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lagrangeさんの遥かに仰ぎ、麗しのの長文感想

ユーザー
lagrange
ゲーム
遥かに仰ぎ、麗しの
ブランド
PULLTOP
得点
90
参照数
757

一言コメント

恋愛だけを描いているのではない。愛情だけにもとどまらない。人と人とをつなぐプラスの感情を、様々な方向から描き切っている。丁寧に描かれる心の移ろいは、ただたゆたうようでいて、いつしか吹き寄せられている水面の葉のように自然で、美しい。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

システム       4/5  必要なだけの機能はそろっている。
音楽          9/10 引き立て役に徹した丁寧で上品な曲。音質も優れている。好みは"夜明けを運ぶ風"。
グラフィック     10/10 一枚絵は構図、彩色まで含め、掛け値なしに美しい。欲を言えば背景の使い回しが目立つ。
ゲームコンセプト   7/10 閉鎖環境の学園もの。細かく練ってあるが、斬新とまでは言えない。
キャラクター     13/15 シナリオを忠実に演じている印象。単体で魅力あふれるわけではないが、全体では印象が染み込む。
シナリオ展開     19/20 大小の伏線を、近くからも遠くからも組み込む様は名手の囲碁のよう。丁寧に積み重ねられる小イベントも含め、非常に良質。
テキスト(台詞回し) 18/20 基本的には良好。ただし分校系は笑いを取る部分が上手くなく、違和感のある表現が散見される。
特別評価       10/10 グラフィック、シナリオに加点。
計 90

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高評価を獲得しているゲームだが、それも当然だと思った。
このゲームにおいて、ヒロインとの恋愛は主要素の一つでしかない。
全てのヒロインについて家族愛、友情や信頼など、恋愛以外のキーが並立し、絡み合う。

こういったテーマは作品に厚みをもたらすものだが、描写量が不足してどっちつかずになる、というリスクも持っている。
その点についても、似た展開を何度も繰り返す、重層的(色気のない表現だが、刺身の短冊のよう)な表現を用いることで深みを出せている。
特にこれは恋愛の表現において顕著で、正に一歩ずつ階段を上る様子が上手く表現されていた。
(より正確に言えば、この手法は分校系で顕著。本校系ではもう少し大きな単位、イベントレベルで揺り返しを連続させている)

他に重要なのは、シナリオの組み立てだ。
この点については、(特に分校系は)抜群と表現してよい。
日常の小イベントにしても、各ルートの本筋にしても、遠くから近くから伏線が張られる。しかもそれぞれが不自然でなく、無駄に終わるものはほとんどない。
自分は囲碁を打たないので正確な表現になるかは自信がないが、上級者が最終的に多くの陣地を得るまでの、"見事な布石"に似ているのではないかと思う。


一方、問題点もある。

(1) 共通部と分校系:不自然なテキスト
特にプロローグ部分で目立つのだが、バス降車後での体言止めの連続や表現の繰り返し、"子細を数えれば"などの変に気取った表現が目に付いた。拙いとまでは言わないが、人工的…というか、肩肘張った自然でない文章だ。
他にも、いくつか例を挙げる。
"斯う云う"だの"其れ"だのの会話表現は、明治大正期の上流階級的な雰囲気を求めてのことだろうが、自分としてはしっくり来なかった。
主に主人公の会話に混ざる"トコロ"などの片仮名表現や、邑那ルートに頻出する"ほそくしろいゆび"などの過剰な平仮名、微妙にツボを外した笑い系会話群(例えば、女生徒たちに"迷子先生"と呼ばれたりするくだりは特に。「やんややんや」は無いだろう…)。
特に最後の、笑い系の会話センスについては、分校系全体を通して残念ながら平均以下。せめて普通に楽しめるレベルであれば、ゲーム全体としてほとんど完全無欠であったものを。

(2) 分校系:暁さんの使い方
彼は、Deus ex machina(機械仕掛けの神)である。要は、出てくれば全てを解決できる、便利な存在。
主人公が頼れる相手が彼一人、というポジションも、設定に影響を与えたのかもしれないが…。
いずれにしても、そういった存在である以上、濫用するべきではない。
使いすぎ、立ち入りすぎてしまったのが邑那ルートであると考えている。

