ErogameScape -エロゲー批評空間-

bdtetraさんのサクラノ刻 -櫻の森の下を歩む-の長文感想

ユーザー
bdtetra
ゲーム
サクラノ刻 -櫻の森の下を歩む-
ブランド
得点
90
参照数
374

一言コメント

IV章まで95、V章中盤から怪しい 「君は場違いなのだよ!!!」

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

直哉教師編は素直に新美術部はいい子が多く、真琴編は最高にエロく、直哉/紗希/静流/明石/藍/健一郎は終始かっこよく、圭過去編はすごくいい話で、藍ちゃん正妻は最高にいい選択だと思う。IV章までなら95あげてもいいレベル。


長山問題:
でも5章中盤の旧生徒全集合茶番からの、バトル展開。これが問題。バトルいるかなぁ…いらないよなぁ…いや、まぁね、なんかしらのカタチでそれぞれの全力を出し、想いに決着はつけないといけないと思うんですよ。でもこういう形である必要あったかな、と疑問に思う。残念パーティ会場で過去キャラがぞくぞく集まってきたところで嫌な予感はした。

まず問題点としてはライブペインティング形式であること。バトルっぽく全キャラ華を持たせたい、みたいな意図があるのは伝わるが、この形式で唯一得をしているのって長山だけな気がする。というか里奈が単純にかわいそう。試合前にちょっとした直哉と10クリック分ぐらいの会話時間は与えられているが、負けたあとは話す機会もなく東京直帰からレズセックス要員。人生かけて絵を描いておいて(長山がそうでないわけではないが、特段別次元で努力しているようには見えない)、実力も想いも人一番強いはずなのに、扱いがこれはちょっとひどい。合わせてキープ扱いされてる優美もかわいそう、里奈本人は「草薙はそういうのではない」と言っているものの、どうだか。雫は空気。どうでもいいかもしれないけど、ライブペインティングの里奈の絵は流石に会場で完成させるのは無理あるなと感じた。

またバトル描写自体も問題ありと感じた。ライターがやりたいことはわかるし、会場が盛り上がったりする描写はされているものの、正直あまり読んでる側としては実感できない感じがすごく、実際に会場で起きている盛り上がりと、読み手に伝わる盛り上がりとかなり差異が発生してしまっている。これがライターの力不足とはこれまでの流れでは到底思えないが、すごく浮いてるように感じる。結局最後はライブペインティングじゃなくなるし、じゃあそれまでの流れって長山立ててるだけじゃんってなる。別に長山・マルツケタダケ・香奈がキャラとして嫌いとかそういうのはないんだけど、申し訳ないが恩田放哉先生の「君は場違いなのだよ」は全く持ってその通りでございます。見せ場があるのは大事だけど他の主役を置いてけぼりにするレベルでスターになる必要性はなかった。

彼女の扱いが凛、里奈、雫、優美、明石、新美術部全員、おまけに正妻の藍より扱いがいいのが謎(真琴と心鈴は独自√があるから良しとして)。実質長山√を作りたいのであれば、長山√として用意するべきだったのでは?と思う。これはすかぢによる「凡人万歳」のメッセージ性なのか単純にキャラとして気に入ったのか…前作で悪者キャラだったからイメージを上げたいという意図は伝わるけど、あまりにも露骨プッシュすぎる。改めて言うと、別に長山ってキャラが悪いわけじゃないんです。こういう他のキャラクターを踏み台にした筋書きか、ご都合奇跡魔法を利用しないと、長山ってキャラクターを立たせられなかったのが問題。

相対的に新美術部員は圧倒的活用不足、主にルリヲ(かわいい)と鈴奈とノノと奈津子。奈津子に関してはあまりの空気すぎて正直VI章のエピローグで出てくるまで存在忘れてたレベル。最初の方の新美術部で圭の絵の前で手をつなぐCGが印象深くすごくよかっただけに、本当にもったいない。



テーマの否定:
長山プッシュが問題なかっとしても、少なくともこの展開については、ここまで4章までで積み上げてきた流れやテーマと大きくかけ離れているなぁと感じる。返ってこない青春という白昼夢、社会人として飲まれていって失われる夢、神童からただの人へ、人の死とその影響、一生過ごすと思っていた親友達との疎遠、学生時代の1年と社会人の1年の感じ方の違い、20代後半から感じる人生の停滞、10年間というあまりにも長く停止してしまった時間。ここら辺があまりにもよく描画されていて、アラサー向きの「現実直視」をフォーカスにしているように感じるのに、ここのラストでファンタジー超展開(伝奇もの設定とは言え)を持ってきてしまうのは、ハッピーエンドに無理やり持っていかれてる感がどうしても感じられて、それまでターゲット層が共感ができることが多かった物語から、いきなり突き放される感じが強かったと思う。また、この展開への持って行き方も少々強引に感じる。確かに見方によっては「愛している藍が危険にさらされたから」だが、根本的には皮肉にも「描かなければ膨大な借金を背負わされる」という物語のスタート地点に巻き戻し。結局、直哉が「詩」が終わってからの期間、教師としてやっていて学んだことなど、その時間を通した「人間性」の変化がこのエンディングには薄いと感じた。良い方向からみれば「スタート地点に戻った=ようやく止まっていた時間が動き出した」では確かにあるのだが。雪景鵲図花瓶のような、素晴らしく丁寧に解説されていてそのすごさが分かる作品が同じゲームの中にあるのに、ラストにこれ以上の「実力」による作品の解説が出来なく魔法に逃げたのか。

