ErogameScape -エロゲー批評空間-

walnutさんの雪子の国の長文感想

ユーザー
walnut
ゲーム
雪子の国
ブランド
Studio・Hommage(スタジオ・おま~じゅ)
得点
85
参照数
116

一言コメント

失われてしまいつつある空気がありつつも、描かれる人間らしさに、その感情の大きさに胸が打たれる作品

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

言葉で多くのことを伝えてくれた作品だが、私がこの作品のことを考えてもあまり言葉が出てこない。
うめき声のように「神秘が人間から消えつつあるけど、その神秘をほんの少しのあいだだけでも手元に置いておきたい、祈り」とか「ハルタが雪子という社会的な区分で隔てられた人と結ばれるための決意」とか、そういう意味にならない感想が出てくる。しかし、これらの言葉で何か語れたと思えるほど、うまく説明もできない。
この作品は晩夏から、秋、冬とかけて物語が進行し、3年後の春に至って話が結末する。話はとくに冬になってから動く。厳しい冬、それを乗り越えて春がくる。春に幸せが重ねられている。
冬、厳しい季節に厳しい現実を突き付けられたのは、ハルタの友人猪飼であった。私がこの物語でもっとも気に入ったキャラとなれば猪飼となるであろう。ところで私はこの場で「キャラ」と使い、登場人物を言い表すのに躊躇いを覚える。なぜなら、描かれる人物それぞれが記号性とかで考えたりできない、リアリズムを感じさせるものだったからだ。彼が罪悪感から後ろめたいことに手を染めたり、それを友人に庇われようものならプライドが傷付き怒る様子は、これほどまでに苛烈な状況になったことはなくとも、自分の中から共感が疼き出す。
続いてハルタが雪子の故郷に行って少しまわってみたり。その場で雪子のことを守ってやりたくなったのだろうか、自分の帰省をやめて一緒に帰ってしまう。そして大きな事件が起こる。
前作から引き続きマスコット的に立ち回るホオズキ。彼の失踪。ホオズキは化けと呼ばれる、人間とも天狗とも違う神秘の存在だ。雪子の故郷にて人間のイデオロギーに支配されつつある天狗の国を見たあとだと、ホオズキには人が振り翳す傲慢な理性と対比されるような、ただ佇むある種の神秘が思い出される。それが完全に消えてしまう不安、恐怖。それを取り戻しに駆けるハルタと雪子。
そういった困難を乗り越えて、社会的に勝手に分けられてしまう人間と天狗の高い壁をよじのぼる決意をするハルタ。かくしてハルタと雪子の2人は付き合い、将来を誓い合った。
しかし、この作品が描きたいのはその先だったのかもしれない。
3年後の春にハルタが雪子と一緒に暮らすために、東京を出て行く。家族との決別。
雪子というたんなる他人ではない、人間とは違うと扱わる天狗を、新しい家族と別れて選ぶ苦しみや痛み。それが真正面から描かれていて、私は嬉しかった。
この作品は美少女ゲームではない。
しかし物語として、素晴らしいものだったと言える。