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oldreavesさんの不香の花 - Snow Flowerの長文感想

ユーザー
oldreaves
ゲーム
不香の花 - Snow Flower
ブランド
斜塔ソンブレロ
得点
68
参照数
168

一言コメント

全編が美麗なスチルで進む個人制作フリーノベルゲームの第3弾。冬の「山」郷の人間関係と経営事情に焦点を当てた道徳的な物語

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

同人サークル「斜塔ソンブレロ」のノベルゲーム作品は、1作目『小坂さん。』, 2作目『日陰の日葵』とプレイしてきたので、新作が発表されたと聞いて早速DLさせていただいた。

過去2作がどちらかといえば都市に住む若者の学校生活を描いていたのに対して、本作では「田舎」をメインテーマに据えている。
都会(東京)に通い、デザイン会社でアルバイトまでしている都会的なイケイケの高校3年生男子の主人公が、親の都合で大学入学前の2ヶ月間だけ故郷の「山」へ引っ越して暮らすことになる。郷の入り口にデカデカと掲げられた「地方軽視 都会重視 断固拒否」という行政への抗議の看板が象徴するように、「都会」と「田舎」という二項対立がこれでもかというくらいに露骨に強調され続けるのが大きな特徴だろう。主人公:竹崎タケルは最初は「都会人」としてのアイデンティティを持ち田舎暮らしに反発するが、そこでの人々との関わりのなかで次第に「田舎人」としての価値観を内面化するようになっていく。(ジブリ映画『おもひでぽろぽろ』然り、田舎礼賛モノのフィクションとして極めて王道な構成である)

田舎と都会の対比は、本作に登場する2人の少女キャラ──山田風花と塩味ひとみ──の造形でも表現されている。郷の鉄道会社の社長の娘として財政難を救うことが求められる山田風花(主人公とは同級生幼馴染)と、郷のコンビニの店長の娘であり「こっそり都会に行きたい」と願う塩味ひとみ(高2の「オタクに優しいオタクギャル」)。

「ヒロイン」が2人登場するといっても、本作はそこまで(ヘテロ)恋愛色が強くなく、かわりに大きく扱われるのが「経営」と「デザイン業」という実学的な2要素である。多大な借金を抱え廃線間近な地方鉄道の経営事情について、かなり丁寧な下調べのもとで設計された描写がなされており好感が持てた。主人公が得意とするデザインのスキルの活躍のさせ方と、メインテーマである「田舎社会の理解」を上手く両立した展開も見事だった。飲食業や観光業が発達していない田舎では、その鉄道駅がアニメの舞台となることでファンの聖地巡礼によって儲かるのは鉄道会社だけであるため、かえって地域振興への軋轢を生んでしまう、という描写などには(自分自身、聖地巡礼が好きなのもあって)なかなか考えさせられた。


最終的に主人公は「山」に残る決意をし、逆に風花さんのほうが大学進学のため「山」を出ることになる。本作ではこれをあたかも衝撃的なカタストロフとして描いているが、風花さんが都会に行くのはあくまで鉄道存続のための経営学を身につけるのが目的の一時的な修行であり、故郷の山や鉄道を見捨てるわけではまったくない。むしろ社長の座を親から引き継ぐのであれば必須の人生経験であるとも言えるため、愕然とする主人公にはまったく共感できず、柳井駅での鉄道を介した都会人と田舎人の「すれ違い(反転)」というラストの大きな展開はごく表面的なものであると感じた。柳井駅のボランティア駅長の帽子を託されるところなど、「別れ」というより実質的には将来を約束し合うプロポーズであり、つまりは真にすれ違っているのは本作のキャラクター描写(タケルと風花の〈約束〉)と舞台描写(田舎/都会の二項対立)である。これだけ丁寧に舞台設計をして、デザインや鉄道事業経営まわりの描写も凝って美麗かつ大量のイラストスチルを用いて「田舎」社会を描き出しているにも関わらず、どこかお仕着せの教科書のような軽薄な内容に映るのは、キャラクターが物語のための舞台装置か道具のようになっているからで、その舞台(テーマ)と物語(キャラクター)のあいだの埋めようのない空隙が大きな矛盾として表面化したのが最後の違和を覚える展開であると思った。本作に登場する人物は基本的に誰もかれも「いいひと」で、主人公の母親の献身的かつ繊細な子供愛には胸を打たれたりもしたのだが、あまりにも善い人しかいないとかえってその社会・世界のリアリティが感じられなくなってしまう、というのもある。「斜塔ソンブレロ」の過去作も非常に道徳的で善良な物語であり、無論それ自体は確固たる作家性として強みにもなり得るものだとは思うのだが、テーマ描写とキャラクター描写のバランスを取るのは難しい作業なのだろう。
全編スチルで描かれるキャラクターの人物画、その表情や構図、演出が同人ゲームとしては破格のクオリティできわめて魅力的に見えるだけに、テーマからしてキャラクターが生きている舞台に地に足がついていなければならないところを、なんだか「浮いて」しまっていると感じられてしまったのが本当に勿体ないと思う。ふわふわと風に舞うのは風花だけでいい。