soulfeeler316さんの「MUSICUS!」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

95MUSICUS!
飛んで火に入る音の虫
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「音楽は自分自身を、自分の真の状態を忘れさせ、自分のではない何か別の状態へ運び去ってしまうのです。音楽の影響で、実際には感じていないことを感じられるような、理解できないことを理解できるような、出来ないことも出来るような気がするんですよ」

「この音楽ってやつは、それを作った人間のひたっていた心境に、じかにすぐわたしを運んでくれるんですよ。その人間と魂が融け合い、その人間といっしょに一つの心境から別の心境へ移ってゆくのですが、なぜそう出来ているかは、自分でもわからないのです」


レフ・トルストイ『クロイツェル・ソナタ』
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☆攻略順
香坂輪→花井三日月→no title(来島澄)→尾崎弥子





1.はしがき
 とても残酷な物語だったなあ。
 僕が『MUSICUS!』 をクリアした時、思い浮かんだ感慨です。『キラ☆キラ』のきらりルート1を「大好き!」と豪語しながら、これまで懸命に生きてきた僕の価値観は、本作生誕で瞬く間に崩壊しました。今までと同じ気持ちで、同じ目線で、鹿之助の物語に触れる事は、この先終ぞ出来なくなったようです。そこに、一抹の寂しさを覚えるのも致し方ない。過去とか理想とか夢ばかりに目を留めていた者への定め。これこそが、現実を見つめるという懲罰であり、成長とも称される現象かもしれないと感じます。
 クリアした人の多くは、多幸感に満ち満ちている方が多いようで。それはきっと幸せな事です。辛い事はあったけど最終的には幸福になった、最高のバンドサクセスストーリーとして捉える事こそ、制作側も望んでいるんじゃないでしょうか。僕がそう捉えられないのは、偏に脳内の物差し、見方の目盛りが狂っているだけ。間違っているのはこちらの方かな、不安定ながらも自覚はあります。
 しかし、そうと分かっていても思わずにはいられません。この『MUSICUS!』全体を通して「残酷」と称せないなら、本作を一体どう表現すれば良いだろうって。全体を通して導き出された結論は、前作『キラ☆キラ』の希望も決意もきらめきも、全て粉々に打ち砕いた挙句、ダストシュートへ一直線。鹿之助が自身のルートで辿り着いたものすら完全否定されてしまったようです。返す言葉もありません。


 シナリオライターの瀬戸口廉也氏は以前、こんな事を書いていました。
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OVERDRIVEさんと一緒に作った前作『キラ☆キラ』は、ステージの輝きに触れた若者たちのつまらない毎日が、特別なきらめきに変わる話でした。
けれど『MUSICA!』で書いているものは、それよりもうちょっと先のこと――つまり、『キラ☆キラ』が恋の物語ならば、『MUSICA!』は愛にまつわる物語なのです。
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 クリアするとわかる、これ程皮肉な「愛」もない。
 クリアするとわかる、『キラ☆キラ』って作品は凄く理想的な物語だった。
 その結論が出てしまった事で、鹿之助が最後に誓った「決意」は全て無駄となり、光り輝く「a song for…」の煌きも消え失せました。無鹿となりました。あの作品に対する私の評価が覆る事はありませんが、もうあの頃と同じ気持ちで『キラ☆キラ』をプレイする事も出来ないでしょう。
 この批評ではそう至った理由について、未熟な若輩者ながら書いておこうと思います。『キラ☆キラ』の先を描くと言ってたのは嘘じゃありません。でも、貴方が今幸せな気持ちでいるのなら、読まない方が良い批評です。特に前作の印象が変わってしまう事で、気分を悪くしたくないなら、ここで御退出するのが賢明でしょう。
 『MUSICUS!』全体を俯瞰して最後に得た結論。明かされた主人公の無慈悲な「真実」を知って、僕の今の気持ちを共感して戴ける事を祈っています。





2.攻略順について
 『MUSICUS!』は、主人公である対馬馨の選択によって、音楽に対する向き合い方が変わる作品です。ロックに全く興味のなかった彼が、花井是清って人物に出会い、自身に変化を植えつけた彼の思想と音楽に対して、接し方をルート毎変えていく。そしてそれが、自らの歩む人生にも影響を与えてしまう。有体に語るなら、そんなお話。
 最初の分岐点は、学校を辞めるか辞めないか。弥子ちゃんのお父さんの話を聞いて、夢を追い求める道を選ぶか、他者に迷惑をかけず周囲に潜む幸せを尊重して歩むか。選択を迫られます。
 2回目の分岐点は、音楽に対しての思想。楽しくロックに向き合えたらそれで良いか、誰かの心へ確かに残るカンペキな曲を追求するか。選択を迫られます。
 最後の分岐点は、三日月に対しての処遇。彼女を羽ばたかせようとメンバーから抜けさせるか、あくまで『Dr.Flower』として躍進する為に我儘を言うか。選択を迫られます。

 こういった選択肢を僕達ユーザーが選択していく事で、対馬馨と言う人間は自身の価値観を形成していきます。そして、今回僕が推奨した攻略順は、全体のルートを俯瞰して判明する主人公の「真実」に気付きやすくなる事でしょう。結末が理想と現実に分断された構成。輪と三日月は音楽の「理想」を描いたルート、澄と弥子は音楽の「現実」を描写したルートです。
 今回、僕がこの攻略順を推奨するのは端的に言って、対馬馨が持っていない人間だからに他ありません。「理想」と「現実」の順番を変えてもダメ。恐らくこの順序に触れた方の中では、何故三日月ルートが最後じゃないのか、疑問を覚える方もいるでしょうが、それは偏に彼自身が何も持ってないから。僕にとって、三日月ルート最後に出てきた「Fine」は『Dr.Flower』のサクセスストーリーとなった「理想」の物語はこれにて終了って意味の終幕。才能と運と実力を全て兼ね備えられなかった孤独な人間に訪れるのは、名前と終わりの見えないルートだけ。現状そこに帰属している僕だからこそ「no title」って言葉の重みを強く強く実感するのです。
 三日月ルートとno titleルート(澄ルート)を対比した事で導き出された結論。それが、僕にとってはどうしようもない位絶望的で。同じ底辺最下層の曲作りへ必死に勤しむバンドマンにとって、あまりに悲劇的で。だからこそ、この順番で進める以外に、僕の精神はどう考えても耐えられませんでした。
 だから僕は、弥子ちゃんルートに凄く感謝しています。彼女の話がなかったら、僕はもう、音楽自体を嫌いになっていただろうから。音楽から手を離しそうになる一歩手前まで踏み留まらせてくれたこの娘の物語には、感謝してもしきれないのです。


 


3.香坂輪ルート
概要:花井是清の思想と異なった音楽の道を知る
 音楽が誰かに与える「力」を描いた「理想」のルート。朝川周と言う人間に対して、「音楽」が少しばかりの奇跡を齎してくれた展開。僕は「これ位のご都合主義」なら全然受け容れる事の出来る人間なので、凄く良い話だなあと思いながら、進めていました。
 朝川周と言う人間は、確かにどうしようもない屑野郎だとしても、音楽に対してだけは真摯だった。その姿勢があったからこそ、輪は彼に人生を救われ、彼と共に音楽を楽しみ続ける姿勢で生きる事を決めた訳で。そんな1人の男の生命の蝋燭が尽きようとしている中、『Dr.Flower』はロックを届けようと歌い上げる。そんな想いの結晶が、豊かで美しい世界を彼に届かせ、若かりし頃の衝動を甦らせた。音楽の「理想」を描いている、純粋に悪くないと思えたルートです。
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「つらいときは楽器を弾くんだ。そうすればいつでも幸せな気分になれる。何と言ったって、音の世界のなかには音があるだけで、あの気色のわるい人間というやつは一人もいないからな。音楽はただの空気の振動だ。しかし、そのただの空気の振動が豊かで美しい世界を作り出すんだよ。これはこの世の奇跡だと思うね」

『MUSICUS!』輪ルート 朝川周
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 しかし、音楽は素晴らしいと思えた反面、どうにも引っかかる部分があったのは否めません。
 朝川周が認知症によって多くを忘れてしまう中、家族の事だけはきちんと覚えていた事実(認知症になる原因には寂しさへの逃避もある)
 『Dr.Flower』が歌い上げた曲ってのは、朝川周がロックンローラーとして生きていた時代、家族がまだ機能していた頃、娘が誕生した際に出来た曲。
 自身の妻と娘が登場してから、彼は息を引き取ったってのも、結論として君臨している。
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「おれも少し、音楽を嗜んだのだがね、まったく人生を失敗したよ。ミュージシャンというのはね、全く割に合わない生き方だ。いくら真剣に全てを捧げたって、見合ったものは何も返ってきやしない。失うだけだ」

「音楽なんかほどほどにして、家族や友人を大事にしたらいい。評論家が褒めようが、客が喜ぼうが、あんな連中、良いときだけのことなのさ。苦しいときに家族もいない孤独な人生というのはみじめだね。……ああそうだ、もしおれの家族を知っているのなら、どうか見舞いに来るよう頼んでくれないか? 一度だけでいい。最後に顔を見て死にたいんだ。おれの望みはもうそれだけだ。許してくれとは言わない。ただ顔だけでも見たいんだ……」

「おれの人生は何もなかった。もっと普通の幸福を求めて行動すればよかった。ガキの頃からずっと、手に入らないものを手に入れようとして、結局何もない人生にしちまったんだ」


『MUSICUS!』輪ルート 朝川周
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 朝川周が精神的なストレスとやらで、態度が変わった際に生じた発言。この想いが「嘘」だったとは、作中でも全く明言されてないんです。音楽を逃避の手段として利用していたからこそ、逃げられない今になって漸く気付く。朝川が思う「幸福」ってヤツは『Dr.Flower』が歌い上げた曲の頃、家族と共にいた情景にあったからこそ、その時のロック精神が甦ったのかもしれません。


 まあ、彼の言葉を真に実感するのは、ユーザーからしたらもう少し先の事。朝川周の問題以外で、僕が1番気になったのは馨が突然見た「夢」について。
 太陽はなく、白い光が降り注ぐ世界を、必死に考えながら歩き続ける主人公。とても大きくて恐ろしい宿命的な何かについてシリアスに考えながら、とにかく前へ進み続けなければいけない一心の主人公。進んでいく中で、これまた白い人間の魂が積み重なり、深くなって、彼の歩みを止めようとする。足を早めても風景は変わらず、白い平原は変わる事無く、彼がどこかへ行ける事はない。すっかり絶望して立ち止まる馨。もう彼は、白い平原以外、どこにも行く事が出来ない。
 そして、金田のギターで目が覚める展開。言わずもがな、比喩が大量に含まれているのは明白ですし、薄々察せられる人も多いと思います。
 要するにこれは、自身の音楽を追求する事で得られる真実は「無い」事を、深層心理によって表現されている。僕はそう考えました。
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「僕はただ真実を知りたいんだよ。世界と、そして自分自身のことをよく知りたいんだ」

