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nezumoさんの天ノ少女《PREMIUM EDITION》の長文感想

ユーザー
nezumo
ゲーム
天ノ少女《PREMIUM EDITION》
ブランド
Innocent Grey
得点
100
参照数
3864

一言コメント

手放しで全てを称賛することはできませんが、殻ノ少女シリーズの締めとして満足度の高い内容でした。とても長い時間待たされたし、完結しただけでも感動の気持ちでいっぱいです。最高の時間をありがとうございました。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

殻ノ少女シリーズの3作目にして最終作となる今作ですが、それに相応しい内容を見せてくれました。
とにかく話が面白くて引き込まれるし、後から次々に前の話と繋げていく様は相変わらず見事でした。
反面、最後だからこそ全てを解決してほしかったという思いは強く、今作に求めるハードルは確実に上がっており、
一部謎のまま終わっている部分があるのは少しモヤモヤが残る結果となりました。
元から大好きな作品なので思い出補正は強く冷静な評価は下せないのですが、自分にとってはやはり最高に満足できる作品でした。

語りたいことは色々あるので、箇条書きでピックアップして色々書いていきたいと思います。


①黒矢尚織について

前作で謎をぶん投げられて今作を迎えましたが、今作も謎をぶん投げて終わった人物。
今作唯一にして最大の不満点と言っても過言ではありません。

白百合の園の人体実験の話が結局分からず仕舞いだったため、非常に勿体ない。
また、このキャラクター自体非常に謎が多く、過去編と虚の現代編の一部でしかその人物像が掴めません。
幼馴染であるリヒトですらもよく分からないと言っているくらいであり、プレイヤーには当然更に分かりません。
今作でも流れをかき乱してくれた人物であることは間違いないのですが、その割に収穫は少ないような気がしました。
関連の深い沢城菜々子の話も結局よく分からないし、彼を取り巻く環境だけがよく分からないまま終わってしまったように思えます。

結局葛城シンを殺した理由は自分の目的(=自分の小説を出版すること)の邪魔になるからであり、それ以上の理由はなかったと言います。
プルガトリオの羊→エデンの少女と続く彼の小説は確かに人の目には入っており、目的は達成されています。
もう少し裏がありそうな人物かと思っていましたが、作中で語られたのはこれだけであり、
これだけ見るとむしろ凄腕で冬子の出産を成功させて育てるという、ある意味コイツに目をつけられて良かったのではないかとすら思えました。
四肢がない状態での山小屋での出産はかなり危なかったと思うので、コレ自体は彼の功績であると思います。

罪の意識で自殺未遂をしたヒリトだからこそ彼の気持ちはわかるし、彼を止めることはできなかった。
結局彼にはまだやることがあるように見えたので、そう考えるとあの時点で全てを語らなかったことは納得がいくのですが、
今作が完結編であることを踏まえると、やはりモヤモヤが残る終わり方でした。
後で彼の件だけでも内容を補完してくれるといいんだけどね。
エデンの少女だけ読まされても自分には何も掴むことができませんでした。


②完結編としての結末について

終わり方だけ見ると、まるで殻ノ少女の最初に繋がるかのようなループする形になっていました。
冬子の子供をどう使って終わらせるのか気になっていたので、この繋げ方は非常に上手い。
境遇的にも冬子本人と似たような形にちゃんとなっているんですよね。

冬子:ドラマCDでも分かりますがある地点でそれ以前の記憶を失ってしまうので自分の出自が気になる
色羽:物心ついた頃には孤児として佐枝の家で育てられたので自分の出自が気になる

冬子の子はちゃんと冬子なんだよなあ……。
何故か運命を定められたかのように血液型までボンベイ型にされてるのが凄いと思いました。
この結末だけは最初に考えていたのか、それとも後から思いついたのかは分かりませんが、
自分としては完璧だと思ってるし、trueに相応しい内容でした。

色羽が直感的に時坂さんのことを自分に関係のある人物だと理解しているのがグッときますね。
作中だと未散もそうですが、直感的に親を理解しているシーンがあるととてもほっこりとした気持ちになってしまいます。
自分がこういう出自だったわけじゃないので分かりませんが、なんとなく雰囲気で分かるものなんですかね。
まあこの2人は特別勘が鋭そうなキャラクターなので当然と言えば当然なのかもしれませんが。

朽木冬子本人は殻ノ少女中盤以降いないのに、残された人間は冬子の存在にこれだけ振り回されてるってのが好きです。
夢の中やドラマCDにしか出てこないのにこれだけ存在感があるヒロインというのは中々のもの。
この作品自体少々特殊な作品ではありますが、それでも冬子の存在感は本当に大きいものなのだと改めて思いました。
残された人間が冬子との関係を清算するのにこれだけの時間がかかっているということでもあります。


③茅原冬見について

正直自分がシリーズ3作を通して一番好きなキャラクターです。
まず見た目があまりにも好き。
砂月の時点でもう好きでしたが、冬見さんとしてのキャラクターも好きだし、今作の活躍ももう好き。
適当に生きているように見えてちゃんと芯が通っているというか、かなりしっかり生きている人なんですよね。
雪子や未散に対する彼女の気持ちを見ていると余計にそう思えてきます。
親になることへの覚悟というか、自分が育て切るという強い気概を感じるというか。
虚ノ少女で雪子を天恵会へ売ったのを言われたときの演技が本当に好きでした。
育ての親として、本当に雪子が好きだったんでしょうね。

