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gluttonykingさんのゼーメンシュ-Aftermath-(愛病世界Ⅰ)の長文感想

ユーザー
gluttonyking
ゲーム
ゼーメンシュ-Aftermath-(愛病世界Ⅰ)
ブランド
東堂 前夜
得点
80
参照数
136

一言コメント

終盤ジャンルが変わってびっくりした。怒涛の○○○ラッシュは辛い。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

【どんな話】
三年前、とある海岸で人魚が発見された。
第一発見者であり人魚研究の第一人者でもある主人公を軸に、人魚の研究は秘密裏に進む。
マイと名付けられた人魚は、主人公の家の新しい家族として迎えられ、同居人の海貴、蘭万、モコ達と一緒に新しい生活を送っていく。
主人公の記憶が戻るまでは……。


【感想】
魅力的なキャラクター同士の掛け合いを楽しむ、そこに生まれるドラマに感動する、もしくは投げかけられる問いを考えつつ余韻に浸るような作品ではなく、
アクション映画のようなシンプルにストーリを楽しむエンタメ要素が強いという評価が一番しっくりくる作品だった。
RPGゲームの弊害もあるのか、登場人物に結構な描写不足が否めなかったり、「感動してくれ」と作者の意図がバレバレな演出が多々あり退屈してしまうシーンが中盤まで続いていたが、最終節に入ると雰囲気はガラリと変わり、想像を越えた超展開を堪能できた。
前情報を取り入れず(同人ゲーム界隈の中では「なんか面白いよ」と噂になっているのを目にした程度)プレイしたので、想像していたものとは180度違った内容で、良い意味で困惑してしまった。
予想だにしなかった急展開を見せられたときは、口元を手で抑えて「え? は? うそ、どゆこと……?」と終始画面に向かってぼそぼそとぼやいてしまっていたほどに没入していたかと思う。

本作は人魚であるヒロインのマイが主人公の英雄豪傑と出会い、家族として迎え入れられるところから物語は始まる。
初めての慣れない人間社会、同じ屋根の下にいる豪傑以外の人間。マイは戸惑うことはあれど、新しい家族をとおして人間の文化や習性、人魚との違いに触れ、人間が持つ優しさや愛情に惹かれていく。そして徐々に豪傑へ好意を募らせていく。
マイに限らず、海貴や蘭万、モコ、そして豪傑も、お話が進むにつれて出くわす事件や出来事を手を取り合い乗り越えていくことで、互いに心を育み合っていく。
というのが、序盤から終盤手前までにかけての大まかな内容である。
こちらに関しては先述したように、プレイ中は描写不足が気になった。
キャラクターの感情推移が飛び飛びで見せられるので、追いつけなかったり、唐突に悟りを開いたような発言をするせいで、キャラクター性にズレが生じてしまって飲み込みずらかったりと、全体的にやや荒削りな描写で残念なものだった。
だがしかし、荒削りな分、妄想を掻き立てる隙間をいっぱい与えてくれていたのが終盤に大きく効いてくる。
シーンを見ながら「さっきの場面に含まれた思いは……」と自分なりな補完をしていくのだが、
そのせいでゲームを最後までプレイした後、この粗削りで冗長な第一幕が見事『心をクリティカルに抉る自分専用の鋭利なナイフ』へと変貌することになる……。

というのも、この一幕が終わるまで約10時間ほど費やしたのだが(RPGゲームが不慣れ)。この物語、10時間プレイしても本当の意味でまだ""始まっていない""のだ.