『MUSICUS!』輪ルート 対馬馨
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 「白」と聞いて思い浮かぶは、アルビノの三日月。三日月の恩恵に縛られた世界で、宿命的な何か(=音楽に囚われて進む人間の姿勢)を考えながら進む馨。そんな姿勢で前へと歩む中、様々な人間の魂が白い平原(=『Dr.Flower』を取り囲む音楽シーン)に現れ、彼の歩みを妨害する。花井是清と出会って、影響を植えつけられ、音楽の道へ進み、何か特別な真実がつかめるんじゃないかと期待して歩む馨が見るにしては、少々不穏に過ぎるでしょう。
 輪ルートは単純に、楽しければそれで良いじゃん!って音楽の話ではないような気がして、僕は酷く落ち着きませんでした。なぜならこの物語はあくまで途中経過であり、根本的なバンドの問題が全く解決していないので、これから先幸せになれると断言する事はどうしても出来ないんです。後々花井是清の思想に再度支配されるかもしれないし、仮に囚われなくてもバンドがこの先どうなるかってのは、まあ正直そんな明るくない気がします。いやんなっちゃうよね。あーあ。
 だから、僕にとってこの香坂輪ルートは、良くも悪くも瞬間を中身に投影させている、刹那主義のキリギリスみたいな話です。それ以上でも以下でもない、瞬間を生きて彼等は終了。語られるこの先の物語は特に無し。そんな立ち位置で解釈を終える事をお許し下さい。さて、次へ行こう。





4.花井三日月ルート
概要:花井是清の目標?「三日月を音楽の世界へ送り出す」を叶える(Dr.Flower版)
 音楽へ取り組む者達に与える「力」を描いた「理想」のルート……なんですが、思い返すと、なんだか腹が立つ展開だなあ。
 『Dr.Flower』が有名になったのは、メンバー全員の実力もあるけど、結局天才歌手三日月と最強プロデューサー澤村倫の合縁奇縁によるもので。
 その結果、一気にスターダムへ駆け上がったけど、三日月が歌う意味を掴めなくなり、アシッドアタックぶちかまされる。
 そして、彼女は1年以上歌えなくなり、さあこれからどうなるかって時に、突然『STAR GENERATION』のライブ。三日月が八木原からの言葉を聞く。
 そしたら、1年以上全く歌えず、碌にトレーニングもしてこなかった三日月が駅前に人だかりが出来る位、客を集められました。『Dr.Flower』も再始動。良かった良かったわーいわーい。
 ああ、気に食わねえ。なんだかとても気に食わねえ。
 どうしてこんなに腹が立つかって? それは、在り来り且つ陳腐な流れ、後々の展開を際立たせる為の取ってつけたような苦難、そしてそんな難儀な帰着には見合わない適当感で彩られた再起だったからです。
 エンディングは悪くなかった故に「良い物語だった」と騙されたままでいたかったですが、やっぱり自分の気持ちに嘘はつけませんでした。すみません、ちょっと批判します。


 輪ルート位なら全然良い。しかし、このご都合主義の乱立は少々やりすぎじゃないですか?
 売れるのはまだ分かる。『Dr.Flower』ってバンドが、多くライブや練習を行って実力をつけてきた事は共通ルートを見て理解しているし、運と実力を兼ね備えたら誰でもチャンスは掴める事も作中で何度も言ってた。澤村倫とのコネで得た関係から始まったスターダムも、言ってしまえば実力の内。納得したくはありませんが、理解は出来ます。
 ただ僕は、バンドってヤツを必ずしもボーカルが最重要且つ絶対的存在とは思っていません。どのパート1つ欠けてもダメだし、それぞれが織り成す全体的調和こそ最高の音楽になるんだと考えています。
 今回の内容、三日月がいなきゃこの『Dr.Flower』ってバンドは大成しないって事を如実に示してますよね? 天才歌手の花井三日月が、いるかいないかでガラッと変わる。おんぶにだっこのバンド道。そこに僕はいけ好かなさを感じたし、そんな成功したルートで才能が全てじゃないとか語っている主人公には、とてもじゃないけど共感出来ませんでした。いやいや才能が全てになってんでしょうが。花井三日月って人脈と実力に愛された才能が全てになってんでしょうが。
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誰が作ったものでも、悪い音楽はなく、世の中の全ての音楽にはそれぞれ良いところがあるように最近は感じている。

『MUSICUS!』三日月ルート 対馬馨
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 そんな天才少女の恩恵を授かった事で成功を遂げた人間が、こんなん言った所で、まるで説得力を感じません。このルートの馨にこそ、僕は「no title」を聴かせてあげたいなあと思いました。

 そしてそんな中、ファンが三日月に硫酸ぶっかけちゃってPTSD発症、彼女は歌を歌えなくなり、『Dr.Flower』は始動出来なくなったから活動休止。やっと瀬戸口作品っぽくなったな!と期待を胸に躍らせて、どうやってまた歌えるようになるか、一気に気分が上がった次第。
 しかし、その顛末はスタジェネライブやるよ!って告知が急に来て、そこで三日月が八木原に質問しただけ。何の為に歌うか、誰の為に何を考えて歌うか訊いただけ。
 その結果、1年以上全く歌う行為をしてこなかった人間が、碌にトレーニングもしてこなかったのに、駅前へ沢山の人だかりを作る程の歌を披露出来たのでした。素晴らしき哉、Dr.Flower!
 
 僕は一気に萎えました。

 再起するにしても、もう少し良い方法は無かったんだろうか。歌声を維持する練習なんてずっとやってこなかった三日月が、すぐに自身の才能を駆使した歌を披露出来たのは、もう呆れを通り越して「凄いな! 才能だな!」と思考停止する他ありません。流石に限度があるでしょう。
 いや、勿論ボイトレしてない歌手ってのは、限りなく少数だけどいる。しかし、そんな彼等でも身体を鍛えて筋トレしたり、場数を踏んで無意識に歌い方を身につけていたりと、決して何もやってない訳じゃない。彼女の様に全く何もせず、ブランクもありながら元の状態とほぼ同じく歌う事の出来る歌手が、果たしてこの世界に存在するのかどうか。僕は疑問に思います。それを「才能が生み出した成果によるものです」と言われたら、こちらから言う事は何もありません。ただ「逃げたな」と、はっきり思うだけです。
 僕は、三日月が全く歌声を出せませんでした~END~でも全然問題なかったんですよ。それでも尚、歌い続けるその姿勢をこのルート内で拝見したかったんです。どんなに苦しくても悲しくても辛くても上手く出来なくても、歌い抜く少女の人間賛歌。三日月はそんな好きなヒロインじゃないけど、ルートへ入ったからには好きになりたかった。商業的成功を遂げても世界との繋がりを得られず、不安定な孤独を生きる彼女の、足掻き続ける姿を期待したかった。過程を重視しすぎた私の咎と言ってしまえばそれまでですが、それで簡単に花井是清や澄ルートの馨が分からなかった解答に到達したとしても、そこには何の意味もありません。ただ虚しさが増すだけです。
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「音楽はただの音の振動だよ。音楽の感動はまやかしだ。おれたちミュージシャンのやっていることなんか全てクソだ」

「……でも、だからなんだって言うんだろうね」

「それが何であろうと、おれたちには音楽が必要なんだ。他の何よりも必要だったんだ。どうしておれはそれを信じられなかったんだろう? 自分にとって一番大事なものを、どうして台無しにしようとしてしまったんだろう?」

「馨君、顔を上げるんだ。どんなに恐ろしくてもくじけずに。……おれはそれが出来なかった。だけど、きみはとてもうまくやっているじゃないか。だから、何を見たってもう大丈夫なのさ。もっとも、きみが心配するようなものは最初から何もないんだがね」


『MUSICUS!』三日月ルート 花井是清?
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 そして、それは主人公の馨も同様。上記の台詞がno titleルートで現れるなら、まだ分かります。あのルートをもう少し長くして、対馬馨の再起としてこの台詞を出したなら、僕は凄く感動したと思う。しかし、三日月ルートの馨は、音楽と対面した際に「恐ろしくてもくじけずに」と言われる程の苦境には立たされていなかったでしょう。このルートは鬱(笑)であり、他者の悪意に翻弄されただけであり、自身の苦悩には全く以って向き合ってないのであり、是清が苦しんだ立ち位置と馨の立ち位置を同等に考えてはいけないと思うんです。
 必要なのはわかってます。当たり前の事です。でも必要過ぎたからこそ、貴方も澄ルートの馨君も絶望したんじゃないですか? 自身の実力も才能も運も信じられなくて、台無しになりそうだったとしても、金にも名誉にもならない音楽からは離れられなかった。それは、必要だと言う事を内心信じていたからじゃないですか?
 馨君もしくは三日月が是清と同じ立場に立って逆境を捻じ伏せ、最後にこの台詞登場!なら120点満点です。しかし、残念ながら三日月ルートは、是清から逃げたルートです。「音楽の感動はまやかし」と言う言葉を否定したくても出来ず。対面の終着点に反論する事すら出来ず。三日月ルートの花井三日月は澄ルートの対馬馨程、花井是清と同じ絶望に向き合ってないし、「兄は作品を発表する恐怖で逃げた」と断言して、彼の自殺を単純化しています。そして、同ルートの対馬馨もまた同様。婚約を義兄に報告する時、三日月と同調して彼へ向き合わなかった事に罪悪感を覚えています。
 要するに、この花井是清?が放った回答、僕にはどうも、はぐらかされているような気がしてならないんですよ。
 だから、説得力のないこの台詞を聞いた時、はっきり言って「逃げたな」と思いました。澄ルート程、真摯に自分の音楽とは向き合えていない対馬馨が「思う」花井是清の幻影だから、致し方ない部分もあるんですけど、これは都合の良い幻。疑問に対しての結論から逃げている、逃避染みた返答。是清の遺志をまるで汲み取れてない、主人公が勝手に作り上げた夢想。彼は都合の良い回答を白昼夢の中で見出しただけに過ぎないし、個人的感想として、是清は絶対こんな台詞吐かないでしょう。なぜなら彼は最期まで、自身の死すらも道具に使えたんだから。

 閑話休題。

 だから、あの歌えなくなって活動休止してから再起するまで、丸々要らなかったと俺は感じます。天才歌手が自身の歌に対する向き合い方で苦悩していた最初の展開、あれ1本をエロシーンで解決させずに、もっと突き詰めて悲惨且つ克明に絶望的なシーンを加えて描いていたら、まだ良かった事でしょう。
 しょうもない復活を遂げて戻ってきた蛇足の過程で、人間賛歌は聞こえない。1回逃げて「普通の生活」とやらに逃避した人間が、才能発揮してまた舞い戻ってくる展開に、彼のこれまで描いてきた「愛」はない。不条理でクソで残酷な絶望的世界でも、それでもやっぱり「綺麗なもの」だと書き尽くした「愛」は、このルートには存在しない。
「メジャーデビューで花井是清と同じ絶望を身に纏い、そこで全てを失おうとも、逃げる事無く真摯に歌へ取り組み続け、力ある限り歌い続ける」
 そんな終わり方なら、僕もまだ評価していただろうと感じます。
 更にもう1点。途中で出てきた香織に一言。別の人と結婚できたから今幸せだよ!って豪語するのは良いですが、そうなった変遷をまるで知らないから、こちらとしては唖然しかないです。共通ルートであんなに彼氏へ依存したダメっぷりしか見せつけなかった女が、終盤思い出したように出てきて幸せになってる。キャラの扱いがこの部分だけ雑。
 ミュージック・ハーバーの収録で、輪さんの雰囲気が違っていた理由=「朝川周がその時死んだ?」みたいに、別ルートでそんな詳細が少しでも描かれていたら、見る目変わったと思うんですけど。正直に申せば、この件もぶっちゃけ、適当に処理したとしか感じませんでした。

