よくもこんな醜悪な男を、美しく孤独に描写したもんだ。
とにかく『形容』が難しい作品。
ざっくり言えば男女の三角関係ものですがその片方が男→男であることやそれぞれの立ち位置が物語をひとひねりあるものに仕上げています。
女性向けの作品において、いわゆる『乙女ゲー』の要素と『ボーイズラブ』のホモ要素を混ぜることは禁忌とされているらしく、
まあ、本来、ヒロイン=プレイヤーを奪い合うはずの男が、突然二人で絡み出したら、嫌ですよね。
エロゲーでも、攻略対象のヒロインたちが主人公ほったらかしてレズカップルになっていたら面白いわけはないですね。
この作品はその禁忌に踏み込んでいるわけですが、宣伝にミスリードが感じられます。
・『BLに割り込む女』といううたい文句
これは嘘ではありませんが事実ともちょっと違うと思う。より正しく言うなら
『BLに巻き込まれてしまった哀れな女』です。
仲睦まじいBL男子の仲を引き裂こうとするヒステリックなヒロイン、とか、そういうものとはかけ離れています。
そういうギャグ、面白半分な展開を期待すると唖然とするはず。
・ジャケットに使用されているイラスト
うっかりちさ子=ヒロイン=プレイヤーが真ん中にある三角関係を想起させられる絵ですが、よく見ると令二と伊佐治がちさ子の身体の後ろで手を繋いでる。
見方を変えると、令二の手をちさ子がとり、そしてもう片方の手で伊佐治の手を取っていて、二人の橋渡しをしているようにとれなくもない。
伊佐治が令二とあんな仲になったのは間違いなくちさ子の『おかげ』であって、それを表現しているなら一概に詐欺とも言いがたい。
絵自体はとても美麗。こんなイケメンだから・・・。
・・・と思ってたらプレイ後のあとがきでとんでもないことをサラリと書いていて笑ってしまった。3P書いてください。
って言うか相変わらずめんどくせえええええええええもんを作ってるなあ山野氏よぉ
大好きだよ戻ってきてくれて本当にありがとう。
序盤の何気ないやり取りの意味が終盤になってわかってくるカタルシス展開は相変わらずでした。
山野企画・シナリオモノのどこが好きなのかというとこれに尽きるよ。2週目の『気づき』なんだ。
全く気取ったところなくサラリと放り投げられた台詞が、実は重要な示唆を含んでいたりする。
物語の筋書だけ切り取ったら平凡でありふれているのに、丁寧に張り巡らされた『人間性』とでも言うべきものが、
作品をかけがえのない、忘れられないものにする。
そんな物語が再びプレイできて本当に嬉しいです。
・雑多な感想(超ネタバレ)
令二は『※ただしイケメンに限る』のかずかずを平然とやってのけるクズ野郎。
再会後は最初からあやしいヤツと思っていたがちさ子のキスおねだりを拒んだ時点で『こ、こいつ!』とプレイしてて歯を剥き出しにしてしまった。
令二のしでかしたことは確実にOUTであり、伊佐治を女に置き換えてみるとそのゲスさが見えてきます。
長年付き合った彼女(伊佐治)がいるにもかかわらず、初恋の女の子(処女!)がお隣に越してきたとみるや即手を出し、
片方とはアパートでsex三昧、もう片方とは一緒に公園デートしたりポエム贈ったりして涼しい顔。
ね?最悪でしょ。
その上、めちゃくちゃ嫉妬深く、伊佐治がちさ子の部屋に入ったと知るや体調の悪いちさ子を無理矢理犯して生中出し。
令二はそんな最悪の行いを『この世の美と妖艶さを纏った』『見ていると真善美というものを理解しそうになる』等々繰り返し形容されるイケメンフェイスを持っているが故許される!!
爆発しますように!!
