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melo1009さんのMUSICUS!の長文感想

ユーザー
melo1009
ゲーム
MUSICUS!
ブランド
OVERDRIVE
得点
100
参照数
982

一言コメント

音楽と人。伝えるということ。自分1人、『a』では成り立たない、『music』に繋がるもの。それ故の『music』+『us』。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

~はじめに~


シャツにぴっちり張り付いたクソデカおっぱいが大変股間によろしくなかった我らが京香ちゃんがバンドを去ることとなり、次のドラマーどうすんだと困り果てていた対馬馨くんの前に現れた救いの女()神、高橋風雅きゅんの演説をお聞き下さい。


>「……ねえ馨さん、音楽ってなんだと思う?」

>「たとえば、無機物の世界に音楽はないんだ。もし生命というものがなくて、石ころとか空気しかなければ、全ての音はただの振動で、永久に誰も『音楽』を発見することが出来ないからだ。でも人間は音楽を発見出来た。……なぜかというと、人間には心があるからだ。音を聴いて楽しくなったり、興奮したり、悲しくなったとき、感情の変化が起きたときにはじめてそこに音楽が発生する。つまり、『音楽』っていうのは音そのものじゃなくて、心のなかにあるんだよ。心が動いたという体験の名前が『音楽』なんだ」

>「だから、心が動くところには全部『音楽』があると言える。美味しいものを食べて良い気持ちになればそれも『音楽』だし、小説で涙すればそれも『音楽』だし、それに、好きな人と最高のセックスをすればそれだって『音楽』だ。……そして、ねえ、この世界には心が動いていない人間はいない。つまり人間の心にはいつも『音楽』が流れてるってことだと思うんだ」


『Dr.Flower』のドラマー問題を一発で解決してくれた期待の大型新人ふーがきゅんですが、その実態は我々『MUSICUS!』ユーザーに、このゲームにおける『音楽』とはそもそもなんぞやという話を懇切丁寧に教えてくれる先生でもありました。そしてこの先生は更にサービスで、そもそも『MUSICUS!』ってどういう話だったのかという答えも提示してくれます。ユーザーフレンドリーに満ち溢れた慈愛の化身を皆で褒め称えてあげて下さい。だが男だ。


>「ねえ馨さん、ぼく、馨さんの心に流れている『音楽』を知りたい」


この後ふーがきゅんが馨くんの手を握って変な空気を作り出したもんだから馨君は花井是清よろしくトイレへ逃げ込む羽目になったわけですが、そういう空気にならないいつも通りの彼であったのなら、多分こう返していたのではないでしょうか。

僕もそれが知りたいんだよ。

それが『MUSICUS!』。金田や花井三日月からちょくちょく心がないと評されるわ、そもそも自分に心があるのかどうかを確かめるためだけに約束されたエリートコースから道を踏み外した生粋のロックンローラーこと対馬馨の冒険譚。
というわけで、風雅先生の理論に基づき『音楽=心』という定義を念頭に置いた上で、対馬馨の歩んだ四つの道の話をつらつらと語っていきたいと思います。よろしくお願いします。
でもその前に


・プロローグ
エリートコース外れて自分が何したいのかもわかんないままとりあえず小説とか書いたりしてたらそれが年中グラサンコートの変なオッサンに見つかってしまったぞー
それがきっかけでインディーズバンドのライブに同行する羽目になったら更に変な絶望兄さんと出会ってしまったぞー
なんやかんやあってその人と妹の三人で集まって音楽やる羽目になったけどその三人で集まってわちゃわちゃするのがすごい楽しいんだー(ユーザー視点)かーらーのー


_人人 人人_
> 突然の死 <
 ̄Y^Y^Y^Y ̄


>何かになりたいなんて望むのは情けない考え方だよ。いつだって自信をもって、その時一番選びたいものを選ぶんだ。
>なぁ対馬君、それが当たり前のことじゃないか? おれは花井是清で、世界には花井是清は一人しかいないんだ。
>だからおれが死んだら花井是清は世界から完全に絶滅する。
>つまり、花井是清ってのはオキナワトゲネズミより絶滅の危機に瀕している生き物なんだよ。
>それはおれだけじゃない。鳥居大輔だって、対馬馨だって、人間ってのは……。
――696magazine収録『花鳥風月ライブレポ』


私「こんなこと語ってた奴がいきなり死ぬやつがあるかァ!!」
というわけで、絶望のからあげとか就活エピソードとか楽しい夏休みを共有したりとかでがっつりユーザーの心を掴んでったこの男がいきなり訳分かんねえ死に方して我々のクリックする手をぴたりと止めることで、『MUSICUS!』は我々と対馬馨君の間に共通の目的を持たせることに成功します。すなわち、『花井是清を死に追いやった『音楽』の正体は何だったのか?』というのを探ることです。『MUSICUS!』はミステリー物なのです。なので攻略順もその辺を踏まえて決めていきたいところですが、とりあえずその前にプロローグでのお気に入りのやり取りをいくつかピックアップしていきましょう(語りたいだけ)。


>「ど、どうしたんですか?」
>「いや、想像していたんだ」
>「何をですか?」
>「ブラジルで生まれた鳥の一生だ。暗い工場で卵として生まれ、マスクをした男たちに選別され、それからは狭いケージのなかで流れてくる餌をついばむだけの生活。
> 希望もなく愛されることもなく祈りも通じず、心は死に絶える。そしてある程度からだが大きくなると、無慈悲に殺され、毛をむしられ、地球の裏側まで運ばれる」
> 彼はボクがつまもうとしていたから揚げの皿を指さし。
>「ほら、きみが食べていた鳥だ。静かに佇む絶望の肉だ。
> 部屋の向こうではかつて売れっ子でいまは落ち目のミュージシャンが気持ちを紛らわすように女とからんで笑い、
> こっちには絶望のうちに死んだ鳥のから揚げがある。これって、いいとりあわせだと思わないか?」


花井是清とかいう絶滅危惧種が最初に私の心に住み着いたシーン。『静かに佇む絶望の肉』っていう言い回しがすごい好き……好き? なのかな? 少なくとも印象深いフレーズでした。


> 花井さんはクスリと笑って、
>「騙された気分はどうだい?」
> そして僕の肩をぽんと叩くと、
>「こんなのまやかしだよ。きみはまんまと引っかかっただけさ。ライブなんていうのは所詮……」
>「どうしてそんなこと言うんですか?」
> 言いかけた花井さんを遮って僕は睨みつけてしまった。
> 失礼だとわかっているけれど自分を止められない。
>「会場の人はみんなおかしくなってました。他のバンドと全然違うんだ。本当につまらないわけないでしょう?
> 花井さんだって、そんな、自分の演奏が価値がないだなんて思ってないくせに」
> 花井さんは黙って眉毛をへの字にして、困ったような顔をする。
>「だって、そうでしょう? あきらかに違ったら、そういうのって、自分が人と違うのって、どうしても自覚してしまうものじゃないですか!
> そんなの、誤魔化しようもなく感じてしまうんだ。それが楽しいことじゃないっていうのはわかりますけど、
> あなたはその違いをこうして形に出来てるじゃないですか! しかも理想的な形で。なのに、なんでそんなふうに……」


一見、馨君も花井是清がうんざりしている面倒臭いファンの同類になってしまったのかと思われるこのシーンですが、注目すべきは馨君が花井是清の何に怒り、何に価値を見い出しているのかというところでしょう。
彼の言う『他のバンドと全然違う』というのはどういうことか。『自分が人と違う』『楽しいことじゃない』。実力が飛び抜けているとかそういうことではなく、異質・異様。そういった意味で、あなたは『普通』じゃないと馨君は言っています。
つまるところ、馨君は花井是清が『自分は普通じゃない』ということに嘆いているのが許せないから怒っているわけです。まやかしがどうとか言ってるのはそれこそまやかしです。「あなたはその違いをこうして形に出来てるじゃないですか! しかも理想的な形で」確かにあなたは『普通』じゃないのかもしれないが、『普通』じゃない自分を『音楽』という形で表現して、それでこんなにも人の心を動かす力を持っているのに、どうしてそれを卑下するようなことを言うんだ、『普通』じゃないから何だっていうんだ! というのが馨君の怒りの原点なのです。


