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nezumoさんのFLOWERS -Le volume sur ete-(夏篇)の長文感想

ユーザー
nezumo
ゲーム
FLOWERS -Le volume sur ete-(夏篇)
ブランド
Innocent Grey
得点
90
参照数
4321

一言コメント

前作と比較してかなり面白かった。だがそれと同時に、「蘇芳ちゃんよりえりかちゃんの方が圧倒的に主人公向いてるな」なんて考えもよぎってしまったのはとても悲しい話である。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

イノセントグレイ百合ゲー枠の2作目となる今作
正直あんまり期待していなかった、と言えば嘘になるのだが、前作は個人的にはあまり楽しめなかったので、まあ今回も絵と音楽で買うんだろうという気持ちで惰性で買ったのは事実だ
前作についてこの場では何も書いていなかったので今のうちに適当に書かせてもらうと、「挑戦したのは良いものの、色々とおざなりすぎる」という感想だった
推理パートに高度な専門知識を要求する点、そこで急に探偵ぶり始める蘇芳ちゃん、まるでおまけのように扱われる立花委員長…
まあこれじゃあ次回作もどうせこんな感じだよねと、自分はそう思ったものだった
勿論良い所はあった イノグレ独特の雰囲気作りの上手さ、曲の優良さ、CGの綺麗さなど、褒めるところも沢山ある
それだけに前作は非常にイノグレらしくないという印象だった
あんまりこんなことは言いたくないのだが、カルタグラと殻ノ少女に挟まれたピアニッシモのような、そんな出来だと自分には映ってしまったのである


まあ長々とこんなこと話していても仕方がないので本題に入らせていただくと、控えめに言ってあんまり面白くない前作を払拭するかのような出来だったと思う
いや、完成度自体はそこまで変わっていないのかもしれないが、何より主人公にえりかを選んだことが功を成しているのだろう
ここから先は、前作の主人公だった蘇芳ちゃんと今作の主人公えりかの行動について比較しながら、今作の良さについて書いていきたい

まず、2人の性格について見ておこう
言うまでもない話だが、蘇芳ちゃんは大人しく、そのくせ真面目であまり裏がない女の子である
それに対してえりかは、周りを見て行動できる頭のいいタイプだ その場において最良だと思った選択をするし、嘘つくことを躊躇わない
イノグレの探偵作品的にはおそらく前者の主人公が多いと思う しかしこのシリーズに関しては話は別だ

まず、蘇芳ちゃんの普段の思考や行動を見るに、彼女は探偵に見えるようなキャラクターには見えない
確かに頭は良いかもしれないが、皆の前でべらべらと真実を語り通すようなキャラクターではない
この点は声優のチョイスなども関係している可能性はあるが、まあそういうことである
普段大人しめな蘇芳ちゃんが一定の事件が発生すると急に饒舌になるというのは、如何なものかと思ったものだった

対してえりかは、いわばそういう探偵ごっこが非常に似合う子だろう
独特な言い回しや日々の言動を見ても、その事実は明白だ 彼女が事件1つ解決したところで誰も驚かないし、むしろ自然だろう
意外性という意味では蘇芳ちゃんに軍配が上がるが、それではプレイヤー側が置いていかれてしまうだけなので、やはり素で探偵気質が備わっているキャラクターに解決させるのが良いのではないか
おそらくこのシリーズ、1本ごとに視点が変わると思うので、こんなこと言ってられるのも今のうちかもしれないけれども
結局何が言いたかったかというと、「ゆるめの事件だとは言え、えりかは解決役に非常に適任であり、こちら側も読んでいて非常に面白い」ということだ

性格が違えば当然行動や思考回路も違う
蘇芳ちゃんは真面目なタイプの女の子なので、考えた通りに行動するだろうし、場を考慮して複数の選択肢から最良の行動を決定するなどの能力はあまり高くない
それに加え、やはり大人しいと言うことが影響して、行動力が足りていない この辺の潔さは、読みにくさや飽きを加速させてしまうのではないかと思う
まあそれが蘇芳ちゃんの性格であるし良さなのだが、見ている側としてはもう少し刺激を求めたくなってしまうのは仕方がないことだ

対してえりかは、やはりこの点が有能だ 自分の行動でこの場がどう動くかをきちんと分かっているし、その上で行動するので、見ているこちらは非常に面白い
「軽くだけど周りの行動が見えてくる」という表現が正しいだろうか、とにかくえりかは頭が良い
春編ではミステリーに満ちたキャラクターだったが、まさにその通りである ここまで頭が良いと、逆にこの子の思考に穴がないものかと探してみたくなる
(実際本編では少しだが周りに一本取られている場面はあるが)
そして、やはり行動力がある 事件があれば自ら受けに行くし、現場だった場所にもきちんと行く
おかげでこの点でストレスが溜まることはないし、「行動力のあるカッコイイ主人公」という印象を強く受ける 男じゃないけど男みたいな、そんな感じだ