 ここまでけちょんけちょんに語ってきたので、少しは長所でも。「三日月が死んだら伝説になる」って金田の話が、後々彼女の苦悩へと繋がったり。三日月の歌う理由が変わっても無くなっても、またすぐ新たな理由を見つけると馨が言及していたり。要所要所のシーンが後半の展開に生かされているのは、非常に強く感じた次第。
 思えば、メジャーデビューの軌道に乗るまでは、僕もまだ楽しめていた気がします。トントン拍子になってから全てが瓦解した感じ。構成がしっかりしているのは肌身に感じられたんで、後はどうかそこに一滴でも、展開に納得がいく論理力のエキスを加えて欲しかったな。三日月可愛いで充足、満足ならこれで良いでしょうが、彼女の魅力がイマイチわからなかった僕は、切にそれを求めるのです。
 また、音楽ともう1度真剣に向かい合う為の婚約解消。これについては、流石良くわかってる! 思わず拍手したくなりました。たった1つの命を賭けて、手に入れたいモノを求める為、音楽の道へ生きる事を誓ったなら、そこに余計な関係及び感情は不要。はっきり言って邪魔と呼ぶ他ないでしょう。
 そもそも、対馬馨君は花井三日月さんの事、本当に好きだったのかな?って疑問はマジで尽きません。エロシーンがどこか他人事(突然プラトンの話をし始めた時は『CARNIVAL』の学かと思いました)で、作中の描写も随所随所にどこか違和感があります。
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僕は今三日月と結婚したいというわけでもないけれど、結果的にそうなったなら、それも一つの運命なのだと思う。
彼女がいいのなら、それでいい。
もし三日月がこのまま音楽をやめてしまうのなら、傷ついた彼女と僕が一緒にいるのは当たり前のことだ。
僕には責任がある。

『MUSICUS!』三日月ルート 対馬馨
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彼女が本来抱えている不安感や孤独感の重さというものがこうした行動に繋がっているのだろう。
元々繊細な彼女が、突然最愛の兄を失った経験などもしているのだし、こうした愛着ゆえの行動は僕も極力受け止めたかった。
それが彼女の不安定な感情を少しでも癒やす助けになるのならば、僕にとっても嬉しいことだ。

『MUSICUS!』三日月ルート 対馬馨
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 好意的感情も無くはないんでしょうけど、結局彼は三日月をメンバーに引き入れた事への責任で付き合ってる感じがするんですよね。婚約の道を選択した対馬馨と花井三日月は、バンドを続けられなくなったが為に「普通の生活」ってヤツを逃避の手段として利用していました。最後にすんなり婚約解消したのも、彼等の本命が「音楽の道」しか見えない追求の精神であるからに他ならないでしょう。
 本作において、真の意味で恋愛関係のまま終わるヒロインは1人しかいません。だからこそ、この2人はそうならず、仲良しだけど婚約も結婚も無くなり、況してや恋愛にこの先発展する訳もなく、音楽へ生涯注ぎ込む「覚悟」を感じられたのは、純粋に素晴らしいと思いました。「今日はいいライブにしよう」→「今日『も』いいライブにします」がその証明。バンド内恋愛御法度を忠実に守る瀬戸口氏、そういう音楽に向けた真摯な姿勢が僕は好きです。


 さて、ルート総括。この三日月ルートをno titleルートの対比と考えている方がいらっしゃいますが、個人的にその考えには「否」をぶつけたく思います。何故なら、三日月ルートは是清と同じ立ち位置から描いた不屈の闘志、逆境への抵抗が全く描かれてないから。1回のエロシーンで簡単お悩み解決。一切挫折無くスターダムに駆け上がるのもどうかと思ったし、メジャーデビューしてからも闇や苦悩、葛藤に恐怖はもっと紡ぐ事が出来たでしょう。三日月が放った音楽理論も、風雅が語った「生命があって、そこに心があるからこそ、音楽はある」って内容となんら変わんねえ気がするから拍子抜け。そして結局は、是清と向き合わなかった事が答えになったって言う、はっきり申せば「妥協」の感じられる出来。安っぽいサクセスストーリーの産物でしかないと感じてしまったのが、三日月ルートに対する僕の結論です。大変申し訳ありませんが、そうなってしまいました。
 しかし、それでも敢えて対比の意味づけをしようとするなら、花井是清が放った言葉を本人の言葉と思いつつ、そこに囚われないで、新たな決意で新世界を生きていく姿勢を描いた物語だって事でしょうか。
 終盤で『Dr.Flower』のバンド名について、馨は新たな解釈を見出します。死者は何も語らずとも、生者がそこに意味を付与していく。生前の命名者に寄り添ってない、考え過ぎの強引な意見だとしても、そう「思う」事で、彼等が新生『Dr.Flower』として、紡ぎ上げていく歴史の1ページとなるでしょう。
 三日月を音楽の世界へ連れて行こうとした花井是清(と、馨は「思っている」)に、花井三日月は感謝を述べて、是清が少しでも報われた事に、彼は胸が詰まります。彼が「思う」彼の努力は、決して無駄になっていなかった証明となる。
 死人に口なし。このルートで何度も言われてた事。1人の男の屍を乗り越え『Dr.Flower』は前へと歩み続ける。的な事を描きたかったのか?と、僕は勝手に想像しました。いや、知りませんけどね。
 三日月ルートは、瀬戸口廉也氏の書きたかった内容じゃないかもしれない。馨君の残酷な真実を知った今となっては、特にそう思ってしまいます。
 もしくは逆に、その残酷性を誇張させる為だけに、三日月ルートはあるのかもしれません。先の展開をプレイするにつれて、特にそう思ってしまいます。
 馨君の残酷な真実を知った今、ニュートラルに本ルートを見れない僕の頭。三日月が紡いだ物語の存在自体が、本作全体を皮肉で彩っているなと思いました。アハハ。





5.no title(来島澄ルート)
概要:①花井是清の目標?「三日月を音楽の世界へ送り出す」を叶える(ソロデビュー版)
   ②花井是清に影響された結果、彼と思想が同化する
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木造アパートの一階で 彼は今でも絵を描いている
描きたかったのは自分の事 結局空っぽな僕の事
小さな頃から絵が好きだった 理由は今じゃもう分からないよ
褒めてくれる人はもう居ない 増える絵にもう名前などない

amazarashi「無題」
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はじめ、僕の歌には名前がありませんでした
だって歌うのは僕一人だし
聴かせる人もいなかったし

初めて人前で歌う時に
名前が必要なんだ、って気が付きました

だから僕は
誰にも聴かせる予定が無くて
誰にも必要とされていない
この寂しい歌に、せめて

「無題」

と名付けました


amazarashi「無題」『爆弾の作り方』詩集より引用
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 さて、ここから先は音楽が紡ぐ「現実」の話。これまで放った「理想」の物語は、この後紡がれる事もありません。終了。
 『Dr.Flower』から花井三日月が離れるとどうなるか。その顛末が実に仔細に描かれています。三日月の為、辞めるように進言してから何とかやってきたけれど、風雅が過労で入院してから、結束は大いに瓦解します。
 金田や麻里(初見時は『CARNIVAL』のネコ耳幼女が成長したかと思いました)にはムカついたし、香坂は訳分かんねえ事言うし、風雅は可哀想だし。もう見てられなかった。「才能」なんてどのルートでも持ち合わせてない馨は『音楽の神様』に愛される事もない。只々、無意味で無謀な日々。
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「お前には才能がない」
父がよく僕に言う言葉が重くのしかかる。
僕を褒めてくれる人もいるけれど、現実的な成果を思えば父の言葉の方が正しいのだろう。
というか、そもそも僕は自分に対してあらゆる分野で才能を感じたことがない。
自分の勘だとか嗅覚の良さを実感したことはない。
僕は理屈で出来ることを当たり前にやることだけが得意で、それ以上でも以下でもないのだと思う。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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 しかし、それでも彼は、必死に曲を作り続けていく。意味は無くとも価値ならあるから。「必要」だから。
 馨は最初から言っていた。篠田権十郎文学賞では副賞、どんなに勉強してもテストは2番、一定の位置まで上手くなるけど、彼はその先にはどうしても至れない。そんな事、バンドをやる前からずっと分かってる。
 でも、それでも、彼にとっては「必要」だったんだ。音楽が。
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才能が一番大事な世界ならば、僕はいくらやっても無駄なのだろう。
しかし、たとえ才能がなくとも僕はもう少しこの世界でやりたいんだ。
一度しかない人生なんだ。
たとえのたれ死んだって、選んだ道のなかで死ねれば、どこかわけのわからない迷い道で死ぬよりはマシなはずだ。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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 だから、好きな音楽を追求する事で他人へ迷惑をかけてしまう現状に疑問を覚え、『Dr.Flower』は活動休止の道を歩む。
 一生覆る事はない「解散」って言葉を言外に付与して。対馬馨は、独りになる。
 純粋でいる事の代償は、つまり居場所が無いって事だ。バンドを辞める事に抵抗はなく、引っ越す事に躊躇もなく、ライブをしたって満たされる事無く。未来を犠牲にして今を生きるキリギリス。理想を求め続けるキリギリス。
 そんな中、彼は彼女と出会ってしまう。それは、1つの絶望の始まり。澄ルートのあらすじ終わり。




(1) 考察
①「無鹿」
 ここまで鹿之助ルートのアンチテーゼをやられると、僕は返す言葉もないのです。
 絶望過ぎて、死にたくなる。
 バンドの関係、馨の存在に依存している三日月を敢えて突き放し、1人でもやって行けると信じて送り届ける構図は、『キラ☆キラ』で『HAPPY CYCLE MANIA』の関係に依存していたアキを送り出した鹿之助と同じ。
 その後の『Dr.Flower』の顛末を見てしまうと、瞬間を生きる事を誓った鹿之助のその先の「人生」なんて、暗澹たるモノになる事を想像しちまう他ないじゃないですか。
 「a song for…」だって、あの後結局どういった評価が世間で与えられたかは分からないけど、今回のルートで回答を示唆しているような気がする。
 花井是清に影響されて生きているくだりは、くそったれな世界に精一杯の愛を込めようと、椎野きらりの思想を形にしようと誓った鹿之助のその後を見ているような気になる。
 とても気分が悪い。吐きそうだ。ってかプレイ中キツすぎて吐いた次第。二日酔いだったかもしれないけど。

 振り返ってみると、自分と言う人間を酷く滑稽に感じるなあ。『キラ☆キラ』批評で鹿之助ルートに救われた事を、あんな情熱的に語った数ヶ月前を思うと、ちょっと恥ずかしくなる。これが僕の如き売れないバンドマンにとっての「現実」なのにね。もっと慎みを持っておくべきでした。痛感。
 でも、こうなる事は予め予測しておくべきだったのかもしれません。少なくとも自分には、ヒントが与えられていたかもしれないんだから。
 元々、この作品は『MUSICA!』と言うタイトルで発表される予定でした。『キラ☆キラ』批評では、瀬戸口氏が遠藤周作を参考にしている説を提唱しました(4.Immortalsから参照)
 この2つを結び付けるものを、僕は既に見つけていたのです。