>「なるほど、ヤギさんがきみをスカウトした理由がわかったよ」


そんなことを真正面から言ってのける対馬馨だからこそ、八木原は彼を見出し、花井是清と引き合わせたのでしょう。
馨君の書いた小説というのも、多分そういうお話だったんでしょう。汝、普通じゃないことを恐れることなかれ。そりゃ刺さる人にはとことん刺さる。で、花井是清にもある程度は刺さった筈で、だからこそ馨君は三日月と共に花井是清の『実験』に付き合わされる羽目になったわけですが、馨君からしてみればそういうつもりで怒ったわけではなかった筈なのだと思うとやっぱり私の花井是清に対する最終的な結論は彼女と一致するのですよねえ……。


>『ばかだなあ!』
> 怜さんは僕の言葉を遮って言う。
>『対馬君は本当にばかだ。そして、花井是清っていうのは、まったくけしからんやつだ!』
>「……え?」
>『ねえ、聞いてよ』
>「はい、聞いてます」
>『ねえ、そもそもさ、一番最初は、あの男が人の心を動かそうと思って曲を作り、ライブをやったのがはじまりなわけだよね?』
>「……はい」
>『その結果、きみはあの男の音楽が好きになって、復活してほしいと言ったわけでしょ?
> そしたらあの男は、じゃあやるわーって言ったのに、始まる前に勝手に死んだ。ねえ、これってさ、全部花井是清が悪くね?』
>「で、でも……」
>『そもそも、復帰を望んだのはきみだけじゃないよ。ファンも仲間もそうしろって言った。私だって言った。
> じゃあ、みんな共犯で花井是清を殺したっていうわけ? そうじゃないと思うな。花井是清って男はね、みんなに音楽は素晴らしいって言って、
> 世の中にこんなに素敵なものがあるって教えて、その気にさせたくせに、勝手に冷や水をぶっかけたんだよ。
> たとえばさ、カワイイ女の子が、相手の方からきみのことを誘ってホテルまで来てさ、
> 今日は生理だから出来ませーん、性欲がある人サイテー、なんて言ったらむかつくでしょ?
> 花井是清がやったのは、そういうことなんだよ。ふざけんなって話だよ!』
>「い、いや、むかつくというより……」
>『私はムカついてるよ! こんなに素晴らしいものだって思わせたくせに、あんなふうに投げ出すだなんて、ふざけんなってさ。
> 大体自分勝手な男なんだよ。みんなが褒めてるのに本人はくだらないって言って、勝手にやめてさ。
> そんでバイトが見つからないからまた音楽やりたいけど、人と付き合いたくないからってなんでも言うことを聞くきみと妹さんを巻き込んだ。
> そんで途中で投げ出す。どう考えたってこの花井是清が全部悪いでしょっ! あいつが全部悪いんだよっ、もう! くそっ……』


馨君が音楽の世界にどっぷり漬かることになるのは定時制辞めた後の話になるわけですが、そもそも彼女が『プテラノドン』に無理矢理引きずり込まなければそのまま音楽自体に関わることなく過ごしていたかもしれないことを考えると地味に馨君の人生に多大なる影響を与えている女、田村怜。花井是清がいきなり死にやがった時に私が思ってたこと大体全部言ってくれたのですごい好きなキャラなのですがあんまり話題になることがなくて寂しい。髪型か? 髪型がアカンのか? 就活スタイルの出番がもっと多ければ良かったのか…?


とりあえずこのくらいで。
それでは個別ルートに入るわけですが、プロローグ時点での馨君とユーザーは花井是清を死に追いやった『音楽』への興味という点で繋がっているという話をしました。なので最初はその欲求に従って、音楽の世界に飛び込んでみましょう。


>でもだからといって、あの続きをしようと思っているわけじゃない。あの曲は花井さんがいたからこそ発表する意味があったんだし、僕らも彼に業界に戻って欲しいから頑張っていたんだ。新しいバンドは、花井さんの物語を引き継ぐのではなく自分の物語をはじめるべきだと思う。
>その新しい物語に、どうしても三日月が必要な気がしたんだ。ほとんど勘のようなものだけど、僕はその感情に従いたい。


『Dr.Flower』結成にあたって、とりあえず押さえておきたいポイントはここ。北海道から三日月を呼んだのは花井是清の思想云々とは関係なく、馨君の『心』に従った結果だということですね。ここで風雅先生の理論を持ち出した場合、対馬馨の『音楽』には花井三日月がどうしても必要なんだ、というロジックになります。それは三日月に才能があるから? そうではないです。大分後の会話になりますが引用してしまいましょう。


>「もし三日月が歌が下手だったとしても、美人じゃなかったとしても、多分バンドに誘ってたと思う。なんでかな? でも、絶対そうしてたって、不思議と確信がある」
>「……嘘ばっかり」
>「とんでもない。本当だよ。なぜかはわからないけど、そうなんだ。理屈がない感情かもしれないけれど、そういうものが自分のなかにあって、それに従って行動出来たって、幸福なことだなって、今気がついた」


どうして対馬馨はそれほどまでに花井三日月を必要としたのかという話ですが、この二人の関係というのはいわば『戦友』のようなものだと私は思っています。花井是清の絶望した『音楽』と戦う者。共通の目的に向かって立ち向かう同士なのです。そう考えると彼女のルートの最後で二人がああいう関係になった理由にも納得がいきます。まあその話はおいおい。
が、今回はその目的を一旦忘れて、とにかく本格的に触れたばかりの音楽の世界をエンジョイすることだけを考えましょう。どんなバンドつくる? 何も考えてないよ! まだわからないよ! けどとにかくライブしたいよ! したら同士だと思ってた三日月にキレられます。私とあの人どっちが大事なのよ!
あの人。今の馨君と同じように、とにかく音楽をエンジョイしようよ。先のことなんか考えたって仕方ないよーと言ってヘラヘラしてるきりぎりすのお姉さん。というわけで、最初に選ぶのは彼女と共に歩む道となります。


・香坂輪ルート
まあ輪ルートというのは名ばかりで話の中心にいるのは死にかけのおじいちゃんなんですけど。また瀬戸口作品の主人公がエロゲーなのにジジイを攻略している……。
というか、馨君は別に攻略してませんね。このルートの馨君は最初から最後までひたすら傍観者というか観測者です。死にゆく朝川老人を、変わりゆく老人の姿に揺れ動くめぐりんを、朝川老人にロックで俺達の魂を届けるんだと語る金田と三日月を、意味なんか考えるなと川に飛び込む楡周平をただひたすらに眺め続け、彼自身が物語の当事者になることはありません。弥子ルートと三日月ルートのどっちを最後に持ってくるかは好みでいいと思いますが、輪ルートを最後に持ってくるとなんか『MUSICUS!』自体が他人事みたいな印象で終わってしまいそうなので、そういう意味でも初手推奨。


さて、『MUSICUS!』はミステリー物だという話をしましたが、花井是清の死の真相に迫る上で、輪ルートには二人のサンプルが用意されています。香坂輪と朝川周。この二人は一体何に絶望したのか、何を求めていたのか、そして何に救われたのか、というのを順に追っていきます。まずはめぐりんから。