話を変えて、推理パートについて書いてみたい
前作の推理パートは先述したように、非常に専門的な知識を要求され、作中のヒントだけでは到底答えにたどり着けないといったことが多く、萎えた人もいるかもしれない
まあ自分は攻略サイト様に頼りながらいつも進めているのでそこのところは気にならなかったなんて話はどうでもいいか
対して今作は、少し特殊な形式をとっている
これはおそらくえりかの性格を考慮したからだろう 今作には2つの推理パターンが存在する

・とりあえず場を収めるために、かなり理屈の通ったそれっぽい推理をする
・真実にたどり着くための本気の推理をする

これはえりかにしか出来ない特有の行動パターンである
秋編以降どうなるかは分からないが、イノグレのミステリーにしても、普通のミステリーにしてもそうだが基本的には後者の真実探究推理だけで良い
前者は状況が限られるし、何より何の罪もないはずの探偵が無理やり上手い嘘をついて逃れる理由が見つからないからだ

今作において前者の推理が使われるのは、「真犯人をえりか自身が隠したいと思っている」という状況においてである
推理自体は完全に嘘なのだが、本当に筋が通っていて、それに加えて責任をある特定の個人に押し付けないようなものになっている
えりか自身のお節介推理ではあるが、この点は本当に感心した えりかというキャラクターを生かした、上手いシステムだなあと思う
まあその分推理パートが難しくなるのは御愛嬌だ 上手く筋の通った嘘を真実を詳しく知らないプレイヤー側に考えさせるのは、少し酷な内容ではある
そう考えると、課題点に関してはこちらの方は前作とそこまで変わっていないような気もする

後者の推理に関しては、前作と比較すれば大分分かりやすくなっていた
まあそもそもイノグレの推理と言えば難しいことに定評があった時代もあったわけで
簡単にする必要はないけれども、流石に専門知識の要求は度が過ぎていたし、その点が改善されただけでも大分マシである
推理に関しては全部で3つ、先述した2通りの推理パートがあるのが2つで、後者のみのが1つになる
ちなみに後者のみの推理は、完全にやられたという感じで自分は答えにたどり着くことができなかった(結局攻略サイト様に頼った)
選択肢見て絞り込むことは可能だと思うので、この推理パートを自力で攻略する楽しみは戻ってきたと捉えるべきだろう


ストーリーの中身について書いておきたいので、以下少しだけ√別の感想

共通√

千鳥が転校して入ってきてえりかのアミティエとなり、2人が徐々に惹かれあっていく様子がメインで描かれる
日常会話の掛け合いなんかは見ていて非常に面白い えりかと千鳥はお似合いだなんて描写は本編にもあったが、まさにその通りだ
なんだかんだで会話は噛み合っているし、お互いが気を使っているのが伺える
えりかが高いコミュニケーション能力で引っ張っているという捉え方もできるが、千鳥にも魅力はあるので、一概にはそう言えないとは感じた

ここで気になったのは、えりかと千鳥の2人が完全メインで物語が進行する訳ではなかったということだ
というか、えりかが一方的に気にしているだけという感じではあるのだが、やたらと蘇芳ちゃんに固執しているのである
あとはダリア先生もそうだろうか、風呂の設定はおそらく前作からあったものだろうが、やはり出番が多すぎる気がしなくもない(一応メインヒロイン?そんなことは知らない)
蘇芳ちゃんに関しては、アミティエを急に失った書痴仲間(えりか風)であるし、前作の主人公であることもあって比重が置かれているのは分かる
しかし、おかげでえりかと千鳥の関係の変化が深く描写されていないのも事実だ 丁寧な描写ではあるけれども、深みという意味ではもう一歩踏み込めたのではないかとも感じてしまう
ただ前作の主人公を切り捨てて存在を殺したりすることなく尊重する姿勢は普通に好きなので、このあたりはバランスの問題だろうか
そもそもミドルプライスでここまでやってくれていることを考えれば、これで正解だとも十分に言えるかもしれない

その他、えりかと他の同級生や先輩との会話も面白かったし、純粋に読み物として飽きずに読めたという印象が強い
前作を途中でダレる作品と評するなら、こちらはダレない作品と評するべきだろう 非常に面白かった


恋人END

恋人になって過ごすという形で終わるので後味は良い
ただ、恋人エンドなのにイチャラブが少ないというのは如何なものか
この課題点自体は全ての√に言えるけれども、とにかく前作に引き続きイチャラブが少ないというのはマイナスポイントに成り得てしまう
まあ、推理パートなどの要素をつめつつ、百合ゲーをミドルプライスで展開する以上、このあたりは仕方ないのかもしれないなあとも感じるが、流石にキス2,3回で終わるのは百合ゲーとしてどうなのと思わなくはない


友達以上恋人未満END

お互いに最後の一歩を踏み出せなかったという形で実現するこのエンド
友達以上ではあるが恋人にはなれていない、だが2人は新たな関係を手に入れた それが「家族のような存在」だ
えりかは家を追い出されたかのようにこの学校に来た上、今までずっと一人で生活してきたので、無意識に家族を求めてしまう部分はあったはずだ
結果的に別れという形で終わっているけれども、それでも家族のような存在であり続けようと誓う様は、物語として非常に綺麗だったと思う


