不条理、虚構、妹。最高のゲームをありがとう
不条理な現実に立ち向かう作品は数多くあれど、この作品のように虚構に逃避してしまう人間を描ききった作品がどれほど多くあるだろうか。そういう意味で、「るぺかり」は決っして万人受けする作品ではない。現実に敗北してしまう人間の、醜い姿を描いている。だからこそ、見たくもないことばかりが、表われている
第一幕 魔性の真紅
いたって普通の学園物。それが始まっていく様子だ。まさしく王道。
この時点で主人公の異常な妹への恋愛が随所に出ていることが、気持ち悪い。
第二幕 紺碧の存在証明
『紙の上の魔法使い』を意識したような作品
「ヒスイの排撃原理」で提示された邪道の推理を用いると、意外にも単純な話なことがわかる。本当の妹は白い部屋にはいない。折原氷狐が真の妹、瀬和未来であり、白い部屋にいた瀬和未来は、妹を演じていた天使奈々菜である。なぜそれが現実のように振る舞われ、なぜ天使奈々菜が忘れられたかは説明されない。
セリフの節々から、この世界は虚構だと感じ取れる。それを知る人と、気付けない人の差もまた、伏線として機能している。
それは、この世界全体が魔法の本が開陳したあとの世界である。だから、天使奈々菜が忘れられたような展開は「サファイアの存在証明」を思い出すし、実際に好きだった実妹のことを忘れ、虚構の妹を好きになるような展開は「オニキスの不在証明」を彷彿とさせる。
しかし、何よりもこの章で特筆すべきは、「理想の妹なんているわけがない」という皮肉だろう。白い部屋で妹を演じる天使奈々菜は最高の、理想の妹だ。まるで二次元の中にしかいないような妹だ。それを求めて、虚構の妹にデレデレしていた人に冷や水を浴びせるような展開である。創作物の中ですら、理想の妹はいないという現実を突き付けてくるのは意地が悪い。
現実の妹、折原氷狐は、主人公にして兄の瀬和環を凌駕する才能の持ち主だ。時に、妹が兄を越えるという、兄としてもプライドを引き裂く。これもまた現実が送る残酷の一つだろう
第三幕 暗紅の憧憬
一つの虚構の世界が終わった。
天使奈々菜は瀬和環の妹でいられなくなり、また家族の元にも帰れなくなったため、喫茶ペトリコールに居候することになる。
「いいえ、まったく。あなたの妹だったおきが、人生の中で最も幸せでしたよ」
ただ虚構だったというだけで、幸せな世界は暴かれてしまったのだ。
それを置いておき、登場人物たちは次の演劇へと向かう。
かつて天才子役と言われた主人公のメッキが思い切り剥がされる。
なんなら台本を書いてもまったくダメである。こいつなんの才能があるんだ?
上のように主人公がダメダメであることを除けば普通にエロゲっぽい演劇部の物語だ。
奈々菜がフィリア公演の台本を書き、演出たちが、キャラクターたちに役をあてていく。それに様々な思いが交錯する。
ところで、ここの章の椎名朧のセリフは印象的だ。彼は、現実に潤いがないからこそ、虚構に手を伸ばしてしまうという。核心的な発言である。
第四幕 天鵞絨の夜具
フィリア公演に向けて王道の展開が進む。
役を受け入れてくれない理世を説得したりなどなそ。
この章で特に印象的なのは、京子と双葉の会話である。
京子から虚構の世界を築き上げ、理想に縋らないかと打診された双葉は、しかしその提案を断る。現実では、大好きな天使奈々菜と一緒にいることはできないし、その現実に敗北するしかないのにである。
京子が、この醜い現実には生きていけないから、何層にも嘘を重ねましょう、奈々菜に双葉を恋させましょうと言う。
それに対し双葉は
「相手の思いを尊重できないなら、恋をすることなんてやめてしまえ!」
と切り返す。
私はこれを、『紙の上の魔法使い』への応答だと見た
「かみまほ」では、ヒロインである遊行寺夜子が自身の失恋を受け入れられないために、魔法の本を使って逃避し続けるという内容だ。最終的に夜子は失恋を乗り切り、前を向くことができる。
さて、そのように虚構に逃げてしまった夜子に対して、「るぺかり」のこのセリフである。およそ「かみまほ」で13章かけてやった話がこのダイアローグにまとまっているのだ。
『冥契のルペルカリア』という作品は、テーマの上に置いてしっかりと『紙ん上の魔法使い』を乗り越えた作品である
第五幕 群青の不条理
フィリア公演に向けて様々なものが佳境に至る。
ヒロインの匂宮めぐりと主人公の瀬和環が泊まり込みで練習したり、劇団のみんなが環の家に来てワイワイ作業したりという、明るい話が最初の3分の1.