また、V章ラストの「魔法」を使う展開、これは正直微妙だなと感じた。というより、「草薙直哉の美術の結論、これでいいの?」って考えてしまい、妙に納得いかない。夢水飲んでみんなの思いを受け止めるところまでは最悪いいとして(詩の伏線もあるし)、最後の一筆までも夢水になってしまうのはどうなのかなと。単純にこういったご都合主義魔法って基本賛否両論になる要素だと思うので、個人的にはその生き様を他のやり方で表現してほしかったかなと。魔法を使える「凛」、それに対する人とのつながりや想いを使って戦う「直哉」。弱き神VS強き神。この構図で直哉が魔法で勝利してしまう(バトル自体は確かに負けるが、実質的な勝利は得ている)構図はそれまでの直哉の否定っぽくどうしても感じてしまう。天才天才謳われつつも、自身はそう思わず、実際は毎日デッサンという陰ながらの努力を、右手がほぼ使えない状況にも関わらずしている、そのものの否定のように。ご都合主義全否定ではないので仮に右腕の小指が薬指だけ剣道で鍛えて使えます、という話にするのであれば、その「必殺技」が使われる対象は長山ではなく凛であるべきだったでしょう。そもそもそれが出来るなら黒い絵描いてる時点で使ってるべきだと思ったけど。

直哉が計画してた黒い絵が謎。絵が燃えるとかってパフォーマンスアート的な側面が強く、正直直哉が作るような絵にはどうしても感じられない。見た瞬間、有無を言わさず説得力の絵が描けてしまうのが直哉というキャラの絵だと思っていたので何か違う。まだ迷走しているという描写なのかもしれないが、そこらへんは自分の読解力のなさが原因なのかもしれない。恩田放哉先生の放火に関しても同様。作中のキャラがそのような行動をとる理由が分からない(というかこれまでの行動からしたらそうはならないように思える)。メタ的な話ではあるが、最後の絵の部分につなげるために無理やりそうさせられるように調整されたように感じる不自然さがある。

「美術」「音楽」などがテーマの作品の場合、割と素人目にもある程度の「良い悪い」が判断できてしまう。さっきの里奈の絵しかり、「詩」の時の「櫻達の足跡」からあった問題ではある。「匂い」などの感覚とは違い、ゲーム内で実際表現でき、しなければいけないと、どうしても「キャラが世界の中でやっていて凄い扱いのものが、プレイヤーが実際に見ているものでは表現しきれない」という問題が発生する。もちろんそこをテキストでカバーするのが大事なわけだが、このゲームだと直哉の「火と水」、圭の「ひまわり」の絵、心鈴の「割れたガラス」の絵、里奈の「冬虫夏草」の絵、以外は総じてテキストでの説明込みでもインパクトに欠けるように感じてしまう。凛の最高傑作とか割とあっさり流されたし。



上記以外に全体を通して良くなかったものとしては
・「弓張釉薬」というデウス・エキス・マキナの多用が過ぎると感じた。陶器周りの話限定にしろとは言わないが(麗華の出番なくなるし)、流石に万能すぎる。
・四色色覚とかの技術の話に関して「技術に溺れる」というレクチャーをしながらも、その後さんざん直哉本人も技術に溺れるような行動が多いと感じる。でかい筆とかは構図的にかっこいいからいいけど、燃えたキャンバス切り取ってとか、燃やせる絵画を釉薬で描いてとかはどうなの?
・藍と鳥谷紗希の立ち絵が詩とあまり変わっていないのはもったいないなぁと感じる、作中時間はだいぶ経過してるはずなのに。バーコードシャツはかっこいいから好きだけどさ。立ち絵でちょっと笑ってしまったのは麗華の拳銃、そのポーズで持つの!?
・中村章一が水菜の処女奪ってない設定になったこと、詩では明らかにそういうニュアンスだったし、キャラの中では唯一血が出ないとか明らかにそういう風に示唆してる描写があったのに。「そこまで悪い人じゃないよ」に昇華したかったのかもしれないが、流石に無理ある。
・優美のニート生活オナニーシーンがない。あと静流の自作陶磁器ディルドオナニーシーンがない。真琴は処女維持しながら枕営業してた方が興奮する。すかぢが直哉に心鈴の魔法ちんぽしゃぶらせたかったけど圭との関係が崩れそうだからめちゃくちゃ我慢したのは伝わった。
・トーマスは「詩」では完全にいらないキャラ(というかむしろ存在だけでマイナスポイント、一度読むの止めるぐらい)だったが、今作は車のシーンのおかげでだいぶマシ。とは言え、「詩」に出ていたマイナスポイントを覆すプラス要素にはなっていないと思う。いなかったらいなかったで明石(かっこよすぎる)と長山と藍でカバーできるし。ヒーローのくだりは確かにすごくいいんだが2ゲーム通してこんなお下劣キャラにする必要はあったのかと。
・伝奇ファンタジー要素が自体は問題ないけどその要素がすべて後ろ倒し過ぎるとも感じた。
・欲を言えば、唯一等身大のキャラであった片貝を、VI章エピローグで大学時代の「実は~」話ですごいやつみたいな感じに設定もりもりにするのは、「片貝…おまえもか…」みたいな気分になってしまう。



クライマックス序盤のあの展開は正直きつく、ここまでの2000文字近いその部分単体の文句はそこまで文句なしであったからこそ。他は素晴らしいからこそ出る「惜しすぎる」という気持ちのせいで書いているものである。ここまでサクラノ詩~刻の魂を感じる作品というものに敬意を込めてこの点数。