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yknk_moiさんのとも鳴りの舟 ~Empty room We onry satisfy~の長文感想

ユーザー
yknk_moi
ゲーム
とも鳴りの舟 ~Empty room We onry satisfy~
ブランド
サキュレント
得点
90
参照数
857

一言コメント

ライターが何年も前から模索していたであろうものが実に綺麗な形で成就している。果報つたなく生まれた者たちがもがいて、性愛と共に幸福を求める。葵時緒の超絶演技は必聴。 (長文は超ネタバレ、ゆにっとちーず作品のネタバレも若干含みます)

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

自分語りだが長いこと貧乏暮らししていた身分なのでたがねに必要以上に感情移入してしまった。
金がないギリギリの生活、このままではジリ貧だとわかっているのに体に力が入らない。
人と過ごすことが苦手。勉強が苦手。働くことにも向いてない。他人に自分の存在を強く意識されたくない。
「どうしてありとあらゆる感傷は、お金がないという現実で台無しになるのだろう。」
もうこれ凄いですよ。現代の貧乏な若者というのを、実に冷淡に、されど切実に表現していると思います。





・超ネタバレ感想

そしてそれに救いの手を差し伸べる白木牧人が、この物語のもう一人の主人公なのですが、
たがねを他人とは思えない気持ちが大きくなればなるほどこの男に対しては猜疑心が沸き起こるわけだ、
「こいつ、すげえ極悪人なんじゃないか」って。
そういう書き方をされていると思います。非常に暴力的な性衝動などが、彼の裏にあるであろう思いをミスリードさせます。
「裏ではあの向かいのマンションの女とまた会っているのではないか」
「さんざん親切にして、依存させて捨てるつもりなんじゃないか」
「信用しちゃだめだ!これ以上この男に心を許しちゃならない!」
みたいに思ってめちゃくちゃあせりましたよ。

だからそれが杞憂で、牧人の過去が二段構えで露見する展開を迎えたときのカタルシス、
「ああ、この男も救われたかったんだ・・・」と気がついたときの感動は大きかった気がします。
二人で床に寝ながら語ったいきさつで孤独な魂がむき出しになり、
見切り発車的な旅立ちの中で傷つけられた心があらわになる。
何を考えているのか、なぜたがねにそうまでして執着するのか(優しくするのか)、疑問が一気にほどけていくわけです。

寝取られ(浮気され)男が人生を再出発させる物語でもあるわけです。
「ダメダメな私と、すかすかのあなた」というのはこの作品のキャッチフレーズですが、実に的確です。
不完全な二人が、不完全なまま互いを埋め合って、やがて分かちがたい一つの存在になる。
非常に美しく、この上ないハッピーエンドでした。

・葵時緒の演技
これがすさまじい。ちょっと不貞腐れたような日常演技も素晴らしいのですが、
たがねが感情をむき出しにして牧人に抱かれながら叫ぶとき、あれが本当にすごかった。
なんでかわからないけど泣いちゃいました。感情を揺さぶるものがありました。

・三橋渡という声優
ゆにっとちーず作品からカウントすると、三回目の登板になる人。
前から凄い人だと思っていましたが今回は過去を暴露した時の「理恵が・・・」の息遣いで「ああ!」となった。
本当に泣いてそうだと思った。
牧人がどんな人間かわからない、というミスリードはこの声によるものも大きいと思う。
イケメンボイスだけどどこかダルそうで、セックスの時は余裕でたがねを翻弄しようとしているように聞こえる。
でもそのわりには夢中になったり、感情がこもっていたりするように聞こえる言葉もあるし
たがねに性病をうつされたときの「しょうがないよねって話」という言葉も、真意がつかめずにこっちは混乱するわけです。
・・・そして全部知った後に改めて最初からプレイすると、
少なくともこいつがたがねに惹かれて、どんどん夢中になっていっているのは、決して演技ではなく、
「しょうがないよねって」のときは、本当にしょうがないよね~と思ってたらしいことがわかって、めちゃくちゃ「ホッ」としたりする。

・今回の瞬間最大風速
山野ゲーには『瞬間最大風速』を記録する瞬間があると思っている。
それまでのシナリオでプレイヤーがときには無意識に心に蓄積させられていたものが、
ある瞬間にブオオオオオオオオと風が起こって吹っ飛ばされると同時に強く意識させられるシーンが必ずある。
『淫夢みるさなぎ』では八雲のトゥルーエンド。
『夏のさざんか』ではつばきが四方木に抱かれるシーン。
『パコられ』では惇が「僕には君を背負えない」と叫ぶシーン。
『冬のさざなみ』のラストシーン。
『アメトカゲ』ではふたりのキスシーン。
『ご主人さまにあ』ではみつ希が玄関で由貴に叫ぶシーン。
『ニルハナ』ではリュウヤがマユを抱くシーン。
『慰愛の詩』のラスト。
(感想は個人のものです)
今回はどこだったかというと、ラスト付近ですね。
膝を抱えて泣き叫ぶたがねと隣の牧人は、演技も、絵も、セリフも冴えわたっていたと思う。

・ライターが求めただろう理想郷
自分が初めてプレイした山野作品は『淫夢みるさなぎ』で、レビューもした。
そのときは変態性欲と少女の成長物語、この二つの食い合わせが悪い、あまり噛み合っていなく散漫としてしまっていると書いた。
7年経ってこの『とも鳴りの舟』をプレイして、この人の内面にある表現したいもの、
おそらく一種の『救い』として考えているものの芯は変化していないんだなと思った。
陳腐な言い方ですが、本作は『性描写を省くと成り立たない男女の成長物語』として非常に秀逸で、
さらにその性描写はかなりどぎつくマニアックです。レイプで膣内射精され、イラマチオで嘔吐し、尿を飲まされ、膣穴にも放尿され、肉親の間近で犯されながら失禁して喜び狂う。
それらがすべて、物語から決して外すことのできない必須要素として描写される。圧巻ですよ。
さなぎの時のマニアックエロは『やりたいことを詰めてやった!』という意気込みは感じましたが、
それゆえにテンポが悪かったり、物語への紐付けがいまひとつという感じだった。それが完全に克服されている。
ひとりの作家が洗練されていく様子を目の当たりにした気分で、信者(自覚はある)としては感動した。