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minami373さんのサクラノ刻 -櫻の森の下を歩む-の長文感想

ユーザー
minami373
ゲーム
サクラノ刻 -櫻の森の下を歩む-
ブランド
得点
96
参照数
172

一言コメント

 虚無を超えて美を見出し、そして世界の果てまで。 美術製作を通し自己―他者―世界の在り方、関わり方を問い直す、創作論的なモチーフを強く感じました。美少女ゲームとしてはやや逸脱気味かもしれませんが、前作の拭えぬ中途半端感が逆に好きな方や”創作の民”は是非手に取って欲しい。すば日々―サク詩―に連なる三部作として、サブカルチャーから妙に外した過去作を捉え直す契機になりました。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

  

プレイ期間 2024/1/1~2024/2/29
 クリア時間 19h44m
 個人的評点 96点
 サクラノ刻 感想
 本作をプレイするかどうかは正直とても迷いました。それは衒い無く表現するのならば前作『サクラノ詩』があまり芳しくない印象しか受けなかったのだからなのだけれども、(「薄いな」と思った)まあせっかく、続編も出ていることだし記憶が褪せないうちにやってみるかと思い立ち手に取った。これからプレイする方向け&感想の整理にネタバレを極力避けて前作と違った印象を大まかに挙げるのならば、

1……いくつかの章での群像劇(複数視点)の導入

2……前作よりも徹底した美少女ゲーム要素の排除

3……美術要素、創作関連話を全面的に押し出す物語構造(←これめちゃポイントです)
 
 などが印象に残った。さらりと書くなら、1はもうそのままの意味で、いくつかの章では主人公が視点人物ではなく、別の人物視点で過去の出来事が語られる。前作では基本的に視点人物は草薙直哉で(基本的に)固定されていた。それが今作では章全体がまるごと別人物によって語られるなど、どちらかというと『素晴らしき日々』に近いかもしれない。 
 2は、これはもうどう表現したらいいのか……。角が立つのを承知で敢えて割と強めに書くのなら、「美少女ゲーム」として出す意味はあったのか……というか美少女ゲームとしての需要の受容を頑なに拒むかのような印象を受けました。R18要素はどこかにあっただろうか? てレベルで薄い。これは3とも関連します。 

 3は、説明しづらいのですが、本作の核というか格というかは、主にここです。ここを受け入れられるかどうかで評価は大きく変わりそう。2とも関連しますが本作はヒロインちゃんとのいちゃつき要素よりもこちらを全面に押し出してきます。つまりは美術製作の、創作関連の話題を。本当に執拗なまでに。旧ツイッター現Xで「自分は周りのオタクに比べ……何も創作していない(生み出してない)!」とか勝手に病んでる”無産オタク”にはまあまあ刺さりそう。(でもこういうタイプに限って縮小とかで頻繁に異性絡みとか充実アピールとか俺が~私が~とか囀って不評を買っている印象あるんよな~。それと謎病みを交互に呟くのが解像度高い)。私は創作の民ですが、創作してる人が偉いとは思いませんし職業にしているわけでもないのに創作的な話を特権的に振りかざすのは抵抗感を覚えます。でも登場人物たちは殆どがプロの芸術家や表現者、或いはそれに関連する人なので、本当に、いつまでしゃべり続けるんだお前はというくらいにしつこく、創作の話をし続けます。結果として美少女ゲームとして目指すべき要素が零れ落ちてしまっている印象を受けますが(2)……あ~プレイしてどのような印象を受けるかは人それぞれだとしても、かなり逸脱した作品だと私は感じました。露悪的な書き方になりましたが、本作は本当に創作論とか「美」について(今道友信著か?)、延々と語り続け突き詰めるような、それこそ修験者のような作品だと感じました。事実、正しくその狂気を体現したかのようなキャラも出てくる。硬派だ。

 前置きが長い。

 最初に前作は合わなかったと書いてしまったが、今作をプレイすることで前作の評価も私の中では少なからず上がりました。上記の点から気に食わないという方も大勢いるのかもしれませんが、せっかく完成した物語として世に解き放たれているわけですし、今作をやることでより鮮明に見えてくるものもあったので、まあ、私はプレイしてよかったです多分。

 つらつらと章ごとの感想でも書きます。



 
 え、めっちゃ良い……。めっちゃ良いじゃん。
 続編で視点者を新登場キャラにするのは斬新。鳥谷静流。真琴の従妹。前作は名前だけ断片的に出ていた、雪景鵲図花瓶を巡るトラブルとかお家騒動的なあれこれが補完的に語られます。ちゃんと伏線が貼られているというか、中村麗華の強烈なキャラは素晴らしい。
静流の飄々とした感じも好き。2時間ちょいで終わったが、この章自体が独立した物語で通用するくらいには出来も良いし面白い。幕間劇(過去話)にしては主張し過ぎず、後の話へと繫がるような希望の持てる終わり方。創作の喜びをひしひしと感じられ、ほんのり切ない。開幕から期待が持てる章でした。前作の鳥谷√の全容が見え始めてきます。刻は鳥谷一族が活躍し過ぎ。



前作で最後の方にちょろっと出た、新弓張美術部の再出発。おさらい的な要素が強かったが、良かったです。アナグラムはミステリで調教されているので早々と気が付いた。この章をして思ったけど、学校空間ってある意味究極の「差異と反復」だよなあ。私は殆どいい想いでとかないけど、美少女ゲームの粋を摘めたかのような美しいCGの数々には圧倒されました。立ち止まって、歩き出す。OPがながれるタイミングは前作よりも良かった。


Ⅲ(個別√)

 恐ろしいことに攻略ヒロイン二人、しかもどちらも本筋の添え物みたいにあっさりと終わります。これでええんか? 本作の反エ〇ゲ性は正しく、創作的要素や美術製作の方ばかりが取り上げられてヒロインとの交流が添え物みたいになっていること(置き去りにされているように感じる)と思われるのですが。私は嫌いじゃなかったです。恋愛や青春をメインテーマに添えるには主人公も読み手も年を取り過ぎている。そんな感じします。だからこそ鳥谷√(再)のある台詞には唸らされましたね。青春を取り戻すのではなく、限りある今をも夢のようにしてしまう。直哉や真琴ちょい下世代だけど、まだアラサーよ! 少しだけ欠けた希望を見つけられた真琴が可愛い。2×で処女は処女厨も裸足で逃げ出すレベルだとは思うが……。拗らせすぎてて好き。



特に語ることはないでしょう。



本作の集大成化のような章。ラストの惹き込まれるような絵画バトルの連続は素晴らしい。
血肉がはぜるようなラストまで、一気に読めました。

Ⅵ 刻と詩

 素晴らしい風景。


 総括:詩よりも過激な作品でしたが、詩よりも心に優しくて好きでした。