 それは、遠藤周作最後の短編集『無鹿』に収められている表題作「無鹿」
 宮崎県延岡市に、無鹿と言う地名の場所があって、その名前の由来を聞かされるというお話。『無鹿(ムシカ)』とは、ラテン語で音楽、つまりミュージックの意。
 名付けたのは16世紀の戦国武将、大友宗麟。ある日彼は宣教師から昼餐に招かれ、キリシタンと出逢い、珍しい西洋のおもてなしを受けました。その際、バイオリンやビオラなどの楽器を持った主催側から、西洋音楽を披露されたそうです。
 大友宗麟は眼を閉じ、美しい調べに感動しながら耳を傾け、終わった後、眼を開けて宣教師にこう尋ねました。
「おい、パードレ。余は未だ嘗てこれ程に美しい音色を耳に致した事がないぞ! そちの国では今のを何と申すのじゃ?」
「はい。御家方様。私の国では『ムシカ』と申します」
「ムシカ……」
 後年、家督を嫡男に譲った大友宗麟。キリスト教徒になった彼は、現在の宮崎県延岡市に風光明媚な美しい場所を見つけ、そこを隠居の地と定めました。あの時の美しい音色が忘れられなかった彼は、その地を『無鹿』と名付けたそうです。そこは、彼にとっての理想郷。音楽や詩を使って心の内を表現し、自分の趣くまま皆が想いを伝えられる理想の地……となるはずでした。
 しかし、大友家は薩摩の島津軍に敗退。理想の地となる筈だった場所は放棄され、二度と宗麟がこの場所を訪れる事はなかったそうです。
 また、そこは西郷隆盛が官軍相手に大敗を喫し、自身の夢を捨てる事を決めた場所。だから「無鹿」の最後は、このような文章で締められます。
「大友宗麟も西郷どんも、自分の夢ば賭けて、そん夢破れたんが無鹿」


 今思うと、最初の『MUSICA!』って題名は、複数の意味を含んでいたのかもしれません。音楽の話って意味と、夢が叶わなかった場所って意味と、鹿之助の物語では無いって意味の、トリプルミーニング。
 考えすぎですかね? 真相は分かりませんが、提示するだけ提示して、僕は次の話に移ろうと思います。



②終着点
 澄ルートのある場面について。
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『Dr.Flower』として活動していた時に働いていたその店のことを久しぶりに思い出した。
あそこも家族経営の小さな店だった。
当時小学生だった娘さんも、今はもう年頃の高校生になっているだろう。
やたらと僕を評価してくれていたあそこの店長は、今も元気にしているだろうか?
「懐かしいね」
「もしその時に戻れるとしたら、戻りたいと思ったりしますか?」
何でそんなことを訊くのだろう?
しげしげと彼女の表情を見たけれど、他意は感じられなかった。
「別に思わないな。意味がないから。もし時間を遡ったって、僕は同じ道を選ぶだろう」
「そしたらまた、何度時間を戻しても、私とこうしてこのレストランにデートで来るんですね」
「そうなるね」
澄は僕の返事を聞くと満足そうに笑って、それ以上その話をしなかった。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨&来島澄
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 この会話、取るに足らない惚気と捉えても良いでしょうが、ちょっと考えてしまうんですよ。輪ルートも三日月ルートもこういった話は出なかった訳で。もしかすると瀬戸口氏は、対馬馨が『Dr.Flower』を立ち上げ、バイトも並行して始めたなら、絶対にこのルートへ行きますよって事を暗に示唆しているんじゃないかって。そうしたら、①で放ったトリプルミーニングもバッチリ効果覿面となるんじゃないかって。
 もし、此処で敢えて予防線を張ったのだとしたら、彼が真に伝えたい事は「現実」の物語にあるって事になります。『Dr.Flower』を結成してこのルートへ行くか『Dr.Flower』を結成せずに別の真っ当な道へ行くか。バイトするしないが分岐点だとしたら、その2つの道しか考えられないでしょう(弥子ルートにも上記の対比となる会話があります。詳細は後述)
 考えすぎですかね? 真相は分かりませんが、提示するだけ提示して、僕は次の話に移ろうと思います。



③澄と弥子
 来島澄って少女に、僕はどこか既視感があったんですけど、プレイしていく内に気付いてしまいました。澄ルートのある場面とその対比箇所。
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でも僕は澄の泣いている顔が想像出来なかった。
彼女は僕の前で悲しい顔をしたことがない。
僕が想像する澄は、いつも控え目に笑っている。
他の顔を見たことがない。
辛いときでも、無理をして笑うのだ。
あの笑顔が僕が精一杯想像出来る限りの彼女の悲しみの表情だ。
ああ、そう言えば、今朝も彼女は笑っていた。
あまりにも明るく、そして痛々しい笑顔で。
悲しみと苦しみが皮一枚の裏に張り詰めていて、少し触れたらはじけてしまいそうな。
あんな顔をさせてしまったのは、この僕なんだ。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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「こういう感じで、あとは、目元も……そうそう、それでもう、どこから見ても笑ってるように見えます」
僕が顔の筋肉を引きつりそうな笑顔を作っていると、彼女はやっと満足げに頷いてくれる。
「先輩、生きてればこれからも辛いことは一杯ありますよ。そういうときに、いちいち悲しい顔をさせられていたら、なんだか悔しくないですか? だから……」
彼女は自分の顔をゆびさすと、また、さっきの笑顔を作った。
「そういうときは、笑うんです。負けたくないから、笑うんです」
そして尾崎さんは満面の笑みで僕を見つめる。
その目には強い意志の光があって、彼女はいま何か彼女にとってとても大切なものを、必死で僕に伝えようとしてくれるのだとわかった。
「尾崎さん……」
何か言おうとしたけれど、言葉が出ない。
不覚にも胸に熱いものがこみあがって来て、僕はそれをこらえるので精一杯だった。
どうして尾崎さんは、いつも苦しい時に僕を助けてくれるのだろう?

『MUSICUS!』共通ルート 対馬馨&尾崎弥子
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 先程、澄ルートと三日月ルートが対比関係である事を否定し、三日月ルート自体が異質って話をしました。だったら澄ルートと対比したルートって何だろうね?って考えたら、僕は弥子ルートだと思うんです。
 来島澄って少女が笑顔を絶やさない理由と言うのは、弥子ちゃんの発言が全てだと感じます。「そういうときは、笑うんです。負けたくないから、笑うんです」と思うだけの意志が、澄の中にもあったのではないか。僕は澄ルートで、彼女が笑顔のまま話す度、この発言を思い出していました。本当に純粋な笑顔もその中にはあったでしょうが、堕胎を宣告された後の彼女の笑顔は、間違いなく「負けたくない笑顔」だったと思います。
 上記以外の対比箇所については、弥子ルート記載の折に詳しく語ると致しましょう。今回は共通ルートでわかっている事を先走り程度に1つ語りました。考えすぎですかね? 真相は分かりませんが、提示するだけ提示して、一先ず考察を打ち切ろうと思います。




(2) 感想
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「だってさあ、おれたちだってこの虫けらとそんな変わらない存在なわけだろ? ……何の役にもたたない歌を歌って貧乏にあえぐおれたちも、社会にとってはこの虫けらと同じような、ちっぽけな存在なんだなって思ったらさ、それを殺すってことはまるで自分たちを殺すようで可哀想になっちゃって……」

「やっぱ、魂が共鳴しちゃうんだよなあ。誰にも愛されない、誰にも必要とされない、見た途端に嫌悪感をもたれる、でも必死に生きてる。明日なんかわからねえ。ぷちっと潰されたらそれでおしまいだ……。……こいつも、まさにおれたち売れないバンドマンと同じじゃないかって思って……」


『MUSICUS!』共通ルート 金田
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やっぱり三日月は綺麗だな。

『MUSICUS!』共通ルート 対馬馨
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もうすっかり日が落ちて、真っ暗な空に丸い月が浮かんでいる。
月は僕を見下ろしている。
僕は顔を上げ、目を細め、それを見た。
月はあくまで青白く、あくまで冷たく輝き、そして見下ろしている。
ああ、あんな空高くから。
地に這いつくばり虫のように苦しみ生きている場違いな僕を無表情に見下ろしている。
ああ、なんだって、こんなに美しいんだろう!

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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 主人公と同じく慟哭したエロゲって、僕自身生まれて初めてだったかもしれません。
 泣く事はしょっちゅうあるんですよ。僕は元来、涙脆い性格なんで。でも澄が死んで、あのスマホのシーンを見てしまって、どうにも抑え切れなくなってしまったんです。過呼吸が止まらず、滝のように涙が出て、咆哮が止まらなく、とても苦しかった。瀬戸口作品にここまで苦しめられたのは、初めての体験だったと思います。
 音楽が生み出す価値を信じられなくなる。何かを表現するという立ち位置に一応在籍している身として、この残酷な真実は1番身に堪える次第。no titleルートってヤツは、売れない表現者にとってあまりに過酷な顛末を示しています。どうしようもなく、死にたくなるでしょうこれは。
 澄は馨の音楽を確かに愛していた。不出来でひどい、どうしようもなくろくでもない屑みたいな曲でも。確かに彼女は愛していた。それは、信者が神様を崇拝するような「依存」だったかもしれないし、神からのゴミみたいな贈り物をどんなモノでも崇め奉る行為に他ならなかったかもしれない。
 でも、確かに彼女はずっと彼の曲を1曲リピートで繰り返し繰り返し聴いていて、何度も何度も嫌な気持ちを吹き飛ばそうとしていた。嫌な気持ちを与えている、全ての元凶な当事者の曲を、夢中になって、最後の瞬間まで聴いていた。あの時彼女が放った言葉は、決して嘘偽りなんかじゃなかったんだ。
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「今日はずっと馨さんの曲聴いてますね。私、どんな時でも、馨さんの作った曲を聴くと元気になるんです」

「だから人生、悪いことばっかりじゃないんだなって思うんですよ」


『MUSICUS!』澄ルート 来島澄
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 それで良かったんです。彼女はずっと、世界が断絶しているなんて言葉を吹き飛ばす位、彼の歌を愛して向き合っていた。信じていた。ただ、こっちが勝手に同じ世界の人間じゃないって結論付けて、分かったような事を宣っていただけ。理解していないなんて知ったような口を吐いて、勝手に距離を感じていただけ。
 それに気付いて、こうなったから、彼は音楽に絶望する。人の気持ちを感動させる筈の音楽が、こんな不幸を与える事に絶望する。それは恐らく、過程こそ違えど花井是清と同じ状況へ至った証でしょう。