と思っていたら、ちさ子ちゃんが包丁もって令二の部屋に行ったではないですか。
そのときの
『やれ!やってしまえ!』
という気持ちと
『待て!君が罪を負うべきじゃない!』
という気持ちのせめぎあいによる緊張はすごいものがありました。
ぶっちゃけヘタなサイコスリラーを見ているときより汗をかいたよ。
でも次のシーンで、俺は完全にちさ子という女に感情移入して、令二への感情がわからなくなってしまった。
令二が「僕を死なせて」と言ったときの内心と、それを受け取ったちさ子の気持ちを思ったら、おっさんは涙が止まらなくなってしまった。
「れい兄も腕を折ろう」
ちさ子がそれをどんな気持ちで言ったかわからない。
きっと子供心のさほど深い考えなんかない慰めだったのだろう。
でも令二はそれに深く感動したわけだ。諦めてた生への執着を思い出すほど。
まさしく運命の二人と言える男女だったのに、9年という歳月は長すぎた。
やるせなさすぎて・・・。
ハイスピードに読み進めていけば2時間もかからない作品で、こんな余韻を残すとはなかなか。
・考察
・令二と伊佐治の間に性交渉はあったか。
→なかったと考えたい。
というのも、令二は本心では女好きっぽい。
伊佐治で満たせない欲求をちさ子で発散していたという考え方も・・・より罪深いですね。令二ェ・・・
伊佐治は僕の解釈が正しければ終盤でちさ子に対して暴力的な性衝動を覚えており
それをどう考えるか・・・『ムラムラした』『ヤリてぇ』ではなく『憎い』『苦しめてやりたい』だと考えれば
スッと腑に落ちたりする。そりゃ9年間かけて手に入れた恋人(男)がぽぽっと現れた女と浮気してたら憎いよな。
伊佐治が真人間なのは、すぐに正気にもどっているところ。
ブラを外すのに慣れている描写を深読みすると、伊佐治も肉体的な欲望の対象は女なのでは?
ふたりはある意味非常にプラトニックな関係にあったのではないだろうか? ・・・と考えないと、ちさ子がかわいそうすぎる。
→しかしそこで引っかかるのが、令二の枕の下に用意されていたコンドームだったりする。
令二の言葉を本当に信じていいものか。まさかオマエそれ伊佐治と使ってねぇだろうな
・ヨブ記
「終章を前にして主人公の胸のうちを表現するものとして、ヨブ記の一節が引用されていた。」
→おそらくジョージ秋山『銭ゲバ』渋すぎるよちさちゃん。
・伊佐治とお揃い(二人で買った)マグカップを伊佐治とちさ子に使わせ「ふたりとも大切な人だから」
→伊佐治はこの直前、身を引くことを考えていたように思えなくもない。
それまで・以降描写される伊佐治という者の人柄から「れいのことよろしく」という言葉がちさ子の想像通りのイヤミだとは思えない。
伊佐治は恋人同士の象徴のカップを二人に使わせ、自分は他人になるという意思表明をした。
令二がそれを拒み、「ふたりとも」という言葉で伊佐治を焚きつけた。
→ただ伊佐治についても一筋縄では行かなさそうな人格の描写はされている。
民族料理屋の話での「爆笑した」件だったり、バンドメンバーの自殺について、ひいてはそれをちさ子に話してしまう人間性。
そもそも令二が「きみは入院してた頃から、僕に儚さを期待してるよね。なんなら間近で死んでくれたほうがよかったとすら思ってそうだ」と言ってる。
・中也のパクリ
「俺の好きな……なんて言うべきかなあ多才な、気の多い、いや……いろいろやってるバンドマンがさ、作詞した歌の中でさ」
「自分の詩のことを中也のパクリって言い切っちゃうんだよな」
→おそらく大槻ケンヂ(筋肉少女帯)の『サーチライト』
蛇足だが山野氏が『パコられ』の序盤を『(大槻ケンヂの)グミチョコのオマージュ』だと言っていた記憶がある。
・「あえかな蕾の細枝に触れて この手の中に抱いたとき」
→ちさ子のことだと思われる。
令二の言葉をゲスに解釈すれば、ちさ子を抱いてみて伊佐治という恋人との違いを感じ取り、得難さも実感したということだ。
ダシにされているちさ子不憫of不憫
このシーンの令二の邪悪さといったらない。その後の膣内射精よりもずっと非道。
・伊佐治の令二観
→結構冷めている。令二をしょうもない人間だと認識した上で付き合っている。
・「ちさ子ちさ子ちさ子。ちさちゃん。ちさちゃん。ちさちゃんって」
→もはや考察じゃないんですけどここの声優の演技すごくないですか?
目の前の女の子に対して、嫉妬に狂いまくっている様子がありありとわかる。素晴らしい。
同時にそれを抑圧し、きちんと面倒を見てやれる人間性を確立したシーン。
・「やっぱり……れいは、心から邪悪な奴なのかもしれない」
→処女の証明、同時に令二が奪ったことの確信。
「あどけなさすぎるでしょ、10代!」それを独占する、精神的に辱める令二を伊佐治はどう思ったか。