「果てしなく続くあの空の向こうにはいくつもの未来が広がる」―複合的に絡み合う、不思議で豊かな物語体験
・短評
X(旧Twitter)のフォロワーさんから、「Scarlett(ねこねこソフト)が好きならきっと気に入るはずだから……」との推薦を受けて、手に取った本作。名前自体は15年ぐらい前には既に知っていたし、AQUAPLUS Vocal Collection 3などで曲も同じぐらい昔から聞いていたのだが、作品の中身についてはほぼ前情報なしでのプレイ(Routes編とRoots編に大きく二分される、と言うぐらいの情報しか持ってなかった)
プレイしてみると、各ルートごとの毛色の違いに相当驚きつつ、しかしそれらが確かに『Routes』という1つの作品なのだと主張する微かな緯糸を感じ取りつつプレイを進めていく、複合的な物語体験にまず感激した。
さらに、とりわけRoots編で顕著だが、CGの見せ方が相当凝っており、はっと息を呑むほどの綺麗さなり壮大さなりを感じさせる。
BGMもRoutesとRootsとで作風をガラッと変えており、2003年(さすがにフルボイスのADV形式のゲームがそれなりの割合出ていた頃合いだ)に敢えて無声のビジュアルノベルという形式でチャレンジした心意気、これぞビジュアルノベルの神髄であるという自信も強く感じられた作品であった。
・Routes編
リサ=ヴィクセン…いかにも日曜洋画劇場などで見たことのあるようなスパイアクションものの定番をなぞっていくような作風。Routes/Roots両方をプレイした後だと、どうしてもRoutesという作品のつかみ、的な要素の強いルートになってしまうが、注目すべきはリサのシナリオ中、ほぼ皐月・ゆかりも関わらない、孤立したシナリオ構成となっていること。この辺も、学園に関わる美少女ゲームという枠組みではかなり珍しい構成となっている。
立田七海…エージェントとしてアクション要素が強めだったリサ編に比して、主人公の内面や過去を辿るような展開となる七海編。リサの名前はほとんど出てこない孤立したシナリオなのに、「ああこれはリサの両親の話……」と、Routesという作品から遊離しないようにつなぎとめる緯糸の存在をこの辺りから感じる人も多そう。
梶原夕菜…過去を振り返りつつ、過去は戻らないと割り切った七海と対照的に、過去を取り返すような展開。七海と遂になる存在だが、ここでもこの付近で泥棒が……というような、皐月編に続くような橋渡しがなされている。
リサ、七海、夕菜と進むと、主人公の生活の拠点がそれぞれ完全に別(リサは自宅、七海は本邸、夕菜は夕菜の自宅)であり、しかもそれぞれ独立しているので、OP最後に出てくる立派な玄関は夕菜ルートでしか出てこないことに気付く。背景の枚数的に勿論凝ったことをしているのだが、単に凝ったことをしたというより、物語上の必要性、すなわち生活の拠点(根っこ)がことなれば、その後の展開(ルート)が異なることを象徴的に示すために意識的になされていることだと思われる。
湯浅皐月…またアクション活劇ものに戻ってきて、しかし日曜洋画劇場的な"大人びた"スパイアクションというよりは、もう少し等身大なシナリオ展開。むしろこの辺りから、守りたい日常=学園生活と、非日常寄りの日常=エージェントとしてのミッションを対比させるような書きぶりが目立ってきて、Scarlettと対照させながら読むと面白く感じられる。
伏見ゆかり…あらゆる意味で皐月とは対照的なゆかり編。基本的には等身大な、年齢相応のシナリオ展開なのだが、主人公のピンチに飛び込んで助ける皐月と、信じて何時間も待ち続けるゆかり、その辺も対照的。
この作品は全体を通じて季節を象徴するようなイベントや描写が少なく、季節感覚が曖昧なのだが、ここでGWの話や時計の話が出てきて、初めて「春」の話なのかと感づく。そうすると、ここで時間感覚が蘇ってきて、遠い過去の話であるRoots編への橋渡しがなされる仕掛け。
