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minami373さんの素晴らしき日々 ~不連続存在~ フルボイスHD版の長文感想

ユーザー
minami373
ゲーム
素晴らしき日々 ~不連続存在~ フルボイスHD版
ブランド
ケロQ
得点
98
参照数
317

一言コメント

最初から最後まで素晴らしい作品。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 

 以下、クリア後速やかにノートにペンで書き上げた感想。クリアするまでなるべく他の人の感想や評価などにも触れず、また公式サイトでさえも見なかったので、至らないところもあるかもしれないが、その分純粋な感想としての精度はかなり高いのではないかと思う。



 総括その1(向日葵の坂道ENDクリア後)

 複数視点×不安定な語りの中で紡がれる、どこか不気味で、魅力的な世界。初見の印象を覆していく矢継ぎ早な展開、癖がある(ありすぎる)登場人物たち。その交錯で生まれるドラマ。同じシーンを複数の視点から見ることで見えてくるものもあり、認識のズレや歪み、電波、メタ展開が映えていた。

 ファンタジックな序章に始まり、ホラーミステリ風味な一章、電波全開な二章、生々しすぎる三章、四~六章はこれまでを補完するような展開が多かった。前半と後半で段々とキャラの印象が移り変わっていく、仕組みや仕掛けが明かされていくのが面白い。個人的には三章までの路線が好きだけれど、後半のパートも割と(安心してできるという点で)好きだった。ちょっと地味だけど。

 神とか人生とか世界とか、曖昧であやふやな概念を掛け合いの中で見せていく感じや、広範囲の引用、迂遠なセリフ回し、見所が多い。長い時間をかけてやったからか、かなり思い入れが強く、終わりは人生への肯定、幸福に満ちていて好き。序章が何気に一番好きかも。若槻姉妹とざくろ好きだし。



 総括その2(素晴らしき日々END及び終ノ空ⅡEND読了直後)

 最後の最後まで油断ができなかった。まさかラストで複数視点を経て生まれた矛盾を内包する物語を、全ては偏在して転生する“一つの魂”が見ていた視点、であるとする(説が否定できない)ことに落とし込むなんて。幽霊屋敷で見た“不気味さ”を本編全体に適応させる巧みさ、演出力には本当に脱帽するしかない。恐ろしい。全員同一人物、だなんて突拍子もない説を最後に、視点者を彩名にする(彼女でさえも物語世界の中で相対化されてしまう)という悪趣味な余韻。不可解なことの怖さ、というか噛み合わなさが際立っていた。物語内で“物語のあらまし”をそれとなく説明、というか暗示していくのが好き。Down the Rabbit-holeⅠから続く時系列シャッフルと視点移動はラストの終ノ空Ⅱの“続いていく不気味さ”を演出するための舞台装置の一貫であった、と……。怖いなあ。恐ろしいなあ。やはり「解らない」ことの怖さ、というか不気味さは名状しがたいものがある。後を引く、続いていってしまうことの恐ろしさ、凄味。



 簡易な各√の雑感

・Down the Rabbit-hole Ⅰ・Ⅱ
 ……由岐視点。本編でもトップクラスに面白かった。Ⅰはファンタジーと電波、ざくろ視点をクリア後に見ると別れにこみあげてくるものが。Ⅱはホラーというかミステリ、サスペンス要素が好き。

・It’s my own invention
 ……卓司視点。電波全開。かなりボリュームがある上にDown~で氷解した筈の疑問が更に悪化していく、歪み続ける物語に読む手を止めることができなかった。謎の爽快感というか、不気味さのなかに垣間見える微笑ましさのようなものが印象的。希実香と交流を深める分岐は、これまで危うげで、不安定さと性格の悪さが目立って敬遠していた彼女の株が何気に上がった。ざくろに対する歪んだ愛情、復讐心も良い。

・Looking-glass insects
 ……ざくろ視点。ある意味全ての元凶、というか原因。ありふれた青春要素と陰惨ないじめのなかで間宮への思慕に救いを見出す前半と、選択肢次第で天国にも地獄にもなる後半のギャップ、物語が傾いでいく感触が好き。いじめのシーンは胸糞悪すぎてちょっとギブアップしそうになった。エグすぎだろう。ざくろの精神状態が二転・三転してカタストロフィへまで行ってしまう急転直下な展開は好き。

・Jabberwocky Ⅰ・Ⅱ
 ……間宮/悠木・皆守視点。
 地味……に見せかけ満を持して明かされる多重人格の設定と、小出しにされていく過去。皆守が卓司に敗れ(一度)退場するのはIt’s~の時点で明かされているから、それまでの過程が面白い。Ⅱは過去の補完……にとどまらず、由岐との対話・別れのシーンの映えが印象的。若槻姉妹が架空の存在だって知った時の衝撃。

・Which dreamed it 
羽咲視点。特筆すべきことはないが、木村の存在は大きい。部外者の視点として。



 総括その3(全END読了後)

総じて、とても面白く、常に続きが気になり、考察もはかどった。クリアまでにこんなに時間をかけたのは「一気にプレイしてしまうのが勿体なかったから」。非常に自分好みの作品。 

 


 

 


 












 高島さんは……意地とか、見栄とか、こだわりとか、センスとか、誇りとか、そういう厄介なものはおいていってしまったんだろう。けれど私は、これからも煙草と屋上とヒラヒラ服を着たいい女でいることだろう。それが還るべき道であるならば……。 (中略)幽霊ごっこは終わりだ。 
序章 Down the Rabbit-holeⅠ より
 