 しかし、皮肉な事に、それでも彼には音楽が「必要」でした。楽しくない「音楽」が必要でした。
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何が足りないのか?
心が死んでいるのかもしれない。
心の動きがないから、音が流れ出さないのだ。
何か激しい喜びか、悲しみでもいい。
とにかく何かがあれば書きやすいのだけれど、でもそんな感動が日常生活でそうそうあるわけでもない。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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 失くしたと思っていた心の動きを、澄の死によって彼は手に入れる。日常生活の中で手に入れてしまう。僕はその事に酷く恐ろしさを感じてしまいます。
 作曲は、対馬馨の中である種の逃避として利用されていました。窓のシャッターを下ろし、時間は表示しないようにして、携帯電話も持ち込まず、日々の雑念からも全て逃げる、その手段。澄の妊娠を「ごめん」と言った後、すぐに作曲を続けたのも、そういう事。集中してのめり込む事で、心の動きを意図的に消し去ったんです。
 しかし、それでも完全にそれらを消去する事は出来ず、考え込んでしまった曲が、難しくてよく分からない産物となっていた次第。ルート内で何度も「考える」と言う表現が出ています。「考えすぎ」とか「考えてしまう」とか。彼はそうなっているんです。心情描写が、何よりの証拠。感情を無くそうとした所で狂った理性は従わず、客観的で冷静な現状の評価が彼の曲を「難物」な存在へと変えていました。
 ただ、不幸中の幸いとして、作業の過程で「感情」が失われていたからこそ、彼はまだ花井是清になっていなかった。
 只管作曲をする事で生き長らえている「マシーン」として、生き抜く事が出来ていた。
 花井是清の事を、思い出さないでいられたんです。

 つまり、この物語の後はどうなるか分からない。感情を取り戻してしまった「人間」が、これまでと同じ行動をずっと続けられるかどうかは分からない。
 でも、この悲惨な世界から逃避する為に、彼は「音楽」と向き合い続けるしかない。「最後に残ったもの全部。何もかもを音楽に変えてやる」と言う決意を胸に、音楽の深遠を突き止める奮起の逃避をする他ない。
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褒めてくれるのは有り難いけれど、なんだか三日月の威光の恩恵にあずかっているようで複雑な気持ちだ。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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 しかし、至る道は馨君にとって残酷な真実を突きつけています。
 それは、彼は決して月にはなる事が出来ないと言う事。ただ、虫として生涯を全うするのみ。絶対的に届かない才能を胸に、綺麗なものへ対しての憤りを胸に、彼は曲を作り続けるしかないって事。
 決して届く事のない高み、花井三日月。
 三日月ルートでメジャーデビューしたのも、結局は月の恩恵に授かっただけ。虫がただ、月に愛されて聴く耳を持ってくれただけ。
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月の光は音もなし 蟲の鳴いてる草の上 月の光は溜ります
蟲はなかなか鳴きまする 月ははるかな空にゐて 見てはゐますが聞こえない
蟲は下界のためになき 月は上界照らすなり 蟲は草にて鳴きまする
やがて月にも聞えます 私は蟲の紹介者 月の世界の下僕です

中原中也「(月の光は音もなし)」
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 それでも馨は、作曲をし続ける。逃避と逆境がごちゃ混ぜになった出来事に対して、生まれてくる感情を胸に。馨は作曲をし続ける。
 彼がどうなるかは誰にも分からない。無名のまま終わるかもしれないし、伝説の世界的大作曲家として語り継がれるかもしれない。死んでから評価されたって、そこには何の意味も無いんだけど。
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この先僕が作曲を続けても道半ばで死ぬのは間違いない。
それは売れる売れないとは関係がなく。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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 それでも「瞬間」を生きる刹那主義のキリギリス、もとい対馬馨は、理想を抱いて溺死する。
 だから僕は思ってしまう。これはバッドエンドではない。対馬馨が才能の世界に対して反逆の狼煙を上げた、明日へ向かう為のルートでもあるんだって。
 唯一自らの曲を認めてくれていた少女の顔を忘れても、認められていた過去の事実を胸に、対馬馨は花井是清と同じ道を歩んでいく。彼の存在を超えられるか、超えられないか。それは誰にも分からない。最終的には「死ぬ」と言う絶対的確信のみを胸に、彼は音楽が生み出す究極世界を追い求めていく。


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まぶたの裏に浮かぶ色んな人々の顔も、頭のなかで蠢く無数の感情も、全て残らず音楽に変えて、そうして、地上にはちり一つだって僕を残しやしない。
何一つ、残しやしない。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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 物語の最後に馨が放った言葉。それは、かつて朝川周が思い描いていた死だった。
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「おれは金も、名誉も、愛情も、何も残さずチリのように地上から消え去る。そして風が吹けば最初から何もなかったことになるだろう。まさにお似合いの結末ってやつだ」

『MUSICUS!』輪ルート 朝川周
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 そして僕は思い出す。朝川周の言葉を思い出す。
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「おれも少し、音楽を嗜んだのだがね、まったく人生を失敗したよ。ミュージシャンというのはね、全く割に合わない生き方だ。いくら真剣に全てを捧げたって、見合ったものは何も返ってきやしない。失うだけだ」

「音楽なんかほどほどにして、家族や友人を大事にしたらいい。評論家が褒めようが、客が喜ぼうが、あんな連中、良いときだけのことなのさ。苦しいときに家族もいない孤独な人生というのはみじめだね。……ああそうだ、もしおれの家族を知っているのなら、どうか見舞いに来るよう頼んでくれないか? 一度だけでいい。最後に顔を見て死にたいんだ。おれの望みはもうそれだけだ。許してくれとは言わない。ただ顔だけでも見たいんだ……」

「おれの人生は何もなかった。もっと普通の幸福を求めて行動すればよかった。ガキの頃からずっと、手に入らないものを手に入れようとして、結局何もない人生にしちまったんだ」


『MUSICUS!』輪ルート 朝川周
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 このルートを遊んでいた時は、全く理解出来ていなかった。でも、今なら分かる。
 彼の言葉が、身に沁みる。どうしようもなく、身に沁みる。





6.選択について
 僕は常々考えていました。対馬馨と言う人間の真意を。
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「でも、賢い選択だけをするってことは、結局全部が自動的に決まっていくのと同じことのような気がしたんだ。みんなが選ぶ道を選ぶだけなら、それなら、ここにいる僕は何を自分の意志で選んでるのかってことになる。僕は自分にちゃんと心があるってことを知りたかったんだ」

『MUSICUS!』共通ルート 対馬馨
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 この「選択する」と言う行為が、本作にとって大きな要素となっています。悩める若者である彼が、多くの分岐路に差し掛かって自分の道を選んでいく。3つは定時制高校を辞めて音楽の道へと専念し、1つは大切な人に辛い思いをさせないよう学業の道へと勤しむ。どんな過程であれ、彼は悩みながら選択していました。「自動的」って言葉には、終始反旗を翻して。
 さて、此処で思い出して欲しいのが、澄ルートで馨が放った発言について。
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「実は僕、彼女に子供をおろせって言ってたんです。でも、ついさっき、それを撤回しようと決めたんですよ。子供は産んで貰って、そして二人で、この先ずっと一緒に暮らそうって、もっと普通の楽しい毎日を送ろうって、そう言おうと思ってたんです。……僕がそんなことを思ったから、澄は死んだのかもしれないですね」

「きっと僕はそんなものを望んじゃいけなかったんだ」

「人間には役割があるって事です」


『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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 彼は自分の意志で選択した事を、無慈悲な運命によってあっけなく否定されてしまいます。これは結局、1つの残酷な真実を彼に示していました。
 対馬馨と言う人間は「音楽」を選んだような気でいて、結局は「音楽」に選ばされていたんだって事。彼にとって、音楽=花井是清として共通ルート内にはある訳で。花井是清って人間の思想に影響されて、実際には感じていないことを感じられるような、理解できないことを理解できるような、出来ないことも出来るような気になっちゃったって事。クロイツェル・ソナタ。
 「人間には役割がある」と言う台詞は、自分が何かを選択する事自体、無駄だったと言う諦観も示しています。運命論。
 彼に才能が無い事はこれまで何度も口にした通り。原題『MUSICA!』の意味に含まれているかもしれない、夢が叶わなかった場所と、鹿之助のようには行かないの2点。澄ルートと同じ結末を、時間を遡った所でまた選ぶかもしれない。そして仮に、彼自身が成功する道を掴んだとしても、結局は三日月の恩恵に支配されて齎された産物。最初に結成させたのが彼でも、結局『Dr.Flower』は三日月のバンド。馨のバンドとして居られたのは、彼女がいなくなった澄ルートの時だけ。
 彼は差し詰め、是清に動かされた鳥居さんが如し。三日月の運命に従属し、勝手に選ばされた紛い物。
 しかし、そんな才能溢れる是清自身も、結局最後は死を選ぶ。こんなの、残酷と称せずに何と称せば良いのでしょう。
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彼女には才能があり、僕にはそれはない。
花井さんだって三日月に比べれば凡人みたいなものだろう。
バンドも楽曲も彼女の足を引っ張っている。
三日月に言ったら泣くかもしれないけれど、これが僕の冷静な部分が客観的に下した結論だ。
そこで、僕はふと気がついた。
もしかして、一度音楽をやめた花井さんが僕らに曲を書いてくれた一番の理由は、この三日月を世界に送り出したかったからじゃないのか?
そして、『音楽の神様』を見つけさせようとしたんじゃないのか?
その考えに至ったとき、全身に鳥肌が立った。
確信は持てない。――でも、そうだとしたら、あまりにも残酷だ。

『MUSICUS!』共通ルート 対馬馨
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僕は曲を書きたかった。
見たもの感じたものを全て音に変えたかった。
僕は何も自分のなかにせき止めたくなかった。
ストローみたいに、感じたものにそのまま僕の中を通過させるんだ。
結局僕は、この世の中に何も大事なものなど見いだせなかったのだから、愛着を持てなかったのだから、通過するものを引き留める権利なんか、どこにもないのだから。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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 彼が誤解している箇所は、恐らくきっと此処にある。
 この世の中に何も大事なものなど見いだせなかったから、愛着を持てなかったから、曲を書いて、見たもの感じたものを全て音に変えたかったと、彼は言っています。
 僕は逆だと思うんですよ。
 曲を書いて、見たもの感じたものを全て音に変えたかったから、世の中に何も大事なものなど見いだせなかったし、愛着を持てなかったんです。
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「もしかしたら、僕には誰かを好きになるとか、恋愛をするとか、そういう能力がないのかもしれない。今までそんな風に誰かを思ったことがないんだ」

『MUSICUS!』共通ルート 対馬馨
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 馨君はこれまでずっと「誰かを愛する気持ちが分からない」と言っていました。それは彼が「音楽」に囚われてしまったから。花井是清の「思想」に乗っ取られたからに他ありません。
 花井是清の「思想」を忠実に全うするマシーン。ロボットでサイコパスの対馬馨。
 ヤツに影響されて、大事なモノも全て失ってしまった。大切な存在はすぐ近くにいたのに。勝手な価値観と思想から我儘に手放して、その癖後には何も残らなかった。結局空っぽで心の動きが無い自分には、伝えたいメッセージも碌に生まれず、くだらない歌しか生まれなかった。
 今なら朝川周の真意が分かる。やっぱり彼にとっては「家族」が1番大事だった。あの歌で当時のロックンローラースタイルも思い出しはしたけど、心境の変化の底にあったのは「家族に会いたい」それだけだった。あの気弱な言動は全て本音で、何とか生き長らえようとした生命力が全てを証明していた。
 バンド活動やるっきゃないっしょ!って、意気揚々と定時制高校を辞めた最初の頃を思い出す。あの時あんな選択をしなければ。こうはならなかったかもしれなかった。
 だから、僕は戻る事にしました。まだ何者でもなく、しかし何者にもなれた、あの頃に。





