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nezumoさんの-atled- everlasting songの長文感想

ユーザー
nezumo
ゲーム
-atled- everlasting song
ブランド
FLAT
得点
94
参照数
765

一言コメント

当たり前を失ったヒロインたちが、未来への希望を抱く物語

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

この作品は、全体を通して「当たり前」や「普通」というテーマと、真剣に向き合うことが出来ていたと思う
家族ってどういう存在なんだろう、友達って何だろう、自分の居場所ってどこなんだろう
こういう疑問は、普通に過ごしていれば出てこないのが普通だ
家族がいて、友達がいて、自分の居場所がある、ごく当たり前にそれがある状態だと、こういう疑問は出てこない
当たり前の大切さに気付かないのだ 当然、もう一度良く考えろなんて言われても、自分だって実感が沸かない
しかし、この物語のヒロイン達は、主に家族を失っている、その中で、家族との向き合い方、友達との向き合い方を見つけていく
最後に出す答えがどういうものであろうと、それは彼女たちが必死に悩んで出して結論なのだ
そして最後には、過去を振り返ることをやめて、未来に希望を見出すのである

今作のタイムリープ設定は、基本的には非常に上手い使い方をされていたと思う
彼女たちは大切な人を失っている その人たちに会いに行き、やりたいことをする
この表現にタイムリープを用いたのは非常に秀逸だった
これだけで良いのだ タイムリープ設定の存在意義は、これだけでも十分に発揮される

しかし、後述するが、あまりにも設定を広げ過ぎたために、4章を使って回収せざるを得なくなった
だがこの作品はそれすらも生かした、上手い展開を作っていたと自分は思う


1章

あおばと希さんの、母親と子供の物語
そして、あおばと晃司の、本当の愛の物語である

あおばは、大切な友人を救おうという確かな決意を持って過去にやってきた
しかしその願いとは別の方向に話が進む 捧げた大切なものが母親との思い出の品だったために、そういう物語へと変貌していく
対する希さんは、人生に絶望していた
仕事のことしか考えられない親がいて、楽しくもない人生を送る
こんな人生なんて何が楽しいんだと、親がいても良いことなんてあるわけがないと、毎日のように惰性の人生を過ごしていた
だから、あおばと対立した
産まれた時から親がいない、だけど産んでくれたことには感謝し、人生を精一杯生きたいと思うあおば
自分を仕事の道具としか思っていないであろう親がいるということと共に、人生そのものに絶望している希さん
2人は決して分かり合うことはできないだろう お互いの境遇を、それぞれ身をもって体験したことがないからだ
しかし、あおばは両親がいるという境遇を体験することが出来ないのに対し、希さんは、大切な人を失うという境遇を体験する余地がある
信一の死を通して、ついに希さんは経験してしまう 大切な人を失う気持ちを
あの時泣くことが出来なかったのは、初めてこういう気持ちを感じたからなのだと思う
そして初めて気づくのだ 大切な人を失った時の悲しみ あおばが今は無き大切な親に感謝する気持ち
そして自分が感じた悲しみを、一生懸命に生きているこの子には絶対に感じさせまいと、精一杯に生きることを決意するのだ
一生懸命に生きているあおばに魅了された部分もあるのだろう 精一杯に生きるというのは、とても美しいことである
結局、人間は失って初めて分かるものである そしてその気持ちを忘れずに、生きる糧にするのである
それからの希さんは、最高の母親だった これほどまでに一生懸命になれるのも、希望をくれたあおばのおかげだ

晃司は、レールの上を歩く人生に疑問を感じていた
レールの上を歩く人生は確かに楽だ だけどどこか物足りないような、そんな何かを感じるのだろう
そこで、何も考えずに、ただ友達のことだけを考えて過去に飛んできたという少女に出会った
彼女は何も知らない、何もわからない土地で、自分の目的を遂行することを諦めようとはしなかった
だから自分もその子を助けたいと思った そして、自分にはこの一生懸命さが足りなかったのだと、気づくのである
あおばもまた、何の準備もなく飛んできたこの世界で、どうしてこんなに自分を助けてくれるのかと、晃司を疑問に感じる
だが、この時点で2人の愛は成立しているのである
愛というのは、互いに支え合い、互いを思い合う関係だ
この時点であおばは晃司を全力で必要とし、晃司もまたあおばの一生懸命さに魅せられ、自分も頑張ろうと決意する
2人は結ばれる以外にありえないということが、この時点で決まっているのだ
1章はこれから先も続く、2人の愛の物語の冒頭でもあるのだ

