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Decosuke0527さんのハミダシクリエイティブ凸の長文感想

ユーザー
Decosuke0527
ゲーム
ハミダシクリエイティブ凸
ブランド
まどそふと
得点
80
参照数
515

一言コメント

花丸ならぬ、ひよ丸です。80点ッッッ!

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

本当に良いゲームでした。ヒロインはクセが強ければ強い程萌えるものだし、クセがなければ萌えもないと思っている私としては、500万点を付けたいくらいに良いゲームです。以下ルート別の感想になります。

・アメリルート
 前作から見事ヒロインへの昇格を果たしたアメリちゃんのルート。順を追って少しずつ、丁寧にお互いへの想いを深めていく様が描かれるシナリオです。二人の間に大きな困難は訪れないものの、それが逆に等身大的な恋愛の良さを引き出しています。
 中でも印象的だったのは、普段温厚なアメリが唯一怒ったシーンとそれに続く告白イベント。トモくんへの想いを罰ゲームだと馬鹿にされた彼女は、グループという自分の根幹をなすモノに対する反逆を行います。元々グループからつまはじき者にされることを恐れていたアメリが、そこからの逃げ場を用意してくれた主人公の為に奮い立つ姿には、二人の積み重ねが感じられて思わずホロリと来てしまいました。まさかキャラゲーに泣かされるとは……その後の告白で想いが通じ合わせ、お互いがお互いを好きになっていく過程を打ち明けあう時間は、ルート中で最も幸せな一時と言っても過言ではありません。

・常磐さんルート
 常磐さんらしく、アブノーマルえっちを懇願しての土下座からスタート。トモくんとの幸せな同棲生活を実現するために、二人の前に立ちはだかる困難を解決しようと、彼女が奮闘するストーリーです。
 なのですが、とにかく常磐さんが可愛くて愛おしくて仕方がない。普段は自分の容姿に自信がなく、どこか一線を引いた態度でいるのに、心の中では可愛い女の子に憧れていて、彼氏の前ではとことん可愛くめいっぱいに甘えていたい……あまりのいじらしさ、心からトモくんを想う言動の一つ一つが、胸にじぃんと来てしまいます。今作でも彼女らしく、いちいち義理堅さを気にしたり、言われた可愛いが本心か気遣いかを見極めようとしたり、シナリオ中には沢山の面倒くささが散りばめられています。しかしながら、この面倒くささにこそ我々はハマってしまう。一筋縄ではいかないはずなのに、一度甘え出すとこれでもかとじゃれ着いてきて離れない女の子に、我々の心は搦めとられてしまうのです。面倒くさい。ああ面倒くさい。でも可愛い。
 こうした言動から、常磐さんは作中でもしばしば猫に重ねて描写されます。その中でも四つん這いで猫のポーズをとり、恥ずかしさに頬を赤らめた常磐さんのCGの破壊力と言ったらありませんでした。恥ずかしさの中にも、自身が思う最大限の可愛いポーズをきっとトモくんも褒めてくれるだろうという、どこか確信めいた期待が見える表情……ハート目と並んでお気に入りの一枚ですね。
 そしてもう一つお気に入りなのが、ルートの最後を飾る、起き抜けにシャツを一枚だけ羽織り、隣でベッドに腰かけて微笑む常磐さんのCGです。二人の部屋で幸せなこれからを過ごすために、“くそ雑魚メンタル”を振り絞って頑張り抜いた常磐さん。そんな彼女がトモくんだけに見せる穏やかな笑みと髪のほどかれ大人びた姿は、これから数年後に待つ幸せのワンシーンを見せられているかのようです。トモくんの結婚という言葉に、思わず泣き出してしまう程感じ入ってくれた彼女と過ごす未来は、どんなものになるのでしょうか。ハードボイルドなシーンに似つかわしくない戦デレのマグカップを指して、「その方が私たちらしいでしょ」と笑う彼女を見るにつけても、オタク臭くて、でも心から幸せな毎日が待っていることは想像に難くないでしょう。