香坂輪の絶望:親に無理矢理やらされたアイドル活動
香坂輪の願望:『ただ、普通の子みたいに暮らせたらなあって、そんなことばっかり考えてた』
香坂輪の希望:「お前は楽器が弾けるか? ……そうか、じゃあ、これから練習するといい。つらいときは楽器を弾くんだ。そうすればいつでも幸せな気分になれる。何と言ったって、音の世界のなかには音があるだけで、あの気色のわるい人間というやつは一人もいないからな。音楽はただの空気の振動だ。しかし、そのただの空気の振動が豊かで美しい世界を作りだすんだよ。これはこの世の奇跡だと思うね」


さて、『あのままだったら自殺してたかもしれないな』と語る香坂輪というサンプルを、実際に自殺してしまった花井是清の横に並べます。ただし、あくまでも対馬馨の僅かな思い出に残された印象としての花井是清です。するととりあえず、絶望と願望の部分が一致します。しているように見えます。


>「馨君。ついにおれは就職というものを果たしたよ」


花井是清は『花鳥風月』の解散後、パン屋を初めとしたあれやこれやのバイトに挑戦しては次々にクビになっていきます。そんな花井さんに馨君は詰め寄ります。「それでもバンドを復活させる気はないんですか?」迫る馨君。骨だけになる花井さんの操作するゲームキャラ。しかめっ面になる花井さん。


>「おれはもう業界から足を洗ったんだ。これからはまっとうな社会の一員として生きるんだよ」


つまるところ、香坂輪というサンプルから花井是清の死を分析した場合、『じゃあ、みんな共犯で花井是清を殺したっていうわけ?』という話になってくるわけです。しかし花井是清はそのまま死に至るのではなく、馨君と三日月の二人を集めて束の間の音楽活動に身を投じています。それは何故か? その謎は輪ルートでは解くことは出来ません。なので一端置いといて、希望の部分を見てみましょう。
音楽はただの空気の振動。朝川周は花井是清と同じ表現を用いた上で、人を幸せにするものなのだと説きました。そして彼はこんなことも言っています。『音の世界のなかには音があるだけで、あの気色のわるい人間というやつは一人もいない』。しかしこれは風雅先生の理論に従うと破綻します。たとえ音の中に人間の姿はなくても、その音を生み出しているのは紛れもなく人間なのです。実際にめぐりんも他人を必要としています。輪ルートに入ると早々、共通部分では見えてこなかった彼女の隠された一面が露わになります。


>「だって、この世界で一番楽しいことを共有出来るんだよ? そんなの、友だちどころか、恋人だって家族だって簡単には出来ないことじゃないか。もちろん、フィーリングが合わないメンバーだと悲惨だけど、私は今のみんなの音は大好きだな」

>「むしろ、すっごい寂しがり屋だかんねぇ。他の何してたって寂しくて寂しくてしかたないのに、寝て夢をみてるときと、音楽やってるときだけ寂しくないんだぁ。メンタルが極端に弱いんだと思う」


めぐりんがソロ活動をせずバンドに拘っている理由というのもここで明らかになります。音楽を通じて他人と繋がっていたい。そういう彼女の一面を知った後だと澄ルート序盤における彼女の物言いがまた何とも辛いというかどうしてこうなったって感じになってくるのですがその辺の話は今回はパス。で、ついでに言うと風雅先生の理論を持ち出すまでもなく、朝川周の発言には矛盾がある訳です。本当に心の底から人間のことを気色悪いと思っているのなら、どうして貴方はめぐりんに楽器を教えたりしたんですかという話です。若くて可愛い元アイドルのおっぱいねーちゃんに欲情したからとかいう下世話な理由でないのであれば、音楽の力で彼女を救いたいという『心』が彼の中にもあったからに他なりません。そんなろくでなしの彼に残されたなけなしの良心という言い方はあれですが、結果的に言えばこの時めぐりんを救ったことが、巡り巡って彼の最期に救いを齎したわけです。という訳で続いてサンプルその2の話をしましょう。


朝川周の絶望:音楽に全てを捧げた結果(ということにいつの間にかなっていた)全てを失い、家族にも見放されてひとりぼっちで惨めに死んでいく
朝川周の願望:「……ああそうだ、もしおれの家族を知っているのなら、どうか見舞いに来るよう頼んでくれないか? 一度だけでいい。最後に顔を見て死にたいんだ。おれの望みはもうそれだけだ。許してくれとは言わない。ただ顔だけでも見たいんだ……」
朝川周の希望:後述


この絶望部分に関して物凄い言いたいことがあるんですがそれはルート総括の最後に回すとして、とりあえずまたこのおじいちゃんを花井是清の横に並べます。すると今度は絶望の部分が一致するように見えます。花井是清も朝川老人と同じように、音楽に全てを捧げたことを後悔しながら死んでいったのではないかと。しかし花井是清はそのまま死に至るのではなく以下略。結局何も真相に迫れてなくない? 最初のルートだからね。仕方ないね。


>「たくさん学んで頂戴。財産も何も残せない先生が遺せるのは唯一教訓だけだからね」


じゃあ結局このルートで馨君が得たものは何なのかというと、朝川老人というサンプルを投じて体験する逃れようのない死という現実を前に、我々人間/ロックンローラーは何を思いながら過ごせばいいのか、そしてどういう心構えで最期を迎えればいいのか、という話になる訳です。まずは馨君の導き出した結論をご覧下さい。


>「僕らはずっと同じ所に立ち続けていることは出来なくて、いやでも先へ進まされるんですよ。今は花井さんの死や、朝川先生の老いや死でショックを受けたりしていても、すぐに自分たちの番が来るわけですし。そこまで絶望的になる必要はないんですよ。僕らはいつだって、ただずっと彷徨い続けるだけなんですから」
> 香坂さんは相変わらず沈黙を維持したまま僕の顔を見ている。
> 僕の顔の何がそんなに面白いのかな、と考えはじめる頃にようやく彼女は口を開き、
>「馨も酔ってる?」
>「そりゃ酔ってますよ」
> 僕は溜息をつく。
>「でもそれだけじゃない。だって本当にそう思うんですよ。……いくら大事な人だって、人が死ぬなんてことは言うほど特別なことじゃない。だってみんな死ぬんですからね」


ひどいこと言うなぁ。そう思いましたか? めぐりんも同じリアクションしてましたよ。笑ってたけど。
でも実際に馨君の言うことは至極その通りで、他人が死ぬ度に一々絶望してたら生きていけませんからね。瀬戸口作品はいっつもあの手この手で現実を突きつけてきては身も蓋もない結論を持ってきます。ただ身も蓋もないだけにそのまま口にするには躊躇われる主張なので、尼子司君とか対馬馨君みたいな元神様だったり心のないロボットだったりにその役割が回ってくるわけですね。この馨君の主張とかすっごい司君イズムに溢れてると思います。私は何だかんだ言って司君が大好きなのだ。多分エロゲ史上最高にカッコいい主人公まである。


>そう、人間なんかどうせ死ぬのだ。それまでどんな見苦しくても、持っている生を最大限楽しめばいいじゃないか。


で、そんな馨君の目に朝川老人というのは今更悔やんでも仕方のないことを悔やんでうじうじしてるみっともない爺さんに映る訳です。そんな馨君と同じ視点から朝川老人を見ている者が二人います。香坂輪と、そして金田です。この金田という男が朝川老人の最期を語る上で欠かすことの出来ない存在だと私は思っています。最重要人物です。が、まずは香坂輪の話をしましょう。一応これ彼女のルートですしね。


>「……でも、だからって先生には、あんなふうに何もかも意味がなかったようなことは言って欲しくない。だって、今は失ったとはいえ、ずっと音楽とともに生きて来たんだから。先生の人生には音楽があったんだから。なんで急に人並みなものがなかったなんて悔やんでるの? 私はそれが納得出来ない。先生は私と同じ人間のはずなのに。すぐそばに音楽があれば、それで充分幸せなのに、何を後悔することがあるのか……」
> 香坂さんは口をへの字に曲げる。
>「私はねー、生きててよかったって思って欲しいだけなんだけどねえ」


