ErogameScape -エロゲー批評空間-

t2さんの紙の上の魔法使いの長文感想

ユーザー
t2
ゲーム
紙の上の魔法使い
ブランド
ウグイスカグラ
得点
83
参照数
3176

一言コメント

予想よりは生温いライトノベル。ご都合主義と後付け設定の物語には不満点が山ほどあるもの、内容が濃くボリュームもあるシナリオは読者を楽しませるトリック満載で心の底から「面白かった」と言える。シナリオゲー好きを自称するプレイヤーには騙されたと思ってでもプレイしてほしい作品。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

※ネタバレあります
※この感想は個人の妄想です
※ネタバレすると楽しめなくなるタイプのゲームです



インストール容量は2.83GB

伏見理央   CG17枚(通常CG12枚、HCG5枚) 回想3枠
月社妃    CG18枚(通常CG13枚、HCG5枚) 回想3枠
遊行寺夜子  CG19枚(通常CG14枚、HCG5枚) 回想3枠
日向かなた  CG17枚(通常CG12枚、HCG5枚) 回想3枠

クリソベリル CG7枚(通常CG5枚、HCG2枚) 回想1枠
その他 CG2枚

合計  CG80枚 回想13枠

BGM20曲 ボーカル曲なし


同人上がりのメーカー「ヨナキウグイス」がブランド名と原画を切り捨てて
心機一転「ウグイスカグラ」として再出発し、ロング体験版が好評で話題になったのがこの『紙の上の魔法使い』だと記憶しています。

商業第1弾 2013年発売 運命予報をお知らせします / ヨナキウグイス
商業第2弾 2014年発売 紙の上の魔法使い / ウグイスカグラ
商業第3弾 2017年発売 水葬銀貨のイストリア / ウグイスカグラ





■■システムについて

サウンドノベルベームとしては、
細かいバグが多くコンフィグも動作最小限。バックログからのシーンジャンプが無いのはもちろん、クイックセーブ機能すらありません。
立ち絵パターンが2種類でCG差分も少ない。演出も無いに等しい。どのCGもイベントを盛り上げるだけの迫力はないです。
音楽は悪くはないですがゲームの長さを考えると20種類では不足気味です。シナリオゲーということで後半はBGM使い回しが確実に減点対象。効果音も無い。
OP曲ED曲もなければエンディングスタッフロールすら無し。
まあ動けばいいんですよ。パッチを当てた状態で強制終了なく最後までプレイできました。

現代エロゲーが内容の薄さを環境回りや演出でカバーする傾向にあるのに対し
「『かみまほ』はシナリオのみで勝負する」というライターの強い意志が感じられました。
全13章の内容はかなり濃くボリュームもたっぷり。引き伸ばしエロゲーに挑戦状を送っているシナリオになっています。
例え小説テキストに単純に絵と声を付けただけの簡易ADVだろうと、面白けりゃいいんですよ。
エロゲーの枠に捕らわれない挑戦的な作品です。ただ変わったもの=良いではなく、最初からデメリットを抱えているわけですから相当のシナリオが求められます。

テキストの誤字脱字ですが、
私の他の長文感想を読み返すと文章が酷すぎます。誤字脱字は気づいたときには直しているんですが、それでも全然直っていない。
バグチェックの大変さはよくわかります。日本語がどうこう言える立場にないので基本ノーコメントで。全体的に読みづらいシナリオではなかったのだけは確かです。
ただ『かみまほ』はかなり早い段階(半年以上前)からシナリオだけは上がっていたと記憶しています。
発売半月後に出た修正パッチの中に7章までのテキスト・スクリプト修正が入っているので、
シナリオ上がったあとに何回か読み返していれば直せた部分も多かったと思われます。

立ち絵表示がもっさりしているのは、フリーツールを使って倍速プレイすることで解決。演出ゼロの画質を落としているゲームなので倍速プレイでも動作軽いです。
購入したときに予約特典は付いてなかったのですが、中身を覗くと予約特典シナリオ「蛍色の光景」が入っていますね。





■■エロについて

シナリオゲーなのでエロは淡白で薄いです。全てらぶらぶえっちです。恋愛導入は微妙の割に恋愛描写やラブ度はそこまで悪くもない。
本番1回、フェラだけ1回、本番1回のパターンが多いですね。フェラの達人声優を使っているので、使えなくも無い程度。





