繰り返し物語を引っくり返していく手腕が見事
物語の内容を現実に写し出す「魔法の本」と、悪意たっぷりの行動をする魔女の存在に翻弄される少年少女の物語。
前から読んでいくといまいち納得のいかない展開が続く。これは説明を後に持っていっているためである。だから全て終えたあとに物語全体を俯瞰しなおすと筋が通っており、綺麗に構成されていることがわかる。特に、物語の根幹を揺がす事実を繰り返し提示しながらも、一切矛盾が起きないそのバランスがすばらしい。
しかしながら、時として読んでいてキャラクターの行動の理由が説明されずに進んでいくことも多いので、疑問を引き摺りながら読む時間がそれなりに長い。まあ、後で説明されるからいいんだけどね。
でもあるバッドエンドで、なぜそのバッドエンドに至ったかの説明がないまま幕を下ろされるのは、釈然としなかった。
全13章で、話を区切るなら1~3章とそれ以降になるのだろう
1~3章
主人公の瑠璃が、遊行寺一家に居候を始め、魔法の本という存在を知る。そして、魔法の本という存在がいかに理不尽であるかを知り、その悲劇の前に敗北する。
オニキスの不在証明のあたりはテンションがすごい上がったが、その後に1年の時が経過したあたりで出鼻を挫かれたような心地になった。物語全体の目標が見えてこず、この先も主人公たちが魔法の本に翻弄されていくのだろうという予感を得られる。しかし、この時点でもかなりの伏線が張られている。1章で邪道の推理という物語の読み解き方が提示されるため、それを使ってもいいんだなという安心感がある。何回かこっちの予想を裏切る展開があったので、楽しめた。
4章以降
おそらくこの作品がしたいことは、遊行寺夜子が物語だけの、創作物だけの世界から抜け出し、現実に向き合う覚悟をするまでを描くことだろう。魔法の本はそのまま創作物や物語を表し、遊行寺夜子がそれに依存する人間なのだろう。これはメタ読みすると、オタクくんたちも物語に逃避ばかりしてないで現実と少しは向き合おうよ!というメッセージ(皮肉)になるだろう。いやだ!現実なんて見たくねぇ!
各エンドごとに
理央エンド
主人公も紙の上の存在、理央も紙の上の存在であると考えると狂言でしかない。理央は初めからずっと紙の上の存在であったのだから、彼女にとっての望むべくもない幸せであり、故に「バッドエンドなんて、呼ばないで」。彼女が立つ物語に幸せはない。
妃エンド
理央が紙の上の存在であり、設定に雁字搦めにされていることなどに対し瑠璃が「設定、設定、もううんざりだ」とキレたところは印象的だ。しかし、そのような何もかもがどうしようもない世界で、月社妃だけは一貫していた。彼女だけがあの世界で輝いていた。妃は瑠璃への愛を貫き通す。周囲のことを顧みない最悪の行動であるが、しかし、彼女からすれば自身が幸せなうちに死ねるハッピーエンドなのだろう。作品全体を通してみても、もっとも綺麗な終わり。繰り返し繰り返し読んでも褪せることのない名エンドだと思う。
夜子エンド
そもそも彼女の物語は物語から卒業することで完成するのだから、不完全な終わり。事実を覆い隠したまま終わるため、仮初めの幸せでしかない。瑠璃が本の上の存在であるのを考えると、芝居ごっこなんだから。
ノーマルエンド(かなたエンド)
魔法の本という理不尽に対し、打ち勝った存在がかなたなのだろう。メインヒロインっぽい。彼女のエンドではクリソベリルは切り捨てられる。現実に生きていくかなたに相応しい終わりだろう。
トゥルーエンド
ベタに考えれば、物語を必要とする人間はいるし、悪意すべてをなかったことにして綺麗に生きていくことなどできない。この終わりは、そういう清濁合わせ飲むという妥協点に着地するものだ。クリソベリルという存在は安易に破り捨てられるようなものではない。彼女にも彼女なりの理由があったのだ。しかし、クリソベリルに悲しい過去があったからといって決っして許されることをしたわけではない。アペンドシナリオの犬が、クリソベリルに対して恨みを保ちつづけているように、そのような憎悪はあってしかるべきなのだ。魔女は、ただそこにある悪。それに目を逸らさずに向き合うからこそのトゥルーエンド。
その他
SEがないため全体的に薄っぺらい。立ち絵も棒立ちのまま放置していることが多く違和感が強い。演出面が本当にダメ。エンディングムービーもないものだから余韻もなにもない。BGMが悪いわけじゃない。しかし合致するものを使ってないシーンもあり、盛り上がりに欠ける。シナリオにのめり込めなかったのは、そういう風なところが疎かになっているからだろう。
全体
期待外れな作品だった。シナリオに上手くのめりこめないし、色々なところが足りなかった。最初終えたあとは60点くらいの作品だなと思ったくらいだ。しかし、ちりばめられた伏線を綺麗に回収していたり、メッセージ性の強いシナリオは良いなと思い直した。終えた後は決して満足しなかったが、今も、何回も妃エンドを読み返したりするほど好きなので、光るところのあるクソゲーというのが最終的な感想