めぐりんも初めは、馨君と同じ結論に辿り着いていました。音楽と共に歩んだ人生の何に後悔があるのかと。しかしそれが、認知症を患い自分のことも認識出来なくなり、ただただ家族との再会を求める朝川老人の姿を見ることで揺らいでいきます。そして一度はここまで考えが落ちるのです。


>「私は、もう仕方ないのかなと諦めました。最後に無縁仏になるというのも、先生の運命だったんでしょう。被害者が出るようなことをしたわけですしね。それに、そもそも死んだ後のことはどうだっていいんですよ。死ねば終わりなんですから」


無縁仏。死を悼む縁者を失った、ひとりぼっちで惨めに死ぬのが相応しい存在なのだと、自らの師を評するのです。
そうして唯一、朝川周の最期を看取ってあげられる存在だっためぐりんの心さえも折れかけたところで、朝川周の人生に何の関わりもなかった金田が提案するわけです。『Dr.Flower』で朝川周の曲を演奏して、それをおじいちゃんに見せようと。「そんなことしたって、意味ないよ。だって病気なんだよ?」そんなサム8語録のような冷め切った態度を取るめぐりんに対する金田の言がこちらになります。


>「そうかもしれねえ。でも、このままじゃ悔しいじゃねえか! これはめぐちゃんだけじゃなくて、おれたち全てのロックンローラーの問題なんだよ。朝川周ほど成功した人間が、音楽なんかやらなきゃよかったって言って絶望しながら死んでゆくんだ。おれの知ってる朝川周ってのは目がギラギラした狼みたいに格好いいジジイだった。それが、死に際にくだらねえ泣き言を言ってるなんて悔しいよ。狼も誇りを失ったらただの豚だ。こんなの、ロックの敗北じゃねえか」


格好いいジジイが死に際にくだらねえ泣き言を言ってるのは悔しい。死ぬんじゃねえとか無理難題を言ってる訳じゃない、狼だったら狼のまま死んでくれ。最期の最期まで格好つけてくれ! というのが彼の願いな訳です。ここで先程後回しにした朝川周の希望の話を持ってきます。認知症の爺さんをもう一度奮い立たせたものは一体何だったのか。香坂輪の存在を思い出させたものは一体何だったのか。もう一度ギターを弾かせたものは何だったのか。人生の最期を「ああ、もう一度ライブがしてえな……」という言葉で締め括らせた『音楽』の正体は何だったのか、という話をします。それがこちら。


朝川周の希望:『朝川周! 聞いてるか!? 情けないみじめなジジイとして死ぬんじゃねえぞ! ロックスターとして死ねよっ!』


朝川周は何故最期に認知症を克服出来たのか。つまるところ彼は、ただ格好を付けただけなのです。だって悔しいじゃないですか。朝川老人の立場になって考えてみて下さい。碌な技術もない訳の分からんモヒカン野郎にこんな生意気なこと言われて、尚も妻に会いたい娘に会いたいってめそめそしながら死んでいくんですか? って考えたら、なんか気力が湧いてくるような感じするじゃないですか。そうはならんやろ、と思うならそれはそれで構いません。でも音楽の力がどうとかいう話で済まされるよりも私は納得がいきます。というか、風雅先生理論に従うのであれば上記の言葉が金田の『音楽』だったのです。で、それを聴いて朝川周は最期の最期に自分を取り戻した。その結果が朝川周の言うところの、「あのモヒカンのギターは……まあ、好きにやればいいさ」という評だったのではないでしょうか。これは正直妄想入ってますが。全部妄想だろって言われたら返す言葉もないです。ごめんなさい。


さて、そんな輪ルートで唯一気がかりというかどうしても『うん?』って引っかかり続けてることがあるのですが、なんかいつの間にか朝川おじいちゃんって音楽のせいで身を滅ぼしたみたいな扱いになってるじゃないですか。でもこの人のやったことってただの詐欺事件以外の何物でもないじゃないですか。しかもその悪事の内容がよりにもよってこのゲームでそんなことしていいのかっていうか、「音楽スクールを設立するって言って出資者を募ってお金を集めたんだけどね、結局計画書だけでそんなスクール作る気はなくて、全部自分で使っちゃったのよ」じゃないですか。『MUSICUS!』ってクラウドファンディングで集めた資金を用いて作ったゲームじゃないですか。つまるところ朝川周のやったことっていうのは『MUSICUS!』作るよって言ってお金集めておきながら結局作らなかったようなもので、馨君の言う通り「それは……言い訳しようがないですね……」じゃないですか。でも朝川周が死んだ後で金田がこんなこと言うんですよ。「別にいいじゃんか、詐欺事件って言ったって、ファンの金持ちからとったんだろ? ファンなら好きなミュージシャンにダマされるなんて本望じゃねえか。おれは朝川老人がどんなに叩かれたって、絶対に守るからな」どうなんでしょう。『MUSICUS!』は無事世に出たので仮定の話しか出来ない訳なのですが、仮に『MUSICUS!』がお金を集めるだけ集めて結局作られないまま終わったとして、出資者の皆さんはこの金田の言の通り騙されて本望だと思えるものなのでしょうか。まあ金田の言うこと真に受けても仕方ないというかそこは別に問題じゃなくて、結局のところ朝川老人が破滅したのは音楽どうこう関係なく自業自得以外の何物でもなくて、それがいつの間にか音楽が悪いという話にすり替わってるのがさっぱり意味が分からないというかこのことについて考えると『d2b VS DEARDROPS』とか『恋×シンアイ彼女』のときのような発作が起こりそうになって大変よろしくないです。私は何か読み飛ばしてしまったんでしょうか? きらりの言う『世の中のほとんどの現実的なことって、どうでもいいんだっ』の精神が求められているのでしょうか?


>――そう、何も考える必要はないんだ。


あ、はい。次行きましょう。


・来島澄ルート
香坂輪の物語では初心を忘れてしまったので、次の馨君はもうちょっと真面目に花井是清の影を追い求めることにしてみたようです。そのためにはどうすればいいのか? 僕自身が花井是清になることだ。というわけでただひたすらに彼っ『ぽい』選択肢を選んでみます。すると三日月が『Calling』を見つけた際に、普通では出てこない第三の選択肢が現れるようになります。これが出てきた時点で上二つのどっちを選んでももう三日月と同じ道は歩めないのですが、せっかくなので最後の最後まで徹底してしまいましょう。すなわち、


>「この曲は『Dr.Flower』ではやらない」


面白いですね。花井是清を理解するために花井是清らしく振る舞い続けた結果、花井是清の遺した曲を演奏出来なくなってしまう。おお対馬馨よ、今のお前は一体何者なのか。花井是清の曲はやりたくないと言いながら花井是清の思想に捕らわれているお前は一体何なのか。お前が本当の自分だと思っているそいつは一体誰なのか。


> きっと、香坂さんの演奏だけして生きて行ければいいという考え方も、朝川老人から来ているのだろう。普段他人との関わりが薄いと自分から言う彼女が、朝川老人だけは特別なのは当然だ。彼女の精神の何割かはあの老人と同一化しているのだから。
> 誰かの影響を受けるということは、そういうことなのだろう。

