想像以上に早く終わった
■あらすじ
拳で物事の是非を決めることで有名な底辺男子高校雑木林は、存亡の危機に瀕していた。
現番長でありこの物語の主人公浮木々猿吉はこの男子校の未来を守るため、隣町の超お嬢様高校硝子ノ宮との"共学化"を図ろうとしていた。
硝子ノ宮の中でもヒエラルキーのトップに君臨する月島カラスに頼み込む猿吉だが、交換条件として"とあること"を命令される。
それは、『女装して硝子ノ宮に通うこと』だった。
■どんな話
猿吉はジュリアとして学園にかよい始めると硝子ノ宮のスターとして一躍人気を博す。
けれどもやっぱり本性は男子。生き物として違う女性の価値観やお嬢様特有の常識を前に戸惑ってばかり。しかし母校雑木林のため、女子校の生活に溶け込もうと必死で努力を重ねる。
そんな破天荒な日常で出会うヒロインたちが抱える悩みや問題を持ち前の無鉄砲さと根性で解決していくお話。
■感想
誰からも見守られることなく、月明かりの下、病室で息を引き取った美少女を無理やり叩き起こして生き返らせる(???)
というぶっ飛んだ出だしから始まるとおり、初速を落とすことなく最後まで駆け上ったような作品でした。
ギャグパートからコロコロと展開していき、ジェットコースターの如く最上まで登ってからは一気に走りきるような構成で最期までだれることなく読み進められました。
また、地の文はとても少なくセリフメインなテキスト調。ファンクなBGMとしっとりとしたピアノ調のBGMが生み出す緩急。漫画のような動きがわかるコマ割りCG。といった高クオリティな素材がこのスピード感あるリズムを支えていたのも大きかったです。
■猿吉の父親がまとめてた。
この社会で生きることは、他者と関わりを持つことと同義です。
それは各々の価値観が交差することでもあり、当然すれ違いが起きてしまうことだってあります。
誰しも年月が経てば意思も固くなり、プライドが都合よく自分を正統化し、相手を悪者にする。本当は違うって分かっているはずなのに。
そうして放置していたすれ違いはいつしかは自力じゃ解けないくらいに固い結び目になって残ってしまう。
猿吉と猿吉の父親 猿吉の父親とうきの母親 猿吉と猿吉の母親 硝子と硝子の父親 ユキとユキの母親 メバチとグッピー メバチとメバチの母親 カラスと猿吉……etc
などと、猿吉だけじゃなくて、登場する様々な人物同士がそういった解けない結び目を抱えているのは、
若さから至る過ちなのではなく、大人げないわけでもなく、どの世代においても起こり得る問題であるという認識を強く植え付けられます。
この難題に対しこの作品が見出した答えというのが、「他人の間違いを許せる大人になってほしい」という父親のセリフ。
(おそらくこの他人の間違いには「悪意ではない」いう前提がつくかもしれませんが)
他人の間違いを許せる懐の深さをもつべきだと、そして優しく寄り添ってあげるべきだと。
普段からそういった懐の深さを持ち得ていない僕としては、やや難易度を感じましたが、
実際猿吉自身も他人事に関しては徹頭徹尾これを貫いていたし、本作らしい答えで良いなあと思います。
(許すという言葉自体にも多くの意味が込められてそう)
しかし、普段猿吉からねちねち小言を言われて、あの場でも元妻から指摘された通り、父親じゃ自分のことを棚に上げてよく言えたもだなあと最初は思ってしまいましたよね。
まじで説得力のないお説教だよ。と……。
けれど、よく考えてみると、彼が言ってることはなんらおかしくないし、彼みたいな大人だからこそ言えるセリフなんですよね……。
だって、間違いを犯さない人間なんてこの世にいるわけがないし、こんなこと自分のことを棚にでも上げなけりゃ本心で言えないですよ。
逃げるのをやめた彼だからこそ、自分のプライドを犠牲にして皆に伝えて、頭を下げられたんだと思います。
あの場では彼しか口に出せる人はいなかったんじゃないんでしょうか。
他のガキどもが喋っても説得力ないし、損な役回りになってもギャグで済ませられそうだし、理にかなっているっていうのもあるとは思いますが、
父親のセリフであること自体は、すんなりと納得が出来ました。
僕らが普段思い浮かべる大人らしさっていうのものが、一瞬だけ垣間見えたかもしれません。
なので、ここで答えが出たことよりも、父親が大人としてやらなくちゃいけないとしっかり全うしてくれたことにとても魅力を感じました。
好きなワンシーンです。
■ノベルゲームを楽しむ要素について再理解を得られた。
つまるところ、「テキストだけじゃないよ」という話でもあるんですが、やりすぎて凝り固まった価値観をリセットさせてくれた気がしてます。
先述した通り、背景、CG、BGM、声優さんの演技、UIデザイン。どれも最高峰のクオリティでした。
BGMがとりわけ良かったんですが。しっとりとした感動を煽るようなシーンで流れるBGMはドンピシャな選曲。センス良すぎ。
似たようなイメージだとコトリンゴさんやたむらぱんさんが挙げられるんですけど、
夢の中で猿吉と母親がキャッチボールをするシーン、キャッチボール自体は成立しているのに、言葉のキャッチボールがどんどん成立しなくなっていく中で、
"君のいない朝"というボーカル曲が流れるんですが、これが無茶苦茶よくて、母親がこの世にいない存在であることを一層際立たせていたと思います。
結構涙腺に来てた……。
いかにBGMが大切かというのを、このシーンのお陰で再認識出来ました。
というか、奥華子の曲で"君がいない朝"って曲あったな.......。
■人の生き死にが関わるとやっぱり面白い
これもノベルゲームを楽しむ要素に通じるものですが、
大枠はギャグを主体とした学園女装モノに、誰かの生き死が混ざると、女装よりもその結末が気になって仕方なくなります。
カラスにしかり、メバチの母親に、猿吉の母親、そして猿吉自身。ユーザーに物語を引き寄せる道具として「誰かを殺す」のはやっぱり良いアクセントになるよなと、創作物においてのど定番を強く見せつけられた気分です。
■結構不満点もある
駆け足で終わらせたというのが、全ルート共通して最初に感じた印象でした。
グランド√であるカラス以外のヒロインの√は尻切れトンボな終わり方で、共学化については最後にとっておくにしても、
ヒロインの魅力をもっと見せてほしかったという消化不良さがやはり残ります。
ざっくり言うと、よくわかんないけどヒロインが主人公を好きになっていて、よくわかんないけどよくわかんないHシーン(夢の中でセック○してます)が始まって、よくわかんないままクライマックス越えて、気づいたらEDのアイキャッチが差し込まれていました。
特にヒロインと共に強大な障害を打ち破るクライマックスシーンはOPが多用されていて、無理やり「ここはクライマックスで見事大団円迎えました」と見せられているようにしか見えず、ちょっと残念だったポイントです。
"君のいない朝"という曲に出会えたことが個人的に何より幸せな出来事だったので、この作品をプレイ出来て良かったと思っています。
ロープライスに半年かかってしまう僕でも一ヶ月半でクリアできたのは、この作品をなんだかんだ楽しめた証拠でもあります。