merunoniaさんの「MUSICUS!」の感想

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ゲームをクリアした人むけのレビューです。

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90MUSICUS!
まるで人生の選択肢のような選択肢、花井是清の呪い 本当にこわい作品だった。
『この業界は謎と神秘に満ちています。このなんとも言えない不思議で熱狂的な世界でなら、僕は何か特別な真実をつかめるような気がしているんです。……でもそのためには、僕らは素晴らしいバンドにならなくちゃいけない。高いところに行かないと、見えない事の方が多いですからね。僕はそのためのメンバーを集めたつもりです。だからみんな、覚悟をもってやってください。そして、誰も見たことがないバンドをはじめましょう。』


MUSICUS!
発表当時から話題になり、クラウドファンディングによりさらに話題になった、オバイブ最後の作品。どのような作品かとワクワクして待ち望んだ作品の中身は。
私にとって劇薬でとても怖かったけれど、同時にとても面白かった。
音楽とエロゲとずっと真正面に向かいあったオバイブだからこその作品だったと感じます。

同時に、私の中で、好きという感情をそのまま好きでいいんだよと肯定してくれた作品でもあり、やっぱりライブ行きたいと思わせてくれる作品でした。

中身は、瀬戸口さんらしい長文で、演出よりもライブの一つの人生を描くテキストは、どこかノベルゲームというよりかはドキュメンタリー番組を見ているような不思議な感じで。
決して感動したりといった心を動かされることが強くあったわけではないのですが、音楽に対して真正面にぶつかっていって、音楽に携わったことがない私でもくるようなそれぞれの音楽観、人生の選択肢、選んだが故の結末は、見ていて面白かったです。
オバイブの描きたかったライブとは、ロックンロールとは が詰まっていたように感じます。
ライブに行きたくなるような作品でした。面白かったです。

以下ネタバレ感想です。



1 花井是清の呪いの言葉
まず私の中で何よりも一番の印象は、やはり花井是清の存在。
ただただ彼の呪いの言葉が本当に怖かった。

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……おれはね、世の中には本当に凄い音楽なんかないのなかって思いはじめているんだ。最近のことなんだけれどね、何を聴いても楽しくないし、心に響かない。この間ね、色んな音楽を聴きすぎて疲れてるのかなって思って、それでちょうど昔好きだったアーティストが来日したからライブに行ってみたんだよ。
年をとったけれど昔よりもパワフルで、何も悪いところなんか見つからない。むしろ良くなってると思う。でも、おれは何も感じなかったんだ。昔は心が震えて涙も出たりもしたのに。今は何も。……それでふと思ったのさ。昔の自分はただ騙されていただけなのかもしれない。ステージの演出とか、有名なアーティストが目の前で歌ってるとか、みんなが褒めてるとか、曲がヒットしてるとか、そういういろんな情報のせいでなんとなくいい曲のような気がして涙を流していただけで、音楽の力で泣いていたわけじゃないのかもしれないって
よく映画とかフィクションでは、無名な天才ミュージシャンが演奏して通行人が涙を流すなんて演出があるけど、そんな光景を現実に見たことがあるかい?誰が褒めているのか、誰が演奏しているか、どれだけ売れているか、そんなことを何も知らないでただ曲を聴いて、それだけで涙を流すことなんかあると思うかい?おれたちのライブでもたまに泣いてるヤツがいる。でも、昔路上ライブしてたとき、いくら演奏しても誰も涙なんか流してくれなかった。あの時の方がずっと心を込めて必死で演奏していたのにね。
今なんか、ただの仕事だよ。仕事。でも泣いてる。……あれは結局状況に酔ってるだけなんじゃないか?実際おれたちのライブなんかクソだよ。曲も演奏も何の価値もない。ちっとも面白くない。あれで喜んでる人がいるなんて信じられない……。きみはどう思う?音楽は価値があるものかい?

