ErogameScape -エロゲー批評空間-

Nus2014さんの穢翼のユースティアの長文感想

ユーザー
Nus2014
ゲーム
穢翼のユースティア
ブランド
AUGUST
得点
90
参照数
624

一言コメント

千桃からの流れでこっちも逆行してやってみたが、なんでスルーしてたんだろう。シナリオだけで比べたらこっちのほうが良い。牢獄から下層、そして上層へと至る過程で徐々に世界の秘密を明かし、最後に主人公の在り様を否定する構成が上手い。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

8月ゲーでプレイ済みなのは「FORTUNE ARTERIAL」と「千の刃濤、桃花染の皇姫」のみ。
千桃をやってからチラホラ評価見ると同系統の「穢翼」の評判がよいみたいなのでやってみた。


■「千の刃濤、桃花染の皇姫」との比較

シナリオ重視で、容赦なく人死にの出る世界観と、
一本道の共通√とそこから枝分かれするオマケ程度の個別エンドからなる構成という点は同系統といえるものの
製作思想みたいなものはだいぶ違うように思う。

「千桃」はシナリオ重視しつつもどんなふうにキャラを見せるか、絵を見せるかに重点を置いていて、
その分、話に粗が出るところは意図的に無視している(はず)。
たとえば隠密活動なのに全然隠密を意識してない武人たちとかは
なぜそうしたかといえば「そのほうがカッコいいから」でしかない(はず)。

一方「穢翼」はあくまでシナリオが優先で、
キャラを見せるためにはどういう絵が必要か、ということはあまり考えていないように見える。
なので全体的にキャラを印象付けるような絵は少ないが、その分、話の粗は少ない。


両者の違いは看板ヒロインの扱いに顕著で、
「千桃」の朱璃は全編を通じて存在感を発揮し、主人公が他のヒロインになびくのは端から見ると武人の信念を曲げたようにしか見えないのに対し、
「穢翼」のティアは最終章までほぼモブ。

言い換えると、「千桃」は遥そらゲーだけど「穢翼」は森保しほゲーではない。
おそらくは何の変哲もない普通の女の子に世界の命運を背負わせる系悲劇を描きたかったんだろうけど、
地味は地味。


どっちが良いかといったら好みの問題ではある。



■シナリオの構成

一応分岐は存在するけどほぼ一本道の構成で、
方向性は違うもののシュタインズ・ゲートみたいな構成とでも言おうか。(無知なんであまりいい例を思いつかない)
他のエロゲ―だと並行で分岐する個別ルートをつなげて一歩道にした感じ。

ヒロインは牢獄、下層、聖殿、王家と配置され、話が進むにつれ真相に近づいていくように構成される。

まだティアENDしか見てない段階でこれを書いてるんだけど、
おそらく方向性が踏襲されている「千桃」の構成を見ても
サブヒロインのENDはおまけ程度なんだろうと思う。



ここで上手いなーと思うのは、どこまで狙ったのかはわからないけど
エロゲーの個別√でありがちな欠点を逆手に取ってる点。

エロゲーの個別√では、その√のヒロインとのコミュニケーションばかりが描かれるため
サブヒロインの描写がおろそかになりがちで、
「穢翼」でも聖殿や王家では主にそこのヒロインの話しか描かれない。
その結果、話が聖殿、王家へと進むにつれ主人公と牢獄の間に隔たりができてしまう。
最後に主人公は牢獄に帰ってくるけど、
そのときにはもう「真実を知るものと知らないもの」という溝が生まれてしまっていて、
牢獄民と価値観を共有することができない。

おそらく読み手が作品通して一番いたたまれない気持ちになったのは
全体を見てその利益を考える、貴族のような考え方をカイムがするようになったのなら
「少し寂しい」というジークの言葉ではなかろうか。


