めんどくさい女とそれに振り回される主人公たちを最後まで書き切ったということそのものが既に凄い。心理描写がとにかく秀逸で、この先が辛いとは頭では分かっていながらもクリックが止まらなかったし、うまいように掌の上で踊らされてしまったような気さえする。長文感想は主に和泉千晶について。
雪菜とかずさについての議論はもはや言い尽くされているので、自分は主に千晶のことについて話します。
というのも、自分はこの作品を全部終えた上でやっぱり千晶√が好きです。codaを含めた他のどの話も差し置いて千晶√が好きです。
そうは言ってもどのキャラも魅力的だし、とにかくめんどくさい性格の女が多い。
けれどもそれは同時に女として、人間として価値観が完成されていて、おそらくこの作品に引き込まれたのはそれがあるからなのだと思う。
雪菜なんか分かりやすいし、ピアノを味方につけて戻ってきたかずさも勿論、麻理さんだって、なんなら小春だって一筋縄ではいかない。
心情を理解しにくいからこそ、理解しようと頑張ることに意味があるというか、分からないことに対する掘り下げに楽しみを覚えてくるというか。
そういうわけで改めて、初めてやった時自分が一番頭を抱えて、なおかつ一番感動してしまった千晶√について。
まず、千晶はこの作品では絶妙な立ち位置であるということ。
それは、3年前(というか高校時代)の3人の関係の傍観者であり、唯一3人が舞台の上で何をしていたかを分かっている人間であるということ。
ic1週目をプレイしていた時は、もはや自分にも雪菜とかずさの2人しか見えてないかったので、これが文化祭のひとつのステージであるとしか思っていなかった。
自分が舞台の上に立つ人間であり、かつ他人を演じる人間である千晶には、些細な行動のひとつひとつの意味を当てはめて心情を読むことができる。
2人でババ抜きをしていたシーンで春希が殆ど勝てなかったのも多分そのせい。要は他人をよく見ていて、他人をコントロールするのが上手い。
3人の関係をよく見ていた身としては、絶対に興味が沸いてくる。
これはプレイヤー側も同じだと思うし、むしろこの作品において興味を持てなければまずいところでもある。
春希に近づき雪菜に近づき、お互いの内面を引き出していくにつれて、いかに3人がめんどくさい関係を築いていたかを知っていく。
いくら他人をコピーする技術に長けていても、プレイヤーでさえ全部は理解できていないであろう三角関係を完全に自分のものにするのは無理に等しい。
無理だけど、あくまでも千晶は自分には出来ると思っていたし、その可能性にかけていた。
それが舞台の上で演じる者としてのプライドなのだと思う。結果的に舞台の外でも演技して生きているけれど。
沢山の人格があり、そのひとつひとつ全てが生きている、と考えれば、千晶はやっぱり不特定多数のプレイヤーと同じとも言える。
けれどもこの作品のヒロインとして出てくる以上はそれだけの意味があって、その一番主なものが「春希に恋をしている」ということである。
千晶を見ていて「絶対にこの女とは恋愛面ではお近づきになりたくない」と感じた人は多いかもしれない。
舞台のためなら人間関係すらも道具にしかならず、全て自分の勉強のために雪菜から春希を奪い、
その上で春希を自分無しではいられない身体に仕上げてしまった。
年が明けたと思えば急にいなくなり、春希の理想の女ではなくなる。
そこには和泉千晶ではなく瀬之内晶がいる。全ては愛すべき自分のために、自分の舞台のために。
他人の感情がどう動くかを分かっていながら、その動きにはまるで興味がない。
ただ「演技して打算的に春希に近づいたこと」と「春希を好きであること」は全く別物だ。
演技して作り上げた人格は和泉千晶であり、それは確かに瀬能千晶とは別の人間なのかもしれないが、
少し観念的な話になるが、そこに瀬能千晶の本物の心情が乗っていないとは限らないと自分は考えている。
というか居候生活最後のエロシーン、どう考えても千晶の方が未練タラタラだし、本音がダダ漏れ。
勿論肝心の春希には聞こえてないけど、小声で挿入してくる台詞の数々はプレイヤーに向けられた千晶の本音である(はず)。
かずさの真似をして話すシーンも、自分をかずさ(と雪菜)と対等な存在として認めて欲しいだけとしか思えない。
あとは、いくら打算的に近づかれようが結局春希は恋をしてしまったし、その事実に変わりはない。