■■かみまほについて

本作は小説(ライトノベル)に近い内容になっています。演出面だけではなく文章と構成もエロゲーらしさはありません。

全13章は1話ずつのオムニバス構成になっています。全体テーマは裏にあるのですが基本1話完結の事件中心です。
1ルートの切りどころが少ない現代エロゲーと違い、まるで13巻の小説を読んでいるかのような感覚で、ライトノベルとして刊行したほうが違和感は少ないでしょう。
エロゲーの完結型と小説の連載型の違いは、後半の巻になると矛盾点や補足説明が出てくることにあります。
特に4章以降、過去回想がとても多いことに気づくでしょう。過去に刊行した1巻・3巻の補完シナリオが大量に入ります。
(擬似的な)連載型形式の『かみまほ』は少々内容がフラフラすることが多いです。まあ9章~12章までは一直線でしたが。

文章も地の文でさらっと説明して終わることが多いのは小説らしさが出ています。
最初に出てくる「《かなた》ちゃんはクラスで浮いている」は文章で説明するだけで、どのように浮いているのかの説明はなし。
状況描写をじっくりやるようなことはしません。ギャルゲー的会話劇も少なめです。無駄がほとんどないので内容はかなり濃いです。

小説らしさと「紙の上の物語」が本作の特徴の1つ「メタ要素」を際立たせていますね。


プレイして最初に感じたのは「生温いな」でした。

陰鬱で悲惨な展開が多い『かみまほ』なのにプレイしても特に暗い気持ちにはなりませんでした。それはキャラクターの薄さが原因ですね。
大量のメタ要素があり、キャラクターが紙の上の物語を演じているだけなので感情移入しにくく、
さらに「紙の上の住人」『パンドラの狂乱劇場』のご都合設定がキャラ感情の重みを消しています。
どの事件も《闇子》と《クリソベリル》が全て悪いで答えが出ています。(例外は『メラナイトの死神模様』くらいです)

鬱ゲーに属するのにプレイしても鬱にならない。感動的だと思われるシーンでも全然泣けない。メタ要素により一歩引いたところから読める物語だからですね。





■■ハッピーエンドについて

ハッピーエンドとバッドエンドの線引きは簡単ではありません。よくわからないので詳しい定義はしません。


6章《理央》編は
・「ノックスの十戒」違反だと思われるゲーム範囲外での記憶を失う設定を新規に追加。
・記憶喪失回避の定番ネタ「日記」に、日記を破って黒塗りにする呪縛で対抗します。
・物語が破綻しそうになったところで《クリソベリル》は本を閉じて強制打ち切りエンド
幸せにしない、あらゆるハッピーエンドへの道を新設定で潰していきます。「ルクル」さんはどうしてもこの物語を悲劇で終わらせたいようです。
「ご都合主義ハッピーエンド」の反対。「ご都合主義バッドエンド」が『かみまほ』の本質だと感じました。
ただしご都合主義を否定するために、別のご都合主義を使っている点は見逃せません。


6章『ローズクォークの終末輪廻』のラストより

>だから理央は、幸せだったのでしょう。
>不自由な人生の中で、理央だけの幸せを見つけることが出来ました。
>だからこれは、ハッピーエンド。
>【理央】「バッドエンドなんて、呼ばないで」
>だって理央は、こんなにも満ち足りた気持ちのまま、消えることが出来たんだから。
>これが幸せじゃないというのなら、幸せって、何なのかな?
>短い理央の人生の中で、それ以上のものなんて見つからなかったんだよ。

作者は《理央》編はハッピーエンドであると定義します。
ちなみに『オニキスの不在証明』は寝取られ本なのでバッドエンドと定義。

「ルクル」さんの認識は
寝取られ=バッドエンド
主人公とヒロインの想いが通じ合えば、どんな悲惨な終わり方でもハッピーエンド
のようですね。

私の認識は
バッドエンド(寄り)→理央ルート、妃ルート、夜子ルート
ハッピーエンド(寄り)→かなたルート、クリソベリルルート
おそらくごく一般的な認識でしょう。


萌えエロゲー的な個別ルートでの「絶対ハッピーエンド」を望んでいるわけではありません。物語上、《理央》編がバッドエンドになるのは必然で受け入れられます。
『かみまほ』は生温いバッドエンドゲーなので、この程度なら余裕で受け入れられます。
ただあまりにもご都合主義なのと、これをハッピーエンドと言い切るのは絶対に納得できないだけです。