そうか。まあ、悪くない。でも言うほどのものじゃない。つまるところ音楽なんてただの空気の振動なんだ。ライブハウスみたいな真っ暗なところで、みんなで身体を揺すって、ばかみたいな大きな音でそれらしく流していれば、その振動が心臓に伝わって、なんだか感動したような勘違いをするんだ。広告を打って、ストーリーをくっつけて、ファッションみたいに流行らせて、すごいものみたいに言ってるのは全部デタラメだよ。どの曲も歌も大した差なんかない。全部プロが作ってるんだからさ。どの曲を聴いたって、ちょっと気持ちよくなるだけだ。そしてロックなんか存在しない。

……そうじゃない何かが見えている人もいるのかもしれない。でもおれにはわからないな。自分の曲と他人の曲に違いなんかわからない。なのに、おれのライブにわざわざ来る人がいる。とても信じられない……金を払ってるやつを見ると、可哀想な詐欺の被害者だって感じる。心が痛む。でもやるしかないんだ。プロだからね。

ねえ対馬君。原稿にはっきり書いてくれよ。花井是清の作った曲は、どれ一つとっても小指の先についた鼻くそほどの価値もないゴミだけだってね。だから喜んで聴いている連中は早く目を覚ませって。おれの口からは言えないんだ。
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今までの自分が『好き』という感情が否定されるようだった。
始めてライブに行ったときの感動は、今でも同じ『楽しい』という感動と同じなのか。
エロゲやノベルゲームをやってて『楽しい』という感情は、昔の純粋に楽しんでいた頃と同じなのか。
全ては背景があって、『楽しい』と思い込んでいる自分が『好き』なだけじゃないのか。
周りが楽しいと言っているから楽しいんじゃないのかと全てが怖くなった。
今でもあなたは純粋の『好き』という感情を持ち続けているのか?
周りに踊らされているだけじゃないか?自分に酔っているだけじゃないか?
湧き上がれば湧き上がるほど否定されたようで、自己嫌悪したくなって本当に怖かった。

それでもどこかきっと答えを見せてくれると信じてプレイしていて。
弥子ちゃん√は青春として楽しかった。本当に楽しくて最後のEDも感動して、拍手するくらい好きだった。けれど同時にどこか花井の呪いの言葉を思い出して本当に怖かった。

だからきっと答えを出すだろうと信じて。
『花井の遺作と公表しないで世の中に出していく』という回答をきっと主人公は出すだろうと信じて回答したがゆえの澄√が辛すぎて、お腹が痛くなって辛かった。

音楽になにもバイアスをかけずに、ただ純粋に音楽の価値の在り方をきっと見出してくれれば、自分のこの辛さもきっと回答を出してくれるだろうと思ったばかりに、澄√のあの結末は本当に怖かった。

音楽を作ったり表現したり、創作物を公表したりすることがない自分ですらこれなのだから、澄√の怖さは、クリエイターの人たちにとっては想像を絶するものだとも同時に思う。

絶望の上乗せをされたような気持ちで、最後にミカ√をやった。
トントン拍子で売れていく様子の彼らが、澄√と対照的でとても印象に残っている。
そして最後の花井の言葉。

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音楽はただの音の振動だよ。音楽の感動はまやかしだ。おれたちミュージシャンのやっていることなんか全てクソだ
……でも、だからなんだって言うんだろうね?
それが何であろうと、俺たちには音楽が必要なんだ。他の何よりも必要だったんだ。どうしておれはそれを信じられなかったんだろう? 自分にとって一番大切なものを、どうして台無しにしようとしてしまったんだろう?
(中略)
ロックンロールという言葉はね、きみが勇気をもって暗闇で顔をあげるとき、いつもそこにあるものの名前なのさ
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その時、私の中で、好きという感情が肯定された気分だった。
もちろんそれは、今までの彼ら主人公の長い長い人生があったからこそです。
ただ、自分が好きだったから、必要だったからただ好きなのだと。
確かにあの時最初に感じた感動、好きだという気持ちは本物だったんだと。

