大正時代を舞台にした女性探偵モノで推理要素は薄め。硬派探偵小説の男性的な部分を女性に置き換えたかのような作品です。無機的なようで様々な情感を伝えるテキスト、「女」を見せるために特化した性描写などは、心情重視の官能小説に近しい印象も。一般的なエロゲの枠組みから好みを探される方は要回避。エロゲ・ノベルゲーの新しい視座を求める方にオススメします。
最愛の人を喪い、その反動から探偵業を営み始めた元箱入り娘・中條史絵。大正の
女性としては自立的で、男女問わず一目置かれる存在。しかし内面には様々な苦悩が
溢れており、その葛藤を綴った物語といえます。
印象はハードボイルドな物語にかなり近しいですね。性別問わず認められる孤高の
男性が、その心内ではひどく人間らしい悩みを抱いており、時には寂しさから行きずりの
女性と肌を重ねたり、あるいは仕事で下手を打ったり。しかし外見は表情を崩さず
クールに事を運ぶ主人公。本作も大体似たような雰囲気です。
しかしながら性差が本作を独特な作品へと仕立て上げています。女性自立が謳われ
始めた、しかしまだ男尊女卑な大正時代。良家のお嬢様として十数年すごしたこと
からの経験。最愛の人を亡くし、家族とも距離が離れてしまったことからの孤独。
その他様々な「女」としての心情感情は、男性読者ありきで作られるエロゲの中に
おいては異色も異色。異端といってもさしつかえありません。
また女性キャラが、わけても主人公・史絵は現代メディアの読み物におけるお約束や
テンプレートを一切用いないのですよね。例えばエロゲですと大正・中世・異界問わず
「エロゲのお約束」的なそぶりをヒロインは見せつけるものですが、本作にはそれが
一切ありません。
時代考証できるほどの見識を持ち得ていないためその正誤は不明ですが、少なくとも
『エーデルヴァイス』という作品に相応しくない挙措は一切取りません。特に史絵は
徹底されており、エロゲの肝であるエロシーンですら、彼女の感情や行動の結果でしか
発生しません。「女性主人公だから用意されたエロ」が皆無なのです。
エロをするために行動や理由がでっち上げられるのではなく、史絵がしたい・すべきと
認識した上での性行為。あるいは彼女の言動が招いた凌辱で、行為の内容も男性が興奮
するためのテキストはなく、史絵ありきのそれ。情事の間に何を思うか、凌辱の後どの
ように動くかといった、女側の視点に重きを置いているわけです。
決して表現に劣るわけではありません。神宮寺氏のグラフィックは流行りとは異なれど
女性の艶やかさを十分に表現できていますし、穂高氏のテキストも通常シーン同様の
情感溢れる代物です。決して動的とはいえない淡々とすらいえる文章ですが、行為者の
感情だけは多くのエロゲよりも多分に表現されています。だが用途が違う。あくまで
作中人物ありきで、読み手ありきではありません。
主人公の表現もエロシーンの表現・用途も、全ては物語と「女」を綴るためだけに制作
されており、同時にエロゲとしての都合を極力排しています。それすなわち、男性向け
読者のために作られていない男性向け18禁作品ということ。ゆえに独特かつ異端な作品と
評しました。
かような作品のため、オススメできる方を挙げづらいエロゲです。多くが独自で他に
例がなく、どんなタイプの読み手に合うのか判断できません。かといって探偵小説から
推測してみても「女」をここまで書いた物語もまた稀有で、やはり的が絞れません。
独特・異色であると認識した上で、新たな分野に挑戦する心持ちで読まれるのがよいかと。
逆に「孤高な探偵女性」「銃と女性」といった要素だけで読み始めると、道中が淡泊に
感じるやもしれません。銃を用いた駆け引きや派手なアクションシーンも用意はされて
いるものの、量は決して多くはなくメインではありません。そのシーン自体は大変に
見応えあるのですけどね。10時間以上費やすに見合った内容とはいいづらいですね。
キーワードから連想される雰囲気を想定してのプレイは有りかもしれません。基本的に
起伏が少なく空気を大事にした作品なので。加えて「女」の雰囲気も感じ取れたなら、
本作の妙を十分に堪能できるかもしれません。
後は「姉」でしょうか。作中女性の多くが姉であり、史絵もまた例外ではありません。
弟の喬もメイン格で終始登場しますし、その心の裡も見どころの一つ。姉が弟に、家族に
どんな感情を抱くのか。そんな視点を用いてもまた別の妙が得られることでしょう。
◆蛇足
私個人としては十二分に楽しめた物語です。ノベルゲーの特徴を生かしているとは
思いませんし、実際他メディアでも近しい空気の作品はあるのではと推測します。しかし
ノベルゲーを見渡して、本作のような作風が存在するかといえば、おそらくないのでは。
「女」を書いた物語であれば多少なり存在すると思います。例えばプレイ済み作品
ですと『BadName』『アトラク=ナクア』などはその類かと。ですがエロは男性向けに
書かれており、決して女性の感情だけを書いてはいません。乙女ゲーならとも思った
のですが、今度は女性視点による乙女ゲーの都合があるのでやはり難しそう。
そんな代わりの効かない物語を大変丁寧に見せて貰えたのですから、評価が低くなる
わけもなく。何より空気自体、私の好みとするところでしたので。唯一性があり相性も
良かった、というわけです。