精緻に練り込まれた伝奇設定はメジャータイトル級のクオリティ。文絵音いずれのレベルも高く、それを追っているだけで十分楽しむことができました。一方で読み手を楽しませようとする意気に乏しく、伝奇要素が関わるシーン以外のほぼすべてが淡泊。余計なものを削ぎ落として1ルートに特化するか、逆に各描写に十分な尺を用意して丁寧に表現していれば傑作と評されていたのではないでしょうか。実に惜しい作品です。
個人的な話になりますが、エロゲの様式で構築された伝奇の中で好ましく思えた
作品はあまり多くありません。伝奇を語るための様式ではなく、異能バトルや
恋愛様式を書くために伝奇の下地が用いられているだけ、という作品が多数
なのですよね。伝奇である必要性を感じられないといいますか。
比して『九十九の奏』は、真っ向正面から伝奇物語をぶつけてくる作品です。
九十九神に纏わる妖の飛び交う世界に主人公達は巻き込まれ、そんな世界が
ゆえの友誼や衝突、共闘や利害対立を物語に起こしてくれています。
中でも設定まわりは実に精緻。主人公だけではなく周囲の人物も交えて様々な関係性が
構築されており、その道理も納得のいく内容ばかり。九十九神に関する謎の撒き方や
回収もきちんとなされていますし、先が気になるように書き手がしっかり誘導して
くれています。
この設定構築力はエロゲ作品の中でもかなりのクオリティですね。
メジャータイトルと比べても決して見劣りしていません。混じり気のない
純度の高い伝記作品を読めた。その一点だけでも、私は本作をプレイして
良かったと思えるほどでした。
そこに添えられる絵音もまた上質な仕事をしています。グラフィックは1枚CGは
もちろんのこと、背景も雰囲気を意識した作りがなされており実に秀逸。SkyFishが
得意とするアニメーション演出も作風と馴染んでいました。ことグラフィックに関しては
今までプレイした同ブランド作品の中でも頭一つ抜けていた印象です。
BGMもいつもどおりの良質さではありましたが、それ以上に印象的だったのが声。
本作は二面性を表現される役どころが多く、なかでもヒロイン役である萌花ちょこさん、
御苑生メイさん、手塚りょうこさんの演技は素晴らしかった。伝奇とキャラゲー、
双方の魅力を存分に演出なされていました。
加えて個人的には、李砂役の藍川珪さんが良い仕事をされていたなと。元より
ハスキーボイスや男役を担当されることの多い方ですが、それが作風とキャラの
双方にピッタリはまった形ですね。これまた素晴らしい仕事でした。
ということで伝奇ノベルゲーとして見た場合、設定を解説しすぎなきらいこそ
あるものの、傑作と評しても差し支えのない作品です。
しかしエロゲ商品の視点で見ると、様々な問題点が噴出している作品でもあります。
伝奇以外の要素にまったく力が入っていないのですよね。
本作はエロゲらしい、複数存在するヒロインから一人を選んでエンディングを迎える
様式です。なのでエロゲに慣れた我々からすると個別ルートの存在を想定するわけ
ですが、その個別がないに等しいのですよね。複数ヒロインなのに。
もちろん選択肢でお好みのヒロインを選んでいけばその娘とのエンディングには
進めます。しかしこの進め方だとまずTRUEエンドにはたどり着くことができません。
実は選択肢の中に、伝奇物語としての重要な選択が仕込まれており、特定のヒロインを
狙い続けるとルートから外れるように設計されているからです。
(それでもノーマルエンドに到達できるようにはなっていますが)
しかもヒロイン専用の描写は非常に少なくせいぜい1~2エッチ程度。物語も
ヒロイン毎に分岐することはなく大筋は全キャラ共通。とにかくキャラゲー系エロゲの
お約束をことごとく外してくるのです。登場人物の見た目がキャラゲー然として
いるだけに、ここで肩透かしを食らったプレイヤーの方は少なくないのでは。
更に問題なのが、ノーマルルートでも選んだヒロイン以外とのエッチ描写があること。
トゥルーだと選ばなかったメインヒロインとエッチするシーンが更に追加。
発売当時でも選んだヒロイン以外とエッチするキャラゲーは非常に稀で、主人公が
節操なく見えてしまいます。というか浮気じゃね?と思うシーンも少なくないです。
そして何より、伝奇要素以外のシーンが読んでいてまったく面白くありません。