当たり前のことを言っているのかもしれないけれど。そう教えてくれたような気がしたんだと思って、ただそれだけが私の中で一番この作品で印象的な出来事です。


2 ライブにはじめて行ったとき
全く作品の感想に関係ないけれど、この作品をプレイしてて、私がはじめてライブに行ったときを思い出しました。
それは大学2年生の頃だったと思います。
当時は、私自身がライブに行くなんてことを考えたこともありませんでした。

私が行ったバンドは、昔から大好きで、高校受験から大学受験の勉強のときにしょっちゅう聞いていたバンドで、ずっと頭の中でリピートするくらいには大好きな東方曲アレンジバンド。(岸田教団ってバンドです)
でも、CDを聞いているだけで満足だったし、ライブに行く必要性を感じませんでした。あとなんとなくああいう世界は億劫でもあって怖かったりもしたのもある。

そんな自分がライブに行くようになったのは、Twitterで誘われたのがきっかけでした。
なんのかんので、近くでライブがやっているということを知り、ただ誘ってくれた方が一緒にこれなくなったのもあって、初ライブに一人で参戦。
あれは秋ぐらいだったかと思う。服装もわからなくてPCで調べて。
はじめてすぎて、事前のグッズ販売なんてのも知らなくてみんな同じTシャツ来てるのが少し困惑したのとか。今から飛び跳ねたりするのに、片手にコンビニ袋と飲料水を持ってたりとか。(飲料水必須ってあったし)
今思えば何もかもわからずで、ただとりあえず来てみたって感じでした。まさに未知の空間。わからないけどとりあえず前の方に行ってみるかと、真ん中らへんにたってました。

はじまる5分前の空気。今でも覚えてます。いよいよ始まるぞっていうまわりの緊張した空気。とりあえずどうすればいいんだろうという困惑した自分。
1分前、突然真っ暗になる空間。その瞬間。いきなりはじまるバンドの人たちの音楽。
一斉に前に移動しだす周りのファンたち。爆発的に流れ出す音楽。片手を挙げ跳ね出す周り。自分の聞いたことのある、というかいっつも聞いていた曲なのに。でも何もかもが違う。音楽という耳から入る曲でしか聞いたことなかったものが、目の前の視覚から、ドラムをはじめとする鼓動が全部が自分の体に叩きつけられる。
自分の知っているはずなのに違う曲。掛け声、自分がいつも聴いているより早いテンポ。周りとの一体感。
何もかもが違いすぎて。でも私の好きな曲でもあって。
はっきり言って衝撃的でした。一気に虜になったのを覚えています。

MUSICUS!は、私にとって、そのようなライブの衝撃と感動を思い出させてくれた作品でした。

作中で、選択肢の一つで、『完璧なライブを目指すか、それともありのままの等身大の僕たちを魅せるのか』という選択肢がありました。
私の中で数ある中でも印象的な選択肢の一つですが、ミカ√へ行くための選択肢は、等身大の自分たちを魅せるという回答。
決してこれが正解だとは言いません。
だけど、私がどうしてライブの虜になったのか。どうしてライブが好きなのか。
それは、不安定でも彼らの生き様、ありのままの姿が見たいからだと、その時実感しました。

ライブだから、当然その時のアレンジがあったり、時には歌詞を間違えたりなんてのもあったりします。MCでは彼らバンドメンバーのバカ話を聴いたり。
でもそれら全部ひっくるめて彼らの音楽が好きなんだなって。
そう思わせてくれたのが、私にとってのもう一つのMUSICUS!です。

今でもCD音源で音楽を聴くのは好きです。
昔からリピートしてきた曲ですから、今でも聞きます。

だけれど、ライブも大好きです。あの空間では自分は別世界にいるように体感できるから。ありのままの彼らバンドの姿を見せてくれて、周りも一緒に『好き』という感情が一緒になって一体感になって時間を過ごしていく。