では《理央》をハッピーにするにはどうすればいいのか?答えは『伏見理央』を書き換えるなんですが、ここで《クリソベリル》の存在が邪魔をします。

わかりやすい3章を例に上げてみましょう。
3章『オニキスの不在証明』は時間が経てば《妃》は寝取られてしまいます。
魔法の本になった『オニキス』の寝取られあらすじのどこが文学的に面白いのか?『オニキス』を書いた作者は何を狙ったのかさっぱりわかりませんが、
「ルクル」さんが《妃》を不幸にしたかっただけの設定としておきましょう。
ハッピーエンドへの唯一解はもちろん『オニキス』の破壊なのですが、
そもそも『オニキス』がどこにあるのかわからなく、入手しようとしても《クリソベリル》が全力で妨害するに決まっています。
つまり《クリソベリル》がいる以上はバッドエンド回避不可能となります。
なので3章の回答は「『オニキス』の破壊」だけでは不正解で、「《クリソベリル》を殺処分→『オニキス』の破壊」が満点回答になります。

ほら12章で《クリソベリル》を殺してハッピーエンドになっているでしょう?13章は《クリソベリル》を性的な意味で攻略してハッピーエンドになっています。
「紙の上の物語」の秩序を乱しているのが《闇子》と《クリソベリル》。この2人さえ消せば何とでもなるのです。
6章《理央》を救う方法は「《クリソベリル》を殺処分して、その後で《夜子》に『伏見理央』を書き換えてもらう」がおそらく正解なんでしょう。

設定そのものがハッピーエンドを妨害するなら設定を書き換えればいいのです。
ADVエンジン「吉里吉里」でテキストを書き換えてハッピーエンドにする、も邪道ではありますが正解の1つになります。



寝取られをついでにもう1つ。12章の《かなた》エンドは寝取られです、と言い切っておきましょう。
4年前に《かなた》が恋した《瑠璃》はもう死んでいて、4章以降は紙の上の存在になったからですね。主人公は別人です。
両者が同一人物かの定義は本編では詳しくやっていません。主人公の同一性が証明できない限りは、別人で寝取られエンド扱いになります。

《ルクル》さん的に寝取られはバッドエンド扱いらしいので、「めでたしめでたし」の《かなた》エンドも寝取られバッドエンドですね。
私的には当然、「寝取られハッピーエンド」扱い。4ヒロイン全部寝取られですね。





■■設定について

最悪ですね(きっぱり)。
何ができて何ができないのかはっきりしていないからです。ルールは後付けでいくらでも増えていきます。

魔法の本の影響力がどれくらいなのか?記憶や感情がどこまで操作されているのかラインがはっきりせず、効果は非常に曖昧にしています。
役者になりきるモードと魔法の影響力のないモードを都合よく切り替えることができ、粗筋はあっても演技は大根役者の好き勝手にできます。
6章では「これが、主人公補正だ」と魔法の本の設定を無視したり、12章では「クリソベリルの文字は弱い」で魔法の本の効果を打ち消します。何でもありのようです。
本を開くと話がメタぽくなるのですが、このゲームでキャラクターがメタい台詞を吐く時は設定崩壊の言い訳していることが大半です。

さらに死者を冒涜する「紙の上の住人」設定。都合のいいキャラクターを縛りをつけて作れるなら何でもありです。
《闇子》さんが作っているようですが、記憶の引き継ぎはどうやっているんでしょうかね?
『パンドラの狂乱劇場』は自由に記憶を操作出来る最悪の設定。
しかも《闇子》さんがリアルタイムで書き換えることができて、黒幕2人のが頭悪すぎるせいでほぼ全て失敗に終わります。

この手のメタ系伏線ゲーでは時間軸と記憶をごちゃごちゃにするパターンが多く見られます。
創作物の反則技として
1.死者を生き返らせる
2.時間を巻き戻す
3.記憶を操作する
などがあります。
これらを入れる場合、
・簡単に生き返らせてはいけない。死の重みを感じさせる設定が必要
・出来ることと出来ないことをはっきりさせる。作者の都合に合わせて新設定を追加していくのは最悪
などを守る必要はあるでしょう。そうでないと本当になんでもありになりプレイヤーが考察する余地がなくなります。

体験版(1章~3章)をやった時は「あとだしジャンケン」タイプだと感じました。
6章以降はあとだしどころでなく「ルール変更ジャンケン」と呼ぶべきでしょう。
両者がグー・チョキ・パーを出した後に「ルクル」さんがジャンケンの新ルールを提示するようなものです

このゲームの不満点の70%くらいは6章(《理央》ルート含む)です。それはバッドエンドだから駄目ではなく
新設定を大量に出しておいて本を閉じて強引に逃げ切ったからです。私の想像の余地を与えず、「魔法の本」の設定だけでは辻褄が合わないところだらけ。
その後の7~8章で紙の上の住人設定などで大体は伏線回収しますが、私はこれを伏線とは呼びたくないですね。完全な後付け設定だと思っています。
8章以降に「本を開いた人物が物語の主人公になる魔法の本」がまともに開かれていないのがわかると思います。ゲームシステムが別物になっているんですよ。
プレイメモに6章のことを4000文字くらい書いたのですが、7~8章の新設定せいで意味がないものになりました。

