようになっていたからだと思います。互いの家庭を客観的に見て、きちんと意見し合えていたから、破局的な終わり方にならなくて済んだのでしょう(単に、進がヘタレで、行動力がなく、親を捨てての航海を躊躇しただけというけがの功名なのかもしれませんが)。

 登場人物と年齢層の近い人が読むとすごく感情を揺さぶられると思います。そうでない人も、日々の生活に閉塞感を感じたり、壁にぶつかったと感じたりしている人には、「少しはこの人生も悪くないって思える」作品だと思います。私は、行き止まりだと思っていたところからさらにその先へと進む元気をもらえました。

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