 以下、補論


 さて、この作品、パッケージ(フルボイスHD版)に猛烈に惹かれて購入したのだが、こんなに惹かれた理由を考えてみたい。

 外箱に描かれるお二人を見ると、どことなく陰陽のような、のを回転させ二つ貼り合わせたような、奇妙な態勢を取っているのがお分かりいただけるだろう。

 両儀、というのか。

 こんなに購入時にパッケージに惹かれたのは空の境界(特に中巻)以来かもしれない(陰陽(引用)繋がり)。

 だから最初は、この二人のヒロインの死に対するスタンス(どう生きたか)の対比としての相違から導き出されるある種異様な雰囲気(違うがゆえに打ち解けるみたいな)に惹かれたのかと思った。

 だが、それならもっと鮮烈な印象を持って迎えられるはずだ。

 私が本作を都内某所のソ〇マップで手に取ったとき、感じたのはある種の安心感というか、場に馴染み、どこか慎んだ穏やかさだった。なんか変な表現だが、確かに感じたのだ。  

 気付いたら「あ、これ買おう」とレジに持っていってた。ごく自然に。

 なんでだろう。

 本作ほどの作品に対し全く考察もしないのもあれなので、パッケージについて考察してみる。

 こんな気の抜けた炭酸みたいな脱力した考察をする奴がいるだろうか……。まあ、余興だと思って読んで欲しい。 

 理解を得られないことを承知で言うが、(というか前述した気がするけど)、私は序章が特に好きだ。

 由岐、ざくろ、若槻姉妹の四人が主に活躍する、死者と架空の存在だけで進行する章。本編全体から見たら些か地味というか奇異な章だ。(というか私は全然感じなかったが、退屈だと感じる人も、少なからずいるかもしれない)。ファンタジックというか、遊園地のシーンで言及されるように、地に足がついてないふわふわとしたチープな感じ、だ。実際、本作で最後まで解決の眼を見ずに放置された謎の多くは序章にあるのではないだろうか。お化け屋敷の伏線は最後の最後で回収され幾分かは解消されるにせよ(序章のざくろは「夢の中」ということを差し引いても意味深な挙動が多く、ここは解明されきってはいなかったように思う、まあそれ故に作品の質が落ちるとかそういうのはない)

 話を戻すと、フルボイスHD版のパッケージに描かれているのは水上由岐と高島ざくろの二名のみ。 

 男がいない。まあそれは一目瞭然だ。(多重人格云々はここでは言及しない)

 なぜこんなにもこの絵は心に浸透するように私の心を掴んだのか。

 手許にある他のゲームのパッケージを矯めつ眇めつして、あることに気が付いた。

 というか、これはデザイン上の工夫というか、イラストを描く人たちからしたら失笑物の気付きなのかもしれないけれど、「キャラの目線が此方を向いていない」のだ。
 
 紙面や画面「外」へ、この場合は箱「外」へ、視線がないのである。 

 ちょっと曖昧な表現だからもっと詳しく言うと、美少女ゲームに限らず、大抵のキャラ物の表紙は、私たちと目線が合うように(キャラと目が合って嬉しい! とユーザーが思えるように)……つまり「私たち」の方を向いている。

 しかしこのパッケージは違う。

 ざくろは目を瞑っているし(この顔好き、ざくろはアンニュイな時の方が好きだった)、由岐(主人公)の眼は他でもない、私たちではなく、ヒロインへ向けられているのだ。

 見守るかのような穏やかな表情で。

 ……優しい。
 
 てか本編でざくろは「間宮くん」に惚れるわけだけれど、彼女がロマンチックに惚れた相手は知性溢れて気配りもできる「由岐」人格なわけで、ここに一つ、齟齬というか認識の隔たりがある。

 由岐(人格)とざくろの主な(性的)接触は、7/12の「めぐり合わせ」のキスシーンだけ。序章の王様ゲームでも確か頬っぺたにしかキスしてなかったはず。

 あれだけ本編で様々な側面を見せたにもかかわらず、この二人に関してはプラトニック……とはいかないまでも奇妙なすれ違い方、というか謎の距離感が垣間見える。三章を経たスパイラルマタイ後の序章のざくろは、「由岐」を認識しているが……。

 いやでも女の子同士ジャンという解は、まあ、序章の例の姉妹を見ていただければわかるだろう。少なくともこの作品においてはヘテロ恋愛あるいは生者同士の恋愛こそが正しい、みたいな態度は通用しないのではなかろうか(素人評論っぽくなってきた、もっと気楽にやろう)。

 いや、通用しないだろう(因みに若槻姉妹のパロネタは分からなくて調べました(アニメには疎い)、最初はCLAN〇ADの藤林姉妹に類型的に似ているなと思っていた)。

 
 本編では描かれない、得られなかったある種の結びつきを外箱において得た二人。

 

 やるせなさと美しさが同居した、切ない様な懐かしい様な不思議なパケ絵である。

 賢い人はとうに気付いているとは思うが……まあ私は今気づいたのだが……上述したような考えは全て後付けに過ぎない。何故ならパッケージ絵を見て購入を決めた時は、本編の内容すら、この二人がどんなキャラクターなのかすら知らないのだから。

 だから言語を弄する必要はないことに気付いた。

 ただ好きと言えばいい。

 実家のような安心感。

 このパケ絵、今までプレイしたゲームの中でも本当にとびきり気に入っている。