>「でもそれは何をやってる人だってそうだよ。みんな何かをすれば、だんだんそれになってゆくんだから」

>「お前最近、顔つきも言ってることも花井さんそっくりだぞ。自分で気がついてるか?」


それはさておき、この選択肢を選ぶと馨君と風雅先生の関係に罅が入ることになります。「ぼくはお金を稼ぐためにロックをやってるんだよっ」そう言って憤る風雅先生に本気で売れたいなら『Dr.Flower』でドラム叩くよりもいい方法があるんだからそれは嘘だよと知った風な口を叩く馨君。そこまで分かっておきながら何故風雅先生が『Dr.Flower』で売れることに拘っているのかは分からない馨君。「馨ちゃんにぼくの何がわかるって言うの?」結局これ。分かっているようで何も分かっていない馨君。人の心がない。


>「そういうのだから、私にバンド抜ければいいとか、そんなひどいことが普通に言えるんですよ」
>「なんだか話題があっちこっちに飛んでいる」


そう、三日月の話です。澄ルートというのは三日月ルートからの分岐であるということを思い出さなければいけません。この対馬馨は一度花井三日月を絶対に手放さないと誓った後の対馬馨なのです。そのことを念頭に置いた上で解釈する必要があります。


>「もう二度とバンドをやめろなんて言わない。約束するから、泣き止んで欲しい」

>「どう言ったらいいかわからないけど、三日月は僕にとってとても大事な人間なんだ」

>「三日月は一番大事で、好きな人間だ。ただ、恋愛かと言われたらわからない。僕にそういう感情はないのかもしれない。でも、バンドを作ろうと決めた時、三日月が絶対必要だって気持ちが最初にあったんだ」


澄ルートに入るということはどういうことか。花井三日月を手放すというのはどういうことか。三日月の才能がどうとかいう話じゃないんです。対馬馨にとって一番大事なものを手放すということです。それは即ち、


>「それが何であろうと、おれたちには音楽が必要なんだ。他の何よりも必要だったんだ。どうしておれはそれを信じられなかったんだろう? 自分にとって一番大事なものを、どうして台無しにしてしようとしまったんだろう?」


こういうことです。対馬馨は花井三日月を手放すことで花井是清として完成しました。ただし死んだ後の。でも馨君には心がないので、死んでいるのに生き続けることが出来てしまうのですね。花井是清の死の真相に迫るとか言ってましたが、案外このルートの馨君の姿が答えの一つなのかもしれません。澄ルートの馨君のようになってまで生き続けることは自分には出来ないと思ったから花井是清は自ら命を絶ったのかもしれないのです。今ぱっと浮かんだ考えですが。


>別の生き方が想像出来ないくらい、今の僕は音楽に侵されている。
>僕がこんな言い方をしていいのかどうかはわからないが、僕も花井さんの作品の一つなのだろう。


他にはこんな思いつきもあります。「この曲は『Dr.Flower』ではやらない」を選ぶと三日月が八木原にソロ活動を提案されたときのやり取りに変化が生じて、『Calling』を演奏した時には聞けなかったソロ活動に対する三日月の本心を聞くことが出来ます。それがこちら。


>「バカなんじゃないですかっ、みんなっ!」

>「なにが成功ですか。私が、そんなもののための歌を歌ってるなんて言いましたかっ? 確かに、心に残る音楽を作りたいって思いましたよ。でも、有名になりたいとか、いっぱい売れたいとか、そんなこと言ったことないじゃないですか……」


他にも色々と過激なこと言ってますが、とりあえず商業的成功と三日月の願望はイコールではないということだけ覚えておけばいいでしょう。まあルート内でも散々言ってるはずのことなんですけど。私が興味を惹かれたのはここです。


>「どうなんですかね。どこかの偉い人がたまたま気にいってくれたから、そのコネで仕事が貰えるって、そんなに凄いことなんですかね? バンドのことなんかよくしらないオッサンが映像だけ見て気にいってくれるより、高校生とかがすごく気にいってくれて、お小遣い貯めて毎週ライブに来てくれるほうが嬉しいですけどね……。偉くて沢山いろんなものを持ってる人から、ちょっと電話一本かける動作を引き出すよりも、持ってない人の全てを搾り取るほうがよっぽど達成感がありますけどね……」


さらりと最初の方で三日月ルートにおける自身の運命を皮肉りつつ、注目したいのは最後の台詞。澄ルートの馨君というのはまさに花井是清に全てを搾り取られた存在なわけで、彼の目的が「そうすること」であったのならこれ以上の成果はないわけですが――まあこれはないでしょう。私は花井是清をクソ野郎だとは思っていますがその遺志自体は信じていたい派なのです。ていうかそれが狙いだったらわざわざ三日月を北海道から呼ばない。そう考えるとやっぱり馨君と三日月の二人で成し遂げて欲しいことがあったからこそ花井さんは二人を集めたわけでそういう意味でも澄ルートというのは誤った道以外の何物でもないのだよなあ……。


澄ルートって言っておきながら澄ルートの話全然してませんね。来島澄がああいう末路を迎えた理由っていうのは結局のところ馨君に音楽的才能がなかったからとかそういう話じゃなくて、彼が上記の通り『一番大事なものを台無しにする』ような人間になってしまったが故に起こった悲劇でしかありません。「何のためだっ、何のための音楽なんだっ!」という絶叫に全てが集約されています。対馬馨は音楽こそが自分にとって一番大事なものだと思い込んでいましたが、本当に一番大事にしないといけないものは別にあったということに気付かされる。澄ルートというのはたったそれだけのお話です。『ぐらぐら』は正直ボーカルの歌い方が好きになれなくて微妙な印象があったのですが、澄ルートでイントロが流れ出した時には割とゾクッとさせられました。何ならそのままEDテーマになっても良かったくらいです。ストーリーが何だって? いつまで花井是清に縛られてるんだ目を覚ませ。詩の内容がまた澄ルートの結末、来島澄を失くしながらもその感情さえも音楽に変えようとしている馨君の狂気とマッチしていて大変エモいです。


>はじめて ぐちゃぐちゃだって 滅茶苦茶になって理解したから

>ぐらぐら ふらふら 歯止め利かない 大切なものさえも失くしたっていうのに

>ふわふわ うたかた 全てかりそめ 大切にしてたもの 偽物だって知ったよ

>楽園 目指せ


『楽園目指せ』ってフレーズに『MUSICUS!』が『MUSICA!』だった頃の名残を感じますね。実際タイトルが『MUSICA!』だったら攻略順ラストが澄ルートでもアリかなって思うんですよ。こんな終わり方でも。でもわざわざ『MUSICUS!』に改名して世に出した以上はやっぱりそっちに相応しい内容のものを最後に持ってきたいですよね。本当は『MUSICA!』として出したかったけど諸々の事情でタイトル変わったんだよとか言われても知ったこっちゃありません。世に出たものが全てです。だから澄ルートは攻略二番目。何なら一番目でもいいくらい。


>作った曲が誰の心にも全く届いていないような気がする。いや実際届いていないんだろう。また僕が出せば喜んでくれるファンもいるようだけれど、僕が込めたつもりの価値とは全く違う何かを褒めているような気がする。
>あの、評論家みたいに。
>花井さんも、そのような経験をしたのかもしれない。
>そうした心境で活動を続けるのは虚しいことだ。
>表現というのは、いくら言いつくろってもその根底には誰かに何かを伝えたいという気持ちがあるはずだ。僕だって、本当に良い曲を追求するだけなら自分のノートに一生書いていればいいのにと何度も思う。でも、それが出来ず、発表してしまうのは、多分お金のためだけじゃない。どこかの誰か、ちゃんとわかってくれる人に届くんじゃないかと、薄い希望が心のどこかにあるんだ。いくら否定したくても。
>でも、実際にはその手応えを感じることは難しい。それは表現者の能力が足りないのかもしれないし、聴く方の感受性が足りないし、そもそも誰とも共有出来ないことを共有しようとしているのかもしれない。
>理由はわからないけれど、とにかく伝わらない。誤解ばかりが広がってゆく。すると、表現すればするほど孤独は深まるということになってゆく。
>僕が澄を根本的に好きになれないのは、やっぱり、音楽が伝わってる気がしないからだ。僕はもう生活の大部分を音楽に込めている。なのに、一緒にご飯を食べて、一緒に笑って、セックスもして、愛してくれている澄に何も伝わらない。根本的に同じ世界の人間じゃないんだなという気がする。だから本当は澄に曲を聴かせるのはいやなんだ。それをどうしても認識してしまうから。
>自分とかけ離れてるから居心地がいいと始めた関係のはずなのに。
>なんにしろ、作れば作るほど、人に聴かせれば聴かせるほど、自分に音楽で何かを表現する能力も、伝えるに値する何かもないって思い知らされるだけなんだ。