 補足しておきたいのは、詩桜先輩との和解について。和解と言うほどの軋轢があったわけではありませんが、生徒会で反りが合わなかった先輩との関係性の改善を、今回のシナリオではしっかりと回収しています。ひよりんの望みを叶える形での同棲(しかも元々常磐さんから気にかけてくれている)ということもあり、文句のない展開であると言えますね。

・詩桜先輩ルート
 人里へ降りた傲岸不遜な赤鬼は、いかにしてその後を過ごしたか、そんなルートになります。
 前作で事故に遭ったトモくんの介護のため、和泉家で寝泊まりするようになった詩桜先輩。ひよりんと折合いをつけつつ(ココ重要、錦さんと違って友情が大きな要因ではない。実際何の因縁もない常磐さんルートでは、ひよりんと同棲することは匂わせられもしなかった)、強固な繋がりで結ばれた「和泉家」で自分の居場所を確立していったヒロインは、後にも先にも彼女だけとなります。これには恐らく、ひよりんのトラウマがそのものズバリという形で抉られてしまった唯一のルートという点も、大きく影響しているのでしょう。全てを捧げるお兄を失うことへの恐怖を植え付けられ、以前にも増して過保護全開で接してくるようになったひよりん。二人の愛をしっかりと育みながらも、そんな彼女への最大限の尊重を払う先輩とトモくんの姿は、ひよりんを愛する私としてもとても満足のいく描写となっていました。正にひよ丸80点
 詩桜先輩自身については、完璧超人な彼女の普通な側面を強く意識させられるシナリオでもありましたね。抱き締めたかったと膨れてみたり、常磐さんへの嫉妬でむくれてみたり、自分だけを見てほしいとお風呂で毎日手コキしたり(普通か?)。特に常磐さんについては、去年の文化祭で自分との二者択一でトモくんに選ばれたことから、特別嫉妬を抱いています。ルート中での経過時間は一年以上あるのですが、常磐さんの猫耳メイド服にしか反応しなかった件はそれでも最後まで責められます。意外と根に持つタイプ。でもそんな彼女が愛おしい……一人が好きで、でも孤独は嫌いな寂しがり屋で。そんな彼女が見せてくれる精一杯のアピールが、胸にキュンキュンと響きます。お返しの出来ないトモくんを気遣ったバレンタインの贈り物を、少し恥ずかしがりながらもしてくれたり、人前での名前呼びを照れながらも、結婚願望マシマシで詰めてきたり。いや恥ずかしがる基準おかしいだろ。
 罪悪感と彼女の想いの関係性について、しっかりと話し合っていた点も良かったですね。活動開始から合宿に掛けて悪印象を払拭し、みかんカフェでキュンとして、ひよりんからの説明で好きが溢れる。しかし事情を明かせずに、罪悪感を抱えながら愛しさを募らせていったことを、先輩はトモくんに明かしました。事故もあくまで要因で、自身の愛情の切っ掛けは別のところにあるのだと。この罪悪感という点ですが、彼女が唯一和泉家での同棲を果たしたヒロインであるのは(錦さんルートでもそんな言及はされてたけどな!)、この点が大きく関わっていそうですね。ひよりんのお兄に対する想いとの大きな共通点、これを持っているのは先輩だけですから。
 前作で物語の秘密が明かされたルートらしく、ミリさんの懺悔や、マネージャーさんの信念についてもこのルートでは触れていました。去年自身が部外者であると言って放り出した報いを受けていたりと、細かな部分でも取り逃しのない、しっかりとした伏線回収を果たしたシナリオと言えるでしょう。その点でも評価は高いです。
 一度生徒会から拒絶され、しかしトモくんのそばにいるために彼のスタンスへの理解を示すようになった詩桜先輩。和泉家へと加わった彼女と過ごすこれからが、まったく楽しみでなりませんね。

