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minami373さんの初めての彼女の長文感想

ユーザー
minami373
ゲーム
初めての彼女
ブランド
Waffle
得点
100
参照数
975

一言コメント

趣味の悪さと荒さが目立つ単なるNTR作品というよりも、やがて朽ちていく青春の濁ったきらめき、嵐のような激動の日々の中でいつの間にか擦り切れていく喪失を色濃く内包した物語として最高評価を進呈したい。ラストに至る過程が、本当に、素晴らしかったです。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

       
 最高に可愛らしくて最低に皮肉的なタイトル。

 「エロゲ」であることを逆手に取ったアンチエロゲー。

 お上品な悪趣味さと確かな実用性。

 
 逆様言葉を言って気持ちよくなりたいわけではない。なんか、七か月以上もかけてプレイし終わった今もうまく言葉が紡げないのだけれど、想像をはるかに超えてくる作品だった。もう「美少女ゲーム」はやらなくていいんじゃないか。そう思えるほどの何か、凄味みたいなものがあった。何かが終わってしまうときの確たる寂寥と、ほんの一つかみの、「ああ、こんなものか」みたいな呆気のなさ。捉えどころのない空漠。つうか、もう引退しても良い。

『フラテルニテ』や『素晴らしき日々』をクリアしたときにも思ったのだけれど、こういう「エ〇ゲらしくないエ〇ゲ」作品があるから、お約束を丁寧に踏まえた上で丹念にぶち壊してくる作品があるから、時々でも過激な「美少女ゲーム」につい触れたくなるのだと思う。

 この作品においては、美少女ゲーム特有の痛々しさを帯びた語り口や男の理想と欲望を詰め煮詰めた可愛らしいヒロインの造形、「狭い世界」とか揶揄されるご都合主義的な舞台設定が、まったく逆に、別方向に作用する。ある種の信頼できない語り手とでも言うべきか。

 なにせ、『初めての彼女』だ。

 舞い上がりすぎて、状況が見えなくなっている。
 理解が、認識が捩じれてしまっている。
 けれどそれは「美少女ゲーム」を嬉々として受容している他ならぬ私たちにも言えることで、その構造自体が、状況が、何よりも本作の物語へ重すぎる説得力を与えている。暗い影を落としている。

 いつまでもふわふわした抽象論に終始してもアレなのでパッとプレイして分かるこの作品の良さを上げるのならば、まずそれは肌理細やかな演出だろう。ブラーをかけた背景だったり、シーンの全体絵の魅せ方だったり、衣擦れの音だったり、敢えての無音の場面だったり。そういった細やかな、繊細とも言える作り。鬼畜なシナリオを裏から支えているのは優しさとも取れるUIや画面作りなのだ。

独特の没入感がある。ついつい続きを読んでしまう。

それがまず印象的だった。

 なかでも、立ち絵の演出の妙が素晴らしい。

 特に素晴らしかった、というか衝撃を受けたのは、主人公√の終盤で、秋乃ちゃんの外見の変化を

「彼女は変わった」

              みたいな言葉で表現するのではなく、いきなり断りもなく、どーん、と立ち絵にして表示してくるシーンだ。誰? と一瞬思い、声とはっと気づき、二段構えの驚きを味わった。

これは小説では難しい。かといって映画や漫画などの他媒体でも同様の効果を生むかどうか。ノベルゲームを文章、音楽、画像、スクリプトその他演出等が渾然一体となって紡ぎ出される、ある種総合芸術として捉えるのならば、本作はかなり理想形に肉薄していると感じる。

 主人公も読者もショック。二重のショック。シナリオに説明なんて必要ない。説明不足とか描写不足とか喚くのは読者の甘えか。話に説得力を持たせるのは圧倒的な視覚根拠……。


 書き割りで、
 秋乃 と表示された瞬間は「うわあああお前マジか……ぁ」となった。

 ノベルゲの演出、というか書き割り形式を活かしすぎ。

 まさしくノベルゲームのヴィジュアル面をフルに生かした素晴らしすぎる演出だった。複雑なことは何もしていない、読者に断りを入れずにヒロインの立ち絵をがらりと変えて、書き割りであとから 秋乃 と示すだけだ。
 なのに、いやだからこそ、すごい。ここだけで95点以上は確定したようなものだった。有体に言って本当にショックだもの。

 入れ替わりとか多重人格とか時系列弄りとか「実は親子(兄弟姉妹)でした」みたいな、二束三文のミステリで飽きるほど見たしょーもなさすぎる叙述トリックやミスリードよりもよっぽど作中でしっかりと機能している。効果を生んでいる。