これ、「吉里吉里」でテキストを書き換えてハッピーエンドにする、と同レベルの暴挙ですよ。





■■かなたちゃんは寝取られているかなたちゃんは寝取られている(大事な事なので二回書きました)

「サファイアは、これにて読了です」


さて《かなた》が開いていたのは本当に『サファイアの存在証明』なのでしょうか?
え?何言っているんだ?と思われるでしょうが、よく考えてみましょう。

4年前に《夜子》の無意識(《クリソベリル》)が『サファイア』を読ませて《かなた》の記憶を消しています。
でも『サファイア』はいずれは記憶を取り戻すお話なので、根本的な解決にはなっていません。
これは《闇子》《クリソベリル》の魔法行動が毎回失敗している紙の上の設定通りの行動です。

3章で《瑠璃》は『サファイア』の原本を読んでいます。読み手に選ばれないと魔法の本は発動せず、普通に読んでも無害の設定のようです。
《妃》の部屋に『サファイア』が何故置いてあったのか?の問題も別にあります。ここで『サファイア』を壊すという選択肢もあったでしょう。

>「――必ず、見つけ出してやる」
>月社妃という、存在を。
>死亡という形で、終わらせたりはしない。
そう言った《瑠璃》はすぐに首を吊ります。凄まじい手のひら返しですねえ。
役者が死ぬと「魔法の本は閉じる」の設定だったはずです。後からの魔法の本が上書きされていたとしても。つまりこの時点で《サファイア》の読了となります。
魔法の本を開いたのはあくまで《かなた》で、《瑠璃》は役者ではないのでしょうか?
好きな男の子とまた恋をすることが達成できなくなっても『サファイア』は物語を語ろうとするのでしょうか?

紙の上の存在となった《瑠璃》(※別人です)は11章で《かなた》と結ばれます。別の男性に寝取られる物語―あれ?聞いたことありますね。
そう《かなた》ちゃんが開いていたのは『オニキスの不在証明』だったのです!ほら11章のタイトルは『オニキスの不在証明』ですよ(※ゲーム内では表示されません)。


と無茶苦茶な新説を挙げてみます(笑)。
「サファイアは、これにて読了です」は存在を証明する台詞です。でも実は主人公と恋心は不在だったのかもしれません。



「ルクル」さんの別人格との恋愛観は9章《夜子》ルート『ファントムクリスタルの運命連鎖』に書いてあります。

>瑠璃「前向きになったお前を見て、頑張れよと応援したくなって、新しいお前だって、好きになっちゃうんだよ」
>結局、それは偽りだったとしても。
>前を向くお前は、とても素敵だったから。
>本物だろうが偽物だろうが、夜子には違いがない。
>瑠璃「性格が悪いとか、良いとか。愛想あるとか、ないとか。ツンツンしたり、デレデレしたり」
>瑠璃「たしかにそれらはお前の特徴だけれど、それがなくなったからって、夜子じゃなくなるわけじゃないんだ」
>全てをひっくるめて、夜子だから。

この説得力のない主人公の台詞に「恋は盲目」という言葉を思い出しました。

《理央》は紙の上の存在ですから「瑠璃に恋する」の絶対的設定から逃れることはできません。(書いたのは《闇子》さんではなく「ルクル」さんの台本です)
動機が薄いので恋が叶わなくたっていいじゃないと思うくらいなんですけど、生死を賭けるレベルで恋に悩む乙女のようです。かなり狂っていますね。

さらに狂っている実妹は、実は植え付けられた恋心だったという設定。
あの心中するまでに育った禁断の恋愛のきっかけはご都合主義、恋の強さを見せつければきっかけなどどうでもよくなります。
もっと近親相姦でドロドロするかと思ったら意外とあっさりでしたね(《汀》のキャラクターのおかげです)

そして《夜子》は本当に《瑠璃》のことが好きだったのでしょうか?(また、え?何言っているんだ?と思われるでしょうが)
ツンデレだから引き篭りだから、《瑠璃》に惹かれる動機は十分に書かれています。でも恋心まで発展しなくてもいいような気がします。