座長代理こと天樂来々がそれを壊し、狂気で劇団を駆り立て、劇を完成に導いていくのが次の3分の1
そして1回限りのフィリア公演が残りの3分の1
エンタメとして1番面白い部分だった
現実はかくも苦しい。それに翻弄される姿が詳らかにされる
第六幕 茜色の幻惑
あるいは理世√
演劇から逃げ出してしまった理世。それに付いて行く主人公の姿。虚構へと誘われる
しかし、幸せなのに彼女たちの世界はどんどん狭くなっていく。そこに真の幸せはない
第七幕 灰色の客席
理世は、現実から逃げちゃいけないことに気付く。逃げてしまえば一生後悔する。だから、立ち向かう
そして奈々菜もまた、現実へと立ち向かう覚悟を決める
瀬和兄妹は、「現実は邪悪だ」や、「逃げることはそんなに悪いこと?」と、立ち向かうことに対して前向きじゃないのが印象的だ
どうやったら向き合えるのだろうか
琥珀は「視線を少しずらすだけで十分なの」と言う。それは終盤になって提示される解へと繋がる
この章でついに劇団ランビリスの成立過程と、この世界そのものが虚構であることが開示される
白髪赤目が紡いだ虚構の世界……
そして、めぐりが現実に向き合えるようになるために、新しい居場所を作るための世界。
めぐりに対して、「みんなは死んでいる」/「みんなは生きている」と、どちらかを伝えないといけない選択肢は残酷なまである
「みんなは死んでいる」と伝え、めぐりに現実を見ろと伝えたあとの、彼女の反応もまた1つの真理だろう
「現実に向き合えだなんて言葉は、強者の台詞よ。頑張れ、戦え、向き合えって……弱い人の立場を、何も考えてないの」
めぐりは退場するが、しかし他のヒロインと違うのは現実迎えるだけの強さを持ちえなかったことだろう。その心情を真っ直ぐに描かれていることが素晴しい。
第八幕 紅蓮の涙痕
徐々に人が減っていく世界
朧の「I love you」
氷狐の作った世界が綻んでいく
そして、ついに環がこの世界にいるのは、虚構に閉じ込もるか、妹の死を受け入れるかの二択の世界であることが示される
瀬和未来のクソデカ感情ヤバい
究極の妹だよ……
最終幕 魔白の彼方
「この世を呪って、不条理を叫ぼうか」
未来の「忘れないでね。不可能を可能とすることは出来なくても、不幸を幸福にすることは出来るんだから」という台詞がこの作品での解だろう。
このシナリオは様々な古典から借りてきているものが多く、読み解くのが大変である。
最初に演じられる『ハムレット』はきっと、劇団ランビリスのストーリーを読み解くのに必須だろう
フィリア公演は『マクベス』と「北欧神話」を合わせたようなもの。各キャラクターのストーリーにあてがわれた役の物語が呼応する
天使奈々菜√では『テンペスト』が入り込み、匂宮めぐり√では『星の王子様』と宮沢賢治の作品が響き渡る
そして、瀬和未来の『カリギュラ』。不条理演劇故に、作品の持つテーマと密接に関わっている
その引用の数々からも、深みのある作品になっていることが間違いがない
各キャラクターについて
架橋琥珀
よくわからないキャラだったなぁ……
折原氷狐の演劇の才の受け皿になったようなキャラ。彼女が最後に、現実と虚構の架け橋になったと捉えるのが妥当なのかな
匂宮めぐり
このメスガキがよ~~とか思ってたが、居場所を失い途方に暮れてしまうという現実に負けたキャラと思うとスッと来る
箱鳥理世
デカい
虚構の世界での幸せを知った上で現実に向き合う覚悟をしたキャラクター。強いな~~
天使奈々菜
本当に好き
不幸で、不幸にしがみ付き、人の不幸を見ることで安心するキャラクター設定。残酷な中身。どれも性癖
瀬和未来/折原氷狐
クソデカ感情妹
屈折している故に、その偏愛さが響くキャラ
サブキャラ
倉科双葉
百合好き
初めから最後まで一貫したキャラクターだった。主人公の友人としてずっといてくれるような、安心と信頼を寄せられるキャラクターだ
龍木悠苑
エロい
天樂来々さんとずっと一緒にいてほしい。彼女の経歴に悲しさを覚えるが、それが深みを作っているのは間違いがないため、複雑である
白坂ハナ
明るい。
天樂来々が溺れさせたかつての役者らしい。彼女の役者時代がより凄惨なものだったからこそ、今があるのだろう。
天樂来々
もう1人の主人公
彼の行いは決っして褒められるものではないが、演劇への思いは確かであり、味わい深い。
椎名朧
謎の艶やかさがある男性キャラクター
いいやつだよ。瀬和未来の、兄への愛情の受け皿となったようなキャラクター。
彼の事故死が、自殺と見なされ、それが匂宮王海の転落に繋がったと思うと、嫌な因果を感じる
匂宮王海
おじいちゃん
彼がいたらからこそ、劇団ランビリスがあり、各キャラクターの過去がいぶし銀のように輝くのだろう
トゥルーエンドよりは各種個別のバッドエンドの方が素晴らしい終り方だった。やはりルクル氏のバッドエンドは至高
虚構に逃げてしまい、そこに晒される人間の本性というのが、とてもおいしかった
桐葉氏の原画はどこか不安定のように感じる。それ故に不気味さがある。逆にそれがあるからこそ、作品の雰囲気がよりおどろおどろしいものになり、統一感を作っている。
現実に耐え切れずに虚構に逃げてしまう人間を描ききった名作である