・錦さんルート
 大きなステージで歌う姿を観客席の先輩へと届けるまで、そして錦さんが先輩へと甘えられるようになるまでの過程を描くシナリオです。
 二人だけのクリスマス、トモくんが見せてくれた青の洞窟の景色の感動に、心を震わせる錦さん。この純粋で真っ直ぐで、そしてとても真面目な女の子は、トモくんと体験する一つ一つの感動を大事にしてくれます。それこそルートのラストを飾る“Little Silent Snow”は、先輩が外に連れ出してくれなければ見れなかったこの景色を歌ったものです。諦めていた、ただその横顔を見ていられればいいと思っていた。でもその踏み出した一歩がくれた二人だけの雪景色の世界を、心からの愛おしさで包み込みような歌。その想いは二人で過ごすうちにどんどんと強まっていって、今ではトモくんを独り占めしたくて堪らない錦さんです。可愛いですねぇ。錦さんと過ごしていると、常磐さんと過ごしているときの胸を締め付けるように激しい萌えともまた違う、じんわりと染み入るような温かさがあります。まさに縁側での日向ぼっこ、誰にも言えないような本当に小さな不満でも打ち明けられる、幸せでゆったりとした関係がそこにはありました。とはいえ先輩の愛を独り占めしたくて、自分のことも独り占めにされたくて、そんな寂しがり屋の錦さんの愛情の激しさは、他のどのヒロインにも劣るものではありません。
 シナリオ中でトモくん自身も度々言及するように、錦さんはトモくんへの深い信頼感を抱いています。本人曰く「なついています」。雪景シキでも錦あすみでもない、ただの私に肉まんを譲ってくれたあの時にまで遡るこの信頼感を、彼女は勇気と前向きさの象徴、私にとっての太陽と言って表現します。一つ一つの言葉を大切にするような会話の間が合った、暗い部屋の隅から自分を連れ出してくれたなど、この気持ちが大きく育っていった理由は色々と考えられます。しかし側にいるだけで自己効力感が満たされ、本来以上の力が発揮できるような絶対的信頼への説明としては、少し足りないようにも感じます。そう考えるとやはり錦さんの両親、取り分け父親の不在は、少なからず彼女の性格に影を落としていたのではないかなぁと。傷ついた自分を優しさで包み込んでくれる父性への憧れ、これが錦さんの根底にあったとしても不思議ではないでしょう。
 冒頭にも述べたように、錦さんはトモくんに甘えることを躊躇いがちです。恋人になれて幸せだという気持ちを心で身体で、めいっぱいに表現してくれる彼女ですが、敬語でなくなるのを怖がったり、だらしない自分を見せる勇気がないとこぼしたり、甘えることをどこか恐れるフシがあります。そんな彼女が変わったのは曲作りを完結させた月曜日。この日がヴァレンタインであることを忘れていた錦さんは、二人の日を大切に出来なかった自分にひどく落ち込んでしまいます。でも先輩に連れていってもらった中華街、特大の肉まんを頬張って、最後にはまた素敵な思い出を二人の歴史に刻みます。自分の中で最も大切な歌に没頭するあまり、他事まで手が回らないという欠点を受け入れる錦さん。どうやっても出来ないことはあるけれど、だからこそ先輩に甘えればよいのだと、彼女は前を向いたのです。ルートのラスト、ピンク色の雪景色の中で彼女がトモくんにかけた言葉は、いっぱいお花見に付き合ってくださいねというお願い。また一つ、彼女は強くなりました。
 他ルートでもそうですが、当ルートでもひよりんの心境の変化はしっかりと描かれています。お兄に毎日料理を教えられることになり、これでもかと喜んでいるひよりん。そこでポツリと一言、「今まで何も教えられなくてごめんね」とこぼします。絶対に離れたくなくて、お兄が自分に依存するように、彼からありとあらゆる成長を奪ってきた彼女。お兄と過ごすこれからが保障された安心感はもちろん大きいでしょうが、それでもひよりんはお兄の成長を受け入れようと歩き始めたのです。そんなことを言っている傍らで、お兄のヒモ宣言をでれでれの笑顔で歓迎してもいるんだけどな、この妹

・ひよりんルート
 ひよりんとの一歩踏み込んだ関係の中で、自分はどう彼女を想うのかと苦悩するトモくんと、呪いから解き放たれて、二人だけの世界から新たな一歩を踏み出そうとするひよりんを軸に、シナリオは展開していきます。
 
