Gore Screaming Showさんの「沙耶の唄」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

作品の構成と、主人公はなぜ沙耶の本当の●を見ていないのかという疑念に対する私見
全く同じ内容を分かりやすく色つきで書いたのでよければ以下のリンクで。
こちらの方が理解しやすいと思います。
http://gorescreamingshow.jimdo.com/%E6%B2%99%E8%80%B6%E3%81%AE%E5%94%84-%E7%B0%A1%E6%98%93%E8%80%83%E5%AF%9F-%E6%89%B9%E5%88%A4/
(2014 07/12追記)

作品の構成
良く言えばシンプル、悪く言えば幼稚。

恋人が非処女でも愛せるか
恋人が少女でも愛せるか
恋人が人殺しでも愛せるか
恋人が化け物でも愛せるか
恋人がレイプされても愛せるか

これらの心理的演出をまとめたもの。
また、作品のアイデア自体は『火の鳥』のオマージュ
(*虚淵氏の作品にはオマージュでは済まされないものが散見されますがこの作品はオマージュの範囲に止まっているとし、減点していません。)
上に見た通り、純愛がテーマなのですがそれにしては疑問に思う箇所が1つ。

”なぜ主人公は沙耶の本当の姿を見ずに終わるのか?”

これはどうやら他の方も疑問に思ったらしくいくつかそのような感想が見えます。
そこで自分なりにこれが正解ではと思うものをいくつか考えてみました。
(プレイしたのが数年前なので間違っている箇所、見逃している記述等があるかもしれません。
もしそのような箇所があればご指摘いただけると幸いです。)

(i)嘘くさくなるのを避けた可能性
映画『タイタニック』では船が沈みそうになったとき、乗客全員が我先にと救命ボートに逃げ込みます。
しかし映画の元となった海難事故では、女子供を優先して救命ボートに乗せ男たちは海に沈んだそうな。なぜ映画でそのような改変を加えたのかという問いに対し、
製作関係者は「誰もそんなの信じないから」と答えたそうです。つまり、主人公が沙耶の醜悪な姿を目にしても沙耶に対する愛情を損なわないというのは
あまりに嘘くさいからそれを避けたのだとする可能性です。ある意味、上手い落とし所でしょう。
この仮定が正しいかは分かりませんが、そういう側面がある可能性は十分だと思います。


(ii)主人公=プレイヤーのアバター、沙耶=二次元の象徴とした可能性
記憶が怪しいのですが、たしか沙耶は異次元から来た存在だとする記述があったように思います。
これはラヴクラフトによる小説作品『異次元の色彩』から来てる表現なわけですが、それ以上に「病院の扉を挟んで向き合う主人公と沙耶」を
「パソコンのモニターを挟んで向き合うプレイヤーと二次元の少女」と対比している可能性があると思います。
なぜなら沙耶の本当の姿を見ていないのは主人公だけではなく、画面の前の私達もそうだから。
仮にこれがライターの意図したものなら、なかなか良いエンドだと思います。


(iii)主人公=虚淵氏のアバター、沙耶=虚淵氏の理想の少女である可能性
人をイラっとさせる仮定。なぜこのような過程が成り立つのかというと、その説明には『魔法少女まどか☆マギカ』についてまず触れなければなりません。
(沙耶の唄も同じ内容を含みますが、そちらの方が分かりやすいのでそちらを引用します。『魔法少女まどか☆マギカ』のネタバレを含むのでこれから見る予定のある方はスルーして下さい)
氏はその作品において「魔法少女が希望を振りまくように、魔女は絶望を撒き散らす。」
「この国では、成長途中の女性のことを『少女』って呼ぶんだろう?だったらやがて魔女になる君たちのことは、『魔法少女』と呼ぶべきだよね」
との台詞を残しています。これはつまり「(この国において)成熟した女は害悪で、少女こそ至高」だと言ってるのと同じことです。
(魔法少女⇔魔女 = 希望を振りまく⇔絶望を撒き散らす = 少女⇔女性)
限定的な女性批判とでも言えばいいのでしょうか。これに始めて気づいた人にはショックかもしれませんが、
自分がここで述べたいのは虚淵氏の捻じ曲がった性格や性癖への批判ではなく、沙耶が少女の象徴である可能性が高いという事。
実際、主人公に想いをよせている成熟した女性はその価値を否定されるかのように沙耶(少女)によって陵辱されます。
氏が意識したのかは分かりかねますが無意識的にそういった側面を投影した可能性は十分にあると思います。
もしそうだとするならプレイヤーへの侮辱とも取れるでしょう。なぜなら沙耶をレイプした隣人こそがプレイヤーのアバターとも考えられるため。
つまり、画面の前で沙耶を見てシコってるプレイヤーは沙耶を汚す存在でしかないということ。
そしてこの作品自体が虚淵氏の少女愛の塊ということになります。


とまあこんなところですかね。
Android版が出たということで、懐かしく思い書いてみました。
(ii)は恐らく深読み。個人的には(iii)推しです。
書いてて思いましたがほんとうに虚淵氏はなあ・・・。
先に書いたようなメッセージに気づかずにまどかのコスプレをしている方や氏の作品を絶賛するだけの方などは止めた方が良いでしょう。
失笑を覚えます。
この作品自体は(成熟した女性への批判を除けば)悪い作品じゃないですし、嫌いじゃないんですが。
諸手を挙げて絶賛するには少々、問題があるように思います。
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