異彩を放つ至高のテキストによって紡がれる傑作中の傑作
この作品はとにかく登場人物のキャラクターが個性的。
各章の主人公「たち」はずば抜けてアクが強いし、各章のヒロインや周辺の人物たちもみんなキャラがしっかり立っている……もとい、やはりアクが強い。
しかし不思議なのは、この作品のキャラクターのアクの強さは、むしろ何故だか心地よさを感じさせる。
嫌味が無いといった単なる無機質なキャラクター達ではなく、しっかりと人間性の軸を保ちながら周囲と相互に関わり合い、一人一人がしっかりと「生きている」。
エロゲでこんなことを書くと笑われるかも知れないが、この作品をプレイすれば何を言っているかお分かりいただけると思う。
また、一般的に「個性的」「キャラが立っている」というのは同時に「無個性」ではないことを意味している。
現実の人間というのは、とかく「無個性」であると思う。
まず無個性な現実の人間は、冒険をしない。発言においても行動においても冒険をしない。
そして、無個性な彼らは常識に縛られる。良識的な一般人とやらであればあるほどに、常識を踏み外した言動が無くなっていく。
まとめると、「無個性」とは大抵こんな感じだ。
そして、『俺翼』の登場人物たちというのはここで挙げた「無個性」な人々の特徴とはまるで正反対の行動特性やキャラクターを持っている。
渡来明日香にしても玉泉日和子にしても、いずれも典型的ヒロイン然とした整った容姿をお持ちなのだが、
更に彼女たちを個性的なヒロインたらしめていると個人的に思うのが「陰(かげ)」だ。
闇を抱えているとか、どこか翳りのある性格、というようなニュアンスだ。
現実の美人や可愛い子は若い頃は特にチヤホヤされがちなのだが、俺つばのヒロインたちは良い意味で年齢不相応な大人びた考え方をしていたり、
どこで覚えたんだよと言わずにはいられない「グっとくる」女性的な振る舞いを急にしたり、
全体的に挫折をしていない人間特有の「底抜けな明るさ」「天真爛漫さ」のようなものと無縁なところを持っている。
人気の出る美少女キャラというのは、得てしてそういった陰(性格)と陽(容姿)のギャップというものを備えていると思う(『きまぐれオレンジ☆ロード』の鮎川まどかなど)。
その上、先ほど挙げたように程よい塩梅で「個性的=非・無個性的」なのだ。
ある種エロゲの世界でしか見られないようなエキセントリックさとも形容できるのだが、とにかく彼ら彼女らは会話テキストが一々面白い。
テキストライターの王雀孫氏は自分が尊敬する数少ないライターの一人だが、氏は遅筆と言われるだけあって文章の精緻さ・ユーモアセンス・引き出しの多さ・心理描写の鋭さ等に関して他の追随を許さないものがあると思う。
彼の描写する個性的な登場人物達によって織りなされる一際エキセントリックでユーモアあふれる会話は、遊んだ人間の印象に刻まれること必至だ。
主題歌のJewelry tearsならびに作中のBGMもかなり出来が良い。音楽担当のアッチョリケ氏も才能があると思うが、現在活動の足取りが良く分かっておらず、少し勿体ないなと感じる。
ネタバレになるので敢えて書かないが、各章それぞれの主人公にはそれぞれの込み入った過去や事情があり、その生い立ちはストーリー全体に良くも悪くも影を落としている。
終盤になると、単なるオムニバスにも思えた作品世界全体をその各主人公の生い立ちが貫き、様々な点と点が立体的に結びつき、読者である自分達プレイヤーの目の前に立ちはだかることになる。
最後に主人公「たち」がどういう選択をし、困難を超克していくのか。
その終盤のカタルシスたるや並々ならぬものがあり、その結果としてこの作品は奇異でありながら至高の作品たりえていると思う。
エキセントリック風味なキャラクターに拒否感がないのであれば万人にオススメしたい作品だ。
今までに遊んだテキストアドベンチャーの中でも屈指の傑作だと個人的に思っている。