(3) 本校系:シナリオの流れ
普通のゲームの水準なら問題ないのかもしれないが、違和感を感じる展開がちらほら。詳細はルートごとの評価で。


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以下は各ルートごとの評価。プレイ順です。
キャラ名の横に一言ずつ書いてありますが、「恋愛以外にそのルートの本筋となっているもの」を自分なりに考えてみた結果です。


仁礼栖香:不器用な家族愛

彼女が一方的に相沢美綺を嫌う理由は?という部分から始まる展開だが、二度目の面会日、相沢一家を栖香が見ている辺りまでくれば、原因はほぼ推測がついてしまう。栖香は相沢一家に対して良からぬ感情を持っていると。
しかし、その直後の主人公との会話では、家族との絆をうらやましがっていることを見せる。そして直後の弟との柔らかい会話。
ここの展開は非常に上手い。そしてその後に弟から「もう一人姉がいる」ということまで説明を受けて、素材の提供はおおむね完了。その後、事実を姉妹に確認するまでが最初の山場で、以後の展開はこれらを元に丹念に組み上げられていく。

姉妹を含めて昼を一緒にする場面のドタバタ会話は、珍しくすべっていない。ベタではあるが普通に面白かった。オムレツの話にしても、前日に一度持ってきたことを見せた上で、二日目に話が動く。こういう細かい部分もきちんと伏線を張っているのは好感が持てる。
その後、栖香が態度を急変させることについても同様。予想通りではあるが、これまでの中で正しく伏線をばら撒いた結果当然得られる認識であり、一種出来の良い推理小説のようである。

次の山場となる、栖香がこの学園にきたきっかけ、については、(親の心情を考えれば)明らかに別の、正しい解釈が出来るのに、主人公までそれを完全に回避している。自らも親に捨てられた彼にしてみれば、考えたくもないし、考えもしなかったということだろう。
この辺り、理由の説明としては成立しているが、狙いすぎかも知れない。組み立てすぎて隙のない感じで。


ただしこの前後の、キスを繰り返しながらゆっくり親しくなっていく様は手抜きが無い。
こういった重層表現は余韻と説得力を生み出すと思うし、今後とも使っていってもらいたいものだ。

それ以後の展開は、ラストまで充分読ませる力がある。AIZAWAがらみなど、細かい部分はご都合主義なのだが、全体として見ればとても丁寧に仕上がっている。

テキストの不自然さについては、笑いを取ろうとした部分は相変わらず不調ながら、後半はそもそも笑い部分が少ないので、結果としては欠点が見えなくなったと言える。
読後感的には、前半の寒い部分は過去の記憶となっていた。



榛葉邑那:歪んだ家族愛

個人的に、悠然と全てを悟って周りを動かす風に見える、策士タイプのヒロインは、あまり好きではない。
つまらない理由だが、そういうキャラクターには純粋さ、もっと感覚的に言えば、人間としての"風通しのよさ"がないから。何を考えているかわからない奴を好きになるのは難しい。
そして、ともすれば、作品の設定の暗黒面を背負わされてしまう。秘密を持ち、持たされるのに最適な性格だから。
それらが相まって、幅のあるシナリオを作りづらいタイプでもあると思っている。
さて、邑那の場合はどうだろうか?

5章、ソフトボールの場面から、不安にさせられる。こういう、「この人はこんなにすごいんだ」という解説を聞き続けるのは、八百長がばれたとも知らずに勝利を得々と語る選手の自慢話を聞くようで、正直不快だ。
…気を取り直して先へ進む。
背後の闇の深さは、直前に栖香ルートをやったことで漠然とは判るが、ゲーム内で改めて暁さんに警告される。
本音を言えば、自分は笑い系、癒し系の展開が好きだ。こういう欝を避けられない流れは苦手なのだが、こういった良い作品はそれを越えて先を読ませたくなる力があると思う。

閑話休題。
遊園地へ誘う段では、急に策士ぶりは鳴りを潜める。別な一面というより、完全に別人。
燕玲との顔合わせから名前を呼び合うまでは普通なので割愛。
そして、兄の登場。ここまでが舞台準備。
あとは、邑那とその家族、燕玲との関係が語られる。

それ以降は、悪い意味で予想通り。やはりこういう組み立てになってしまうのか。
せめて燕玲については別の持って行き方をしなくてはあまりに普通(まあ、ただの悪人で終わられても評価が上がるわけではないが)。