他に澄ルートで伝えたかったことというか書きたかったことは何だったのだろうって考えると、やっぱり瀬戸口廉也という作家の苦悩でしょうか。伝わらない誤解される疲れる虚しいって散々嘆いてる対馬馨の中に瀬戸口廉也の本音が一欠けらも混ざっていないとは流石に思いません。実際私も散々間違った解釈をしていることでしょう。あの評論家みたいに! あの評論家みたいに!
そうと分かっていながら私がこうやって感想を投稿してしまうのも、この馨君と同じでこの感想に共感してもらえる人が少しでもいたら嬉しいなあっていう願望があるからなのは間違いないのですが、自分の作品で共感を求めるのと作品の感想で共感を求めるのはやっぱり別物ですよね。他人の褌で相撲を取るとはこういうことです。それでも結局書く手は止められない。結局のところ私も澄ルートの馨君をどうこう言える存在ではないのだ。
それでも彼にはどうしても言いたい。エロゲーマーとしてどうしても言わなくてはならない。


>「にゃああん、クロちゃあん、澄ちゃんでちゅよー」
> 澄がベッドに寝転んで赤ちゃん言葉で猫と遊んでいるのを目撃してしまった。
> 彼女は僕に気がつくと、ハッと顔をあげて、
>「こ、これは、あのっ……」
> 顔を真っ赤にして弁解の言葉を探している。
>「こっ、こっ……こっ……」
> 言葉がすんなりと出ないで鳩みたいになっている澄の前を素通りし、僕はクロと名付けたその黒い子猫を抱き上げた。
> 衰弱が激しく、獣医師に助かるかどうかは保証出来ないと言われたその猫はもうすっかり元気を取り戻し、まだ痩せてはいるが、毛は艶やかに輝き、目ヤニもつかなくなった。そして活発に動き回り、いつも我が家のあらゆるものに爪を立てていたずらをしている。
> 僕は澄の隣に仰向けに寝転がると、そのクロを顔の上に掲げる。
> クロは好奇心で見開いた目で僕を見てにゃーんと鳴く。
> 僕もにゃーんと鳴き真似をして、
>「クロちゃーん、馨ちゃんですよぉ」
> と、さっき澄が言っていたように話しかけた。


澄ちゃんと結婚したら毎日こんな生活送れたかもしれないのにそれを台無しにしたんだからやっぱりお前は腐れ外道以外の何物でもないのである。以上。
ていうか猫を拾って子供は堕胎すって逆じゃん……逆でしょ……いや猫を捨てろって意味じゃないけど……『どうして僕は、いつも逆を選んでしまうんだろう?』じゃないよ……そういうとこだぞ……。


さて、たったひとりの『a』として花井是清という『music』を追いかけたはいいものの、そこには何もなかった対馬馨君。そんな彼の前に残った二人の少女。果たしてどちらの手を取り『us』となることで、『MUSICUS!』という物語を終わらせるべきか。輪ルートの時にも言いましたが、これはもうユーザー個人個人の好みでいいと思います。とりあえず私の基準で言うなら、もう花井是清を追いかけるのは止めるのか、それとも今度は一人ではなく二人がかりで花井是清を追いかけるのかという二択で、どちらの物語を最後に持ってきたいかという話になります。再三繰り返しますが、今回はあくまでも私個人の好みに従って、先にこの娘の道を選びます。


・尾崎弥子ルート


>『さて、今ご紹介したとおり、私たちは全員みなさんからするとちょっと変な経歴を持っています。それでも私たちは、みなさんと同じこの幸谷学園の生徒なんですからね。でも、もしかしたら、この学校に定時制があるってことも知らない人もいるんじゃないですか? だって、私たちは、みなさんが授業を終えて帰ったあと、こっそりこの教室に入ってきて、勉強をしてるんですよお? ちょっと怖いでしょう? その夜の生徒たちが、今日は文化祭ということで、昼の世界にやって来ました! つまりこれは、夜からの侵略なのです!』


幸谷学園。『幸せの谷』とかいう何とも意味深な名前の付けられたその学園で過ごす世界は、『Dr.Flower』として音楽の世界に飛び込むルートを昼とするのならばまさしく夜。ルートに突入した途端それまでは影も形もなかったサブ生徒たちが姿を見せ始めることもあって、尚のこと『Dr.Flower』ルートとは別の世界という印象を受けます。三日月やめぐりんの影も形もありません。変わらないのは金田だけ。澄ルートの馨君を最後まで見放さなかったのもこの男なのだと考えると偉大な存在です。そしてこの男の何が変わらないかというと、やっこちゃんルートでも馨君とは別の引き篭もりにちょっかい出してるところです。しかも連れ出すことに成功して最後はバンドまで組んでます。まさかやっこちゃんルートでは麻里の代わりに胡桃ちゃんとそんな関係になってしまうのでしょうか……? じょ、冗談じゃ……。


>「そう、ちょっと前までギター経験どころか、ロックなんて全く興味なかったやつがよー、いつの間に『プテラノドン』なんかで弾いてやがって、しかもうめえんだよ。それにあいつ、『花鳥風月』の花井是清と仲が良くて、『STAR GENERATION』の八木原さんとも知り合いなんだぜ? おれのほうがずっとロック好きで、昔からギターやってるのに、さらっと業界に来ておいしいところだけつまみやがった。しかも、やるだけやったら、やっぱ受験優先するとかいってあっさりやめやがったんだ。これ、むかつかないか?」
>「それは……」
> 小川さんは少し考えた末に、
>「むかつく」
> なんと、こくりと頷き同意したというのだ。


そんな金田の言ではありませんが、やっこちゃんルートというのは言わば音楽のおいしいところだけを摘まんでいくルートになります。花井是清と向き合わないということは、音楽の苦しみと向き合わないということを意味しています。何しろこのルートの馨君は遺書に手を付けることすらありません。初プレイ時はやっこちゃんルートを初手に選んだのもあって、てっきり最後のギター演奏の後にでも読むのかと思っていたらそのまま手を付けられずに終わってあ……あ……? という気持ちになったのを覚えています。まあ開けたら開けたで中身はアレだった訳なんですけども。
閑話休題。それだけにこのルートはとにかく音楽に対して好意的というか、純粋に音楽っていいなあ……って気持ちに浸れるような内容に溢れているので、それこそ「何のためだっ、何のための音楽なんだっ!」って気持ちを思い出すにはもってこいの内容だと思います。


>これは幸福を描いた絵だ。
>そして、それを見るにつれて、僕はだんだん胸が苦しくなってゆく。
>この作者は幸福を描いている。その幸福のなかには家族がいる。作者は不機嫌になると絵を破ったそうだが、家族を描いたこれらの絵は破れなかった。とても大事にしていたんだろう。……だけど僕は、この作者が辿り着いた結末と、その後の家族の生活を知っているのだ。
>絵のもつ力と、僕の知っているいろんな情報が混ざり合って、脳の奥がしびれるような感覚になる。相変わらず胸がつまる。そして、なんてことだろう! 涙が出そうだ。