最終節が始まり、どんどんこの物語の雲行きがあやしくなっていく。
マイが抱く豪傑への想い、海貴の人魚化、蘭万の前で起こるフラッシュバック、店主の記憶とぽんぽん湧いてくる懸念材料。
そして、それらにもやもやさせられながら開く「赤いスコア」。
物語の核心を秘めたその回想は、全てを瓦解させ終幕へと導いていく……。
実は、主人公英雄豪傑はこの世界の住人ではなかった。
蘭万が発症させる「アイ病」の犠牲者をへらすために様々な世界を行き来し、キーとなる人物を殺して回る特別な人間だった。
記憶を失う前の豪傑は海貴を殺し、彼の名を奪い、不老不死の力を秘めたマイを食べるためにこの世界にやってきた。全てはアイ病による世界の崩壊を防ぐために。
記憶を取り戻した結果、かけがえのないものと世界の存亡を天秤にかけなければならなくなってしまう豪傑。
それは彼らを過ごす一時に「愛」を見出し、かけがえのないものとして守る決意を固めた矢先の出来事だった。
本シリーズは人魚博士として奔走する英雄豪傑の日々を描いたハートフルホームドラマではなく、アイ病を防ぐために無情に人を殺し続ける英雄豪傑の人生とその苦悩を描くSFシリアスアドベンチャーだったのだ。(シリーズ一作目となる今作は、物語を本格始動させるための導入としての役割が大きい。)

まさかこんなトンデモ展開が来るとはつゆ知らず、構えが甘かった自分にはクリーンヒット。
最後の最後、ギリギリまで引っ張る構成は秀逸、久々に度肝を抜かれてしまった……。
人魚博士の頃の記憶を引きずる欺人が愛する者たち一人ひとりに"お別れ"をしていくシーンはほんとうに辛かった。
中盤まで退屈に感じていた「自分で想像することで補完できていた日常シーン」が次々に脳内にフラッシュバックしてきて、
欺人がぐちゃぐちゃになりながらやっとの想いで口するマイたちへの想いとリンクするのはとても感情を揺さぶられた。
「お別れする」ことがわかってから、ようやく日常シーンに自分が気持ちが向き始めるのは最悪のタイミングで(褒め言葉)、地獄への階段を一歩一歩登っていくようで辛いのなんの。
しかも自分の補正が入っているのでなにか琴線にふれると、ピンポイントで心を抉ってくるのだ。キツくないわけなく、ここ最近あった感情の起伏で一番キツかったかもしれない……。
マイの想いに報いるためにも、試食しようする敵を皆殺しにし、食卓に並べられた"彼女"を一人で完食しようとするシーンなんかは特にひどかった。
静かに食べているのだが、欺人の慟哭が聞こえてくるような気がしてならないのが余計に。グロテスクな演出なのにこんなにも切ないなんて……。

無事になんとか読み切ると、「これまでのお話はほんの""序章""に過ぎない」とでもいわんばかりに皮肉めいた無感情なアナウンスが挿入されるのが非情で「なんでこんなテキストいれるんや」と熱くなっていたら続けざまに表示されるタイトル画面のトップ画像……酷薄。

自分が死ねば数多の命が失ってしまう。
欺人が死なないためには、世界の被害者を減らすためには、目の前にいる最愛の人間たちを殺さなくてはいけない。
本シリーズの鍵を握るアイ病というものは、犠牲の下でしか正義は成り立たないことを世界に示しているのかもしれない。
正義を背負う人間はある種罪人でもある。欺人のように罪の意識を持って一生苦しみながら生きていかなくちゃいけないのだろう。
そう考えると彼の置かれた状況を理解してマイと海貴が自ら首を差し出すのは残酷だなと思う。
せめて抵抗するなり、欺人に対して恨みを抱いて死んでくれたほうが、まだ自分を悪人として責められるからいいのだけれど、
今の彼はやり場のない感情と向き合い続けなければならなくなっていて、とても可哀想。きっと常人には慮ることは出来ないのかもしれないが……。


そんな感じで後半は愚痴なのか、称賛しているのかわかないような感想になってしまったが。
思い切りかき乱された作品だったと思う。序盤微妙だったが、終えてみて満足度は高い。
次作も必ずやりたい。すごい怖いけど。


【その他】
人魚を大量虐殺した興桜はちゃんと罰を受けるべきだと思う。あのくだりは流石に綺麗事がすぎるかと。