『紙の上の魔法使い』の一番のテーマは間違いなく「失恋」です。全編で失恋を描いています。
しかし、まず紙の上の存在の《瑠璃》の恋愛観が弱いこと、まともな強い恋愛感情を持っていたのが《妃》だけで他はみんな薄っぺらいんですよね。
人間の《瑠璃》は強い恋愛感情を持っています(だから自殺した)。エロゲーなので他のヒロイン攻略のために主人公交代することで失恋を実現させた、とも取れます。





■■キャラクターについて

『かみまほ』には人間と、本の設定通りにしか動けない紙の上の存在の2種類のキャラクターが出てきます。
人間はキャラが濃い。後者は感情が薄いのが欠点ですが、台本通りの紙の上の存在も、設定に抗いもがき苦しんでいるキャラクター性があります。
また便宜上NPCという区分も存在します。

以下、人間味があるかどうかの順番に書いていきます。



●遊行寺汀
人間

最も人間らしい人間。こっちのお兄様を主人公にしたほうがいいと思えるくらい。
ただシスコンを自称している割には、《夜子》との絡みが少なくシスコン度はかなり低め。

「わかっていても――どうしようもないことだって、あるだろうが!」
7章『ブラックパールの求愛信号』では《妃》へのやりきれない愛情が溢れています。
理性は壊れていても本を殺す決意は揺らいだとしても、《汀》の思いの強さがキャラをブレさせません。
そして3回目になる狂言オチは、役者が上手いだけにまんまと騙されてしまいました。
女性の失恋が多い『かみまほ』では珍しい、野郎同士が好きな女を仲良く語り合うところは名シーン。野郎の恋愛はさっぱりしていて気持ちいいものですよねー。

本を殺すことについて。本をテーマにする創作でやたら本を大切にしようとする表現が見られますが、
所詮は文字と紙束でしかないんですよ。新聞や雑誌を紐で縛って廃品回収に出すような感覚でいいのです。
どんなに面白い物語だろうとしても、魔法の本は害悪でしかなくさっさと殺処分するべきでしょう。「悪・即・斬」です。



●日向かなた
人間

本作のメインヒロイン。最も感情豊かで主人公の傍にいる女性。
ミステリー系統の物語にはワトソン役がいると物語がぎゅっと引き締まります。『かみまほ』は《瑠璃》1人で悩むシーンが多かったですね。
3章までは《妃》、4章からは《かなた》が主人公助手になります。
彼女の的確なアドバイスと行動力に《瑠璃》は何度も救われます。最終ルートが《かなた》エンドになるのも納得の大活躍です。



●月社妃
人間

感情をあまり見せない彼女ですが、感情がないわけではないです。
3章で実父の話になると《妃》の猫かぶりが崩れて感情を出してくるんですよね。この強い憎悪の感情には惹かれるものがありました。
例え偽りの記憶だとしても、その恋心を燃え上がらせたのは彼女の功績です。

体験版範囲(3章まで)で最もキャラが強烈に立っていて、その後の展開にがっかりした人も多いようです。
過去回想で語られることが多いのは、《妃》が強い意志をもった人間だったからでしょう。
《汀》との距離感も絶妙でしたね。あんなイイ女がいたらそりゃ惚れますって。



●四条瑠璃
人間

少し邪悪系。いい人ではなく悪人ゲーの悪人主人公です。「ルクル」作品はおそらくみんなそうだと予想しています。

2章『ルビーの合縁奇縁』より
>瑠璃「今日は俺たちに、この場所を譲ってくれ」
>かなた「はあ!? そんなの、駄目に決まって――」
>断られそうであることを察した俺は、腹をくくる。
>悪役に徹してやろうじゃありませんか。
>瑠璃「うるせえ、またキスするぞ」
>かなた「ひぃぃぃぃっ!?」

3章『サファイアの存在証明』より
>瑠璃「俺と、付き合っていたよ」
>汀「……は?」
>琥珀色の水面が、大きく揺れた。
>思わず、テーブルに溢れてしまって。
>汀「瑠璃、お前、何を言って――」
>本気で驚く、汀へ向けて。
>「サファイア」
>命懸けの冗談を、言ってみた。

こんな感じです。悪人がいい人をいじめるのが「ルクル」さんの持ち味ですね。近親相姦するような鬼畜兄貴なので、悪人主人公は作風に合っています。
私は悪人主人公が苦手。4章以降で別の理由で主人公が丸くなりましたとさ。



●遊行寺夜子
人間

ゲームでは「主人公」と書いてありますが、私は《夜子》は主人公ではないと考えています。
例え傍観者ポジションでも《瑠璃》のほうが主人公してます。何もしないエロゲー主人公は普通です。