やっこちゃんルートは対馬馨と尾崎弥子の幸福を描いています。しかし我々ユーザーは、来島澄ルートで彼が辿り着いた結末と、彼を愛した女性の最期を知っています。そう考えると、やっこちゃんルートというものが初回プレイ時よりも尊いものに感じられるという理屈。なるほど。その一方で『ああ、こんなやっこちゃんみたいに素敵な女の子でも道を誤ったら蔑ろにしてしまえるんだから音楽ってのはハマるとおっかねえなあ……くわばらくわばら……』みたいな気持ちとか『なんか澄ちゃんの死をやっこちゃんルートの肴にするみたいな考え方じゃないですか?』みたいな気持ちもあるのですが、これはきっと私の性根が腐ってるんだな。うん。性根が腐っているといえば正直私は上記の絵を見て馨君が感動してしまう気持ちというのも今一つ理解出来なくて、そこはむしろ『絵の中では家族を大事に出来るのに、家族を描いた絵の方は破れなかったのに、どうして現実の家族は大事に出来なかったんですか?』みたいに怒りたくなるところじゃないかなあとか思ってしまうのですが、そんな私を諭すようにやっこちゃんが言う訳です。


>「芸術ってなんなんだろうね」
>「弱いものの味方です」


そうか。弱いものなのか。それなら仕方ないな。家族を大事にしなかった男の描いた家族の絵を見ていると、澄ちゃんのスマホから流れてきた彼女が最期に聴いてた曲のメロディを思い出します。対馬馨曰く『ろくでもない』『不出来でどうしようもない』『ゴミみたいな曲』だそうですが、いざ聴いてみるとあの真っ暗闇の部屋の中で一人寂しくPCと向き合って作ったとは思えない何とも優しく暖かみに満ち溢れたサウンドで、こういう曲なら澄ちゃんが最期の瞬間まで聴き入ってしまったのも無理はないなあとか、ひょっとしたら馨君も無意識のうちに赤ちゃん堕胎せって言って傷付けてしまった澄ちゃんのことを想いながら完成させた曲だったのかもしれないとかそんなことを思ったりしました。少なくともno titleよりは普通に良い曲だと思います。『MUSICUS!』ユーザーのno titlleという曲の認識ってどうなってるんでしょうね。私は普通に澄ルートの馨君が量産してたよく分からん曲のうちの一つに過ぎないと思っているのですが、もしあの何とも言えない曲が澄ちゃんの命と馨君の全てを吸い尽くした末に生まれた対馬馨魂の一曲なのだって言われたら澄ルートのホラー感がどっと増してくる感じがします。いやまあ、no titleが普通に好きな人はごめんなさい。でも澄ちゃんと馨君の屍の上に築かれた曲だって言われたら……ねえ……?


>「なあ対馬ぁ」
> 金田が急に情けない声を出したのでそちらを向くと、
>「やっぱさあ、こんなボタンつけたらギタリスト失格かなあ? でもさぁ、本当にいくらやってもあのコード弾けねえんだよ。なんか手がおかしいんだよ。今までも、ずっと、それでバンド組めなかったんだよ……。でもこのボタンだと、人並みに演奏出来るんだよ。それがすっごく嬉しくってさあ。……だけど、やっぱり駄目なのかな? 敗北かな?」
> 今度の金田は、さっきとは違って本当に落ち込んでいるようだ。
>「敗北は敗北だよ」
> 僕が言うと金田は露骨にうなだれる。僕はさらに続ける。
>「でも、敗北を認めてからじゃないとすすめないこともある」
> と言うと、金田は顔を上げる。目を輝かせる。こっちを見る。そんな捨てられた子犬がやっと拾われて温かい食事を与えられた時のような目で僕を見るな。お前は男の子だろう! ちょっと気まずいので目をそらし、
>「不格好でもいいじゃないか。そのボタンで出来ることが増えるなら、それで出来る限りの演奏をするのもまた真実じゃないのかな。僕は、小川さんと金田がそんなに違うことを言っていたとは思わない。世の中、上手に出来る人ばっかりじゃないのに、工夫することも許されないなんて、そんなことはないと思う」
>「つ……」
> 金田が涙浮かべて何かを言おうとしたとき、
>「対馬くぅうううんんっ!」
> 別の鳴き声がそれを遮った。
>「や、山本君っ?」
> いつの間にか背後にいたらしく、松葉杖をついた山本君がそこにたち、そして涙をセーターの袖で拭っている。
>「そうだよねえっ。不格好でも、誤魔化しでも、いいんだよねえっ。僕もそう思ったから、金田君の話にすごく共感して、がんばって作ったんだよぉ。世の中、当たり前のことが、みんな当たり前に出来るわけじゃないんだから……」


私がやっこちゃんルートから感じたテーマというのは、プロローグの話でちらっと触れた『普通』じゃないから何だっていうんだ! という主張をより具体的にしてみたというものです。様々な事情で『普通』の学校に通えなくなってしまった定時制コースの学生たちが、ひたすら前向きに文化祭ライブという目標に向けて一致団結し、堂々と昼の世界に姿を現し、精一杯の主張を込めて演奏する。『不格好でもいいじゃないか』。上記のシーンもそうした主張の一つになるわけですが、やはり一番象徴的に感じたのはここですね。


>前は頭のいい学校にいたのにトラブルで中退しちゃって、私たちの教室にやって来た、ドラムの対馬先輩!
>引きこもりで登校拒否から鮮やかな復活を遂げて教室に帰ってきた、天才作曲家でベースの胡桃ちゃん!
>前の学校のレベルが高すぎてやめちゃったけれども、私たちのクラスでは優等生。いつもクールなキーボードの鳥山さん!
>前の学校をいじめで辞めちゃったけれど、その優しい人柄が私たちのクラスでは人気者。ギターの高橋君です!
>モヒカンがトレードマークで、両親も行方不明、生まれてこのかた学校なんかまともに通ったことがなく、友だちだって一人もいなかった彼も、最近少しみんなと仲良くなりました。ギターの金田さんです!
>人に言えない事情だったり、勉強がとにかく嫌いで普通の学校に行けなかったり、むしゃくしゃして学校やめちゃったりした、コーラスの美咲ちゃん、涼香ちゃん、野崎さんです!
>そして、最後はわたくし、昼はスーパーでレジを打つ、ボーカルの尾崎弥子です!


中退。引きこもり。いじめられっ子。そんなこと大勢にバラさないでくれよ! って『普通』の感覚だったら思ってしまうようなことを次々に口にしていくやっこちゃんと、ノリノリのソロで応えるバンドメンバー。正直ここだけでも良いシーンだと思います。唐突に話が飛びますが、田能村が言うところの『黄金の全て』という感覚が理解出来たような気がします。その後の観客たちと一緒になってみんなで校歌歌うところは言ってみれば『うん、いいよ』の部分に当たるわけですが、『MUSICUS!』においてはそれが無くても100点だなって思います。『普通』じゃない彼女たちが堂々と名乗りを上げて、演奏をやり切ったこと自体に価値があるのだと思います。その姿こそを眩しく思います。むしろ観客が乗ってこない方が良いまであったとか言い出したら流石に捻くれが過ぎるでしょうか? でも1から10まで逆張りで言ってる訳じゃなくて、割と本気でそう感じる気持ちが無くもないんですよね。伝わるでしょうかこの感覚。なんとなく今弥子ルートについて言いたいこと言い切った感が生まれたのでこれで終わりにします。


・花井三日月ルート
『音楽』の才能って一体何なんでしょうね?


