全体的に面白かったが、備忘録として非常に楽しめた夏帆ルートの感想を。
夏帆ルート以前にプレイした那津奈ルートとほのかルートでは、エロゲの根幹とも言える『恋愛』が凄くビミョーだったせいで、「もう恋愛なんてしないほうが良いんじゃないか?」と西野カナあたりに共感して貰えそうな、恋愛不信思考に陥っていましたが、その認識がこのルートで一気に覆りました。いや他のルートの恋愛部分に関してはホント「舐めてんのか?」って何回言ったのか分からないようなデキだったんですけど。
当たり前だけど好きな人を謎に譲ろうとせずきちんと告白して、その告白が「恋人になってくれ」という意味で通り誤解なく進んだっていう時点で、元々の夏帆の可愛さも相まって勝ちを確信したんですが、それだけじゃなく公園で一緒に逆上がりの練習をしたり、一つのブランコに一緒に乗ったり、アイスを食べさせたり、学生時代にしかきっとしないであろう初々しい触れ合いを重ねる恋愛をしていたのが素晴らしかった。こういう王道恋愛と青春部活はやはり親和性が高い。ともすれば、僕にだってそんな青春が来たかもしれないと思わせてくれる。・・・いや来なかったんだけどね。
無駄に悔しくなったところで本題、恋愛ゲームにおける恋愛のポイントは『相手を知り、どれだけ受け入れられるか』であると思う。正味、選択肢が沢山あったとしても、ヒロインごとのエンディングの数は『Bad』『Good』の2つのみが基本であるため、最終的な結末は我々プレイヤーの意思や選択に関わらず一定のフラグを成立させることが出来るか出来ないか次第で、一点に向かって収束してしまう。如何に多くの選択の中で我々プレイヤーが相手を知り受け入れようとしても、『相手を知る』選択が取れず『相手を受け入れる』選択も取れなければ、その選択の複雑な過程や思惑に関わらずバッドエンドへ一直線である。これら一連の流れに我々の意思はほとんど介在していない。要はノベルであるためにゲームとしての自由度の低さをどうしても強いられてしまうのである。故に我々の意思に関わらずとも、主人公は『相手を知る』場合もあるし『相手を受け入れる』場合もある。よって問題なのは、我々プレイヤーが『相手を知り受け入れる』ことではなく主人公が『相手を知り受け入れる』プロセスに、どれだけ共感することが出来るか、である。
夏帆ルートではこのプロセスを非常に綺麗に見せていた。
夏帆の母親は宇宙飛行士で、父親はロケットエンジンの開発者だった。まだ幼かったある日、父の開発したロケットエンジンを搭載した月へ向かう有人ロケットに母親が搭乗した。結果は失敗。ロケットエンジンに起因するトラブルで墜落し母親は死亡、父は転職して、夏帆は両目に傷を負った。しかし開発責任者であった父親にトラブルの原因調査の詳細は知らされておらず、まるで不都合を隠すように責任だけをなすりつけて事態は曖昧なまま終わった。そうした背景から、彼女は失敗すれば失明する成功率の低い手術よりも、目の見えるうちにロケットに詳しくなって両親の無念を晴らすという『夢』を見続けることにした。
夏帆「いつか、見えなくなってもいい。わたしは今、どうしても夢を見たい」
この境遇から夏帆は友達はおろか、その理由は明かされていないもののあまり家に帰ってこない父親にすら、自分が寂しく、わがままを言って、甘えたいことを隠し通してきた。迷惑をかけるのはいけないことだ、それはズルイことだと。加えて、能動的に動くことが出来ない自分を彼女は『臆病』だと自嘲的に分析した。
乙矢「お袋がいる奴らが毎日甘やかされて抱っこされてる間、夏帆は独りで寂しい思いをしてきたんだからよ」
乙矢「人生の統計で見りゃ、お前はまだ全然甘えてねぇし、抱っこもされてねぇんだ」
夏帆「変じゃない?」
乙矢「変じゃねぇ。だいたいよ、ぜってぇ内緒だけどな。抱っこなんて、俺だってされてぇよ」