そんな当たり前かもしれないことを思い出させてくれるのがこの作品でした。

だからこそ、花井是清の呪いの言葉が強烈に痛い。それらはまやかしだと語る彼がこわい。

でもそれでも最後に、『必要なものだから』と語ってくれた答えは、私にとって、昔はじめてライブに行ったときの感情はそのままで良いのだと肯定してくれているようで。
ますますライブが好きになれたように思います。

決して私は音楽創作に携わった人間ではなく、この作品の彼らの姿も、あくまで『聴き手側』とでしか感想を持つことができません。
ただそれでも、『聴き手側』として上記のような感想を抱くことができたことは、プレイしてよかったなと思います。

3 クリエイターからみたMUSICUS!の光景はどのように映るのか
私は、上記でも述べたように、音楽創作に関わったことがないです。
ましてや、文章書きや同人誌のような創作活動には全く関わったことがない人間です。

そんな自分ですら、澄√に恐怖を覚えた今、もし実際に創作活動をしたことがある人間がプレイしたら、どのような感想を抱くのか興味があって仕方がありません。
ましてや、彼らのように創作活動、バンド活動をまさにしている、したことがある人間にはどのようにこの作品に感想を抱くのか。

はっきり言って失礼なのを承知ですが、それらの経験を得たからこそ見えるこの作品の景色に興味があります。羨ましいです。少し嫉妬すら覚えます。
それくらい、私にとってクリエイターの人々はすごいです。眩しい。
エロゲの感想ではないですが、プレイし終わったあと、そういったことも思いました。
それだけに、澄√とミカ√の話の対比が凄まじかったこともあります。

澄√のように、バンドから通して、一つの音楽を見つめ続け、思考が迷宮化し、音楽という魔性に囚われてしまうのか。
ミカ√のように、音楽からバンドを通して、ありのままの音楽は必要だという、手放さず勇気をもって持ち続けることを選ぶのか。

これらは、私にとっては、音楽活動をしている人のドキュメンタリーのように映ってしまうのだけど、きっとクリエイターの人たちにとっては感じ方が違うように思えて仕方がないです。
長年音楽とエロゲに関わってきたオバイブだからこそ、クリエイター彼らに送る応援する内容とまで感じます。

だから、クリエイターしたことある人がこの作品をプレイして感じ取る内容が少し羨ましく思います。
変なことを言っている自覚はあります。

4 総評
正直私にとって、瀬戸口さんというライターはそこまで思い入れがある人ではないです。
でも、確かに彼のテキストはすごかった。長文はすんなり読ませるような独特のテキストは、読んでいて面白かった。

ノベルゲームと言われると異質だと思います。弥子ちゃん√は青春していて面白かった。
けれどミカ√や澄√は彼らのバンド人生をドキュメンタリーとして見ているようで不思議な感じだった。
ライブなど音楽という面も一瞬で終わったり、演出もあまりなくて、本当にあくまで読み物だと感じた。
けれど、でもオバイブが常に思っているライブ、バンド、ロックンロールとはどのようなものなのか、という、ずっと考え続けていた考えに触れることができたという意味合いで面白かったと思います。
でも逆に登場キャラにはそこまで思い入れを抱かないという、なんでだろう。
同時に、私の中で呪いを刻み込んで肯定してくれた、ライブのことがさらに好きになれた不思議な作品でもありました。
面白かったです。 本当に書いていて今でも不思議な作品だと思います。
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merunoniaさんの「MUSICUS!」の感想へのレス

(BGM 新譜「MOD」妖々跋扈の最後の方の「き!え!た!未来には~」の部分のみっちゃんドラムを中心とした激烈キメ)