>「出す曲はどんどん売り上げを伸ばしてて、雑誌の表紙だとか広告には引っ張りだこで、お金も一杯貰ってるし、すっごく有名人になっちゃった花井三日月さんですよ? 人生で今が一番しあわせですよー」
>「一番?」
>「そうですよ。私、みんなに言われるんですから。三日月さん、しあわせですねー、うらやましいなーって。だからきっとこれがしあわせなんですよ」


花井三日月に『音楽』の才能は本当にあったんでしょうか。歌が上手い、ルックスに恵まれている、それが本当に彼女の『音楽』を他人に伝える上での助けになったんでしょうか。本当に彼女に『音楽』の才能があったというのなら、何故彼女は商業的成功を収めた後も苦しみ続けなければならなかったのでしょうか? 世の中に花井三日月という『音楽』を理解している者は一体どれだけいるのでしょうか?
唐突に話が変わるのですが、『SWAN SONG』に八坂あろえというキャラクターがいます。彼女は自閉症を患っており、作中においてもしょっちゅう我々普通の人間には理解出来ない行動を取ります。なので『SWAN SONG』の感想を眺めてみると、ちょくちょくこんな意見が見つかります。あろえの存在意義が分からない。それはある意味では正解です。彼女は我々普通人にとっての『理解出来ないもの』の象徴です。ですが中にはその『理解出来ないもの』の存在する理由を頑張って考えて自分なりの答えを出している感想というものもある訳です。理解出来ないものを理解しようとする意思を持っている人たちがいます。素晴らしいことだと思います。
で、ここで花井三日月の話に戻る訳です。花井三日月はあなたにとっての八坂あろえになっていませんか? という話をしたいのです。ただの電波女で終わっていませんか? 何言ってんだこいつって思いませんか? もしかしたら私のこともそう思っていませんか? だとしたら辛いことです。相手に理解されないことは苦しいのです。
ただまあ今自分で花井三日月なり澄ルートの対馬馨なりになりきってみて思ったのですが、正直伝わらない伝わらないってあんまり言い過ぎるのもかえって押しつけがましくて鬱陶しい感じありますね。そういう意味で花井三日月が苦手な人はしょうがないと思います。実際今私もこいつ嫌われてもしょうがないなって思っちゃいました。めんどくさいですよね。でも私は嫌いになれませんでした。それだけの話です。


>「馨君、何も心配することなんかないんだよ」


私が『MUSICUS!』に100点付ける理由っていうのはこの花井さんの台詞が聞こえた瞬間にガン泣きしたせいなんですけど、馨君はその後のスタジェネライブで泣いたっていうのになんで私は声聞こえただけで陥落してんだよ目ん玉早漏か? みたいな理由が自分でも分かんなくて、まさしく「涙の理由を教えてくださいよ」って自分で自分に問いかけたい気持ちで一杯だったわけですが、多分それは三日月ルート一つの力じゃなくて、花井是清ともう一度出会うまでに散々回り道して時間をかけたからだったと思うんですよね。そもそも追いかけることすらしなかった弥子ルート、同じ世界に飛び込んでみたはいいものの影も形も見えなかった輪ルート、限りなく近づいたと思ったのに最後のピースが見つからなかった澄ルートを越えた先にようやく出会えたから私は泣いてしまったのだと思います。三日月ルートを最後に推奨する理由っていうのはそれだけです。『それを見つけることで、花井さんを何か救い出すことが出来ると思ったんですけれど、僕らの罪が赦されるんじゃないかと思っていたけど、出来なかった。三日月と二人がかりで頑張ったのに、何も見つからなかったんです!』と叫ぶ馨君の心境に少しでもシンクロするためです。でもこれは後付けの理由というか自分で自分を分析してみた結果に過ぎないので本当は全然違う理由だったのかもしれないし、ひょっとしたらそれこそ何かのまやかしに引っかかった結果なのかもしれないのですけど。ですけど。


>「……でも、だからなんだって言うんだろうね?」


ということでその後の話をするんですけど、その後三日月が急に歌えるようになって『Dr.Flower』としての活動を再開するじゃないですか。しかも婚約を解消してまで。このことについて皆さんはどういう印象を抱いておられるでしょうか?
私は正直、『音楽』って怖いなって思ったんですよ。ある意味澄ルート以上にそう感じたかもしれません。だってそう思いませんか? 『Dr.Flower』の活動を休止してからの馨君と三日月って本当に幸せそうなんですよ。川でのんびり釣りをして、馨君は三日月に煽られて内心ムキになって、三日月は『君は自殺するべきだ』とかクソみたいなこと言う芸術家気取りのいない『普通』の世界でご近所さんと仲良くなって、旅館で結婚を誓い合って、馨君は『心からの言葉』で三日月への想いを伝えて(これでも尚二人の間に愛がなかったと思うのならもう好きにすればいいと思います)、互いの両親に挨拶をして、馨君は三日月の父親の前でがちがちになって(「ガチガチだったってことは、金田も大事な場所だってことを理解してたってことでしょ?」by対馬馨)、父親とベッタベタなやり取りを繰り広げて、そうして嘘みたいな『普通』の幸せな日常へと溶け込もうとしたところで、


>クリスマス・イブ特別ライブのお知らせ。
>BY STAR GENERATION


たった一度のライブを見に行っただけでその全てを放り投げて、『音楽』の世界へと舞い戻っていくことになる。
分かりますか? 何の迷いもなく苦悩もなく、そうすることが至極当然のようにあっさりと『普通』を捨ててしまったからこそ『音楽』の恐ろしさというものを私は感じたんです。三日月が歌えるようになった理由は後で語るとして、そもそも歌えるようになったからってもう一度歌う必要がありますか? 届くかも分からないのに? 『Dr.Flower』の熱狂的なファンだったとか言いながら硫酸ぶっかけてくるような連中のために? 三日月が歌を歌うっていうのはそういうことなんですよ。伝わらない恐怖ともう一度向き合って、また不理解に傷付けられるかもしれないのに、それでも彼女は歌うことを選んだんです。あなたはどう思いますか? 『音楽』ってそこまでの価値があるものですか?


>「それが何であろうと、おれたちには音楽が必要なんだ。他の何よりも必要だったんだ。どうしておれはそれを信じられなかったんだろう? 自分にとって一番大事なものを、どうして台無しにしてしようとしまったんだろう?」


とまあ、そういうことです。今の私はちょっと花井是清になり切ってみたわけですが、彼が信じられなかったものを花井三日月は信じた。そして対馬馨も。それだけの話です。ちなみに三日月が歌えるようになった理由ってのも大した話じゃないというか、作中で彼女が言ったことが全てです。「だって悔しいじゃないですか。八木原さんは、馨さんを泣かしたりしちゃって。私が何をしたってあんな感動させることは出来なかったのに」それだけです。分からないというなら輪ルートの朝川周が認知症を克服出来た理由を思い出してみて下さい。結局のところあれと一緒です。悔しいとか意地とかそういう感情は病気にも勝るということを『MUSICUS!』では言っています。そんな訳ねーだろと諦めるのは簡単ですが、そういう気持ちを捨ててしまったらそもそも私たちは何かと戦うことすら出来ないじゃないですか? だからとにかく、戦う気があるのならその気持ちを捨てないことです。花井是清はそれを捨ててしまったから死んでしまいました。『MUSICUS!』はあの手この手で花井是清を乗り越える物語です。「ここに心があって、それを伝えるものは音だけじゃなくて、言葉も、生きざまも、すべてのものが音楽なんですよ! いや、人間というものは生まれながらに全て音楽なんです! そう思いませんか? すっと生まれてそして儚く消える、生命って、まさに音楽じゃないですか? だって、そうでしょう? だからこんなにも、私たちの胸から音楽があふれでるんですよ」花井三日月がそう語ったものをクソだと言って死んでしまった花井是清を成仏させるお話です。皆さんもどうか第二第三の花井是清にならないよう三日月みたいに逞しく生きて下さい。全く関係ないんですけど昨年末に父親が亡くなりました。『MUSICUS!』をプレイするのが半年も遅れた理由です。おわり。