ここ数年で発売されたノベルゲームのなかでは最も高く評価している作品。
布石を狡猾に利用した語りの妙も然ることながら、西洋小説のありとあらゆる形式を利用した、類まれな技巧的作品でもあり、その点から省みると大きく見え方の変わる作品でもあろう。物語としては、人間の歴史的/社会的自己の主題を寓意的に描いてみせた、実存の本質を問いかける伝統的物語であった。自分という存在の根底を覆されてもなお、「いまここ」の自分自身を自己の基幹と捉えて、他者と関係しつづける「行為的自己」が最後まで描かれる。運命を徹底的に否定し、選択の積みかさねがそのひとの現在をつくる必然を――これは『水葬銀貨のイストリア』や『運命予報をお知らせします』でも描かれた主題だが――追求している。本作のヒロインのひとりである月社妃は、ノベルゲーム作品において、私が最も魅力を感じたヒロインでもある。