・Routes TRUE~Roots編
Routes TRUEからRootsまでは一本のシナリオで、途中に"ビギニングテーマ"「君をのせて」が流れる。
Routes TRUEはそれまでの緯糸を丁寧に一本一本回収して、Routesという織物を仕上げる、これぞTRUEルートという仕上がりで、これだけでも結構感動ものなのだが……。
Routes TRUEが終わった感動をかみしめていると、Routesやあなたを想いたいに比して、「世界の全てが失われても」「人の時代が終わり告げても」と急に壮大なテーマの歌詞が聞こえてきたと思えば、Routesの真骨頂Roots編へと至ることになる。
Roots編は主人公が日向国(宮崎県椎葉村であるのは恐らく確定的である)の山奥に足を踏み入れてこちらとあちらの境界が曖昧になったところで、多くの人が予想するように―なんせ那須宗一という名前である、那須与一を想起しないほうが難しい―、鎌倉時代初期のシナリオへと分け入っていく。
すわ源平合戦、平氏追討といった歴史物の展開かと身構えていると、その実、根の国―死者と再生の象徴―といった神話と過去の物語の境目が曖昧な世界へと展開が進み、そして再び那須宗一のところへ戻ってきて、篁との決着に至る。根の国に還ることを決めた那須大八郎と違って、現世に戻ることにした那須宗一の対比というイベントを見せた後、物語の始まりでは皐月がいた公園―今は誰もいない―に戻ってきて『ここ』が自分たちのルーツと言及して物語は幕を閉じる。
日常と非日常、過去と未来、アクティブとパッシブなど、対照的な物事をいくつも呈示した最後に、こうした対照では最大のテーマとも言える『こちら』と『あちら』を示して物語は大団円を迎えるのだから、正しくRootsはRoutesのルーツであるし、ここが一番力が入っているのも宜なるかな、といったところか。
・Scarlettとの対比
スパイ(エージェント)が物語の枢要な役割をになっていること、「境界」というテーマ、シナリオの良さなど、共通項の多いねこねこソフトのScarlett(2006年)だが、「日常と非日常」というテーマを群像劇スタイルで複数の時間軸、複数の地域で描写し続けるScarlettに対して、主人公はどれほど作風が異なっていても1人、地域も限られ時間軸もあまり意識しないように書かれる本作とは恐ろしいほどに似て非なるものというか、対照的なつくりになっている。
・終わりに代えて―ビジュアルノベルという物語形式
パルフェリメイクのレビューでも少し触れているが、ボイスありの作品なら、同じテキストでも演じ分けで心情変化を感じられるのだが、無声のビジュアルノベルではどだいそういうことは無理である。
そうするとテキストにどれほど集中させるかということになってくるが、ここで立ち絵やイベントCGが背景になるビジュアルノベルという形式の利点が活かされてくる。それでいて、Roots編など情景が大事なシーンではテキストの表示を遅らせて敢えてグラフィックを見せるなど、上手い使い分けがなされている。さすが、ビジュアルノベルという作品形式を完成させてきたLeaf/AQUAPLUSといったところだろうか。
しかしそれだけテキストに集中していると、物語中の連関を感じさせるキーワードには意識を向けるのだが、そう言えばこれっていつの季節が舞台なんだ?とかそういったことには描写されないので注意が向かなくなってくる。そうして時間感覚が曖昧になってきたゆかり編で、時計というアイテムを見せて遠い遠い過去に立ち返っても違和感がないようになっている(むしろ意識がそちらのほうへ向かい出す)。
各ルートが独立しているのにバラバラにならないようつなぎ止める緯糸もさすがだが、それ以上にそうした自然な意識づけ(或いは伏線)も丁寧になされている。複合的で豊かな物語体験を得られるビジュアルノベルは、まさしく本作のような作品のことをいうのだろうと思う。