そして、和泉千晶は恋愛面では最低なことを春希にしてしまっていたとしても、表現者としてはむしろ最高峰である。
他人には理解できない感性の中で生まれた、実際に当事者を落として勉強するという執念のような姿勢には、
怖いとか気持ち悪いとかそういう負の感情を全部通り越して、盛大な敬意を払わずにはいられない。
自分が和泉千晶が一番好きな理由のひとつでもある。彼女は演者としては本当に徹底している。
雪菜と春希両方に近づいて、春希の内面はほぼ完全に引き出すことができたが、逆に雪菜の内面の全てを理解することができなかった。
当たり前だけれども雪菜が何考えているかなんて分かるわけがない。
そもそも雪菜自身ですら分かっていなさそうだし、プレイヤーとしての自分も全く分からない。
和泉千晶と雪菜が言い合いをする場面があったが、今作で一番理解ができないところだった。
けれども結局は雪菜は仲間外れにされたくないだけなのかなとも感じた。
彼女は同じ人を好きになった女にまるで嫉妬しない。全て自分のせいで、そのくせ常に春希くんの幸せを願っている。
でも彼女はあの場面の自分の行動を演技だったと自分で言う。わけがわからない。
千晶には他人を自分のものにする才能があって、自分自身それを信じていたが、雪菜を前にしてそれは完全ではなくなった。
いくら理解しようとしてもしっくりこない。どんな人格があるかを分かっていながら、それらがどのタイミングで出てくるのか分からない。
才能のある演者として他人を見下す立場から、一気に雪菜という人間を追いかける立場になってしまった。
また、このあたりでは既に千晶自身の春希に対する愛情も確かなものになり始めているはずだ。
きっかけがきっかけとはいえ好きになってしまったから。春希に世話を焼かれるのが大好きだから。
薄々自覚はあったはずだけれども、それでも自分自身の感情を一番よく分かっていなかったと思う。
今までそうやって生きてきたし、なんだかんだで処女なので、つまりは男に真剣に触れた機会なんて今までにはなかったということ。
勿論それでも演技で隠し通そうとする。春希を好きになった女の演技をするようにして、嘘の中に本当を埋め込んでいく。
そして最後の舞台のシーン、ここだけで千晶の様々な感情が揺れ動いているし、本当に大好きなシーンのひとつ。
わざわざ「届かない恋」を学内に浸透させ、春希に打算的に近づいて、雪菜を理解しようと頑張って、自身の全てをかけた舞台のシーンである。
舞台の上で演技する者は、舞台の上では絶対に正直でなければならないし、それが全力で心から演じるということだと自分は思う。
舞台の下では嘘で塗り固められた人間であっても、舞台の上でだけは本当の意味で自身の全てをさらけ出してほしいと思う。
どんなに性格のねじ曲がった瀬能千晶だろうが、舞台の上では雪音を演じるただ一人の女の子へと戻ることができる。
彼女は雪菜の全てを理解できていないし、会えてないので当然だが雪菜に比べれば単純なかずささえも理解できていない。
その上で自分の思う「届かない恋」の裏側にある話の解釈を全力で演じて、それも今までにはないくらい本気で。
どれくらい本気だったかは作中の彼女の言葉を見ていれば伝わってくる。入れ込みようと下調べのやる気が尋常じゃない。
分かっていてもやらなきゃいけない時が今で、自分の心に決着をつける意味でも、そのくらい本心として人生の分岐点に立たされていたのだと思う。
だから結果として必然的に全力である自分の内面まで雪音というキャラクターに乗ってしまう。
雪音としての最後の告白は、舞台の下で見ている雪菜と春希だけに向けられたものにしかなっていない。
もはや演技でもなんでもなくて9割以上が本心なのかもしれない。
もちろん観客に見せているものは演技なのかもしれないけど、春希に映る千晶の姿が完璧な演技だったとは言い切れないだろう。
雪菜とかずさのようなキャラクターを自分の中に取り入れて、全力で春希に向かって告白する。
何があってもそれでもやっぱり春希のことが大好きで、たとえいくら演技の道が好きになろうが、それに負けないくらい春希のことが大好きだって。
雪菜と春希がカップルで会場に来たからこそ、舞台が本当に完成した。
雪菜がわけのわからない人間だったからこそ、人生で一番本気で舞台を完成させようと決意することができた。