いつの間にか自分たちは、最初に愛したあの衝動を忘れて……はいないものの、何かにすり替えてしまうようです。そして「暗闇の中を1人で歩いてゆく」らしいです。シリウスは照らしてくれるでしょうか。エロゲメーカのシリウスは活動停止してしまいましたが、保住とミヤスは「しんこんぶ」を出してくれまして、ああ胸キュンナビゲーターシリウスちゃんはこの世のどこかで生きていたんだなと。

改めまして、ご無沙汰しております。本感想を読んで、「虚空を漂」っていたノベルゲー人生に対する思いが、突如「その鼓動は衝動、真空状態の無限の中へ」と暴走を始めたので、どうにもたまらず、お手紙を書き始めます。

自分のノベルゲー現状ですが、しばらく、ぜんぜんプレイしていません。いつしか、すごく、ノベルゲーが「重く」なってしまいました。仕事に追われ、時間がないのは前提で。
わからなくなってしまったのです。
自分はノベルゲーが好きなのか、「ノベルゲーをやって物言う自分という地位を保っていたかった」のか、もうわからなくなってしまいました。「いつから僕は現在の状況に甘んじていたのか」。そのシフトはいつ始まったのか。もう何ひとつだって覚えちゃいません。
いま振り返って言えるのは、レビュー/長文感想をして、「自分を成り立たせたい」といつしか考えてしまっていたことでした。レビューを書いて誰かと繋がってみたい、とか。長文感想を書いて自分を肯定してみたい、とか。何なんだ肯定って。どうしてゆかいなノベルゲー(感想執筆)で自分を肯定しなくちゃならんのだ。

自分は10年前にノベルゲーに出戻ってきたのですが、だんだんノベルゲープレイと感想執筆が、義務っぽくなってきたのを実感していました。でもノベルゲーやめるのはオタとして何か負けたクズっぽい気がする。
その一方で、5年前に、ある日唐突に作曲を始めました。「いつか音楽同人イベントM3にサークル参加出来たらいいなぁ。それがラスボスだなぁ自分の」と夢見たのですが、なんとその翌年に、オリジナルのアルバム作ってM3にサークル参加していました。ということで、自分の作曲活動におけるラスボスをすでに倒してしまいました。……この「ラスボス倒し」、意味を、もっと心底感じ取るべきでした。
いつしか、作曲もまた、義務っぽくなっていきました。自分は曲を作ってることが好きなのか、「作曲して、創作者気取ってる己が好き」なのか。もっと突っ込めば「作ってる自分である!ということを担保にして、ようやっと自分を肯定してる条件付きの愛でしか、自分を愛せないのか」という話です。その反対は「作れていない自分はクズ」です。

なんだこれ。終わりのないこのZero-sumゲーム、何年たったって特に成長はしていない。
これじゃまるで「希望のような絶望を抱きしめながら歩いていく」だけじゃないか。

自分は、自分を肯定したかったのです。かつて、自己否定を日常的に行っていた自分です。「未来が無いみたいに生きるのは簡単」でしたマジで!でも、なんかふとしたはずみで、ひょっとしたら肯定出来るかもしれない、と思えるようになった。やった……!
そしたら、「自己肯定病」になってしまいました。自己肯定出来なきゃクズだ、幸せじゃなきゃ不幸せだ、っていう話です。やばいですね!

ずっと何かがおかしい、と思いながら、自己肯定にとらわれて生きてきたのかもしれません。こう書いてみると、前を向いているようで、何か別のとこを向いてるように思えます。その迷走で、幾人かの人を傷つけてしまった事実です。