引き篭りニート設定の割に彼女との接点が不足気味。
《かなた》ちゃん無双しすぎて《夜子》イベントが少なかったですね。もしくは《クリソベリル》に語られる《夜子》像ばかりだったのが彼女を薄くしています。
夜子の成長と失恋が最大のテーマなのに、恋まで感情が発展していないようなそんな気がしました。「ツンデレ」だから……で納得するべきなんでしょうか?
せめて《クリソベリル》の出番の半分を《夜子》にあげていれば……と。最重要キャラの割にキャラが「ツンデレ」で自己完結していたのが残念でした。

成長した証が《クリソベリル》の本の破壊です。今までの自分では本を壊せなかった。《クリソベリル》を殺すことで変わる意思表示になります。

人間でありながらも、メタ存在でもある中途半端なキャラ。引き篭りよ立ち上がれと《夜子》を通してプレイヤーに向けて言っているんでしょうかね?



●四条瑠璃(4章以降)
紙の上の存在

薄いですね。一般的なエロゲー主人公のような薄さです。
瑠璃の本には命令が何も書かれていないようですが、それでも人間と作られた紙の上の存在の違いが大きすぎます。
邪悪主人公でなくなったのも、別人になったように思わせる一因ですね。

ヒロインとの恋愛観
ヒロイン→主人公 の恋愛が薄い
主人公→ヒロイン の恋愛も薄い

物語の序盤で《妃》との強烈な恋愛感情を見せたので、1年後のトーンダウンが際立って見えています。



●月社妃(7章以降)
紙の上の存在

諦めのヒロイン。
3章で『オニキスの不在証明』に反逆した彼女ですが、8章『フローライトの怠惰現象』では本の運命を受け入れてしまっています。
『オニキス』で寝取られに抗って見たもののお兄様は結局死にました。どうしようもできないこのゲームの運命を受け入れたことで、
生きているキャラクター(人間)から、都合のいい設定(紙の上の存在)へとランクダウンしてしまうのです。
心中エンドは《妃》の本来の強さではありません。諦めて運命は受け入れて、それでも《瑠璃》の愛情だけは尊重した終わり方と言えるでしょう。

12章でもちょこっと蘇生します。《妃》は3章までで完結しているヒロインなので、あまり多用すると死者への冒涜になりますよ。



●クリソベリル
(一応)紙の上の存在

プレイヤー罵倒系キャラクター。こういうメタい物語ではよくあるタイプで、私は苦手。
物語を引っ掻き回した大悪党。彼女の計画は破綻で出来ています。
「夜子の為」「本を提示しただけで妾は悪くない」など自己責任を回避する発言が目立ちますが、全て《クリソベリル》が悪いのです。

《夜子》との結びつきが中途半端かな、と。《夜子》の分身体設定とかのほうがわかりやすかったと思います。
魔法情報・新設定説明のソースは大抵が《クリソベリル》。
それだけに9章の嘘っぱち本は反則技で酷いと思った。あの情報のせいで「処女膜」や「成長しない夜子」でかなり混乱させられました。

おそらく妄想で書きますが、「ルクル」さんが一番好きなキャラは《クリソベリル》ですよね?そうでなくても上位には入っていると思われます。
それくらい出番が優遇されていて、時にはショボーンとしてお茶目な所を見せたり、専用Trueエンドを用意するなど、気合が入っているキャラです。
まあ私の目の前に出てきたら即時に殺処分しますけどね。



●伏見理央
紙の上の存在

電波ちゃんで理解するのが困難。6章は本当にややこしい性格になりました。最も紙ぽいヒロインと言えるでしょう。
「魔法の本が開いている限り、紙の上の存在としての命令をキャンセルできる」。この設定が全てで《理央》の全ての行動は設定破りの為にあります。



●遊行寺闇子
NPC

NPC区分は一切感情を持たない、設定だけのキャラクターです。
紙の上の存在は、自分が紙の上だとしてもその範囲内で行動することで感情を見せていますが、NPCは本当に存在するだけです。

行動原理の破綻が酷すぎる《闇子》さんは《クリソベリル》よりも無感情。
本当に何がしたかったのかさっぱりわかりませんでした。魔法を使った後に何が起こるのか少しは推測してみようよ。



●本城岬
NPC

こっちはもっとわかりやすいNPC。村人Aって感じですね。会話も全部メタ会話です。





■■シナリオについて

シナリオについては(重要なところなのに)さらっと。発売から随分立ってからの長文感想ですし、みなさんが色々書いているでしょう。きっと。
ガチガチの設定シナリオなのであまり語ることもないという。

メタフィクションの世界観と後付け型伏線の「プレイヤーを驚かせる」ことに特化したシナリオになっています。
新設定だらけで酷いのに、その中にも筋が通った内容がちゃんとあるのにびっくりしました。