このように境遇の近似と気持ちを理解した上で掛ける、夏帆の性格を踏まえ、半ば反論のような体裁にした主人公の不器用すぎる優しさは、おそらく臆病な夏帆の背中を押すものであったのだろう。この日から次第に、主人公に対してのみ、笑ってしまうような小さなことだがわがままを言うようになる。その他にも遠慮も無くなり、たどたどしくもボケに対してツッコミを入れてみたり、自分からボケてみたりするようになる。(だいたいテンポやタイミングが悪く上手く機能していないのもまた可愛らしい。)
このように相手を知ることで、相手を受け入れ、夏帆もまた、主人公の内面に共感し主人公を受け入れていく過程が丁寧に描かれていた。
このまま順当に行けば全国大会も優勝してハッピーエンドだが、そうは問屋が卸さないのがエロゲであるため当然もうひと波乱ある。次第に夏帆の目が見えなくなってきたのだ。初めは半年に一度、視界がなくなるだけだった。次は三ヶ月に一度。次は一ヶ月に一度。今ではロケット開発で目を酷使し続けたため一日も持たなくなったことを主人公に告白する。彼女はビャッコのためにも危険な現場に立つことを諦めた。
夏帆「乙矢くんと一緒に作ったロケットが優勝するところを、見せて」
ここで主人公には2つの大きな選択を迫られることになる。
自分の気持ちを語らない夏帆が出した結論は夏帆の望んだものなのか、そうではないのか。夏帆は理性的で強い。そして他人思いで優しい。その夏帆がロケットの開発を諦めたのだから自分たちが出来るのは優勝トロフィーを持っていき、夏帆を安心させることだ――仲間たちは口々にそう言う。振り返れば確かに夏帆はみんなの前ではいつだってそう振る舞っていた。そう思わせる笑顔を主人公にも見せていた。一度は納得しかけるが、彼女のその性格はあくまでも『対外的』なものであり、彼女の本心とは真逆に位置していることを公園で語らい距離を縮め、身体を重ねて、思いの丈の一端を聞かされた恋人である主人公だけが知っている。ウソを嫌い、不正を嫌い、誠実であろうとする夏帆は、誰よりも自分自身に嘘をついて『理性的で強く、他人思いで優しい手のかからない夏帆』を演じ続けていた。そのことを相手を知り受け入れた主人公だけが知っているのだ。
乙矢「お前はしっかりなんかしてねぇし、理性的で強くもなくて、他人に優しくもない。それでもいい!」
乙矢「強がらなくても、どれだけ弱音を吐いたって、何度嘘をついたっていい!」
乙矢「それでも、俺はお前が好きだ!」
乙矢「今日まで必死に我慢ばかりしてきたお前のことが、大好きなんだ!」
ヒロインが被ったペルソナを自分の力では外せなくなる展開は王道であり、先述したように恋愛を『相手を知り、どれだけ受け入れられるか』と定義するならば正道だ。仲間が語る夏帆の美点を、主人公は明確に「気を使うは意地っ張り、しっかりしてるは言いたいことが言えない、優しいは臆病、理性的で強いは感情を押し殺して強がってばかり」と否定した。これらだけ見ればネガティブな要素の羅列でしかないが、他者を思いやる優しさと他者への甘えを許されなかった境遇という魅せ方と重ねることで美しくなる。夏帆というパーソナリティを形成するに至った過程が細かく描写されていただけでなく、外したくとも外せなくなってしまったペルソナを強引に引き剥がすかのような力強さと、恋人である相手のことを理解しようとした、まさしく主人公にしか出来ない夏帆の本質を引き出すような選択は『恋愛』の底力をあらためて思い知らされる秀逸さだった。共通でも個別でも仲間たちの絆を丁寧に描く一方で、相手の本質を許し、取り繕う必要がない唯一の関係性として『恋愛』を引き立たせたのは芸術的な展開である。王道で正道であると言ったがそれが十分に出来る作品が少ない中で(里伽子抄はこれより複雑だが、それにかなり近いと感じた)、非常に丁寧で卒がなく描かれていた点を評価したい。
こうして考えれば考えるほど黎明夏帆というヒロインは可愛い(KAWAII)。
奇跡とも言うべきキャラクター造形に立ち会えたことを幸福に思い筆を置きたい。