 ゆっこちゃんの謝罪から始まる当ルートですが、鍵が外れた件に愛宕さんとの確執など、前作で回収しきれなかった点もしっかりと処理しています。まずはその点について確認しておきましょう。
 ゆっこちゃんについて。前作のターニングポイントとなったひよりんの炎上、その引き金となった張本人ですが、彼女の口から悪意の介在しない事の経緯が語られます。ひよりんに憧れる彼女が、そのラブの対象であるお兄とコンタクトを取りたくて起きてしまったこの事件。TwitterのDMを絡めたギミックは多少無理があるかもしれませんが、まぁつみったーの仕様については全くの無知なのでね、我々。理由付けをしっかりと果たしてくれた時点で文句はないです。それよりも評価したいのは、人間不信のひよりんがゆっこちゃんとの関係を構築し得た理由について言及していた点ですね。ひよりんを純粋な憧れの目で見つめ、見習って己を律してきた彼女だからこそ、裏表のない関係を育むことが出来たとのこと。シナリオの端々から、事件後の関係も良好であることが窺えます。
 次にひよりんのマネージャーである愛宕さんについて(今回は彼女の名前が一切出てきていないのだけれど、何故なのだろうか。)。トモくんとしても諸悪の根元という認識であり、身辺調査やひよりんの言葉を絶対とする姿勢には反感を抱いていた人物です。そんな彼女の信念も、トモくんとの対話という形で事細かに描かれます。汚い芸能界に嫌気が差し、辞めようとしていたところに見つけた、とても純粋な美しさの象徴。彼女が世間と戦うためなら、私がその美しさを守る盾となろう。そうてらいなく告げる彼女にトモくんが覚えたのは、一種の共感でもあります。小泉妃愛だけでなく、和泉妃愛のファンとして人生を捧げてきた彼女。盲目な愛で、ひよりん自身よりもその言葉を優先してしまう彼女とは分かり合えないとしながらも、その献身は最終的には認めるのでした。愛宕さんのひよりんの言葉を優先するという点ついては、お兄の為に声優業に転向したいというひよりんの意思を、わざわざ三億払ってまで実現したという詩桜先輩ルートにおけるエピソードに一番表れているでしょう。この話を聞いたトモくんは、愛宕さんとその行いを許すと明言するにまで至っています。当ルートでこの話を盛り込まなかったのは冗長さの都合上でしょうが、総合すると、僕は愛宕さんを嫌いにはなれませんね。悪役にも信念がある、それをよく体現しているキャラクターだと思います。
 前作で回収しきれなかった点、最後はひよりんの呪縛について。喧嘩別れをしたまま両親を喪ってしまった彼女は、「たった二人の兄弟なんだから、お兄ちゃんを大切にしてね」という母の言葉を思い出す度に、両親の悲しむ顔を思い浮かべてしまう状態にありました。それはお兄と一緒になってからも続いていたようで、二人は両親の最期を捕えたドライブレコーダーを確認しようと決心します。ひよりんと両親の最後の会話を、何でもいいから更新して、彼女を救ってあげたい。そんなトモくんの言葉に胸を打たれます。妹を妹として、ただの妃愛として大切にしていた兄、そんないつも変わらずに接してくれる存在の大切さに、いつか彼女が気付いてくれると良いと語る両親の姿が、二人の眼前に映し出されます。そうしてその最期まで、二人は強く手を握り合って見届けたのでした。両親の望んだ形ではないかもしれないけれど、それでもお兄のすぐそばで、お兄の幸せを叶えながら二人で幸せになりたいと語るひよりんと、それを真心を持って肯定するお兄。“私のすべての幸いをかけて願う”という宮沢賢治由来のイベントタイトルは、この二人の関係を本当によく表しています。自分の幸せのすべてをもって、相手を幸せに、そしてお互い幸せにして共に生きていきたいと願う、そんな兄妹の形を改めて確認した瞬間でした。お兄との幸せを誓い、幸せになっていいんだと思えたひよりん。考えてみると、このひよりんの呪縛が完全に払拭されたのは、この彼女のルートだけなのですね。お兄との今後が保障され、お兄から成長を奪ってきたことを謝罪するひよりんの姿は他ルートでも見られますが、この呪いだけはどうあっても解かれることはありませんでした。それだけ、この呪縛がひよりんにとって強い重みをもってのし掛かっていたということなのでしょう。その後の会話では、お兄よりも長生きして、来世でもお兄の妹になると言ったり、できなかったら冷凍保存されたお兄の種から産んでみせると言ってみたり。誰かに聞かせたら卒倒しかねない会話を展開するのですが、それがこの兄妹らしさなんですね。妹に恋してくれる変態でよかった、ハミダシた先に幸せがあった、やはりと言うべきか、最もハミクリらしさを体現しているルートでしょう。
 