また、個別√の積上げによる一本道という構成は
言い換えれば「どの√でもどのヒロインも選ばなかった主人公」が最後に残る構成でもある。

ヒロインはそれぞれ家族、自分自身、信念、理想のために生きることを選んだ存在で、
その中の誰も選ばなかったために、主人公は最後になって作中繰り返されていた問い
「お前の生きる意味は何か」を突きつけらえる。


世界の謎を明らかにしていくと同時に主人公を牢獄の価値観から引きはがし、
「この程度、牢獄じゃ日常茶飯事だぜ!」という理屈にただ依存してただけという事実をさらす構成は
上手くできてると思う。




以下、各要素について。

■絵について

「千桃」から逆行したせいだけど、比較するとしょぼいことは否定できない。
まあ慣れれば気にならないけど。
べっかんこうさんの絵は年月を経てもそんな変わらないような気がしてたけど、
塗りまで含めるとやっぱ変わっている。
あと男性キャラが全然違う。別の人が描いてんのかな。


ただ作画や塗りの技術の向上を置いておくにしても「穢翼」の絵はなんか地味で、
シナリオの邪魔をしないよう配慮してんのかとさえ思える。

8月の他の作品と自分の知ってる限りで比べるとキービジュアルといえる絵がなく、
たとえば「FORTUNE ARTERIAL」は金髪の御嬢さんが赤い目光らしてる中二病ポーズで、
「千桃」は舞い散る桃の花の中にたたずむ姫君。

「FORTUNE ARTERIAL」をそこそこ気に入ってた自分がその次の作品である「穢翼」を当時なんとなくやる気起きなかったのは
キービジュアルの弱さが一因だった気がする。(単に世界観が違いすぎたからってだけかもしれないが、あんまり覚えてない)

要はどんな話だかパッと見ではよくわからんのです。
体験版やりゃいいんだけど。

今回買う前に一応OHPも見たんだけど、これ見てもよくわからない。
意図はどうあれ、絵でつかむ力は比較するとやっぱ弱いんじゃないかと思う。

ティアの派手な絵を入れようとするとほとんど最終章のネタバレになってしまうので
難しかったんだろうけど。


■音楽について

雰囲気統一されてて良いです。
おちゃらけシーン用の曲が一切用意されてないのが良い。

「Far Afield」「Una Atadura」辺りが好き。



■システムについて

これ買ったの2016年10月なんだけど
11月に新装版が出るとか・・・システム面はいろいろ補強されてるくさい。
ひと月待てばよかった。



■各√について
それぞれの話について思うところを簡単に。
まあ大体の感想は上のほうに書いちゃったのでここでは細かい難癖だけ。
なお個別分岐は未読。ティア√だけ済ませた時点での感想。

・プロローグ

特に感想なかった。
あとでなんか書きたいことあったら追記。


・フィオネ

個人的には恋愛キャラとして見たらフィオネがぶっちぎりに思える。
ヒロイン側からカイムに想いを寄せるパターンが多い中で
ただ一人カイムのほうからその内面に惹かれた存在で、
彼女の心を支えるために別れたってのが切なさ乱れうち。

黒羽の話も直接的にエグく、本編のつかみでこれを持ってきたのは成功だったと思う。


・エリス

エリス&ジーク&カイムのルーツのお話。
エリスのいかれっぷりが途中までは面白いけど、締めは抗争もエリスもあまりしっくりこない。

抗争については、ジークさんの秘策ってそれ? 裏切り前提とことかなんかいろいろ無理あるんじゃない? というモヤモヤ。
エリスについては・・・これ個別分岐する前提で話作ってるような。
共通√のほうに進めると、エリスぶっ壊しすぎて収拾つけられなかった感じ。
というか収拾つけるのをティア√までとっといた分こっちは中途半端になってしまったのかな。