7.尾崎弥子ルート
概要:花井是清と訣別する
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「だってみんな光を求めて飛んできたんだぜ。なのにきてみたところで、光を放つのはディスコだけなんだ。生命を求めて飛んできたのに、死を見いだすようなものさ。一歩一歩地道に光を目指して進んでいながら、闇に落ちるようなものだ」

ヴィクトル・ペレーヴィン『虫の生活』
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 最終ルート。逃げ帰るようにして戻ってきた自分。それは、夢が叶わず故郷へと舞い戻ったバンドマンの姿みたい。感じる必要も無い哀愁を不必要に感じて煩悶に暮れる中、思い出すのはワンシーン。
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「でも私、なんだか怖かったです。あの人……」
「確かにちょっと無愛想だけど、いい人だよ。遠征のときも親切だったし」
「そういうんじゃなくて……」
尾崎さんは顔を上げて僕の目をじっと見る。
(中略)
僕をじっと見る尾崎さんを見つめ返す。
「先輩も、あの人に対する態度が他の人に対するのとちょっと違ったし……なんだかうまく言えないんですけど……」

『MUSICUS!』共通ルート 対馬馨&尾崎弥子
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 澄ルートまでプレイして、漸く分かる。「怖い」と称した彼女の言葉を。その意味を。
 そんな想起を筆頭に、僕は次々とこれまでの事を振り返っていました。
 思えば、音楽以外で馨の心が自覚なく掻き乱される場面。弥子ちゃんの姿が確かにあったんです。顔が赤くなり、胸もちくちく痛む主人公。笑顔の重要性を語った彼女に、夢へ挑む姿勢の大切さを伝えた彼女に、何も告げずこっそり『Dr.Flower』初ライブへ来てくれた彼女に、僕も彼も心が動いてたんです。
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騒音と暗闇のなか、僕は尾崎さんの姿を探す。
実際に今会って彼女に何を言うのかと考えてみると、言葉が出なくてまごついている自分の姿しか想像出来なかったけれど、でもとにかく会いたかった。

『MUSICUS!』共通ルート 対馬馨
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 この時が今思うと、運命の変わる分岐路でした。告白を断ってまで音楽の道へ入る事を選んだのに、気になってすらいない人間を態々探したりはしないでしょう? 「とにかく会いたかった」なんて思わないでしょう?
 あの初ライブで彼女を見つけていたら、もしかしたら何か変わったかもしれない。確定的な事は言えないですけど、「愛する気持ちが分からない」って、本当に自分の気持ちに気づいてなかっただけかもしれない。花井是清の音楽性に囚われたからこそ加速した面もあれ、元々彼は自分の心を理解するのが堪らなく苦手な、のめり込むと1つの事しか見えなくなる性根でもあるんですから。
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僕みたいにずっと同じことをしていても平気、というわけにはいかないんだ。
人間には心があるというのはそういうことなんだろう。

『MUSICUS!』共通ルート 対馬馨
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金田がからかうように僕に心がないわけじゃない。
ただ、僕は自分の心を理解するのが下手なのは間違いない。

『MUSICUS!』共通ルート 対馬馨
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 だから、そこから唯一辛うじて脱却出来ているこのルート、実はかなり重要です。この展開を最初にプレイした人は語られている物語の重要性すら気付かないまま「楽しかった!」で感想を終えてしまっているかもしれません。澄ルートと対比関係にあるって事自体、気付かないで終わっている方もいるかもしれません。
 なので、ここから明確に、そんな定時制高校ルートもとい弥子ルートの記載をしていきたいと思います。長々とした文章を読んで下さり、誠にありがとうございました。後もう少しだけ、お付き合い下さい。




(1) 考察
①物語の対比
 さっき僕は、定時制高校とno titleの物語が相関関係にある事を語りました。まずは最初に、その根拠をはっきり提示していく所存です。同じ面もあり、違う部分もあり。互いに関連し合っていると感じられた所を、明記していきましょう。


◎満たされた金田
 ウォーミングアップは金田。彼はやっぱり、意志が弱いね。だからこそ、澄ルートの奮起は愛おしい。
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「それに金田。前と大分変わったよ。最初に会った時は、もっと目がギラギラしてたじゃないか。他のバンドのこととか、よく調べたりしてた」
「そ、そうか?」
「そうだよ。なあ、もしかして金田ってもう大分満たされちゃったんじゃないか? 最近は『Dr.Flower』の一員として、この辺りでそれなりに評価され、バンド仲間も沢山出来た。可愛い奥さんと子供だっている。口ではもっと売れなきゃとか、色々言ってるけれど、金田はなんかもう満足しちゃってる気がするよ。まだ目指すロックスターにはほど遠いのに。これって、バンドマンとしては良くない変化だと思う」
「そ、そんなことねえよ! 今だってロックスターを目指してる!」
「そうは見えない。その台詞自体がもういつものジョークになってるじゃないか。昔の、ひとりぼっちで何にもなくて、ギターが下手なのに本気でロックスターを目指すしかなかった金田のほうが好きだったな」

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨・金田
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なんともだらしのない笑顔だ。
初めてライブハウスで会ったときのギラギラした表情とはまったく別人のようである。
でも僕はその言葉でわかった。
ああ、なるほど、彼はもう満たされてしまったんだ。
孤独の中で上達しないギターにしがみつき、ライブハウスをまわってリサーチしていた金田はもういない。
学校で仲間が増えて、一緒にギターを楽しんで、それでもう満足なんだ。
きっと、これでライブが失敗しても、仲間で慰め合ってそれで良い思い出になって終わりなんだ。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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◎考えすぎた芸術家
 一要素として、野獣派(フォービスム)の話が作中で登場します。特に両ルートで登場するラウル・デュフィは「音楽を色彩で表現した」芸術家です。フランスの音楽一家で生まれ育った彼は、偉大なチェリストであるパブロ・カザルスと交流を持ち、フルート奏者且つ音楽批評家だった弟のガストン・デュフィの力で、多くの美術音楽作品を作り上げました。「光こそ色の塊である。光のない色は生命のないものだ」と豪語して、彼の作品の多くが、色彩とは光である事を強調しています。
 さて、そんなくだらん豆知識はともかく、本作において父の絵に対する弥子の反応と、馨の音楽に対する澄の反応は同じである事に気付きます。彼等が作り上げたものを「大好き!」「素敵!」と語っていた気持ちは、難しい事を考えるまでもなく本心であり、そこには何の嘘偽りもなかったんです。例え子供の評価だとしても。よく「音楽」を分かってない少女の発言だとしても。
 そしてそれはつまり、弥子のお父さんと澄ルートの馨も同じ位置にいた事を暗示しています。
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「……まあ、なんていうか、結局考えすぎちゃったのよ」

「こっちは、別に絵なんか売れなくても、夢中で絵を描いていてくれればそれで良かったんだけど」


『MUSICUS!』共通ルート 弥子母
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 「考えすぎる」事が、弱いものの味方である芸術を敵へと変えて、人生を生き辛くさせてしまう。作品を作り続ける事に絶望しても、離れずには居られない男の心境は、花井是清、そして澄ルートの対馬馨へと続くのです。
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「私も、お父さんの絵が本当に大好きなんです。小さい時からいつも好きだって言ってたら、お父さんは最後に残った絵は全部弥子にあげるって言ってくれて……だからこれ、今は私のモノなんですよ? 大事な宝物です」

「世の中にはお父さんのことを色々悪く言う人が多いんですけれど、でも、本当に素敵なお父さんだったんです」
尾崎さんはしんみりとした調子で語り出す。
「私は、だから、こんな素敵なお父さんの子供として生まれたのは本当に誇りだと思うし、誰にも可哀想だなんて思われたくない。そう思うと、どんなつらいことでも平気だし、頑張れるんです」


『MUSICUS!』弥子ルート 尾崎弥子
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 しかし、例え不遇の死を遂げたとしても、その人が生きて生み出した価値を、此処でまだ覚えている人がいる。
 澄ルートも案外、子供さえ無事に生まれていたら、異なった未来が待っていたかもしれないと思う光景でした。


◎音楽に対する価値観
 だからこそ、2つのルートでは、音楽に対する価値観で同一な面があります。
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多くの人に好かれたら良い作品で、好きになる人が少なければ悪い作品なのだろうか?
自分が聴く側だったときに好きな曲が、もっと売れてる曲より劣っていて価値がないだなんて、そんなの一度も思ったことがないのに、作る立場になったからって認識を簡単に変えられるものだろうか?
自分の感性より売り上げを信じて、曲を作って、冷静でいられるものだろうか?

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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「僕もいまやってるのはただの学校行事ですし、別にその後活動するとかも考えてないですけれど、でもそれなりに真剣にやってますし、売れる売れないを考えないでいいだけ、ある意味純粋かもしれないと思ってるんです」

この会場では受けなかった彼らの音楽を、少なくとも僕は好きだなと思った。

「今日のお客にはウケなかったけれど、僕は良いバンドだと思った」


『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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 売り上げ至上主義。有名になれたら、一般ウケしたら、それで勝者の風潮が蔓延る昨今と真っ向から対立した考え。そしてだからこそ、弱者に優しい「ロック」の思想が前面に出ているこの考え方が、僕の中では最も性に合ってます。


◎苦しみへの向き合い方
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「苦しみながら生きて来た人の方がいい」
そして僕は、その蛇腹の部分に口をつけ、キスをした。
「褒められることはないかもしれないけれど、かたちを残すというのは大事なことだ」
「対馬さん……」
澄は目を潤ませている。
僕はそんなつもりで言ったわけじゃない。
ただ、苦しみというものは貴いものだと行為で示したかっただけだ。
自分のためにも。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨・来島澄
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苦しい目に遭ったというだけで尊い価値を感じてしまう自分の感覚自体が、書生臭いとでも言えばいいのか、恵まれて育ったもの特有のものだと感じる。
不幸や苦しみを美化してしまうのは、それはそれで間違ったことだ。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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 澄ルートで「苦しみ」についての想いを語り、弥子ルートで「それはそれで間違っている」と否定しています。


◎告白
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よかった。
僕も思わずほっと溜息が出た。
本当によかった。
尾崎さんのそんなに大切なものを、僕も好きだと思う事ができて。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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「付き合ってはいない」
と僕は言ってから、
「でも、僕にとっては一番大事な人だ」
はっきりそう宣言することにした。
黙っているのは卑怯な気がしたからだ。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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「ずっと前から、ずっと、好きだったんです。バレバレだったかもしれないですけど、それを、ずっと言えなかったんです」
「そうか……」
僕は頷き、そして言うなら今しかないと思った。
「僕も」
「うっ……」
尾崎さんは泣くのを堪えるように、顔をしわくちゃにする。
なんて顔をしているんだろう。
彼女のこんな顔を見るのは初めてで、僕はクスリと笑ってしまう。
「好きだよ。そう思わせてくれて、ありがとう」

『MUSICUS!』共通ルート 対馬馨&尾崎弥子
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 他ルートの馨(特に澄ルート)を知っているからこそ、心にズシンと圧し掛かって感動してしまいます。特に重要なのは「そう思わせてくれて、ありがとう」の部分。とても重い台詞です。
 元々、自分の心を理解する能力に欠けていた彼は、音楽の思想を放った花井是清に囚われると、その気持ち一心で、反骨精神豊かに突き進んでいきます。澄ルートが顕著で、他ルートも絆される事こそあれど、最終的には音楽の道へと束縛されます。このルート以外、彼は恋愛感情を口に出来ていません。
 しかし、弥子ちゃんの父親の話を聞いて「目が覚めた」定時制高校ルートだけは違う訳で。理性を狂わされず、ロボットにもサイコパスにもならず、再分析した彼は自身の気持ちに気付き、行動へと移せた訳で。選択肢分岐こそあれ、覗きなんてクラスメイトと一緒にやっちゃう人間らしい部分も垣間見れたんです。ちょっと泣けません?


