oku_bswaさんの「ChuSinGura46+1 -忠臣蔵46+1- 武士の鼓動(A samurai's beat)」の感想

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ゲームをクリアした人むけのレビューです。

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充実のファンディスク、いや完結編。激動の幕末を駆け抜けた三者三様の者達。いち早く武士の時代の終わりを見抜いた者、武士の美学に背く者、武士に憧れ志すも、本当の意味での武士にはなれなかった者…。武士の鑑と讃えられる赤穂浪士との本来有り得なかった出会いを通して、彼らの生き様を克明に描き出す。他にも本編で語られなかった・見たかったエピソードも完備。膨大な調査データに裏打ちされた結果であろう説得力のある描写や、プレイヤーを飽きさせない動きと変化を追求した演出。総じて、今回も歴史エンターテイメントとして見事な一作。
最後までプレイすれば満足の行くクオリティであることは間違いないのだが、一つ難点を挙げるならば本格的に面白くなるまでが少々長い。体験版最後のダイジェストにかなり煽られた身としては、幕末に飛ばされてすぐに緊張感のある展開を期待していたのだが、それに反して序盤はかなりまったり。島での逆大奥のような生活と幕末での比較的平和な生活が交互に展開していく。

クリアした今でこそ序盤の話も全て必要であるし、むしろ殆ど一本道にも関わらずこれだけ多くのHシーンと熱い場面をよく纏め上げたなとも思うのだが、読んでいる時は自分が思い描いていた内容になるまでが遠くて読み気を削がれてしまった。
サブキャラクターのHシーンを飛ばすかどうかの選択肢が出るのは、自分のようにシリアスな場面を期待して先へ先へと進みたいユーザーに配慮した結果なのかなと思う。

主人公の直刃に関しても、売りであるヒロインを除いた赤穂浪士全員とのHシーンを実現するためにそういう性格になってしまうのは仕方ないのだが、やっぱりちょっと優柔不断過ぎて見るに堪えない。また直刃が時折「える○そ」とか「ひこ○ゃん」などと現代の例えを出して突っ込むわけだが、今回はこれがあまり面白いと思えなかった。
五度のループと幕末を通してかれこれ十年近く江戸時代にいるのだから、今更現代の例えや自分はエロゲーマーだから~といった話を持ち出すのは流石にしつこく感じた。何だかんだ言いつつもノリノリで全員とエッチしてしまう点といい、今作の直刃はかなり軽薄な人物に見えてしまった。

とは言えHシーンそのものに関しては本編と比較して格段に良くなっている。アニメーションは他のブランドと比べても特別見劣りしないし、尺に関しても十分実用に耐えうるだけの長さになっていると思う。一人あたりのシーン数は少ないものの、一シーンにつき何枚ものCGを用意しており質は十分。あとはあまり見かけない体位でのシーンが満載で見ていて面白かった。

また、大大凶の御神籤が便利すぎる、なんでいきなり内匠頭が夢に登場して記憶が戻ったのか、主要人物が女性のこの世界は一体パラレルワールドではなくて何だったのか(元禄時代の直刃の子が現代の直刃に影響、主税エピソードで幕末の時に撮った写真が現代で発見)など、時間遡行SFとしての検証を行うとかなり穴があるというか強引な点が多いが、この作品の面白さはそこではないので、個人的には特に気にせず流してしまえた。


序盤こそ低調なものの、高田馬場の決闘~池田屋事件以降はシリアス色が濃くなり一気に面白くなっていく。
「誰も死なない忠臣蔵」を描いた本編のように、幕末を舞台にした今回もシナリオを担当した葉山こよーて流の大胆な味付けが施されている。まずは何と言っても坂本龍馬の不在。倒幕に向かう幕末を舞台にしながらも、その中心にいたはずの坂本龍馬が登場しないのだ。
実は、これに近い状況を昨年放送された大河ドラマ『八重の桜』でも見ることができる。『八重の桜』は倒幕へと傾いていく時代の変化を、会津藩に生まれた一人の少女・山本八重の視点から描いた物語だが、ここでも坂本龍馬は後ろ姿でしか登場しない。

この演出は多くの議論を呼んだが、思うに、坂本龍馬という人物はそこにいるだけで強烈な影響力を持つ存在なのだ。幕末の風雲児と呼ばれた龍馬の人となりは描き方が難しく、一度登場させたら彼中心に描かざるを得ない。彼の前では他の人物がみな脇役となり霞んでしまう。そのため一番描きたかった人物を詳細に描くために、ならばいっそと初めから登場させなかったのではないだろうか。