・イレーヌ

牢獄から一気に上層へ。
ここ本当ならすごく話に無理があるはずなのに、引っ張り上げる力技がすごい。

イレーヌの融通きかなさに対するもどかしさと
ラストのロードローラー前のDIO並の会話が辛いけど、そこ以外は良い。

ヒロインとしてみたらどう見てもイレーヌよりラヴィのほうが可愛いんだけど、
サブヒロインのくせに分岐が作られたのはその辺配慮が働いたのか。


・リシア

一番わかりやすい話。
悪代官を打ち破り、王が覚醒し、ノーヴァス・アイテルの秘密も明らかになり、
ティア以外のすべてが綺麗にケリつけられててこの後どうやって話を続けるのか不安になってしまうけど
杞憂だった。
むしろここからが本番。


・ティア

ほとんど全てが終わった気になったとこから始まる最終章こそがこれまでの話の集大成で、
話を重ねることによっていつの間にか出来上がってた
主人公&読み手サイドと牢獄民の意識の隔絶がカイムの立脚するものの希薄さを明らかにし、
これまで重ねてきたその場限りの理屈は全てその意味を否定されてしまう。

ただティアの存在感がここまで薄すぎたため
カイムが突然ティア萌えになってしまった感じは否めない。
かといってティアが牢獄でも上層でも存在感発揮するほどの色物キャラだと悲劇感薄れそうでそれはそれで嫌だけど。
匙加減が難しい。




■その他思うところ

名誉返上、汚名挽回してあげたいキャラ2名について


・ギルバルドさん

ティアENDに至るまでヒロイン選択肢はいろいろ出てくるるものの
各ヒロインは全話通じてだと影が薄く、けっきょく最終的に提示される選択肢は
「ジークを選ぶか、ルキウスを選ぶか」
の2択ではなかろうか。
ホモ的な意味ではなく生き様的な意味で。

カイムはどちらを選ぶのか――
答えはあなた自身の目で確かめてください。と言いたいけどネタバレ感想なので書いちゃうと
カイムの選択はどちらでもなく、一番近いのはギルバルドな気がする。

要するに、「穢翼」のティア√は、カイムが「ジークかルキウスか」の選択を迫られてギルバルドを選んだお話と言えるんではないか。

ただのイカレ貴族として悪役の道を真っ当し、
最終章では特に触れられることのなかったギルバルドだけど、
最後のカイムなら多少は理解を示してあげることもできたかもしれない。たぶん



・天使さん

物語の表面だけ見ると強欲な人類の犠牲となった哀れな被害者に見える天使さんだけど
少し考えるとこの人磔にされてもしょーがないんじゃないかと思える。
天使システムができた経緯を考えるとこの人もかなりイカレている。

ノーヴァス・アイテルが生まれる前、混沌とかいう黒い粘液が地上を覆い尽くし人類が絶滅の危機に瀕してたときに
全ての問題を解決する神様みたいな力を手に入れた天使さんだけど、
しかし彼女はその能力をもって「人類よ、罪を認め悔い改めなさい」してしまう。
つまり人類の存亡を人質にして実行不可能な理想を要求してしまった。

実際その場にいたら普通の人はこう思うんではないか。
「夢みたいなこと言ってないでまず目の前にいる人間を救えや」

そして彼女は自身の感情を排斥したシステムに組み込まれることになったけど、
エンディングを踏まえて最初から彼女が力を出し惜しみしなければどれだけの人が死ななくて済んだのかと考えると
模範解答だったように思える。



ただ一方で、天使さんの行動には一つ致命的な矛盾があって、
「人類は罪深き存在なのでぃす。あなたが人類を滅ぼしなすぁい」
というのなら、そもそもおまえが何もしなければ人類自動的に滅びたじゃねえかと。

これを脳内補完すると、やはり天使さん本音では人類を滅ぼしたくなかったのではないか。
しかしそれを自力で判断することはもはやできず、
天使さんに代わっての審判者として産み落とされたのがユースティアなんではなかろうか。

なのでティアに向けられた人類disも「それでも人類を救うのか?」と問うことが目的で
つまり半分ぐらいは口先だけだったのかもしれないので、話半分で良いのかもしれない。
ひょっとしたら天使パワーは「想いを力に変える」という少年漫画的なやつだったのかもしれないし。