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ERSRさんの紙の上の魔法使いの長文感想

ユーザー
ERSR
ゲーム
紙の上の魔法使い
ブランド
ウグイスカグラ
得点
90
参照数
489

一言コメント

思いやりとプライドに満ちた、高潔なる萌え文学。妃は麻薬。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

一見普通の萌えゲーかと思いきや似て非なる物で、
テキストによる牽引力がまるで違う。
紙芝居ADVには違いないが、どちらかと言えば面白い海外文学を読んでいる感じ。
ドストエフスキーとか、現実ではあり得ない長台詞をスラスラ読めるあの感じ。

キャラクターも、真剣に人物像を考えて作り上げられたものであり、
理由のある言動を外すことがない。
すなわち、読者を困惑させ、妥協によるプレイを迫らせるような「甘え」が無いのである。
ネガティヴな状況に陥った登場人物も、そのすべてに明確な理由があり、
有りうる可能性を保っている。
だからプレイしていて醒めることがなく受け入れることが出来、続きが気になってしまう。

内容的には、「自らの想いに向き合え」というメッセージと
「崩壊家庭の遺児たちが幸せに生きていけるのは、幻想の中だけなのか?」
という問いかけが共存しているように感じた。

家族は崩壊し、さらに愛する者を失った瑠璃が選んだ選択は、自殺。
愛する兄以外の者との恋愛を強要されることを拒絶した妹が選んだのは自殺。
さらに紙の上の存在となってしまうと、贋物である自己の存在を許さず焼身自殺し、
主人公もそれに追従することを選ぶ。これが妃endである。
そしてこの作品のtrue end以外の個別endは、全てbadendという扱いになっている。

そしてtrue endをもたらしたのは、
自殺や暴力といった逃避を否定し、どんな存在に成り果てようとも
自分たちが幸福に生きて行ける空間を作り上げようともがく、意思の力だった。

だからこそ、作中で瑠璃が最も対立するのは、
子供という自分自身から向き合うことから逃げ、子供ごと家族を破壊した両親であり、
感傷に溺れたドッペルゲンガーの汀であり、憎しみに囚われたクリソベリルであり、
命令という不条理に背くことが出来ない理央に対しては
明示されない違和感の中で曖昧に存在を肯定するのみなのだ。

欲を言えば、もう少し役割について開示して欲しかったかもしれない。
便利な汚れ役であると説明される電波女であり自称天使、吸血鬼、
分かりやすく言えば類型的な萌えゲーのヒロインであり、
命令だらけの魔法の本という「不条理そのもの」である理央の気持ち悪さは
計算されたものであるし、
妃は最初から最後まで愛に殉じた「女」だった。

夜子は引きこもる「子供」でありながらも、たまに勇気を出して登校したり、
かなたが暴走した時には助けに来てくれたりする。
そして理央を従僕として完全に受け入れることは出来ない。

夜子を過剰なほどに心配し、銀髪に誇りをもってくれたことを感謝するクリソベリルは
まるで過保護な「母」のようだ。
魔法の本に蹂躙され、愛を殺されても諦めなかったのは「探偵」のかなたで、
汀は最も行動的でありながら、自分の抱える想いに向き合うのが遅すぎた「後悔」の塊だ。

理央という異形を産み出した「闇」に至っては死体すら残らず、誰にも悲しまれず、
埋葬すらされずに舞台から消え去った。

その他の長所は、高品質な裏方に徹したBGMの凄さ、
CVでは妃が頭一つ抜けている演技。
でも、キャラクター全体的に、場面場面でもっと豹変しても良かったと思う。

また短所は、萌え以外の人間の表情を描けない明らかに画力不足の絵。
ぶっちゃけテキストのレベルにまるで合っていません。
あと、あるべきところに存在しない効果音という欠陥。

テーマ的には何でも出来る設定だけど、やはり登場人物と設定が限られていることもあり
リアルさには乏しいファンタジー、寓話といった感じ。
シナリオゲーというよりはテキストゲーだと思う。

ただし、瑠璃と妃が既に死んでいるという残酷さを孕んでいるところが効いており、
彼らの悲しみと愛の深さを表現している。
自殺という逃避を否定しておきながらではあるが、この物語としては欠かせない要素だ。

理央のように不条理な命令に屈するのか
夜子のように子供として引きこもるのか
汀のように自らに背いて後悔し暴走するのか
妃のように愛に殉ずるのか
かなたのように、たとえ愛が殺されても諦めずにもがくのか

そういえば、かなたは
「猫の蛍=フローライト=暗闇に光をともし、明るい希望へと導いてくれる石」の保持者だった。


「幻想図書館の中で皆でお幸せに」というのがtrue endだが、
「崩壊家庭の遺児たちが幸せに生きていけるのは、幻想の中だけなのか?」
という問いかけの答えとしては、やはり重い。

ただ、作品全体を貫くのは徹底して現実や他者を理解し、
和解しよう、解決しようと努める思考であり、
弱者を助ける優しさであり、暴力や感傷を賛美しないプライドなのだと思う。

こういう作品をもっと読みたいものです。