徐々に体のつながりが深くなっていく演出は、他の分校系と同様丁寧ではあるし、チューリップの話や借りていた本の内容など、暗喩の小技は使われている。しかしシナリオ本筋の伏線はほとんど存在せず、「まあそういう筋もありか」という展開で終わっている。
なぜか。
こういった"賢い"キャラのシナリオは、「実は全て知っている」など多くの可能性を残すことが出来る。そしてそれは、途中の心理描写、状況描写を書かないだけで済む。そういうことだろう。…手軽で効果的だが、手を抜いた結果と変わらないようにも思う。
さらに、「困ったときの暁さん」を連発する羽目になっているのもマイナス。
そう言ったことを全体的に見て、やや平均上のシナリオと判断した。
また全体の設定自体が、アンチの多い要素をたくさん含んでおり、大きく評価を下げる人もいるだろう。



相沢美綺:愛も友情も冒険も。このゲームを象徴するシナリオ

美綺は笑い担当だ。あまり本格的なシナリオにならないのではないか?
しかしその予想はありがたくも外れることになった。

ソフトボールのくだりは彼女こそ主役、といった感じでつかみはOK。
シュールストレミングと坂水先生からの美綺調査依頼は置いて、遊園地で迷子の子供をキーに主人公の回想が発生。
確かに他のヒロインに比べて美綺ははるかに精神的に安定しているわけで、主人公の弱い部分を消化するには適している。何しろ両方同時にへたれたらシナリオも進めづらい。
その後、親友の契りを結びつつ、共犯者になっていくのだが…。この部分はどうなのだろう。
共犯については本人達はずいぶん楽しそうなのだが、それが伝わってこなかった。これは筆力の問題で、このルートでは一番の問題点。
桜屋敷買収計画の顛末は、おそらく手早く片付けるつもりだったのだろう、あっさりと終わっている。これは栖香ルートの裏に当たるので、この程度の書き方でも良いかもしれない。ここまでが一つ目の山。

つまり本筋は別にある。後半のピースは3つ。
要塞調査、友情から恋愛への過程、主人公の過去。

前二つは13話で一旦まとまり、最後に現れる主人公の過去と救い、そして生還。ここまででも充分の出来である。
しかし、エピローグの構成を見れば、このゲームの目指すものがより見えてくる。
最初のドタバタ、要塞調査の完了と暗示される続く友情。そして最後、去る主人公をバス停で待つ美綺。当然の演出ではあるのかもしれないが、本作品内の最長不倒であるこの布石はそれでも輝く。



鷹月殿子:自由

どこを見ているのか判らず、授業へ出席しない。いつも海を眺めている。
独特の目は防衛機制で、対象の無視、拒絶を意味する。
初めて主人公を"認識"するのは、海に自由を見ていた彼女に、別の見方を教えたとき。

求めるものの一つは自由。それを象徴する海、風。それを形にした、ロケット、そして戦闘機。
もう一つは、家族の温かさ。立場としての自分ではなく、本人そのものを見て理解してくれる人が欲しかった。
その二つの交点にいる主人公との関わりの中で、"好ましい"という気持ちが揺れ動きつつも、愛へと傾いていく様が綺麗かつ自然に描かれる。
そして大切であるがゆえに寄り添えず、寄り添えないゆえに苦しむ。
テーマは単純だが、テキストが非常に上手く、愛情の深さを充分に伝えてくる。
そして最後(11話)ではテーマである「自由」を殿子自身が理解するところで幕。良く出来ている。

気になるのは2点。一つは展開。
殿子の態度が変わってからかなり長い間、主人公が気にかけていないように見えるところ。

もう一つはエピローグ。
幸せにまとめているけれども、ほとんど奇跡系のネタ。せっかく直前で、"諦めずに努力し続けること"を打ち出しているのに、それを自ら否定してしまっている。実は、エピローグ自体ないのが一番余韻を残せたのではないか。今は厳しくてもきっと明るい未来。それこそが彼らの象徴するものだから。



八乙女梓乃:反転していく弱さと恐怖

これは梓乃を中心にしてみれば、最初と最後で全てがひっくり返ったストーリーだ。
孤立から、友人達を得る。殿子への依存と、そこからの自立。主人公に見守られる存在から、救う存在へ。
弱者ゆえの恐怖や嫉妬から、弱者ゆえの気づきへ。