キャラクターは上に書いた通り。人間は自由度が高く、紙の上の存在は自由度が制限されている。
でもその中で個性を見せてくれました。私たちは紙の上の物語の中で生きているんだ、とそう読者に語りかけているように。

完成度は最高でなくても、シナリオもキャラクターも意思の強さで貫き通したのがポイント高いです。
シナリオは破綻していて整合性が取れている。キャラは薄くて濃い。そんな矛盾した二面性が特徴です。

あと内容は濃い目。プレイ時間28時間の長さではなく、長さ以上に内容があった(ミスリードも多かったですが)
現代エロゲーの内容の薄さがよくわかる濃さです。無駄な引き伸ばしは少ないですね。並のシナリオゲーの2~3倍の内容はあったと思います。



●体験版との落差

1~3章の体験版パートと、1年後の4章以降に内容の落差があります。主人公が紙の上の存在になり性格も変わっていますしね。
それはこのゲームの最大のテーマ「失恋」が関係していると推測します。3章までの内容を恋に例え、恋が突然破れてしまったら?の後日談が『かみまほ』の本質でしょう。
大切な人を失い、主人公は交代。そんな絶望的な状況でも、ルールに縛られながらも感情を見せて進んでいく(流されていく)ストーリーであり
落差と思い出の美化、《妃》への思いが忘れられないプレイヤー達に衝撃を与える展開は作者の想定通りだと思われます。
恋の思いが深ければ深いほど、恋が失われた時の破壊力は大きくなります。

ご都合主義で絶対的ハッピーエンドになるわけではなく、ご都合主義なバッドエンド。
「びっくり箱で感動する人はいない」は誰の言葉だったか忘れましたが、このゲームはびっくり箱タイプです。読者が感動できるかは約束していません。




最後に軽くですが各章について。感想の重複あります。

●1章 『ヒスイの排撃原理』
ライトノベル風なので1章が一番面白いです。邪道の推理、邪道の物語。自作自演の結末自体はそこまで驚くものではありません。
物語を終わらせるのは「キス」だとインパクトのある終わり方だったこと。
そして実妹へのもう1つの「キス」がずっと衝撃的でした。最初の伏線はわかりやすく、2つ目の伏線をうまく隠して
近親恋愛のインパクトと《妃》のキャラを強烈に印象付ける。物語の1巻としては最高のキスでした。

●3章 『オニキスの不在証明』
タイトルはこっちが正しいようです。
本当に開いた本が『オニキス』かどうか、《クリソベリル》の嘘の可能性があります。作者の言葉を簡単に信じないようにしましょう。
感情をあまり見せない彼女ですが、実父の話になると《妃》の猫かぶりが崩れて感情を出してくるんですよね。この強い憎悪の感情には惹かれるものがありました。
《クリソベリル》とかいう魔法使いが出てきて、コイツがこれ以降で色々と悪さするんだろうなあと早くもげんなりしてます。

●5章 『メラナイトの死神模様』
本を殺すか殺さないかについてのお話。本は所詮は文字と紙束でしかないんですよ。新聞や雑誌を紐で縛って廃品回収に出すような感覚でいいのです。
魔法の本は害悪でしかなくさっさと殺処分するべきでしょう。「悪・即・斬」です。
4~5章は体験版(1~3章)と比べるとややテンポが悪くなってきています。
>妃「上質なプロットには、無駄なシーンが一切ないのです。すべての文章に意味があり、伏線があり、作者からの意図が込められている」
はこのゲームを象徴する台詞ですが、『かみまほ』が本当に上質なプロットかどうかは保証してません。作者の言葉に騙されないようにしましょう。

●6章 『ローズクォークの終末輪廻』
「妃ゲー」「メインヒロインはかなたちゃん」などヒロイン抗争が行われている本作ですが、発売前で私の本命は《理央》でした。
積んでいるうちに《理央》派からの悲鳴が聞こえてきて、そこは諦めることができました。予想以上に電波キャラだったというのもあります。
バッドエンドだから悪いではなく、この章は新設定が多過ぎる酷いシナリオ(6章だけだと)。
私は「ご都合主義バッドエンド」と書きましたが、発売当時は「逆ご都合主義」が主流だったようです。
8章で説明は一応あるのですが、それを読んでも納得はしたくないですね。