ところで、「成功」って何でしょうね。勝利、とも言い換えてもいいですが。誰と、何を?
勝利条件は曖昧、スタート時点も不公平、不完全ランダム方式、最低の運ゲー、という解釈はまことその通りだと思います。
自己啓発本を何冊か読んでみて(そういうのに手を出してる時点で以下略)、成功するためにはうんぬん……と書かれていますが、その「成功」の意味がきわめて曖昧。
成功の定義のひとつ(一般的な物)に、「多くの人々から賞賛されること」という定義がありました。でも多くの人々の心を確実にコントロール出来る方法なんてこの世にありはしない。それ以前に、勝利条件を「他人」に委ねてる時点で凄い危険なギャンブル不確定。
では、世間賞賛を無視して、ひたすら「自分を肯定」すれば良い……と自分は考えました。上記のように。ところが、「自分を肯定」というのもまた、「勝利条件は曖昧」だったりしたのです。
自分を楽しませる、と言います。好きなことを好きなだけしていればよろしい。ところがそれが、自分は「義務」にしてしまった。幸福は義務です、市民。自分は幸福にならねばならない。あらゆる手段を使って幸福にならねば

そうして、ノベルゲーを「重い」っていうフィーリングで嫌いになりかけているのが現状です。ひどい。

思うに、自分がTwitterにいたとき、とても和やかに、ノベルゲームを楽しんでいらしたのが、merunoniaさんでした。自分から見えたmerunoniaさんは、ゲーム画面とセリフに、とても自然に、たのしく、たわむれておられた。邪気なく、邪心なく、本当に楽しそうだった。merunoniaさんのプレイスタイルをふと見かけるとき、そこに救いに似たものを感じ取っている自分がいました。ほっとした。そして時折岸田教団の歌を勢いよく歌われるツイートを読んで、さらに和やかな気持ちになりました。
そう、自分はmerunoniaさんのエロゲプレイ「ライヴ」に、とても救われていたんです。その時の感情を、今もとても鮮やかに思い出せます。

自分も、音楽に関しては「音源(レコード)重視」派でした。今もそれは変わっていません。でも、ライヴを体験するようになって、「ああ、自分はこいつら(ミュージシャン)の人間性にも魅せられているんだなぁ」と思うようになりました。音源と、人格。それはどこまで分けることが出来るか……って考えたこともありますが、今となっては「いいじゃんもう、好きなんだから」と思います。人格から読み解く音源の別の一面、っていうのも確かにあります。そして、音源を作ったのは、まぎれもなくその人格を持った人なんです。

岸田って総帥は、いろんな幻視をしますよね。風凪ぎの中で黒いリボンが揺れてたり、ひとつ打ち鳴らしたタンバリンの音が世界に響いたり、彼方まで続く陰鬱な夕焼けとか、轟音にいっそ我を忘れてしまいそうになる刹那とか、あのストラトスレインも届かない深海とか、今世界をここだけにするロジックの星空とか……

岸田総帥はそれを中2と呼んでますが、その心象風景を幻視出来る奴を嫌いになれるわけなんかなくて。そして、今つくづく思うのが、自分もノベルゲームをプレイしたはじめのころ、Kanonの凍土高原で結婚式のヴェールを頭にかける狐娘とか、Airの掴めない程遠いえいえんの夏空とか、鬼哭街の復讐の街並みとか、月姫の延々続く夜の暗がりとか、パティシエなにゃんこのクリスマスの祝祭とか、水月のマヨイガ前後不覚没入とか、秋桜の空にのわちゃわちゃ騒がしいからこそホッとできる空間とか……。
それを好きだった自分は嘘でないし、今思い出している自分も嘘ではない。ただ、そこから離れてしまって、離れることを無意識で「それもまた成長だよ」と思いかけた自分こそが嘘なんだと。
わたしたちはすでに最高の喜びを、受け取っていたのだ、と今更思うのです。ラスボスはすでに倒していたにも近い。それを味わうだけでよかった。
ところが、自分こと残響は、それを台無しにしてしまった。しかも同じパターンで何回も。これをどうにかしない限り、きっと自分はまた同じことをする。またいつか人を傷つけ、また愛したものと幸福を義務にする。