キャラゲー日常のように登場人物達が会話し、主人公以外との掛け合いも沢山
用意されているのですが、まぁこれが上滑りで楽しくありません。
もとよりSkyFishは日常シーン以外を主戦場とする作風ではありますが、
本作はその最低ラインを越えて面白くありませんでした。
なので登場人物達の掘り下げ方も浅いのですよね。上辺っ面だけそれっぽいことを
やっているように見えるから、ここ一番の大事なシーンで見せるキャラクターの叫びが
イマイチ心に響かないし、ヒロインとの恋愛要素も様式を並べているだけのように
見えてしまいました。キャラゲーとしてはかなり出来の悪い作品です。
そんな彼女達も伝奇要素のシーンでは個性をいかんなく発揮するため、決して出来が
悪いわけではありません。伝奇物語と恋愛キャラゲーを両立させようとして、
すり合わせることなくそのまま供してしまった結果、このようなちぐはぐな作品が生まれて
しまったのかなと。
本作のプレイ時間は10~20時間ほどで読み終えることができるのですが、
この半端な尺が問題であるように思えます。キャラゲー部分をバッサリと切り捨てて、
1ルート8~10時間ほどの伝奇作品に特化するか、あるいはキャラクター描写を
しっかり掘り下げた、20時間以上の長編としてリリースするべきだったのでは。
そうすることで作品の方向性が明確になり、読み手も混乱することなく本作を
楽しめたのではないかなと考えます。
以上、後半はなんかボコボコに叩いてしまいましたが、それでも伝奇部分の
クオリティは非常に高く、私個人としてはこの1点を楽しめただけで十分に満足
しています。見た目と作品構成の問題から困惑を抱いてしまいがちではありますが、
伝奇を読むその1点にだけ絞ってプレイする分には十分にオススメできる名作です。
以下、SkyFish作品『キスよりさきに恋よりはやく(以下、キス恋)』の
ネタバレを含んだ、本作との比較感想です。
ということで「まーたキス恋みたいな構成で困らせてくる...」と思わされた
エロゲでした。キス恋も複数ヒロインがいるようでその実浮気ゲーであり、メインの
乙姫以外は袖にされるという困ったキャラゲーでした。SkyFishさぁ......w
ただキス恋に関していえば、同作はセオリーと異なるアクロバティックな構成で
読み手を当惑させはしましたが、物語の構築上それは必須でした。タイムリープと
並行世界を駆使して物語の核心へ迫り、最初に消えてしまった乙姫を助ける
という流れを構築するため、変則的な複数ヒロインを用意する必要がありました。
対して九十九の奏は、変則的である必要性は皆無なのですよね。
こんな構成になったのって馬頭琴と仁木弾正、両方のエピソードを見ることが
前提だからじゃないですか。だったら章分け等にして、最初から両方見られる
ようにすればいいんです。わざわざ選択肢で回避させる必要がありません。
ヒロインの扱いを見ても、キス恋は乙姫ルートしか用意されてはいない一方で、
有海に関しては乙姫と同じレベルで深掘りされているのですよね。クール系の
ヒロインとして可愛く書かれていましたし、だからこそ攻略できないと分かった時には
残念になる気持ちと共に「だからこそ、この構成なのか」と納得のいくカタルシスが
ありました。(瑠璃歌?彼女はまぁうん......)
しかし九十九は日常やエッチシーンなどでヒロインを掘り下げようとしていません。
彼女たちの個性が浮き彫りになるのは、伏姫なら戦闘やシリアスシーンであり、
愛那なら廃校舎で田無をズタボロにする残虐描写であり、花蓮なら歩美との
回想から馬頭琴を奏でるシーンであり。全部が伝奇絡みで、キャラそのものを
深掘りしようとしていません。ヒロインが設定としてのみ用いられているのです。
別にキス恋のように設定とヒロインを連動させることは必須ではありません。
作品の方向性を固めるためにキャラゲー要素を切り捨てても、より深く書き込んでも
良かったはずです。しかしそうしなかった結果、作品を構成する上で意味のない
困惑要素を表出させてしまった。それが本作の落ち度であるように思います。
とはいえ、そんな欠点が見えていたとしても伝奇物語としてめっちゃ良い出来
なんですよね。非常に大好きな作品となったのですが、その上で惜しい、本当に
惜しいなと思わされる作品でもありました。