oku_bswaさんの「紙の上の魔法使い」の感想

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プレイしていて一体何度、残酷な作品だと思ったことか。現実を侵食する物語が引き起こす展開に翻弄され、次々と明らかになる驚愕の真実に戦慄した。物語の担い手に読み手である自分が牙を向けられている心地さえした。それでも、本作を形容するならば純粋な恋物語の一言に尽きるのだ。その巧みな構成と読み手を惹きつけ圧倒するストーリー展開にただただ脱帽する。
ウグイスカグラ(鶯神楽)の花言葉は「未来を見つめる」。鶯が鳴き始める早春に小さな花を咲かせ、初夏には鮮やかな赤い実を熟す姿に、かつて人は希望や未来といった輝かしいものを連想したのだろうか。ならば本作は、そうした意味を持つウグイスカグラが贈る物語として相応しい。
『紙の上の魔法使い』は一人の少女が正しく失恋を経験することで、現実を生きる強さを獲得し、そこから未来を見つめる物語だ。物語は少女の希望に満ちたこれからを予見する形で幕を下ろす。寒さに耐え咲かせた小さな花からやがては鮮やかな実を熟すウグイスカグラのように、辛い過去に囚われ活字の中で生きてきた少女もまた、これから広い世界へと大きく羽ばたいていくのだろう。

だが、そこに至るまでの過程は意図的な残酷さに満ち溢れている。そもそも本作の物語構造は他とは少し異なっている。一般に、物語の中で描かれるのは主人公が直面した現実であり、例えば『桃太郎』という物語では鬼退治へと向かう桃太郎が直面した現実が描かれる。ところが本作の場合は物語の中で更に物語が展開していく。『紙の上の魔法使い』という物語の中で描かれるのは、四条瑠璃とその周りの人間が直面した現実と、「魔法の本」がもたらすその現実を侵食する物語だ。現実と物語がニ分され、その二つがせめぎ合う。或いはその二つが混じり合い、その奥底に真実が隠されている。

神の視点から全体を眺める読み手にとって、「魔法の本」がもたらす物語の担い手・クリソベリルの行動は酷く気分を害するものだろう。何故なら、物語の担い手の意図が読み手に牙を向くという状況はまず有り得ないからだ。まず物語である以上、そこには作り手の意図や思惑が必ず存在する。
Aという人物を持ち上げる為にBを引き立て役に徹しさせよう。物語を円滑に進める為にCには道化を演じさせよう…。今まで自分が嗜んできた物語と好意を持ったヒロインにも勿論あったはずだ。ただ、こうした意図が作り手の口から暴露されることはなく、普通は巧妙に隠されている。作り手は読み手の影を意識してやり過ぎないよう幾ばくかは配慮するものだし、その上で何か気に食わないことがあっても、それはあくまで個人の好き嫌いの次元で収まるものだ。

しかし、クリソベリルはそんな生易しいものではない。読み手の気持ちを斟酌することなど一切ない。「夜子を幸せにする」という目的のためならば、どんなに残酷な展開を用意することも厭わない。
サファイアではかなたの告白を忘却せしめ、オニキスでは妃の恋心を冒涜した。ローズクォーツでは理央の心をかき乱し、ブラックパールでは汀の感情を揺さぶった。そしてフローライトでは紙の上に生きる存在を暴き出した。物語の担い手の暴力的な意図を前にして、なす術もないまま次々と目を背けたくなるような辛い展開が引き起こる。
その中でも特に妃の境遇には心が痛まずにはいられなかった。だからこそ最後にクリソベリルを受け入れる選択は自分としては素直に受け入れ難いものがあるのだが、これは読み手と当事者の差によるものなのだろう。
暴走する作者を擬似的にでも再現し、その強風に読み手とキャラクターの身を晒す。本作ではそんな恐ろしいことをやってのけている。

だが結末が示したように、「魔法の本」がもたらす物語では現実を、人の意志を思い通りに支配することはできない。空想の物語では変えることのできない何かがある。これこそが『紙の上の魔法使い』という物語の本質であり伝えたいことなのだと思う。
それは、月社妃の実の兄に向ける恋慕と生き方を曲げない強さ。伏見理央の内に秘めることしかできない激情にも似た恋心。日向かなたの決して消えることのない恋の煌めき。そして、遊行寺夜子の強がりの裏に隠された恋心と失恋。誰かを愛し続けること、恋を閉じ込めること、恋を成就すること、恋に敗れること。現実と物語が複雑に入り混じる中でそれでも最後に残ったのは、どこまでも純粋で一途な感情だった。

だから、これはミステリーでも作り手に翻弄される残酷な物語でもなく、恋物語。遊行寺夜子の失恋譚なのだ。本作は活字では決して味わえない、空想の物語では手にできない、恋愛が持つ煌めきとそれに伴う痛みや悍ましさを謳う。これは瑠璃たち当事者だけが向き合うことができたものであり、どこか読み手を突き放している。作品テーマに即して考えるならばこの乖離も意図したものだろう。
自分にとって『紙の上の魔法使い』という物語は非常に恐ろしくもあり、それでも羨むような輝き持った恋物語だった。

孤独の闇夜に囚われていた子供は日に向かう一歩を踏み出し、紙上のラピスラズリは今日も彼方へ煌めきを放ち続ける。パンドラに記した希望とも蛍色が夢想した物語とも異なる、彼らが手にした現実だ。それはハッピーエンドが確約された物語ではないし、もしかしたら瑠璃とかなたは紛い物と人間という隔絶に耐え切れず別れてしまうかもしれない。夜子は再び魔法の本を手に取ってしまうかもしれない。物語が閉じた今ではそれを知る術を持たない。

だからこそ今は、ただ彼らがこれから現実の上で描くストーリーが、数多の宝石の輝きにも負けない光溢れるものであることを祈りたい。 
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