◎『ぐらぐら』の使い方
澄ルート……花井是清と気持ちが同化していく際に『ぐらぐら』が流れ、彼の道へと突き進む。
弥子ルート……最後に『ぐらぐら』をギター演奏する事で花井是清と訣別し、自身の信じた別の道を歩む。


◎世界
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僕はもう生活の大部分を音楽に込めている。
なのに、一緒にご飯を食べて、一緒に笑って、セックスもして、愛してくれている澄に何も伝わらない。
根本的に同じ世界の人間じゃないんだなという気がする。
だから本当は澄に曲を聴かせるのは嫌なんだ。
それをどうしても認識してしまうから。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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「だって、学校はいつまでもいられるわけじゃないし、それに先輩だって、ほら、世界が違うじゃないですか」
(中略)
「なんてつまらないことをいうんだ」
「で、でも」
「世界が違うなんて、勘違いだよ。僕らは同じ世界にいるし、今はこんな近くにいるじゃないか。手を伸ばせば届くし、これの、どこが違うって言うんだ?」

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨&尾崎弥子
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 僕は正直、驚いたのです。『キラ☆キラ』までずっと、どのヒロインと付き合っても「世界と世界が断絶している」関係性しか描いていない瀬戸口作品で、こんな台詞に巡り会えるとは夢にも思ってなかったですから。主人公の方から「勘違いだよ」って言った事に、なんだか途方も無いカタルシスを感じました。なんだか途轍もない運命の瞬間に立ち会えたような、幸福で恍惚な気持ちになりました。
 この馨君の言葉を聞いた時程、「報われた……」と思った瞬間はありません。感無量ここに極まれりでした。



②終着点パート2
 弥子ルートのある場面について。
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「もし生まれ変わりがあるのなら、次の人生ではバンドに賭けてみたいと思うけどね。でも今回はそれを選ばない」
「人生は一度きりですよ?」
「そうだよ。……でもそう思えば、もやもやして居る気持ちを少しは割り切れそうだなって」
「そうですね」

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨&尾崎弥子
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 「人生は一度きり」と言う言葉を用いて、この道しか選ばない事を強調している会話。『Dr.Flower』を結成してno titleルートへ行くか『Dr.Flower』を結成せずにこのルートへ行くか。
 こんな会話があるのはno titleと定時制高校の物語だけ。対馬馨が真に行き着くのは「現実」の先にあるのかもしれません。



③澄ルートの示唆
 この弥子ルートは、対馬馨本人が明確な自己分析を行えています。よって、矢鱈と澄ルートを示唆・暗示・非難している発言や描写が多いです。
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夢を見て、そのために生きる。
少年よ大志を抱けなんて言葉もあって、それが普遍的に正しいことのように言うこともある。
でもそうやって進んだ先にあるものが必ずしも幸福に繋がる場所だとは限らない。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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もし僕が役に立たないフリーター兼バンドマンだったらどうなるだろう?
多少は家にお金があるかもしれないけれど、あれは僕のものではなくて、父が稼いだ父のものだから、あてにするのは間違っている。
でも、本当に貧乏になってにっちもさっちも行かなくなったらあてにしたくなってしまうかもしれない。
それはいやだった。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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音楽は素晴らしいものだと思う。
でも、素晴らしいからこそ、時に人を狂わせたり滅ぼしたりする。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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もしかして、僕は自分の人生を決定する能力が著しく欠けているのだろうか?
もしそうだとしたら、よかれと思って行動を行うたびに間違った選択をするわけで、それはとんでもなく生きづらいのではないだろうか?

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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自分のことが信用出来ればいいんだけれどな。
ギター触っても、学校行事だけだと割り切れればいい。
でも、僕はそうじゃない。
のめりこむと、やらなくてはいけないことまで全部捨ててしまう。
つまり僕はバランスの取り方が致命的に下手なんだ。
勉強しなくちゃいけないとなればロボットのようにやり続け、自分の良心に従わなくちゃいけないと思い立ったらそれまで地道に積み上げたものを全部放棄してしまう。
そんな風に行動していたら、とんでもない人生になるぞ。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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「僕らはまず、何があっても生きなきゃいけないんだ」
僕が言うと、尾崎さんは少し緊張した表情を浮かべる。
「好きなことをやって、夢にかけるのも素敵な生き方だと思う。でも僕は花井さんが死んだ時とても悲しかったし、尾崎さんのお父さんの話を聞いたときも、正直言って、もっとやり方があるんじゃないかって思った。お父さんは素敵な絵を描く人で、良い人だったと思うけど、だからこそ無念だったと思う」

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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 他にも弥子ちゃんの一期一会とかライブの馨とか色々あるけど、あまりにも多すぎるので割愛。



④澄と弥子パート2
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「僕たち、お似合いかもしれないな」

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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「僕たち、似たもの同士なのかもしれないな」

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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 個人的に彼女等って凄く似てると思っていて。初見時、澄を成長した弥子かと思わず疑ってしまったのはここだけの話なんですが。作中でもこんな対比が為されているとは思いませんでした。そういや、人によると思いますけど、お似合いカップルの本質は似たもの同士が多いらしいですね。
 また、博愛主義の彼女等は性格上、誰かが嬉しそうにしている姿を見る事を「幸福」と考えています。だからこそ、好きになった事を純粋に追いかけてもらいたいし、他人の幸福を眺める事を「幸福」と感じ、音楽の道へ励む馨を応援した訳で。
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「馨さんは音楽をやってください。そうしてくれるのが一番嬉しいんです」

『MUSICUS!』澄ルート 来島澄
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「あのステージに上がってライト浴びながら演奏してるの見て、すごく楽しそうで、いきいきしてて……こないだ未来ちゃんが変なこと言ってたけど、私別に堕落させようとしてギターやってほしがったわけじゃないんです。また、楽しそうな先輩を見たかっただけなんです」

『MUSICUS!』弥子ルート 尾崎弥子
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 でも、それがお互い、自分の願望や幸福を蔑ろにする証左となる。実に皮肉です。
 来島澄は、バンド解散後に出逢う、もう1人の「尾崎弥子」だったのかもしれません。




(2)感想
 澄ルートがきらりルート1別展開だとしたら、僕にとって弥子ルートはきらりルート2の代用と言えましょう。つまりTRUE END
 とても大切だった筈の特別は、特別じゃないみたいにいつも傍にあったから。だからその重要性に気付かないまま、僕はずっと続くと思っていた事を、殆ど強引に終わらせてしまいました。
 でも、失くしてはいけなかった。大切なものは、絶対に失くしてはいけなかった。
 純粋性とはこういう物だった筈だ。音楽の楽しさってこういう物だった筈だ。
 それを、澄ルートまでプレイして忘れていた僕に、改めて思い出させてくれたように思います。


 『Dr.Flower』に関わっても、才能が全くない事を痛感させられる主人公の変遷をじっくり見てきた次第。こうして音楽へ真摯に取り組み続けて、でも報われなくて、意味がわからなくて、だから改善できなくて、しかしめげずに頑張っても結局他人頼みか、自分に固執して大切な誰かを犠牲にしてしまう。
 そうなってしまう位なら音楽なんてやらない方が良い。誰かに想いを伝えるなんて無駄なんだ。自然とそんな考えに至ってしまうのは無理もない話。なんて、自分で言ってりゃ世話ねえんですけど、僕はそう思ってしまいました。
 だからなんでしょうかね? そうしてこれまでの過程を踏まえた上でこの物語をプレイして、なんだか、涙が止まらなかったんです。
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「つらいことやどうにもならないことが後ろから追いかけて来るなら、楽しいことをたくさんやって逃げ切るしかないんだよ。私たちは世界の端っこで生きてるとるにたらない存在かもしれないけど、目に映っても誰も気にとめることがないようなちっちゃな存在かもしれないけど、でも、みんなと同じ世界で胸を張って生きてるんだって、主張しなきゃ! 主張しなきゃ……自分でも忘れちゃうよね……」

『MUSICUS!』弥子ルート 佐藤未来
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今日は、ステージに上がる予定の人も、まだそのつもりがない人も楽器をいじっていた。
教則本を開いて見よう見まねに音を出し、笑い合っていた。
やっぱり、はじめて楽器を触るとあんなふうに夢中になってしまうんだろう。
(中略)
みんなそうだろう。
普通はそうやって『楽しい』というところから、音楽は始まるのだ。
なんたって、音を楽しむと書いて音楽なのだ。
それがいつの間にか苦しくなったり、つらくなってしまうこともあるのだから不思議だ。
いつまでも最初の新鮮な気持ちを忘れなければ、ずっと楽しいまま音楽と付き合えるのだろうか?

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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「い、いやっ、ウケなくてすごくつらい気持ちもありますけどっ! でも初めてバンドを組んでライブハウスのステージに上がれて、すごく嬉しい気持ちもあって、ちょっと前に家で引き籠もってた時は、人生でこんな機会があるって想像もしてなくて、部屋のなかで生ゴミみたいに人生を腐らせて行くだけの人生だと思っていたのを思い出してっ、僕、つらさと嬉しさでわけがわかんないんですっ……」

『MUSICUS!』弥子ルート 小川胡桃
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「迷惑なんかじゃないよ。だって、普通に生きていたら気がつかない路傍の雑草が自分の存在をたからかに歌うその姿ってのはさ、美しいものなんだよ? それはきっと、失敗を知らない彼らの人生を豊かにする、小さな小さな発見にもなるんだ。僕らのような路傍の草のような見向きもされない人間が胸をうつ音楽を奏でて、彼らにとって忘れがたい存在になれれば、それだけでもう勝ったようなもんじゃないか」

『MUSICUS!』弥子ルート 高橋正春
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 これまでのルートをプレイし、音楽と言う物がよくわからなくなっていた僕に、沁みる言葉の筆頭達。
 この温かくも愛おしい物語は、自然と感情を震えさせます。それは、対馬馨と言う人間の1つの答え、音楽と言うものに対する僕なりの解答が、そこに描かれていたからに他なりません。
 初めて楽器に触った時、何時間練習しても飽きる事はありませんでした。最初の頃は誰もがそうだった筈なのに、いつしか上手くなり、人気になると、売れる事ばかりに執着してしまいます。あの「楽しそうな音楽室」は、間違いなく音楽が紡ぎ出した原風景でした。
 初めてライブを行った時、全くウケなくて悔しかったけど、でもやっとこの舞台に上がれたんだって、嬉しい気持ちは確かにありました。胡桃の泣きながらも嬉しく語る声色、僕の中では凄く懐かしかったです。
 表現するという意味において、誰でも価値は同等の筈なのに。偉そうに区分けして説教するヤツが大嫌いで。そんな馬鹿にされる輩の馬鹿にされる風潮が大嫌いで。だからこそ、文化祭上がりのバンドがライブハウスに乗り込み、遂に学園祭で成果を発揮した展開はとても秀逸だったと感じます。