 次にトモくんの苦悩について述べましょう。
 二人の新しい関係を育むなかで、どう兄妹としての顔と恋人としての顔の折り合いをつけるのか、それがこのシナリオでのトモくんの頭を悩ませ続けます。恋人になって得たものはあるが、その一方で家族として失くしたものもある。その関係が湿り気を増すことで、かけがえのない、けれど捨てなければいけないものができてしまったこと。こうした切なさを抱えながら、トモくんは段々と自分の中の実感と向き合っていきます。まず結論として、トモくんは兄妹という関係がなくなることを恐れているんですね。家で家族として過ごす温度と外で恋人として過ごす温度を比較しながらも、彼はどうしても純粋な妹として見れないことに名残惜しさを覚えています。そこで迎えたのが、“あひるさんの思い出”における一種の実験のようなもの。家で思い出話をしている時に、恋人としての想いが先行してしまいやしないか、そう危惧していたトモくんでしたが、結果としてそんなことはありませんでした。ベースが兄妹であってほしいと願うその言葉通り、兄妹のまま、恋人としてひよりんを想うということが出来ていた訳です。しかしながら、トモくんにとってのゴールはそこではないんですね。お兄をお兄のまま好きになって、お兄の手でいやらしいことをされたいと望むひよりんのように、彼女を妹として想うことをトモくんは望んでいます。それはトモくん自身ルート終盤で、今はまだ兄妹半分恋人半分だけれどと語っていた通りです。お兄が妹を好きになっちゃうヘンタイさんでよかったと言うひよりんの想いに、全身全霊で応えたいという点はもちろんあると思います。ですがそれ以上に、やはり二人の関係はあくまで家族であり、兄妹であってほしいと思う彼自身の心がその根底にはあるのでしょう。"生まれたての無垢な存在に愛情を抱く、一度刷り込まれてしまえば生涯忘れない、初めて覚える庇護欲。"、あるエッチシーンで、トモくんはこうしたモノローグを残しています。彼の想いの源泉は結局ここで、それが自分の中で失われていくことに対する寂しさが、彼が述べる恋人となることの切なさなのでしょう。いつの日か、トモくんが恋人という空気感を抜きに、純粋に妹のままのひよりんを好きになれる日は来るのでしょうか。(それにしてもこの無垢な存在に対する庇護欲という点、蓋を開けてみれば、愛宕さんとトモくんはやっぱりとても似た者同士ではあるんですよね)
 このように兄妹と恋人としての線引きには苦悩するトモくんですが、小泉妃愛と和泉妃愛への線引きにはまったく悩まないんですね。この線引きが幼い頃に完了しているというのは前作でお馴染みでしょうが、それぞれへの詳細な想いの差が語られたのは今作が初めてではないでしょうか。一言でまとめれば萌えと好き。それにしても、これが語られた直後のひよりんの呆然とした表情は素晴らしかったですね。その後のすぐ決壊するのですが、セリフが始まるまではポカンと口を開けているんですよ。こういう細かい演出は、作品を通して光っていましたね。
 そしてトモくんの想いと言えば、外せないのが去年の文化祭から一年間ずっと準備していた返事のラブレターです。両親をなくした時、何もできなかった自分を、そばにいてくれてよかったと言ってくれた。賢くなくていい、これからを君と過ごすために強くあろう。大人になるまで、この家から家族の姿を絶やさずにいるのだ。そうしたトモくんの心からの言葉が、真っ直ぐに、ひよりんと同じ条件で、同じだけの想いをもって語られました。これからも繋がる大事な生徒会の面々だからこそ、二人でいることを認めて貰いたい、ひよりんへのお返しであると同時に、これはそんな意図を込められたイベントでもあります。ひよりんと同じく人間関係に絶望していたトモくんの成長が、二人だけの小さな世界に閉じ籠らず、みんなと手を繋ぐ世界で歩んでいくという決意が、よくよく表れたシーンでしょう。そしてこれについて触れておかねばならないのは、やはり“あなたの声で読んでください”というイベントタイトルですね。実際に私自身やりましたし、そうすることでこのシーンの持つ破壊力はとんでもないものになりましたよ。常盤さんの言う通り、我々の愛する美少女ゲームの多くは紙芝居でありますが、こうした遊び心は、我々が今ゲームをしているということを思い出させてくれますね。やはり総合芸術なのですよ。