そこで。どうしたらいいか、の答えが、このMUSICUS感想と、merunoniaさんのプレイスタイルには、すでに書かれていました……と自分は受け取っております。でもそれは、一言で言えることではなく、また、自分の言葉で翻訳、パラフレーズできるものでもない。なんというか、この感想全体に書かれていること全部の総体と、merunoniaさんのこれまでのプレイスタイルそのものが、すべてを語っているように思えて。だから、このコメントは、merunoniaさんへの感謝です。merunoniaさんの存在というか、生き様というか。
あなたがノベルゲーマーであってよかった。心からそう思う。
そのプレイと心情の中に、屈託、屈折があるってことは今更言うまでもないです。だってこの感想に、その迷いは書かれていますから。それをさらに批評的に暴き立てて何になるって話です。
merunoniaさんが作中セリフを引用して、merunoniaさんご自身がどう思ったかを素直にお書きになられる。「そこを切り取るか」という驚きは、やがて「そうやって納得なすったか」というこちらの納得にもなる。迷いがあって、希望への懐疑があって、そして作品とプレイ時間のまるごとへの感謝がある。ひとつひとつを証拠として挙げる、今までの残響スタイル無粋を、今はしたくないのです。だってこの感想全体が、一つの答えになっているから。

merunoniaさんが切り取った、作品の見え方。それもまたひとつの幻視となって、自分に視えます(グレイメルカ感想のときも同じことを書きました)。
ずっとノベルゲームを好きでいらっしゃるその自然さが静かに眩しい。この世に、そうやって趣味を楽しんでいる人が居る、っていうことが、ノベルゲーマーとして、いや、人間として、救いだったりする。
自己肯定の判断基準ってさっき書きましたが、趣味の、人生のたのしみの、「基準」……つまり、「僕はただ、そのためにここにいる」というロジックですが、本作の感想を読んで、「ああ、やっぱりそうすればいいんだよな」という、実例そのものを、今目の当たりにしているから、自分はあなたに感謝しているわけです。
数日前に、Seawestの「Summer!」の2を、通販注文購入をしました。このドイツ語を題材にしているゲーム、外国語学習を趣味としている今の自分の、自然な興味です。なんだか遠回りをしたような、
いや確実にしております。「効率の点でいえば無駄の方が多い」。その思索の意味と道筋に幸あれ、って話でありますが、それにしたって寄り道が多すぎた。
それでも、やっきになって肯定こうてい皇帝ペンギンPopsenceライヴDVD-っ!、って言いまくる自分よりは、よほど自然な気持ちです。なんとなくプレイして、もし、がははグッドだ!だったりして、ふと気が向けば、夢語りをするじみた感想を書くっていうので充分なんだな、と。そんなのが「ただ一つの真実ここにあるから」って話でありました。
月が出ていて、ただ綺麗だと。無理にその気持ちに名前を付ける必要はなく、ただ綺麗だと口にすればいい。何かを作らねばならないっていう決まり事もないし、作りたきゃ作ればいいし。もし時間がかかるんだったら時間をかければいいし、努力が必要だったら、それだけ手間をかける喜びもあるし。そんな等身大の自分が生きていけるような気がしただけで相当な進歩なのかもしれません。自分の心が見据える世界は、「何もない世界」かもしれませんが、夢を見ることはいつだってできる。夢語りだってできる。たといそんな自分が壊れそうでも、上記のように「ただ在るだけでいい」っていうのに、いつかは辿りつけたらよいなぁ、と。

そんなわけで、感謝の念は尽きませんが、どうもありがとうございました。これからもノベルゲームを楽しんでください。でも義務の誘惑には精いっぱい抗ってください。それが自分の望みです。またお会いしましょう。

(BGM 岸田ライヴいつも最後のアレしか今はもう)
2019年12月31日03時16分19秒
(BGM 信仰は儚き人間の為に MODから 『世界の果て響いってっゆっけっ!!! 刹那歌うような風に 聞けっ! この音に願いをのっせってっ! 君だけに届けてみせるから』 爆裂みっちゃんドラムキメより)

