くるくすさんの「光の国のフェルメーレ」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

良くも悪くも童話のような作品だった。主人公はおとぎ話の援用を受けながら綺麗に羽化できた。一方で、彼もメイドも子供じみた論理を振りかざしているのだから、冒険の根底は危うい。
 ※ネタバレ注意!

 トピックを3つ用意してみました。



■旅立ち
 ノエル君の旅立ちの場面が納得いきません。


 生贄の儀式を廃止したいという熱意には共感できます。ノエルは人形たちが生贄にされていく様子に心を痛め、朝日を取り戻して、生贄の風習を止めようと考えました。その義憤はとても尊い。
 しかし仮に作中世界に陽光が取り戻されたとしても、人身売買は相変わらず続くのでしょう。今の私たちの世界を顧みれば自明ですし、作中でも「今は、もう儀式を知る人なんて少ないんだろう? (中略)それに、人形は経済的に見て重要な位置を占めた商業でもある。」とありました。
 ノエルの努力するべきはむしろ人身売買の廃絶です。「辺境館のヘボ当主じゃできる事が少なすぎる」などとボヤいていないで、うんと勉強して政治家になって、諸侯にもはたらきかければいい。これは貴族たる彼にしか出来ないことです。森に冒険に出るのは、屈強な剣士にでも任せておきなさい。
 ノエルは視野狭窄をきたしています。冒険の動機として面白くありません。
 また、冒険に出るにはノエルは計画不足です:

・森に入った後、どの方角に向かうつもりでいたのでしょうか? 蝶に道案内を頼むのは、緊急時で他に手立ての無くなった場合の最後の手段でしょう。屋敷にいる時分から蝶に頼ろうと考えていたのだとしたら、ノエルは大した妄想家です。蝶が道案内をしてくれるに違いないと彼を確信させるような材料が、冒険の前にあと1つ2つ欲しかった。
・魔女に会ったとして、ノエルはどう行動する心積もりでいたのでしょうか?
・あの時点で特にノエルは急ぐ必要がなかったはず。領主になった後に、私費で大規模な探索隊を結成して、慎重に森に踏み入ることもできるでしょうに。

曖昧な計画しか立てられていない段階で、冒険に出るとは思えないのです。犬死する未来しか見えません。
 ……と、レーナはなぜノエルを窘めないのでしょうか。適材適所といって、名門には名門の使命があります。彼女は貴族の子女にしては、考え方が庶民的過ぎます。



■森
 森の描写のうち、工夫の見られた箇所をいくつか挙げておきます:

・おばけキノコの幻覚。本編ではクロスボウの射撃シーンが、いささか大げさなSEとともに頻出していて、プレイヤーの印象に残ります。ですから、森でフェルが射抜かれた瞬間、読者は「また射掛けられたのか!?」と本気にしてしまう。そしてすぐ、ノエルのように「こんな場所で大量の矢を放つ相手がいるものか」と冷静になれます。
・壁や川。これらはノエルが城にいた頃に「夢」で見ている。いわば伏線です。プレイヤーは森の奇怪に驚きながらも、荒唐無稽であると驚き過ぎずに受け入れられます。キノコの時と同様に、前半パートの出来事がちゃんと後半の冒険で活かされています。また「夢」は彼を冒険に駆り立てた材料であることも見逃せません。
・いわゆる魔女が出てこない。森のトラップは何者かの明確な悪意をノエルたちやプレイヤーに感じさせます。彼らを小馬鹿にしながら、じわりじわりと苦しめるような嫌らしさがあります。にもかかわらず、最後まで魔女は具体的な姿を取って現れようとはしません。得体の知れない不気味さがあります。森の奥には何かがいそうだ、いや、いる。



■善意
 私は本作のテーマのひとつを「善意」と解釈しています。


 まず本作の構造を分析します。3層になっています:

(1)フェルメーレの冒険。フェルメーレはおとぎ話の主人公(蝶)として、森に光を取り戻します。
(2)フラックの冒険。フラックは人形の苦境に心を痛めて、光を捜しに森に入ります。
(3)ノエルとフェルの冒険。彼らも同じく森に入ります。

3つの冒険は酷似していることが分かります。
 物語の終末で3層は合一します。まず(1)と(2)が振り返られます:(1)語られていなかったおとぎ話の結末が、フェルの口から明かされ、また、(2)フラックの魂が一瞬だけ実体化し、ノエルを抱擁した後に消滅します。最後に4者の善意は同じ方向性を帯びて昇華していきます。


 3重の構造は作品の良し悪しにどう影響するのでしょうか。
 (1)は極々普通に導入されています。冒頭でおとぎ話が提示され、次いでそれとノイエンフェルトとの関連が示唆されています:常闇を払う光、奇妙な蝶、そして時々夜空に現れる怪光。
 (2)の導入は実は難しい。よくあるのがフラックを主人公に据えた「過去編」を挿入する手法です。臨場感があってプレイヤーに訴えかけやすいとはいえ、反面ダレやすい。作品規模が肥大化しますし、冒険の舞台が森に限られている以上、旅の内容は(3)と重複しがちです。
 本作は(2)をプレイヤーの想像に上手く委ねられています:

・ノエルの「夢」は予知夢ではないとしたら、フラックの冒険の記憶が彼に流れ込んだものでしょう。読者は「夢」を通してフラックの足跡をイメージできます。
・フラックは蝶となって、まるでかつて森を踏破した経験があるかのように、ノエルたちを導こうとしています。
・フラックは作中現在には一切出現しませんが、よく似ているというレーナの人となりを通してプレイヤーの印象に残ります。

 先の2つの層から支援を受けて、(3)のラストシーンに深みが出てきます。ノエルはフェルだけではなくフラックの希望をも預かって叶えられました。そしてノエルとフェル(とフラック)は蝶になった――読者はフェルメーレに救われた森の動物たちを想起して、ノイエンフェルトの解放にダブらせることができます。
 各層のひとつひとつこそ、率直に言って大したことのない話ですが、本作においては収束して互いに増幅し合っています。

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