 最後にひよりんの新たな一歩について述べましょう。
 ドライブレコーダーの一件が、ひよりんを呪縛から解き放つための儀式であるということは前述の通りですが、これまでひよりんを苛んできた呪いはもう一つあります。お兄と離れることへの強迫観念じみた恐怖です。お兄の自立を恐れ、部屋へ閉じ込めて、自分に依存するように仕向け続けていたひよりん。生徒会活動中、二人で料理をしながら、彼女はこれまでお兄に言うことのできなかったごめんねを伝えます。お兄と一生をそばで過ごせる、そう確信した彼女は、やっとあらゆる束縛から解き放たれ、二人の幸せに向かって歩むことが出来るようになったのです。朝のベッドでお兄とまどろむようになったり、家事も少しは分担したり、お兄へのプレゼントにスーツを買ってみたり。前を向けるようになったひよりんは、これまでには考えられなかったことを、次々と経験していきます。中でも彼女がお兄を介さない人間関係に踏み出そうと、会長への立候補を果たしたのは大きな成長と言えるでしょう。人間不信で、お兄以外の存在は必要ないとさえ考えていたひよりん。そんなひよりんが生徒会のみんなに素の泣き顔を見せ、あまつさえ自分自身で誰かと交流を持とうとするとは、過去ではありえないことでした。これをトモくんはひよりんが様々な社会に目を向けるようになったと言って表現しますが、彼は自分自身が様々な社会に目を向けるようになったからこそ、ベッタリのひよりんも引っ張られていることに気付いているのでしょうか。
 まぁとはいえ、今作のひよりんも嫉妬します。バリバリします。自分だけが知っているはずだった頼れるお兄の姿が生徒会の面々へ曝され、モテモテになってしまったお兄を嘆くひよりん。曰く、「うああー、だからあれほど怠け者のままでいてとお願いしてたのにぃー。私の大切なお兄が、どこへ出しても恥ずかしくない兄に変貌を遂げてしまうー」。このセリフは、まさしく作品全体を貫いていたひよりんの精神性を表すものでしょう。これを冗談として、さらっと言える関係になったのだと思うと愛おしさもひとしおかなぁと。ひよりんルートのトモくんは誰とも付き合っていないということになっているし、不安になるのも分かるけどな。という訳で、二年生組がいかに危険であるかをお兄に諭したりするのですが、ストレートに愛を語られるよりも、お兄を取られたくないという気持ちから諭してくる感じが、下心のない愛情を感じられて僕は好きです。単に性癖の話でした。
 ちなみにひよりんルートは、トモくん率いる生徒会から次世代の生徒会への代替わりが、唯一行われたルートでもあります。彼自身がモノローグで述べるように、くじ引きから始まった波瀾万丈のハミダシストーリーは、これにて正式に幕を閉じます。その後のひよりんとの穏やかな暮らしに想いを馳せるお兄ですが、そんなお兄の心情がよく表れたテキストは、“私のすべての幸いをかけて願う”にあるのです。それを引用して、この感想を終わることにしましょう。個人的に最も心に残ったテキストです。
 「ごく普通に暮らすだけでいい。ひよりはそれが幸せだと言ってくれた。だから俺は、この妹のそばで一生を過ごすよ。こんなにも愛しくて可愛らしい、たった一つの宝物」