月世界で三角関係(?)を応援するところも好きです。
最終的に杏子と結ばれるのは魚住だったことは結構驚きでした。
可能性はあると思ってましたが、殻の時点ではそんな感じは微塵もしていなかったので。
時坂さんは囚われているものがあまりにも多すぎるし、結局は傷の舐め合い以上の関係には進めないのかもしれません。
ステラの件もあるし、そういう人間になってしまっているような気がします。
それが悪いわけではないのだけれども。

今作は何と言っても、虚ノ少女では殆ど見られなかった現代真崎さんとの掛け合いがあるのが素晴らしいですね。
曲がりなりにも昔お付き合いみたいなことを一瞬でもしていた関係なので、お互いにそれなりの好意はあるはず。
しかしながら真崎さんが過去を過去と割り切って紫に近づいているように見えるのと、
冬見さんは一周回って真崎さんとは恋人まではいかない昔からの友人のような関係になってしまっているので、
2人が結ばれる未来は描かれている範囲では想像することができませんでした。
自分は大変お似合いだと思っているので、勿体ないなあと感じるばかり。

いくら2人で納得しているといっても、時間が経てばその先に進んでも良いと思うんですけどね。
喫茶店で真崎さんのことを聞かれた冬見さんは満更でもなさそうな反応だったし、
たまに楽しそうに過去のことを持ち出して真崎さんをいじろうとしてるし、
グランド√では昔の分け目に戻した冬見さんを見てえらく動揺していたらしいという描写もあります。
正直これには自分もかなりドキッとしたのですが、真崎さんは尚更過去を思い出すきっかけになってるのでしょう。
もうあれから何年経ってるのかもよく分かりませんが、相変わらずめちゃめちゃ美人なので、まだまだイケると思うんだよなあ。
こういう性格だからこそ、近くに昔の恋人がいても平然とイジれるのかもしれませんが。


④前園静について

今作初出でしたが、そうとは思えない圧倒的な存在感を放つ一人でした。
犯人として検挙され殆どが面会相手としての活躍でしたが、それでもなお彼女が放つオーラは凄まじいものです。
結局腕のある人間は強いんです。ちなみに切断する方の腕ではありません。

芸術家としての凄まじい執念、贋作を作ることへの情熱、主にこの2つだと思いますが、本当に素晴らしいです。
美術館に飾られているものが全て贋作なんていう突拍子のない設定を投入できるのも前園静のおかげ。
間宮心像の未発表の新作が見つかったなんていう事件性を投入できるのも前園静のおかげ。
あの六識命が本物と見間違えるほどの殻ノ少女の贋作を作れたのも前園静のおかげ。
こう考えると彼女の腕の異次元さがよく分かります。
あまりの強キャラ感に序盤からすぐに好きになってしまいました。

ただ(今作に出てくる)芸術家というのは大体どこか狂っているもので、彼女もその一人でした。
妹がああいう状態という設定がもう仕方なくはあるんですが、見立て殺人を次々に起こしていたのも事実。
これが殻ノ少女シリーズ恒例の芸術性の表れではあるんですが、物騒なことには違いないですよね。
自分は最初は正直怖かったですが、見立て殺人はだんだん芸術としての美しさを感じるようになっていきました。
ある意味フィクションだからこそできる、芸術における最高の表現方法のようにも思えます。


⑤『固執』について

「その人がどうしても決着をつけたい何か」をパラノイアと呼ぶのならば、
今作では主要人物についてはある程度この決着がついたのではないかと思います。

ただ、可哀想なのは八木沼と朽木文弥ですね。
八木沼は六識命に振り回されただけで終わってしまっているし、
(六識命は結果的に逮捕できたとはいえ)姉は一生帰ってこなくなる結果となりました。
ある意味生きている姉に囚われなくなったと言えば聞こえはいいですが、
六識命がまともな治療を施していれば本当に意識が戻った可能性もあります。
尤も出まかせの可能性が高いので、それだけ八木沼の意識が姉に執着していたとも考えられますが。

文弥さんは冬子に対する歪んだ愛情を抱えており、それが結果的に『天罰』や絵画『殻ノ少女』を傷つけることに繋がっています。
作中で具体的に描かれていないので分かりませんが、先の2つは彼の犯行でほぼ間違いないでしょう。
『天罰』を盗んだのは冬子への固執から。
『殻ノ少女』を(衝動的に)傷つけたのは冬子によく似た人物が四肢を切り取られており過去を思い出させるから。
元々こんなキャラだとは全く思っていなかったので少々驚きでした。
八木沼の一件もそうですが、シリーズを通して出てくるのに多くを語られないキャラクターだったので、ある意味スッキリした気分ではあります。

六識命のパラノイアがどうなったのかは正直よく分かりませんでした。
子宮などの臓器を食べるシーンがありましたが、彼の目的はこれだったのか、それとも"治療"の方だったのか。
贋作を見ただけで満足したとは到底思えないし、胸像に相当拘っている様子はあったので、彼の本当の気持ちは少々気になりました。
これも結局彼が死んでしまったので全てを描かれずに終わっているポイントですね。
長さに限りがある上、全部が全部を描くと冗長になるので仕方ないですが、結論を投げっぱなしの場所はやっぱりちらほら出てきますね。
こういうのをドラマCDでやってくれないかなと考えていたりはします。
虚ノ少女のドラマCDは雪子の内面がよく分かる内容だったので、今回も誰かの内容を補完するようなドラマCDを出すのかな。