2人に届けなければならない気持ちが彼女の全力となって、今自分が感じている「届かない恋」を舞台上から叫ばざるを得なくなった。
体調不良とかそんなものを言い訳にして舞台から逃げることを、自分自身が一番許さなかった。
この後自分がどれだけボロボロになろうが、全てを失おうが、これだけは絶対にやり遂げるという覚悟があった。
演技という題材は読み取る方も難しい。どれが千晶自身の本当の気持ちなのか分からなくなる。
その代わりとして、舞台の上でだけは演じる者の独壇場を作り上げられる。演技を通して自分という人間を表現することができる。
その点、最後に最高の舞台を見せて終わるというのは、単純に素晴らしく、そしてずるい。
舞台というフィルターを通してだけ本音を言える。本音だと春希が認識してくれる。
お金を取る舞台は見世物に過ぎないし、多分他の客は演技力にしか興味がないんだろうけど、当の本人はカップルでお越しの2人にしか興味がない。
どんなに春希のことが好きでも、面と向かって告白したところで絶対に信じてもらえない。
演じる者としての壁が自分にも春希にもかかってしまって、本物の瀬能千晶は舞台の外では出てこられないからだ。
言い方を変えれば、あの舞台が千晶と春希両方が信じることができた最初で最後の告白である。
だからこそあの舞台のシーンは最初から最後まで何もかもが美しい。
エピローグで付き合い始めても、お互いの関係は全く変わらない。
千晶は世話を焼かせるような自分を演じて、春希はそれに世話を焼いているような自分を演じる。
お互いに離れたくないって言えば済むだけの話なのに、一緒にいる理由がなくなるのが怖いから、あえてそれを行動で作りだそうとしている。
このちょっとだけ変わった恋愛関係は一生このままなのかもしれないし、そもそもこれが本心だとも言える。
でもこれで全く構わないし、そもそも2人が納得しているんだから、恋愛としては十分に完成されている。
自分はこの気持ち悪いくらいに完成された、表現者としての千晶の人間性が大好きである。
その上で、この千晶の人間性と春希の性格が生み出した、名前の付けようがないような2人の恋愛関係が大好きである。
それをどうにか言葉にしたいなと思って右往左往して、結局よく分からない感じになってしまったのはちょっとだけ悔しい。
今作の本旨である三角関係とは外れてしまうが、この作品はやっぱり千晶が一番だと自分は思う。
三角関係があったからこそ雪菜との決別も含めてこの千晶√が魅力的に映ったかもしれないし、そんなことを考え始めるとどうしようもないが。
とりあえず千晶の話をしたかったので感想の本題としてはこのくらいで。めんどくさい子だけど、それが好きなんです。
…面と向かった言葉以外のもので何かを表現するような人間が単純に大好きなのかも。
余談
こんなにすごいもの見せられて千晶だけで終わるのは勿体ないので他の要素についてもちょっとずつ書きます。
なんだかんだで全部大好きだし、冬の時期にプレイできて良かったと素直に思いました。
雪の降る季節はホワイトアルバムの季節…という洗脳のような綺麗な言葉を無事に受け入れられた気がします。
①小木曽雪菜について
雪菜というキャラクターは正直「振られているのが一番似合う女」だと感じた。雪菜trueが好きな人にはごめんなさい。
3人でいたい。けど自分が一番じゃないのは許せない。けど3人じゃないのも許せない。
おそらく高校の時から雪菜trueまで、なんにも変わってないんじゃないかと思う。ちょっと寛大になったかそうじゃないかの違いだけ。
かずさの影を引きずり続ける限り、本当の意味で春希だけを見ることが彼女には不可能だ。
「3人でいたいけど、かずさといたいけど、春希君は私だけを見てほしいけど、かずさのことも大切にしてほしい」
内面的には多分これくらい矛盾だらけだと思うが、要するに雪菜が春希と結ばれようが変わったのは形だけである。
その点、めんどくさい女キャラクターとしての立ち位置は絶妙であり、ccもcodaも、全てにおいて失恋シーンは心を抉られる。
別に雪菜と結ばれることを望んでいないのにもかかわらず、雪菜を切り捨てることだけはなんとなく耐え難いことをしている気分になる。
特に小春√での彼女の失恋シーンは素晴らしくて、絵になるか言うレベルじゃない。実際に泣いてしまった。
春希には笑顔で手を振れるのに、小春の前では泣いてしまう。最後くらい笑顔で春希を任せることすらできない。
