奈良原一鉄というライターが想像以上に化物染みたポテンシャルを秘めていた、というのか。
「刃鳴散らす」は好きな作品ではあるが、本作は奈良原一鉄が(比較的)普通の作品も書けるんじゃん、という話で済ませていいレベルではない。
本作はNitro+の最高傑作と言っても過言ではないと思った。
ニトロ作品は特に短編に名作が多いと思っているが、本作は長編であるのに非常に完成度が高い所が強みであろう。
日本史に根差した話は肌に合っているし、その上に独創性のある設定が付加されており、
それを余す所無くふんだんに活用していく展開は素晴らしいと思う。
展開、演出、キャラクター、ストーリーに関しては近年随一の出来。
流石にキャラクターはその人数の多さ故か不完全燃焼、未燃焼のキャラもいたが、
サブキャラだからという点で捨ておいても良い位には他での燃焼は十分だったと思える。
ストーリーに関してはルートによって(章に非ず)バラツキが見られるものの、総合的に見れば傑作の部類に入ると思う。
序盤3章はオムニバス形式で、いずれもかなり傾向は違うが、短編としても十分に面白いエピソードだった。
正直言う事が無い。面白かったとしか言えない。
寧ろ話すべきことがあるのは以下のルートについて。
・英雄編
完成度が高い、一番初めにプレイしたせいもあるだろうが、
話の展開に納得が出来るし「ルート内」で話が単独で完結している所がある。
正義と邪悪の二項対立というように、形式的にしっくりくる感じがあったのかな。
・復讐編
これは伏線をこのルートだけで全然消化しないし、話が小じんまりとしていたような気がする。決して悪いとは思わないが、感銘を受けるようなことは無かった。
何より、銀星号との決着があのような形で終わってしまうのは納得出来なかった。
・魔王編
本編で「ヒロイン」と呼べるのは「足利茶々丸」、「山賊の首領」、「三世村正」「湊斗光」の四人だと思う。『英雄』と書いて『ヒロイン』と読むって人は他にもいるかもしれないが。
さて、魔王編では主人公とヒロインの関係が恋愛関係の上に矛盾しない、
上の二人は色恋沙汰に加えて復讐だとか真逆の価値観だとかで二律背反的な構造の上に成り立っている。
それも一つの形ではあるだろうが、無理はある。
愛に論理なんてないとかそういう哲学的な話ではなくて、
形式的にかけ離れているため、根本的に「共にあること」が出来ない点を以てヒロインとは呼べないと考えるのである。
これには議論の余地がある意見ではなく、ただ意味を汲みとってさえくれれば有り難いと思う意見である。
一方で、本ルートでの茶々丸は「共にあること」を成功させている。
お互いの存在が必要とされる。
互いの根源的な意思に齟齬が無く、対立が無い。
確かに結果的に悲劇で終わるのも、一つの愛の形かもしれない。
愛に「共にあることは」必要無いのかもしれない。
それでも違和感は確かにあるのだ、
何故綾弥一条や大鳥香奈枝が湊斗景明に惹かれ、
恋焦がれたのかの説得力が今一つ足りない。
で、これは珍しく文句無いハッピーエンドで良かったと思う。
ハッピーエンドが全てではないが、
この恋愛関係はしっくりくる。英雄編もしっくりくるが、
それは恋愛というよりは物語としてである。
重ねて言うが、これは他ヒロインの批判ではなく、
あくまでも形式として、「そう見えた」というだけの話である。
一条とかはキャラとして好きだけど、『恋人』ではなく『宿敵』とか『天敵』と書いて『ライバル』という肩書きを冠しても違和感は無いよね、っていう。
・悪鬼編
流石に結構論理の堂々巡りというか、善悪相殺の真理を他ルートで既に突いてしまっているせいか、発想に真新しさは見受けられなかった。
村正のサービスタイム以外には綺麗に終える為に必要な話で、それが存在価値であったように思えた。
最後に、足りない一点とは何か。
音声無し体験版にあった小夏の四肢切断のシーンが差し替えられ、
現状だとそのシーンを見る事が容易ではない点である。
これは自主規制をしたこと自体に文句がある訳ではない、
製作者側にとっては本位ではない規制は出来る限りして貰いたくはないが、そうではなく、何でその規制前の体験版を配布することを止めたのか。
私は本作には期待していたが故に、体験版をプレイしなかったのだが、
当時プレイした人だけがその分の楽しみを得られて、やらなかった人、あるいは本編の購入者が、本来挿入される筈だった物を享受出来ないという構図は余りにも理不尽。
本編に入っていなくてもさ、いつでもDL出来るなら文句はないけど、そうなってないから癪に触った。こんなことで興が一毛でも削がれてしまったことは残念に思う。
今後はこういうことが無いように祈る。
~追記~
ほとぼりが冷めたので100点に上げました、ムックにはカットされたCGが入っていたので。