はじめに言っておくが、心情描写と会話は非常にハイレベル。しかし、ストーリーの仕掛けは凡庸に過ぎる。
その意味では、一番本校系の特徴がはっきり出たシナリオといえるかも知れない。

さてこのルートは、非常に梓乃自身の視点が多い。

まず梓乃自身の回想で、彼女が本当は何を考えているかが明らかになっていく。
それは、弱者ゆえの恐怖であり、醜さ。(司に殿子を)奪われるものとしての暗い情念。
ごく一部は殿子ルートでも顔を出してはいたが、この内容は本人視点でなければ表現しきれないだろう。
(しかし、殿子がこの負の感情に気づいていないのは設定として無理のある気がする)

…その後の細かな嫌がらせは笑うところと割り切る。

そして海水浴を経て肝試し。恐がり屋+つり橋効果のよくある手法だが、双方の心情の描き方は充分なレベル。
その後イベントを重ね、輪の中へある程度溶け込む描写の後、突然の殿子の退場と、後を頼まれる主人公、それを聞いてしまう梓乃。
…しかし梓乃、主人公を追い出す前に殿子を引き止めなくては何にもならないだろうに。その後も結局引き止めてないし。

そして海辺でのイベント。待ち合わせ場所に偶然現れる暴漢。さすがにこれは狙いすぎで醒めてしまう。

その後、梓乃は徐々に積極的になるが、主客逆転、今度は主人公が得体の知れない怖さを梓乃に対して感じるようになる。
その態度の変化に気づいて、自分から触れられるように努力する梓乃。
だがきっかけはまたも暴漢。
どうもやはり、「逃げ」としてこの展開を使っているとしか思えない。
現実のカウンセリング(というか、精神的な回復)には非常な時間がかかる。しかしゲームは限られた範囲で、しかも劇的な変化が要求されるものだ。
だから衝撃的な事件に頼るのは仕方がない。問題はその質だ。最も安易なパターンを二回繰り返すのはかなり納得がいかない。後の退学騒ぎの理由付けにしているのは別によいが、ブレイクスルーに同じネタを使うのはどうか。

後は一言で言えばハリネズミ症候群というか。近寄りたいけど、近寄ると痛い二人がそれを乗り越える話。
暴漢が捕まった直後の、自室での主人公と梓乃のやりとり、退学をきっかけにした打ち明け。ここではすでに、梓乃が完全に主導権を持っている。
「だってこれでやっとあなたに、血の繋がった家族を作ってあげられるから………」
万感の想いと強さ、というやつですね。

エピローグはきっちりとまとめている。

主人公は梓乃で、司がヒロイン。そういう話だった。



風祭みやび&リーダ:望むものは何ですか?

「心配要らないよ。僕は絶対に誰も見捨てない」
完璧超人的な司が、あらゆるものを巻き込み、浄化していくストーリー。

みやび、リーダ、由。それぞれが彼を尊敬し慕う中で、自信というものを持てないみやび。
主人公は鈍感だし、みやびは意地っ張りで素直になれない。やきもちも焼く。
主人公とリーダ、みやびと由という、"釣り合う"組み合わせ。
非常に定型的。それだけを見れば。

しかし。
それを取り巻く多くの人々。それぞれの思い。差しはさまれる司の活躍。
よく、「個別ルートになると主人公とヒロインしか出てこなくなる。内容も短い」
などと文句の出る作品もあるが、これはその対極だ。
意外な展開はなくとも、広がりがあり、つながりがあり、良質なテキストがあればそれは充分に感動的ということだ。

あえていえば、みやびとリーダの過去がもう少し絡んできても良かったかもしれない。それくらいか。

エピローグはグランドフィナーレの扱いだろう。こうするしかないし、こうあるべきでもある。



最後に、本校系と分校系の違いを感覚的に書くと…
伏線の張り方とシナリオの組み立ては分校系。感動というよりは、感心する作り。一種、職人の作品を見るようで。
テキストのレベルは本校系。決めの台詞が素晴らしく、回想も良い効果を生んでいる。こちらは普通に感動させるタイプ。
「分校系のシナリオで、本校系のテキストだったらどうなったか」
ふと、そう思った。