自分が認めた女であると同時に、小春には敵わないと思ってしまったと同時に、自分の中で春希との今生の別れを誓ってしまったから。
あとは、今後この声優さんが声を当てているヒロインを攻略する度に雪菜が頭の中に浮かんでくるのだと思うとちょっとだけ怖いです。
②冬馬かずさについて
実は自分が2番目に好きな話がかずさノーマルエンドである。千晶√の表現者としての話をしたので大体の理由は察してもらえると思う。
表現者としての成長、春希の顔を見ずにコンサートを大成功させて去っていく様子。全てが物語として完成されている。
春希が近くにいないとまずいのはかずさの方なのではと最初は思ったが、むしろかずさは本当に強い女の子として成長した。
ピアノで旅立ちを表現したり、これから作る自分のピアノ人生を表現したり、付き合ってる2人の目の前で3人で曲を作ろうなどと言ってみたり。
まあ途中は弱い子である上に自活能力がないので、結局は春希はかずさとの方がいろんな意味で相性がいいんだろうけど。
雪菜からしてみれば、かずさが親友として近くに居ながら春希を諦めてもらい、自分は春希と付き合う。最適解はこれしかない。
(3人でいながら、春希が自分を見てくれて、なおかつ全員で仲良くやっていくということ)
なんだかんだで雪菜が(出番的な意味で)優遇されているので、雪菜trueが雪菜の最適解の表現で一見円満な終わり方のように見えるのは仕方がない。
でもこれも結局かずさが最後に自分から身を引いて一歩上の世界に行ってしまったからできたことであり、
春希と雪菜が何か変わったわけでもないので、結局は見せ場はかずさにあったらしい。
③依緒と武也について
誰の味方なのか全くわからない外野代表。
雪菜と春希をくっつける努力だけは盛大にしてくる。むしろかずさとは絶対にくっついてほしくない。
雪菜本人でもないのに雪菜が捨てられることを非常に嫌がっている。
雪菜のことばかり知っている柳原朋と違い、2人とも春希も雪菜もよく知っているので、ますますわからなくなる。
恋愛も大概めんどくさくて、雪菜が春希と結ばれないと自分たちも前に進めない。
依緒にとってみれば雪菜が春希と結ばれるかどうかが一番の懸念事項らしい。
これが解消されて初めて武也の気持ちを受け入れられる。武也自身は少し前に決心がついていたみたいだが。
まあ実際は雪菜と春希の結婚式で手を握っているシーンしか出てこないので真偽の程は分からない。
④杉浦小春について
春希の鏡のような存在。
鏡だからこそお互いに考えていることがある程度分かる。行動もめちゃくちゃ似る。
そりゃ勿論喧嘩にもなる。お互いのことが心配で心配で仕方がないから、そりゃ仲良くもなる。
このお節介な2人がくっついたらどうなるのかなあと思えば、ただ2人で逃避しているだけだった。
いつもの春希のお節介な性格が微塵も感じられないし、嘘をついてるって分かっているのに踏み込めない関係が出来上がってしまう。
正直納得いかないし、もっといつもの如くお節介焼いて小春を救ってくれって思っていたけど、
結果的に小春が自分で大切なことに気づくのがメインなのかもしれないなと考えると、そんな思考もどこかへ行ってしまった。
最後に(1浪して)入った大学が本当に入りたかった大学なのかは、正直分からない。
なんせ矢田さんのことをあれだけ大切にしていたのだから、内部進学したかった気持ちを捨てきれてないのではとも勘ぐってしまう。
キャラクターとしては最高に可愛い。マスコットのような可愛さで、恋愛するのにも無駄に背徳感がある。
⑤風岡麻理について
かずさと仕事を足して2で割ったような人間でありながらかずさとは全くの別人。
「代用品」としての恋愛がテーマだが、春希と付き合う以上この概念を語るのは難しい。
でも、最初で最後になりそうな恋愛でありながら、春希のことだけをしっかり見て、仕事と恋愛を割り切って生きているのは本当に凄いと思う。
だからこそ春希の気持ちが自分の知らない間に自分から逸れてしまうことが怖いのかもしれない。
仕事一筋とはいえ可愛い人だし、ちなみに自分はccでは最初に攻略したけれどもかなり好きなヒロインでもある。
丸戸の言う「最強のヒロイン」らしいが、言いたいことは分かる気がする。
なんとなく放っておけないし気にかけてくれるとちょっとだけ嬉しい。仕事を媒介とした絶妙な距離感が生まれる。