MetheMailさんの「きっと、澄みわたる朝色よりも、」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

内容の好悪を吟味する前に、このゲームの内容は何であったかは考える必要がある。
作中には、絶対的な尺度が存在する。
優しさである。
観念的な優しさではない。
実態は「四君子」や若の描写を通して描かれている。
だが、優しさの善性に根源的な疑いは挟まれない。
優しさは無条件な善として君臨し得ている。

無条件であることへの批判は、さほど意味が無い。
米食を愛好者にパンを押し付けるようなものだ。
描かれる世界は何かをこそ、焦点化せねばならない。

笹丸は鈍感である。
彼には自己への視線が欠如している。
他者から見た自己の欠如と言い換えてもいい。
おそらく友人の不在が引き起こした必然の帰結である。
彼の暗闇の世界は、社会的・制度的な個が不在の世界である。

一途さは、偏りである。
笹丸には偏りを相対化する意識が欠落している。
若が創造し、想像した世界は制度である。
制度はそれ自体では意味を持たない、空虚である。
笹丸は空虚な形にレジティマシーを与える。
しかし、そこから遡行し、形式を解釈することはない。
世界に意味を与えるものもまた虚構であることを笹丸は知らない。

彼は常にある一点から世界に意味を与え続ける。
その”一点”こそが”優しさ”である。
笹丸は、実証不可能な地点から世界を覆いつくす。

だが、それこそが価値や意味でもある。
実証可能な物は事実であって、価値や意味たり得ない。
価値や意味を支えるのは信である。
笹丸の信が虚構としての世界に色を与えている。
箱庭かもしれないが、ゲーム内で世界は完成している。

相対化を拒み、意味の虚構に目をつ瞑ることで完成された世界である。
妄信、狂信と呼ぶか理想と呼ぶかは自由だろう。
ただ幸せな御伽噺とは別の強さを持つ”物語”がそこにある。
幸せを夢の中にすら見出せなくなった現代人の遊戯場なのかもしれない。
だが遊び場は遊び場に過ぎず、私たちを留めるには足りない。

(オススメ度…★★★☆)


「エロゲーとして失当」という評価は妥当だろうか。
そもそも、私たちの興味は”エロゲーの定義”なのだろうか。
出来上がった物が面白いかどうかではないのか。

OHPに告知された内容と、設定からストーリーまで違うゲームが過去あった。
しかし出来上がった物は名作として歓迎されている。
事前の情報提示をメーカーの義務とするなら、断罪されなくてはおかしい。
つまるところ私たちは、形式ではなく内容で判断しているはずなのだ。

エロ至上主義や分岐ルート型アドベンチャーの立場から、
濡れ場の数・単一ルートといった諸要素を断罪することは簡単だ。
形式の不備への批判は、内容への不満を安直に置き換えただけではないか。
本質的な問題は内容が楽しめなかったということではないのか。
それが形式に依るものか否かは単純に判断できない。

また、何故そうした暴走を敢えて行ったのか。
そのことを考えずに、意味のある言説は生まれるだろうか。
擁護も断罪も、周縁の話題で議論が空転したのは気の毒だった。
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