●7章 『ブラックパールの求愛信号』
《クリソベリル》が何を考えて黒真珠を開かせたのかよくわからないシナリオ。でもスッキリしていてお気に入りのシナリオでもあります。
そして3回目になる狂言オチは、役者が上手いだけにまんまと騙されてしまいました。
野郎同士が好きな女を仲良く語り合うところは名シーン。野郎の恋愛はさっぱりしていて気持ちいいものですよねー。

●8章 『フローライトの時空落下』
6章の伏線回収もとい後付け設定。魔法の本とは別系統の人物の本の新設定が加わります。
全然予想していなかったのと、この何でもあり設定は面白いのか?と疑問に思いながら。
8章以降に「本を開いた人物が物語の主人公になる魔法の本」がまともに開かれていないのがわかると思います。
最初に作った設定がネタ切れになり後半は別のシステムになっているのです。MTG漫画だと思ったら途中からデュエルマスターズになっているようなものですね。
この辺で《闇子》と《クリソベリル》の失敗行動が全ての元凶だと確信に至りました。脚本家が被害を広げているのです。
《夜子》の為の紙の上の存在。なら夜子は人間で他全員が本なんじゃないか?と疑い、特に《瑠璃》が紙の上の存在であるのはほぼ確信できましたね。

●8章 『フローライトの怠惰現象』
『オニキス』で運命に逆らうも結局お兄様は死にました。
どうしようもできないこのゲームの運命を受け入れたことで、生きているキャラクター(人間)から、都合のいい設定(紙の上の存在)へとランクダウン。
心中エンドは《妃》の本来の強さではありません。それでも偽物でも《妃》らしさが残っているのはオリジナルが強いインパクトをもったヒロインということです。
もう少し近親相姦で周りから反対されるのかなと思ったらそうでもなく。
1~3章が《妃》ゲーだとしても『かみまほ』の正ヒロインが《妃》である必要はないと考えています。心中エンドでも十分に正ヒロイン超えたでしょ。

●9章 『ホワイトパールの泡沫恋慕』
《クリソベリル》は説明しすぎです。しかしそれも罠で後半になって偽の物語を語り出す鬼畜ぷり。
直後の《かなた》のフォローがあっても大混乱でした。結局、3年前から《夜子》の見た目が変わってないのは?嘘ってことでいいのでしょうか?
この辺からようやく物語のゴールが見えてきて、最後まで寝ずのノンストップでプレイできました。

●9章 『ファントムクリスタルの運命連鎖』
別人格との恋愛観を語るシナリオ。さっぱり共感できませんでしたが、この説明をすんなり受け入れれると次の10章がより楽しめるでしょうね。
《夜子》とえっちできれば何でもいい、ハッピーエンドならば偽物でも構わないのか?とプレイヤーに突きつけています。

●10章 『オブシディアンの因果目録』
やっぱりな、という感じの説明。《瑠璃》自身も薄々感じていたようです。
ただその後の「人間と本との葛藤」がゼロってどういうことなんでしょう?もう終盤だから引き伸ばせないってこと?

●11章 『サファイアの存在証明』
タイトルはこっちが正しいようです。
でも待てよ?と寝取られについて考察しているうちに、《かなた》が開いた本当の本が『オニキス』であることに気づいてしまいました(笑)。
おかげで《かなた》ちゃん正体バレの余韻が全て吹き飛びました。

●12章 『ラピスラズリの幻想図書館』
《夜子》がツンキャラだとしても《瑠璃》への恋愛感情はあったのでしょうか?本当に《夜子》の成長物語なのでしょうか?
このゲームの主人公らしいですが、《夜子》を書ききれて無いように見えました。2大ヒロイン《かなた》《妃》に印象で負けているからです。
なので一時復活した《妃》の言葉も私の心に届くことはなく。ご都合主義失恋エンドとでも呼ぶべき、作られた紙の上での失恋です。
ただ《クリソベリル》を殺処分したのだけは大きく評価。もう少し本に頼らない成長部分をしっかり書けていたらよりスッキリ出来たと思います。
全体の《クリソベリル》の出番の半分を《夜子》パートに当てていたら、バランスが良くなったのでは?と思います。

●13章 『煌めきのアレクサンドリア』
蛇足。はっきり言って「どうでもいい」。






面白いゲームがプレイしたい。驚くようなシナリオが読みたい人にオススメです。プレイして2014年最大の問題作と言われているのがよくわかりました。
シナリオゲー好きを自称するプレイヤーには騙されたと思ってでもプレイしてほしい作品。
例え合わないとしても、プレイヤーの心に確実に何かを残す強いインパクトのある内容があるので。


2年ぶりの80点台長文感想とは思えない妄想激辛感想&全然まとまってないですが、まあそれも『紙の上の魔法使い』らしいかな、と。