「メインヒロインの破壊」「妹萌えの否定」「玖藤奏介さん」という『エロゲーマナーの否定』を、流麗なJAZZに乗せてお届けするオンリーワンの怪作。
「ハッ──壊れてやがる」
勿論、俺自身のことだ。
何せ俺は──指名手配犯だからな。
「ククッ……ハハッ……ハァーッハッハッハァ!!」
つい奏介さんの名言を引用してしまったが、
本作は内容的には2.26事件を題材にしたサスペンスであり、
被災者である主人公の心の救済の物語である。
好みが分かれるにしても、不当な評価を受けていると
言わざるを得ない作品かなと思う。
ただ、エロゲー全盛期であった2006年に、
流麗なJAZZに乗せて「エロゲーなんて──ハッ、くだらねえ」
とイケメンでヤリチンでケンカが強いピアニストに言われたら、
不快だった人は多かったのかも知れない。
ストーリーとしては、
統制派の元陸軍大佐・逢禅寺清正が人を操る機械「リフ=ラフ」を
御巫久遠に開発させ、実験という名の連続殺人事件を起こし、
それに主人公である玖藤奏介が巻き込まれる。
周囲の人に支援してもらい、逢禅寺清正と、その部下である相馬葵を
排除して事件は解決する、というもの。
大きな特徴としては、メインヒロイン白河綾音が4章で
殺害され、その後OPが流れるという構成だろう。
「メインヒロインの破壊」というのがInnocent Greyの中で
テーマなのかは知らないが、殻の少女ではダルマにされたり
しており、本作から受け継がれている要素となる。
TRUEでは殺害を逃れ、ハッピーエンドになるのだが…
また、「妹萌えの完全否定」という点も特徴的である。
妹・玖藤柚芭と肉体的に結ばれるとBADEND、
家族として向き合っていくと柚芭ENDとなり
これまたエロゲーの文法とは異なるまっとうな
価値観が提示されている。
さらにこの作品で際立っているのは、
超個性的な主人公・玖藤奏介さんの存在だろう。
プロローグの時点で
(俺が何をどう思おうが、他人にあれこれ言われる筋合いはない。)
と独白している通り、よくいる「流され方」の主人公とは
一線を画し、自律的に思考・行動していく主人公である。
(いくら人混みの中に埋もれたところで、
孤独感は埋められないというのが俺の持論だ。)
(一瞬で家を無くし、一瞬で親を失い、一瞬で俺は壊された。)
と言っている通り関東大震災の被災者であり
そういった出自のために以前は荒れていて、不器用な人であると。
また、女の扱いには慣れており
(指で陰核を刺激して黙らせる。)
という熟練のテクニックを、痴漢電車でもないのに披露してくれる。
それでも根は優しい人であり
白河綾音とデートした際に泣きだした彼女に対して
「……変な女だな」
(苦笑気味に洩らす。戸惑いはしたが、彼女が傷ついて涙を
流している訳ではないと知り安心する。)
と、思いやったり
(少なくとも、肉欲のみの関係に愛はない。
相手をしてやることはあっても、思いやることはない。)
と達観していたりする。
それ以外の構成要素で良い点と悪い点を挙げるとすれば、
良い点としては
・多彩で良質なBGM
・エロ以外の絵の多さ
・カットイン等の演出の工夫
・今でも通用するUI、画面構成
・手塚まき さん(相馬葵)の好演
悪い点としては
・柚芭、美華夏のキャラクターに魅力が乏しい
・やや起伏に欠ける展開(中だるみ)
・美華夏のCVがハスキー過ぎ
・霜月なんたらの下手糞な歌
また、個人的には琢磨の死のシーンはもうちょっと
感傷的に描いて欲しかった。
結局、本作は完成度という点で粗削りであり、内容的に
「メインヒロインの破壊」「妹萌えの否定」「玖藤奏介さん」
という不文律をカバーするには至らなかった、とも言える。
ただ、今になってプレイしてみると新鮮だったり
普通に楽しめたりすることも事実である。
「極めて弱い音(ピアニッシモ)の調べは──
優しさの表れでもありますから」
と久遠ENDで言われる通り
不器用で根は優しい男が、空っぽの心で彷徨う本作は
個人的にはオンリーワンの良作だなと思う。