その人物(本作ではロリ巨乳の可愛い女の子。史実でも本当はそうだよね?)の名は桂小五郎。池田屋事件・禁門の変・第二次長州征伐を通して、本作では小五郎が抱えていたと思われる苦悩や葛藤を詳細に描き出している。

敵である薩摩を憎む気持ち、攘夷にかこつけて徳川幕府への復讐を果さんとする想い。大高又次郎を始め散っていった同士に何もしてやれない無念、盟友・真木保臣の辞世の句を読み上げて感極まる姿。そして、15万対4千という史上最大の下克上を高杉晋作らと共に成し遂げた歓喜の瞬間…。
ここではCVを担当した上原あおいの熱演も光る。(そう言えば雪都さお梨と上原あおいが両方出演していることになっていて何だか面白い。)

どうして今回桂小五郎を一番の中心人物に据えたのかも少し考えてみたい。
忠臣蔵然り新選組然り、歴史上の出来事で今現在人気を集めているのは死して何かを成し遂げた者、或いは志半ばに死んでしまった者の場合が多い。坂本龍馬にしても若くして殺された。小五郎のように生き抜いて大義を成し遂げた者に華々しいスポットライトが当たる場面は決して多くはない。だからこそ今回は、激動の幕末を最後まで生き抜いた桂小五郎という人物を中心に取り上げたのではないだろうか。

>桂小五郎という志士に出会えたことは、オレにとって大いに学ぶことがあった。
>武士の美学は潔い死。
>だが、その潔い死を小五郎は否定して泥水を啜ってでも命を捨てることはなかった。
>その姿を情けないと言う者もいるだろう。
>でも、オレはそうは思わない。
>生きて大業を成せるのであれば、生きるべき。
>小五郎は師匠の言葉を愚直に守ったのだ。
>それは簡単に命を捨てるより、難しいことかもしれない。

この場面の直刃の小五郎に対する感想は、そのまま葉山氏の桂小五郎評に直結するのではないかと思う。生き抜くことで大義を成し遂げた桂小五郎は、主君の仇討ちという大義を成し遂げて命を散らした赤穂浪士と対照的で、武士のいない新たな時代への移り変わりを象徴するのに相応しい。


また、新選組に対する描き方にもはっきりとした意図が見て取れる。逆さ吊りにして足の裏に五寸釘を刺しロウソクを垂らす拷問、古くからの同士に対しても容赦のない血の粛清、鷹司邸に火を放ち京の町を焼き尽くした原因を作った等々、新選組にまつわる残虐なエピソードばかりが強調されている。
これらは現在の新選組人気の影に隠れがちな出来事だし、新選組ファンからすれば不愉快に思えるかもしれない。これもまた忠義の士として讃えられている赤穂浪士との対比のために、徹底して武士ではない悪として描かれている。

江戸急進派の暴走を抑え、一同を仇討ちへと纏め上げた大石内蔵助。新選組内部に生じる腐敗を止めることができなかった近藤勇。本作だからこそ実現した前代未聞の対決は、それこそ初めから役者が違っていたのであろう。
今回こそ新選組=武士ではない悪、所詮はただの成り上がりという構図で固まってしまったが、新選組にはまだまだ面白いエピソードや出来事、魅力的な人物が数多く存在している。機会があれば新選組をメインにした作品も是非見てみたい。

いち早く武士の時代の終わり・徳川幕府の限界を見抜き、尊皇攘夷を唱え次々と型破りのアイデアを実行した高杉晋作。
「逃げの小五郎」と蔑まれながらも激動の幕末を生き抜き、維新三傑として後の世に大きな影響を与えた桂小五郎。
武士に憧れ、尊敬する赤穂浪士に似せた浅葱色の隊服を身に纏うも、最後は武士の誉れである切腹で死ぬことも許されなかった新撰組局長・近藤勇。