 そして馨もまた、ここで1つの答えを見るんです。
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「故人の遺志を引き継ぐって言うのは聞こえが良いし、その方が物語としてはしっくり来るんだろうけど、物語に目をくらまされるのは正しくないと思う。そんな理由で引き継ぐのは花井さんの考えとも違う気がするしね」

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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 そう、物語から生じる音楽の感動、イメージから生じる音楽の好みを否定したいなら、そもそもあのメンバーで結成する事自体が花井是清の思想に真っ向から屈服した形となります。
 『Dr.Flower』を見るだけで古株のファンは『花鳥風月』を想起し、それは結局、是清の絶望的思考に従って生きている事に他ならず。そんな状態から始まったバンドスタイルで物語性を否定した音楽なんて奏でられる訳ないでしょう。全く関係ない人間構成で作り上げるならともかく。それで彼に対しての反逆が成功するならまだしも。
 だから僕には、誰も自分達の事を知らない、路傍の雑草のような人間達『NIGHT SCHOOLERS』の作り上げたライブステージが、途轍もなくキラキラ輝いて見えたんです。この光り輝く情景は、僕だけが「物語」のまやかしにかかっている証明かもしれません。
 でも、そんなのどうでも良かった。だって、理由がどうあれ、その感動は本物だったんですから。
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そして僕はふと、花井さんの言葉を思い出した。
音楽の感動なんて、まやかしだというあれだ。
一流オーケストラの演奏が子守唄になって、愛する我が子の演奏が感動するというあれだ。
今僕がこの絵から感じたものも、もしかしたら色んな背景を想起したせいで感じてしまったものなんだろうか?
絵自体はそんなに大したものじゃないのだろうか。
事実、売れはしなかったのだ。
たいしたことがない絵を、僕は惑わされていい絵だと感じさせられているのかもしれない。
僕はそんな風にわざと意地悪に考えながら、もう一度絵を見てみた。
やっぱりそこにはいい絵があるし、愛が溢れているように見える。
一度魔法にかかったら、ちょっとやそっとではとけないのかもしれない。――まあ、なんでもいいや。
どういう理由があれ、僕はこの絵を見て感銘を受けたのだし、そんなに好きじゃなかった尾崎さんのお父さんが好きになったんだ。
理由がどうあれ、この感動は本物だ。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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「音楽はただの音の振動だよ。音楽の感動はまやかしだ。おれたちミュージシャンのやっていることなんか全てクソだ」

「……でも、だからなんだって言うんだろうね」

「それが何であろうと、おれたちには音楽が必要なんだ。他の何よりも必要だったんだ。どうしておれはそれを信じられなかったんだろう? 自分にとって一番大事なものを、どうして台無しにしようとしてしまったんだろう?」


『MUSICUS!』三日月ルート 花井是清?
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 三日月ルートの花井是清?が言っていた事。弥子ルートで対馬馨は既に到達しています。彼はもう辿り着いていたんです。1つの真理に。1つの答えに。
 是清から離れると誓ったルートだからこそ、今回はすんなり受け容れられたのでしょう。僕は、ここに来てやっと、三日月ルートで花井是清?が言っていた内容の一部を少しだけ理解しました。あれを全面的に肯定する事は過程の関係で不可能に近いでしょうし、もっと上手くやって欲しかったって思いもあります。しかし、少しは溜飲が下がりました。全てこの定時制高校ルートのおかげです。本当に感謝しています。

 閑話休題。

 そして、このライブステージこそ、僕が『MUSICUS!』でずっと見たかったものでした。
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「動揺するな! ライブハウスだったら、二十人も聴いてくれたらノルマは達成出来る」

『MUSICUS!』弥子ルート 小川胡桃
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 俺も金田のように少なからず狼狽えたからこそ、凄く心に響きました。そうだな、その通りだなって。
 文化祭バンドとかプロとかアマチュアとかインディーズとかメジャーとか、全く全然関係ない。ただ、音楽を、メッセージを伝えたい。その集団の、自分達を肯定する為だけの人間賛歌。そこに、聴いてくれる人数なんて考える必要はまるで無かったんです。
 そして、次第に集まっていく観客達。奏でられる自分達の想い。それに呼応するフロア全体の熱狂。
 あの時間こそ、とても幸せな時間。馨君と同意見です。僕もずっと見たかったものだった。この景色は。この温かいライブステージは。僕がずっと見たかったものだったんです。
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この場のみんなが楽しそうで、そうだ、これが僕が見たかったものなんだ。
ああ、楽しいな。
本当に楽しい。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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 音楽とは、ライブとは、本来楽しいものでなければいけなかった筈です。それを日々のノルマのように達成し続け、そんな大切なものを億劫がって面倒臭く思い、捨てる必要なんかなかった。想いが伝わらないなんて嘆く必要はなかった。
 世界の果てで生きる者が精一杯曲を紡ぎ上げるだけで、そこにはそれだけの確かな価値があるんだから。分かってくれる人は、絶対いるんだから。
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なんにしろ、作れば作るほど、人に聴かせれば聴かせるほど、自分に音楽で何かを表現する能力も、伝えるに値する何かもないって思い知らされるだけなんだ。

『MUSICUS!』澄ルート 対馬馨
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でも、そもそも伝えたい何かがないのも事実だ。
僕はいつも自分のことしか考えていない。

『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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 そんなこれまでに積み上がってきた表現への疑念が、定時制高校ルートのライブにて、明確な反論の帰結となった次第。
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驚いたな。
ちゃんと、会場は尾崎さんや金田の煽りにこたえて、歌ってくれている。
昼と夜、両方の生徒が体育館に同じ歌を響かせているんだ。
いい光景だな。

僕は多分、この会場のなかでどういう立場でもない。
何かをここで訴えたいというより、ただみんながやりきったところを見たかった。
そのために一緒に練習してきたんだ。
そしてそれは現実になった。
ライブハウスで出会った人達は、学祭バンドという言葉を使うとき、少し見下した言い方をすることが多かった。
でも、ステージの上で精一杯演奏をして、会場のみんなが楽しんで、これ以上の音楽がどこにあるんだろう?


『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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 想いは伝わる。確実に。
 才能の有無とか解釈の相違とか、考える必要はまるで無い。音楽のきらめきは、誰かに必ず伝わっている。
 そしてだからこそ、音楽は想いが伝わる最高の媒体だからこそ。
 ロボットにもサイコパスにもならない為に、花井是清に支配されない為に、自身の想いを尊重して生きる為に。
 自分だけの人生を歩まなければいけない。
 それは『Dr.Flower』にも『花鳥風月』にも、花井三日月の才能にも花井是清の思想にも囚われない、大切なあの娘と紡いでいく生き方。
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「でも、そういうものなんだよ。未練を残しながら、それでも自分にとって一番正しいと思う道に進むしかない」

「どうせ正解なんかわからないんだから。迷いながら手探りで、選んだ道が正解になるように全力を尽くすんだ」


『MUSICUS!』弥子ルート 対馬馨
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 そう、結局の所、選択した内容に意味なんて無い。選んだ場所で、自分が如何に価値を得られるか。それしかない。
 誰もが別々の道を行く。そこで未練が芽生えても、その道が幸福なものとなるように。
 馨は、大切な人と共に生きていく。
 これが、僕が『MUSICUS!』で学んだ事の全てです。





8.あとがき
 自分にとって、本当に大切なものは何か。
 この『MUSICUS!』って作品は、これまで何度も選択肢と言う形で、馨を通して僕にその疑問を突きつけてきました。人生において必ず付き纏う永久命題の回答は、正しく十人十色の千差万別でしょう。
 本批評では僕の至った答えをルート順で紡ぎ上げた形となりました。引用過多で読みにくかった事、ここに深く謝罪致します。

 しかし、この作品には結構不満もあるんです。三日月ルート以外でもね。
 幸谷学園のクラスメイトを好きになり、『花鳥風月』の他面子に『プテラノドン』のメンバー、水野季沙とかも好印象だった分、他ルートにおけるキャラのフェードアウト具合はかなり勿体無く感じたし(全く登場しないのは如何な物か)
 『STAR GENERATION』のように、メジャーには行かなかったけどインディーズで大成しました!ってルートがないのも結構消化不良だし(それさえあったら三日月ルートもまだ受け容れられたかも)
 しかし、それでも本作は大事な事を教えてくれました。no titleと定時制高校の物語だけで、僕の本作に対する価値は一生モノの価値観として魂に深く刻み込まれ、クリアしてから続くこの先の人生、決して揺らぐ事はないでしょう。
 メインだとかメインじゃないとか関係ねえ。俺が決めた俺の道だ。したがって、不満もあれどこの点数位つける他なかったんです。本当にごめんなさい。 
 作中で言われているように、三日月の歌を語る馨が如し、ファンが冷静で客観的な批評なんて出来る訳ない。こんな無意味な批評でも、少しばかりは価値を抱いて頂けたら幸いでございます。
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OVERDRIVEさんと一緒に作った前作『キラ☆キラ』は、ステージの輝きに触れた若者たちのつまらない毎日が、特別なきらめきに変わる話でした。
けれど『MUSICA!』で書いているものは、それよりもうちょっと先のこと――つまり、『キラ☆キラ』が恋の物語ならば、『MUSICA!』は愛にまつわる物語なのです。
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 『MUSICA!』改め『MUSICUS!』は、無鹿で、虫化な、音楽家達の物語。
 「きらめき」だけでは生きていけない世界がありました。
 虫のように泥臭く生きて、虫の誇りで以って、泥臭く日々を生きて行くしかない世界がありました。
 対馬馨に音楽の才能は無い。音楽は分岐点でも、彼にその才能はありません。
 しかし今は、穴の開いたそこに「愛」がある。諦めたからこそ信じられた「愛」がある。
 その大切な存在を守り抜き、選んだ選択が最良となるよう、全力を尽くして生きていく。
 だから、僕にとって本作は、残酷だけど「愛」に溢れた物語。
 日常化して、くだらなく感じてしまうようになった「特別なきらめき」を、もう一度信じられるまでの物語です。


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「いまわかったよ」と彼が言った。
「実際は、ぼくたちはけっして蛾なんかじゃないんだって。それにけっして……」
「そういうことを言葉にしようとしても、意味はないだろう」とジーマが言った。
「それにきみが何か理解したからって、きみのまわりは何ひとつ変わらなかったんだぜ。世界はもとのままだ。蛾は光にむかって飛んでいき、蝿は――糞にむかって、しかもどれも真っ暗闇の中だ。でもきみは――きみはいま生まれ変わる。そして自分が実際は何者なのか、きみは決して忘れないだろう、そうだね?」
「もちろんさ」とミーチャが答えた。
「でも一つだけわからないことがある。ぼくはたったいま蛍になったのかな、それとも実際はずっとそうだったのかな」

ヴィクトル・ペレーヴィン『虫の生活』
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