離別END

前作のマユリ√を踏襲したかのような終わり方だ
突然のさよならを告げられ悲しみに暮れるしかなくなった前作の蘇芳ちゃんのように、今作のえりかもまた、アミティエがいなくなる悲しみを知る
前作と関連を持たせたうえでこのようなエンドを作る姿勢は素直に評価できるし、前作の余韻が思い出されて中々に良い
尤も前作は個人的にはあまり面白くないという評価なので余韻は薄めだったけれども


ダリアEND

えりかの憧れであるダリア先生に告白し、振られるだけのエンド
前作の立花√と比較しても、こちらの扱いは更に悪くなっているように思える
まあそもそもダリア先生をヒロイン扱いするかどうかの問題だが、今作はあくまでもえりかと千鳥がメインだと自分は思うので、このエンドに特別な不満を持っているなどはない
尤も、やるならやるで結ばれて欲しかったとは思わなくもない
せっかく作った先生√の正規が振られるもので、しかも他に√がないというのは、ファンを見殺しにしているようなものだとも捉えられてしまうからだ
あと少し深めに作ってほしかったなあ程度の不満が残るような、そんな終わり方だった


TRUE END

内容自体は恋人ENDとそこまで変わらない しかし、後味の良さが増している
歌という形で出会った2人が、一緒に歌いたいという気持ちを共有して終わる
これはつまり、えりかという基本的に自分を曲げない主人公が、千鳥という人間を心から肯定した証拠だろう
恋人ENDではここまでの心の通じ合いは語られなかったし、こう考えると非常に尊いエンドのように思える
まあ実際自分はこのエンドにとてつもない尊さを感じているわけだが
相変わらずイチャラブは少ないけれども、四季シリーズの1つとして上手く完結させた良い終わり方だったと思う


音楽とCGについては今更話すことはないのだが、信者なので書いておくと、やはりここの良さはイノグレの魅力としてここまで残り続けている

春編の主題歌は百合ゲーの最初と言うこともあってかそういう部分を強調していたのであんまり心に響いてこなかったのは事実だが、今作は素直に良い曲として聞ける
ED曲も作中の千鳥の曲と言うことで余韻も深く、18禁のイノグレのような余韻を感じることができる
BGMに関しては今作も褒めることしかできない MANYOさんの魅力としてやはり注目しておきたいのは、バイオリンアレンジとピアノアレンジだ
主題歌とED曲両方に存在するが、作品の雰囲気が出ていてとても良い 良いと言うことしか出来ないのがもどかしいがやはり良い
そもそもBGM自体ピアノとバイオリンがメインなので、この2つの楽器をメインに作られるMANYOさんのBGMが非の打ち所がない、素晴らしい雰囲気を感じさせてくれる

CGについて言うならば、前作同様薄めの塗りであるという部分だろうか
前作の段階だと薄すぎくらいに感じていたこの塗りも、FLOWERSというシリーズにはこの塗りが最適であることは今作をプレイすることで理解できた
この薄い塗りが作品の独特の雰囲気を作り出していることは言うまでもないだろう

その他、今作も全く同じ選択肢を選ぶのに周回プレイを強いられる構成となっているが、選択肢スキップがあるので幾分か楽だ
前作の時はコレに気づかなかった自分を恨むが 虚ノ少女の時なんか涙目でスキップしてた覚えがあるので、この機能については今後とも続けて貰いたい
選択肢つながりでもう少し話すと、前作にもついていた選択肢を選ぶたびに右側の葉が黄色か緑に光るシステム
確かに分かりやすくはあるのだが、大まかに言って千鳥かダリアか、という選択肢以外はあまり意味を成さないので微妙かもしれない
とはいえやはり攻略においては大分ありがたいシステムである


まとめ

プレイして一番感じたのは、「殻ノ少女3(仮)も待ち遠しいけど、このシリーズはこのシリーズでまだまだ続きが気になって楽しみだ」ということ
殻も虚も100点をつけるほど信者な身なので殻3を滅茶苦茶期待しているのは言うまでもないが、このシリーズもまだまだ戦えるなあと思わせてくれた作品だった
春編の滑り出しは個人的には順調だったとは言えないが、夏編の挽回を見るに、秋編がそこまで悪いものにならないことは予想できる
尤もこれも主人公次第だが、作品を見るに蘇芳ちゃんほど真っ直ぐで真面目で、かつ気弱なキャラはいないと思うので、おそらく心配はいらないだろう
引き続き音楽、絵に関しては同じクリエイターがつくだろうし、ここについても心配はいらない

まだまだ読み物として戦える全年齢作品のFLOWERSもこれからも応援していきたいと思う
願わくば、えりかという作品トップクラスの思考力と行動力を持ったキャラが主人公だったからこその面白さだったとはならないように
まあどうせ絵買いするから関係ないですけどね…いや、こんなこと言ってるけどめちゃくちゃ応援してるから!!

そういう訳で、佐倉綾音と洲崎綾の組み合わせは中々良いなと認識できた、声豚の日曜の午後でした