本来は切腹したはずの赤穂浪士と幕末の世を生きた彼らが交わり合うなんてとんでも設定もいいところだが、それがただの色物で終わっていないのは史実を土台にしてしっかりと話を組み立てているからだ。上で挙げたような大胆な味付け・解釈を見せつつも、重要な場面では史実を忠実になぞり、事細かく掘り下げている。当時ならではの風物に関するエピソードも時折交えつつ、読み手に分かりやすく面白く伝えようとしている。これは決して付け焼き刃の知識でできることではない。
本編に引き続いて、インレの歴史を楽しく見せようという試みは、歴史エンターテイメントとして他の作品にはない地位を確立していると思う。


幕末の回想を終えると、優柔不断な直刃も遂に決断の時。誰か一人を選択してそのヒロインとの一日限りの現代旅行、そして本編で描かれなかった直刃と赤穂浪士の別れが描かれる。内蔵助・安兵衛・主税・右衛門七ルートはどれも同じような展開だが、その中で一番良かったのは(意外にも←失礼)右衛門七だ。
最後の想いの伝え方が他の三人とは少し違うし、右衛門七の墓前に供えられた大吉の御神籤を見て、本当にこれで終わりなのだな…とジーンときてしまった。京へと向かう時に一人だけ直刃とは別行動になるなど可哀想な立ち位置で、今回も人気投票で苦戦が予想される右衛門七だが、ここで少し株を上げたと信じたい。

また、四人と現代の忠臣蔵ゆかりの地を回るシーンで驚いたのが背景差分の多さだ。上辺ではなく本当にそこで繰り広げられているような生のやり取りを見ても、これは実際に一つ一つ取材して回ったのだろうし、もしかすると直刃達が泊まった旅館やホテルでさえもそうなのかもしれない。学園が舞台の一般的な萌えゲーと比較すれば、少なく見積もっても3~5倍近くの背景が用意されているのではないだろうか。それに掛かった時間や労力は一体どれほどか想像できない。

立ち絵・表情差分もそうだが、作品のクオリティ向上のために必要な素材を妥協することなくとことん揃える姿勢は、多くを外注スタッフで賄う作品ではできない芸当だ。特にシナリオとスクリプトを兼任していることによるテキスト描写と演出の足並みの一致、臨場感を重視して動きを前面に推した戦闘シーンの迫力は素晴らしい。今回のスタッフロールも葉山こよーて・ぬいで大半が占められているが、僅か一年半余りでこれだけの作業量をこなして作品を作り上げたのは本当に凄い。

鏡花水月編は待望の新八ルート。本編では「選択肢も増えたしいざ新八ルート!」と意気込んでいたら瞬く間のデッドエンドに呆然としてしまったが、今回はそのようなことがなくて一安心。直刃のことが好き好き大好きで若干病み気味な新八可愛い。ここでは新八の精神的な危うさとそこからの成長が描かれる。鏡花水月という言葉が示すように、直刃と新八の結末はあれしか有り得ないわけで、短いながらもよく纏まっていると思う。

直刃が病で床に伏せている場面では、討ち入りからボロボロになって帰ってくる新八、床にいる直刃の姿を見て喜び慌てて駆け寄るも一足遅く直刃は病死。呆然とする新八に追い打ちを掛けるように直刃の死体が光に包まれ消えて行く…という鬱エンドを想像してしまったが杞憂に終わって何より。

誉れの三百石は堀部安兵衛の介錯を担当した一人の足軽の話。『ChuSingura46+1』を締め括る最後に武士らしい義に厚いエピソードを拾い上げるあたり、「武士の鼓動」というサブタイトルに相応しい。
それにしても今をときめく声優である遥そらと桐谷華の両名を、Hシーンもない端役でも贅沢に起用できるブランドが一体どれだけあるだろうか。


・終わりに
2012年に『ChuSingura46+1』の存在を知り、その面白さに一気に作品のファンになった。待ちに待った百花魁編では予想もしなかった商業化告知に震え、商業版では予約特典を集めるために複数買いに走った。そして今回プレイし終えて、「あぁ、遂に終わってしまったのだな…」と感慨深いというか心にぽっかり穴が空いているような、とにかくそういう気持ちでいっぱいになっている。もう赤穂浪士や直刃の物語を見ることができないと考えると非常に寂しい。

それでも、これだけ長い間自分を夢中にさせ楽しませてくれた作品の生みの親であるれいんどっぐ及びインレには感謝の念に堪えない。本当にこのシリーズに出会えて良かった。願わくばまた本シリーズのような心を奪われる作品が生まれることを祈って、本感想の結びとしたい。

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