お久しぶりです。ご無沙汰しております。またお会いできること、本当にお世辞抜きで嬉しいです。また、これだけ想いをのせてくれたレス本当にありがとうございます。
本当に、何度も何度も繰り返し読まさせていただきました。

そして、残響さんの想いを素直に吐露してくれたことに感謝します。ありがとうございます。
そして、同時にとても痛いほどにその気持ちが私もわかります。わかってしまいます。
勝手に共感してしまうことは失礼かもしれませんが、でも痛烈にわかります。

確かに、始めてエロゲに触れた時は、いけないことだと思いつつその媒体に触れた時は、感動があったのに。確かに『楽しかった』という感情は本物だったとわかるのに。それから『好き』になっていった気持ちは本物なのに。

でもどこかで心の片隅で、エロゲをプレイしている自分が好きだと酔いしれるからプレイしているのか。エロゲの感想を述べて共感してもらえる気持ちが良いからプレイしているのか。エロゲを実況しながらプレイするのが楽しいから、もはやエロゲという媒体をTwitterで垂れ流しをするためという目的を履き違えてしまっているのか。
Twitterに出会わなければ、周りを知らずただ出会ったエロゲに純粋に楽しむことができたのに。
周りの目を気にする。周りの評価が気になる。周りが楽しいと言っているから楽しいはずだ。
全てが重荷になる。

残響さんは私のエロゲプレイにとても肯定をしてくれて、好感を抱いてくれてとても嬉しいです。でもこれも、もしかしたら、私自身がエロゲを楽しんでいる、という自分を騙し騙しプレイしている結果なのかもしれないとも思ってしまうこともあって。
ほんと難しく考えすぎてるのはわかっているのに。エロゲが嫌になったらやめればいいのに。
でもエロゲが嫌になったわけじゃない。楽しいのは事実で。

『いつだって僕らは曖昧に 生きる意味を論じたまるで意味がなければ価値がないかのように生き急いで絡まって怠慢で』

MUSICUS!は、心の片隅でひっそり見て見ぬふりをしていた暗闇を引きずり出したものでした。でも同時に、あなたの好きは、もっと単純に変わらずそのままの『好き』と同じだよと肯定してくれる作品でした。
きっとこうして、『肯定』を意識して得ている時点で、すでに思考の迷宮に陥っているのは自覚しているつもりです。でもそれでも、私にとって絶望と希望を与えてくれるのがこの作品でした。

きっとこうして色んなことをするたびに、色んな思いが枷になっていくことがふと多くなっていくのかもしれないです。そして周りが眩しく感じられるようになって。
それでも、ただ、自分の『好き』は変化したとしても本質はきっと同じで。
同じだと信じ続ける勇気が一番大切で。それがただ自然体でいるコツなのだとも思います。
難しいですね。なんて不器用なのかと自分でも思います。

私こそ、感謝の想いを伝えたいです。残響さんの好意が、私がこれまでエロゲを好きになれた一つの今までの理由になっていますから。もちろんこの想いももしかしたら、私が最初思っていた純粋な『好き』からは離れるものかもしれないけれど、それでもそれは私だからと今思います。

そして同時に残響さんのそのひたむきに挑戦される姿は、私にとってクリエイターさんと同じように眩しく移ります。その踏み出す一歩はとてつもなく勇気がいることだと思います。

もっと色々お話したことがあったりですが、これ以上は言葉がまとまらなさそうなのでここまでにします。こちらこそ、ありがとうございました。できれば、またお会いしたいです。
義務の呪いではなく自然体の楽しさでお互いいられることを願います。
ありがとうございました。

世界を決めつけるなら 君が曖昧に決めればいい
正解なんてわからないけど 響きだけが全てだから

セブンスの響きに乗っかったら スリーコードで永遠に

この世界で満たされるなら 曖昧だけが許されるよ
正解なんてここにはないと 響くまま廻り続ける
2019年12月31日16時03分39秒

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