そして2人は一生懸命に生きて、新しい未来を作り出す
過去に戻ってきた人に変えられないのならば、過去に生きている自分たちの手で未来を変えてしまえば良い
一生懸命に生きる人の希望は、未来をも素晴らしいものに変貌させてしまうのである
また、どちらにも共通していえるのは、あおばが希さん及び晃司に希望を与えたということ
1章は家族の物語であり、恋愛の物語であり、希望の物語でもある
最後のシーンは、自分も涙を流さずにはいられなかった


2章

新しく作られた世界で、麻智が興味本位で本を開き、母親に会いに行く物語
この章は、麻智の物語のバッドエンドである
だが、このバッドエンドがなければ、4章の感動には昇華されないであろう
確かに新しい世界の麻智は消えてしまってもういない
だが、やはり展開上は、この回のリベンジを兼ねているのだ

興味本位で母親を探しに行ったはいいものの、5歳のあおばを死なせてしまうかもしれない状況に陥る
ここで彼女はこう思ってしまう
自分がいたからあおばが死んでしまう 自分はやっぱりいらない子だったんだと
彼女にとって、捨てられること、すなわち存在価値を否定され、独りぼっちになることが何よりも怖かった
自分が消えればこの現実もなくなるのなら、そうしてしまうのが一番早いと、そう思ってしまったのだ
彼女が弱いわけではない だが、彼女は強くはなかった
そして麻智は新しい世界で、幼少期の自分と共に消えてしまう
彼女が過去に戻るのには彼女は弱すぎたのだ 実質リベンジして強くなって戻ってきた物語が、4章の麻智である
そこでの麻智の成長も、この作品の魅力の1つと言える


3章

古い世界で逢留が本を開き、大切な人に会いに行く物語
逢留も麻智と同じく興味本位だったと思う だが逢留の決意は確かなものだった
祥ちゃんに会いたい、その気持ちは人一倍強かったのだろう
しかし、その過程で本来知るはずのないことまで知ってしまう 結果的に祥ちゃんも死んでしまう
だが、これは彼女が罪を償い、これからを一生懸命に生きるという動機づけには十分だった

「時計ウサギさんが連れてきてくれたとても不思議な国は、夢とか希望とかそういうものはどこにもなくって
 悲しい人たちが暮らす寂しい国だったかもしれないけど、逢留に…ありすにとっては大人になるために必要な旅だったって…」

3章の一部であるが、この文章は3章のテーマを如実に表しているように思う
確かに逢留は祥ちゃんに会いに行き、最後の再会を果たしたと思う
しかしそんなことよりもやるべきことが出来たのである
彼女は麻智を偏見でいじめていたことを悔い、その過去から逃げようとせず、現実と向き合うこと
これが一番すべきことであるということを、身をもって実感するために必要だったのだ
そしてまた、麻智をいじめることで、無意識のうちに自分の存在価値を見出していたことにも気づく
結局、逢留も孤独が一番怖いのである 誰かと繋がることが出来れば、たとえそれがどんな形であってもそれでいいと、そう思っていたのである
麻智もまた、いじめられることで自分の存在を確認していた部分があった
逢留も麻智も、独りぼっちが怖いのである そして、それに悩んでいたのである
そう、みんな悩んでいるのだ 悩みの形はどうであれ、誰もが悩みを抱えているのだ
3章の最後のシーンは、逢留が本気で友達として麻智とやり直したいと、そういう気持ちを書いた部分だ
その気持ちに偽りは無い 彼女は確かに麻智の全てを受け入れて、今度は友達でいようねと、そういう気持ちを抱いたはずだ
そこで初めて、施設で知り合ったということや、いじめるいじめられるの特別な関係ではなく、本当の意味での、普通の友達関係が出来上がるのである


4章

1章~3章を通して、古い世界、新しい世界の両方で、過去に飛ぶということを通して、世界の整合性がズレてきている
それを一生懸命に回収すること そして、未来への希望を確認すること それが4章のテーマだ
勿論、その中には、麻智が過去と決別することも含まれている