 色っぽいし。

 また、ヒロイン・秋乃ちゃんがゆっくりとしかし着実に堕していく様を、演技の細かな変化、金銭感覚の崩壊、甘ったるく変化する語尾、日常の何気ないシーンなどでじわじわと表現してくる筆力と描写力にも感歎させられた。全体的に丁寧だなぁ。延々と前戯するエロゲみたいな感じ(意味不明)。

ワンコインでさえ渋ってたのに数千円くらい別に、とか言い始めたり最後は「お買い物楽し~」とかだらしない売女顔晒しながらブランド買い漁ったりする様は胸糞とか通り越して本当に見ていて痛々しいというか、人間の根源的な嫌悪感刺激してくる感じがしました。

 雪宮さん、あなた気が付いていないけれど、ほぼ登場人物全員からドン引かれてますよ。

 いや、しかし、これはどこまでも、やがて訪れる崩落への「過程」を楽しめるゲームだ。NTR作品と言うとなんか瞬間最大風速的な、ある種ギャグマンガだとかギャップ萌えだとか、一発芸的な(ファストな)面白さが求められている気がするのだけれど、この作品は、心理の機微やヒロインの生い立ち描写、主人公—ヒロイン—間男、に留まらない周囲の人々の反応をも丁寧に描いている。

 舞い上がった主人公(ヒロインもか?)を茶化すように異化した(活かした)うえでの、二段構えの衝撃。

 というか、何度でも言うがこの作品はNTR作品にしては本当に過程が上手い。というか、事実としての結果(寝取られ)よりも堕ちていくまでの過程の方に重心が置かれていると言える。借金まみれの片親家庭育ちで大学休学中のヒロインが下底の風俗店で働くことを選び、段々と世俗の垢に塗れ、憧れや理想、純粋さを段々と、いや、着実に、喪っていく。
 
 心理の機微を抉り出すのも巧いが、そういった「いつか消えていってしまう切実な感覚」をちゃんと美少女ゲームという媒体で、しかもかなり過酷な状況で書いてくれたのが素晴らしかった。

 凄まじいカタストロフはあるものの、途中の過程は途轍もなくロマンチックだ。ずっと憧れていた初恋の女の子と再会し、勢いで想いを伝え、純潔を捧げ合い、誕生日が同じだとか名前の由来だとか、そういった奥ゆかしい共通点やもう帰れない過去へと郷愁の念を馳せる。ここだけ見ると普通のエロゲみたいで、いや、普通のエロゲ状況から真っ逆さまに落下していくのが本作の魅力なのか。結ばれた状態から壊れていくのだもの。人間関係って儚い。

 たかが一読者が言いきってしまうようで恐縮だけど、この作品における風俗堕ちや浮気、ビッチ化、寝取られなんてのは「あくまで」おまけみたいなもので、真に私の琴線に触れたのは、自分の裡にある理想を純化し美化し、他者に押し付け投影し、その当然の結果として惨めに敗れ去る様を、綺麗ごと抜きで克明に抉り描き出したその一点にあるのではないか。

故に凄まじい喪失感。

重厚な青春NTRアドベンチャーと銘打つだけは本当にある。というかありすぎる。

風俗での唐突な出逢いから始まった華やかな青春の撤退戦は、風俗街のネオンのように色鮮やかで歪な関係を経て、やがて色褪せ壊れゆき、どうしようもない悔悟や喪失感みたいなものを抱えたまま、どこまでも透徹とした、罅割れた、つまらない灰色の現実への着地を果たした。


最後には何よりも、自分の好きだった『雪宮さん』がもうこの世の何処にもいないという事実が重くのしかかった。


世界が、暗い。

 シンプルな表現過ぎて好きだよ。

辛いねぇ。いや、この主人公は中高ずっと片思いし続けた女の子が誕生日に他の男に寝取られされるところを目撃するとか重すぎだけれども……。辛ぁい。進学校で学歴モンスターになってた方がマシだったかも。

『初めての彼女』との夢のような日々から脱却し(させられ)、普通とは言い難いが、それでもなお執着を捨てきれない主人公に救いはあるのか。まあどう考えてもないのだけれど、現実に明快な正解や不正解などなくて、ましてや正しい選択肢なんてものは最初から存在せず、世界は醜く、だから主人公もヒロインも正しい。いや、確実に不幸ではあるけど。しかしそういった事実を受け入れることが紛れもない子どもから大人への成長。だと思う。多分。

 にしてもこのゲーム、今書いていて気が付いたけれどなんかもう、「美少女ゲーム」へのアンサーじゃないか? ヒロインとの歪な関係性の解体(正常な関係?)もそうだが、今気が付いたこととして、「美少女ゲーム」は思い出を噛み締めるかのように最初から一定時期をくり貫いているか、或いは過去や未来の想い出に入り浸る作品が多い。

この作品の本当に素晴らしいところ、それは過去を徒に美化し感傷に浸ることもなく、いつか必ず褪せていく現在の尊さを説くのでもなく(それは小学生くらいで弁えるべき)、
やがて現実と理想とのどうしようもない狭間に埋もれ無惨に散ってゆく無様さを、真正面から描いたことだと思う。深読みのし過ぎかなあ。それ故に凄まじい喪失感。虚脱感がある。何処にも逃げ場がないのだもの。


オタクの醜い欲望とそれに伴う理想を丁寧に解体せしめる作品。

とにかく、ここまで心を動かされるとは。

灰色の、ブラーがかかった日々がいつか時間によって望む望まずに関わらず癒え笑える日が来るとイイですね。

思春期の一定時期にしか感ぜられない、心がやせ細るような無力感。二度と這い上がれない渕に滑り落ちたかのような絶望感。一歩先さえ不鮮明で頼りない将来への無際限の不安と周囲との軋轢。それらを取り巻く確固たる色と熱を持った渦巻く感情。それを一時でも思い出させてくれたというだけでこの作品は私にとって素晴らしかった。やはり創作は現実と地続きの、現実に依拠した何かがなければ力を持たないのだと思う。


読後(主人公√、秋乃√)、郷愁感と喪失感が入り混じり、何か一つの感情が色褪せ砕け散る瞬間の硝子細工みたいな、異性(他者)への身勝手な憧れを夜の闇に塗り込めたみたいな。
そんな奇妙な感慨を抱きました。

雪宮秋乃の、アブノーマルなセックスの刺激をガムに譬える述懐。

そのような「刺激」を求めて「美少女ゲーム」に伸ばした私としては、なんかもう、参りましたの白旗を上げたくなった。雪宮秋乃、存在自体がアンチ・エロゲー・ヒロイン、みたいなところ……ある。

と、これまで長々と文章なのかよくわからないものをつらつらと書いてきたのだが、これらは概ねメインストーリーである「憲秋√」、「秋乃√」に関するものである。

ラストに解放される自暴自棄√。

正直これについてはまだ消化が出来ていない。未だかつて、こんな選択をしたヒロインがいただろうか。シンプルに心が痛い、です。


“徹底的に汚れてしまえば、迷わずにも済むのに”

 

また最後に画面上の工夫へ言及。メタ的な、というと穿ちすぎかもしれないが、本作の画面は黒を基調とした全体的にシックな落ち着いた感じで、どこか回想調というか、ぼんやりと画面全体に物語を投影しているかのような雰囲気がある。これが独特の没入感を生んでいるのかもしれない。

“まるで今この瞬間でさえもあとから思い描いた瞬間なのだ“、というような、淡い記憶の儚さを感じ取ったのだけれど、それはまあ深読みのし過ぎというものでしょう。 

文が躍ってますがこの作品、綺麗ごと抜きで暗く沈む作品ばかりを狙い撃ちで好んでいる私には本当に誇張抜きで最高でした。100点。初めてこの作品に100点をつけた人みたいで嬉しいです。初めての満点。とにかくこの作品に巡り合えただけでも美少女ゲームやってた甲斐はあった。そう思えるだけの何かがこの作品には確かにありました。本当によかったですよ。

 最高の美少女ゲームでした。100点!!!!!!! 



 プレイ期間
 2022.12.7~2023.7.15

 総プレイ時間
 約32h
 主人公√  7h
 秋乃√   17h
 自暴自棄√ 8h

 好きなbgmは『アネモネ』、2人の距離、彼女の絶望、です。
 


※秋乃ちゃんは金髪ビッチ後の方が割と性癖でした。苦労して積み上げてきた人生一瞬で壊して破滅させてきそうな悪い女が性癖なので。多分だけど碌な人生歩まないでしょうね。あとプレイ時ずっと思ってたけど秋乃ちゃんボロアパート住まいで、結構ずぼらだから割かし臭そう。更に敢えて言及しなかったが他の男と寝ても自己正当化とか言い訳の連打であまり罪悪感を覚えてないところが生々しいところで、女なんて実際こんなもん……とか言ったら終わりなのだろうなあ。辛うじて漂っていた思春期の幻想の残り香を見事なまでに吹き消す最悪にして最高の作品でありました。


※『妹と彼女』という本作のライターと原画の方の新作がなんと今秋発売されるようです。もう引退しようかと考えてたのになんというタイミング。また一つ生きる楽しみが増えた。

※真面目に生きすぎるのは生き方として良くないなあと感じた。いつまでも自立できないし。私自身「雪宮秋乃」に少なからず共感してしまったので、まあ、人生、色々だなあ……。