序盤は、希さんの生き様の延長線上の物語である
あおばに希望を貰った希さんは、ここでも限られた時間を出来る限り活用し、未来への希望を託していく
その気持ちに決して迷いは無い どうすればあおばが少しでも幸せになれるか それだけを考えて1日を生きていた
希望を持って一生懸命に生きている人は本当に強い
この時の彼女には、過去のような、惰性に生きようという気持ちは片鱗も残っていなかっただろう
そして最後に消える瞬間には、あおばに最後のメッセージを残すのである
過去を受け入れて、自分を愛して、未来への希望に繋げて行けと
あおばの歌には、確かに人々に希望を与える力があるのだと
こうして希さんは、親としての人生を全うした
こんなに素晴らしい母親としての生き様は、そうそうお目にかかれないであろう
繰り返してしまうが、希さんは間違いなく、最高の母親だったのだ

中盤は、逃避行物語だ
タイムリープ、平行世界、この2つのジャンルを生かした面白い題材だった
だが、この作品でやることだったかと聞かれれば答えるのは難しい
必要であったともいえるし、単にテーマを伝えるだけならば、必要なかったとも言える
広げ過ぎた伏線の回収には必要であったし、実際にこの部分も自分は楽しんだ
そういう意味では、シリアスな物語の間に挟む逃避行物ということで、良いスパイスになっていたのではないかとも感じる

終盤は、登場人物の気持ちが交錯する、希望の物語
自分を犠牲に相方、及び大切な人をもう1つの世界に送るという、自己犠牲が多く見られた
簡単に自己犠牲と言ってしまったが、これはそう簡単に出来るものではない
確かな決意を持ち、決して後悔はすることなく、送る人を心から信じ、未来への希望を託さなければ、為し得ないことなのである
テルサさんは、素晴らしい未来を作ってくれるという確信と共にあおば達に希望を託し、自分を犠牲にした
古い世界の七恵さんは、逢留に希望を託すとともに、平行世界の自分を信じて自分を犠牲にした
優作は、麻智に夢を貰い、その人のために何かできるならそれが本望だと、彼女に精一杯の感謝を込めて、自分を犠牲にした
全員とも、それだけの決意を持っていたのである
そして残された人は、希望を未来に変える義務を背負うのだ 彼らの犠牲を、決して忘れることなく

結末部分では、麻智の気持ちにも終止符が打たれる
母親にずっと聞きたかった、「自分を愛してくれているか」ということ
だが、栄さんは、迷わずに答えたのだ

子育ては確かに大変だけど、産みたくて産んだんだから、辛くても頑張れる
麻智は世界でたった一人の、かけがえのない宝物だと

こうして、麻智と母親の物語も終結する
彼女は決していらない子なんかじゃなかったのだ
親に必要だと言ってもらえればそれでよかった その一言だけで、彼女はこれからも頑張り続けられるだろう


5章

審判を無事に通過し、あおばが子供を産む物語
晃司の医者になった目的の終結 また、あおばと晃司の新しい人生の始まり
カエラちゃんの人生も、新しい始まりを迎える
逢留が声を失うという展開こそあるものの、基本的にはこれが一番正解の形なのかなと思う
未来を創る者として、子供を授かり、これからも歌い続けることを決意したあおば
過去を償う者として、自ら声を無くす道を快く受け入れ、また社会にも献身することを決意した逢留
現在を繋ぐ者として、過去と決別し、2人と共に精一杯生きていくことを決意した麻智
ここで彼女たちは初めて、本当の意味で1つになれたのである
3人いて初めて1つなのだ そして互いに支え合いながら、友達として、それぞれの役割を確立していくのだ
たったこれだけのことかもしれない
しかし、それは彼女たちにとっての全てであり、生きる希望となったのである


音楽

どうしてこんなに良曲揃いなのか理解に及ばない
曲良し、タイミング良し
完全に泣かせに来ている 
ちなみに自分が一番好きなのは主題歌のtimecrossだ


総評

感動した、そしてとにかく泣いた 
家族、友達、居場所、過去、未来、希望 様々なジャンルが上手く調和して、この作品を作り上げている
当たり前を失ったヒロインたちが、自分なりに結論を出し、未来に向けて希望を抱くこの作品は、自分の心にも本当に良く響いた
どうしてこんなにも彼女たちの生き様に感動したのかは自分でも分からない
でも確かに、このゲームには登場人物の真っ直ぐな心があり、一生懸命に生きる姿がある
もしかしたら、今後人生で立ち止まってしまった時、この作品が自分を助けてくれる日が来るかもしれない
そう、確かにこの作品は、自分にも希望を与えてくれた
そして、この作品は間違いなく、自分にとっては忘れられないものになった