結果的に「2つの羊頭狗肉」を掲げてしまった作品は、長いエロゲー史の中でも数少ない。
エロゲーマーを20年ほどやってきて、確信していることがある。
それは、実は萌えゲーの中で名作たりうる作品というのは、
ヒロインの言動や醸し出す雰囲気で決まるものではないということだ。
「アイドマの法則」やそれに似た「アイドカの法則」に則れば、
ヒロインのビジュアルやボイスが魅力的なのは、
ユーザーが興味を抱く必要最低限の要素である。
実のところ、発売後の作品の評判とはあまり関係がない。
やはりシナリオが良くなければ評判が悪くなるのは、時代の常であろう。
この作品は、どちらかというとその傾向にあるようだ。
結論を言うと、本作は「2つの羊頭狗肉を掲げることになった作品」だと思う。
さて、この作品の難点は、大きく分けて3つある。
これらを明らかにしていこうと思う。
何よりもまず、「主人公の魅力が大きく欠落している」点が挙げられる。
シナリオやホームページ上では成り上がりを旨としていながらも、
敵役である龍司との対決がチープすぎて、主人公のカッコよさがまるで伝わらない。
受動的な主人公をプレイヤー自身と重ねるのは、人によっては苦行になるだろう。
いくつかの選択肢によって、突如として能動的に“させられる”主人公は、
もはや操り人形のようなもの。人間味に欠けるのである。
そんな主人公にユーザーが同調することはできるのだろうか。
魅力的な主人公というのは、常に能動的に動くのが理想形である。
それに基づくと、いずれのルートでも、主人公からさほど魅力を感じないのは致命的だ。
それに起因してか、Hシーンの描写が前作よりも極めて薄く感じられる。
まどそふとは、特段エロが強いブランドというわけではないが、
さすがに10年前の『ヤキモチストリーム』よりも薄味なのは問題だと思う。
挿入の描写は器械的すぎるし、卑語の類も単調で拘りやオリジナリティが窺えない。
イヴのアナルプレイは意外性こそあるものの、全体的にテキストが洗練されていない。
それゆえ、濡れ場の評価はかなり低いと言わざるを得ない。
特に、Hシーンでの「一緒にイク」の過度な重複使用は、個人的に作中最大のNG。
一緒にイくのは萌えゲーではもはや暗黙の了解のはずであり、
わざわざ台詞にする必要がないように思う。
同じくだりを異なるヒロインの濡れ場で複数用いるのは、
やや形式ばってはいないか。テレビでも有名な俳句の某先生に倣って言うならば、
「一緒にイかない萌えゲーがあったら持ってこい」
と悪態をつきたくなる。Hシーンでは、もっとテキストの差別化を図ってほしい。
この問題は単一ライターで書かれた物語ゆえの弊害なのかもしれないが、
刹那的な場面では、陳腐な表現を安易に使って欲しくないのが正直なところだ。
製作元のホームページを体現したかのような古臭いニュアンスに、
苔生したイマジネーションを感じずにはいられなかった。
このことから分かるのは、ヒロインの言動よりも、
それに対して主人公が感じたことやそれに伴う感情の描写、
ストーリーの流動性の方がよっぽど重要だということだ。
たとえば、皮肉たっぷりのヒロインの言動も、主人公が上手に返せば、
互いのキャラクターが引き立ち、より魅力的に映ることもあるだろう。
しかしながら、本作の主人公である布波能凪は、
「糠に釘」を地で行く凡庸っぷりを随所で発揮するため、
キャラクター同士の相互作用をことごとく損ねている。
この立ち居振る舞いでは、まるで主人公としての役割を果たせていない。
サブキャラ各位の登場シーンが多すぎるせいもあるが、
主人公の存在感は、プロットから考えると非常に物足りない。
2つ目の難点は、「この作品が成り上がりモノとして成立していない」ことだ。
成り上がりモノに不可欠なのは、何と言っても名悪役の存在である。
彼もしくは彼女、あるいは複数人のヒール役が大きな壁として立ちはだかり、
主人公たちが障壁を乗り越えることで、読者は大いなるカタルシスを得られるわけだ。
成り上がりの本懐を遂げるなら、障壁は高ければ高いほど良い。
ところが、本作の悪役である獅童龍司は咬ませ犬で終わってしまっている。
実質的に彼よりも高い壁がない。これは、明らかに根本的な失態だ。
総括すると、「全体的な盛り上がりは、共通ルートに依拠している」と言わざるを得ない。
布波能凪はスラム街出身の成り上がりという設定で、
出そうと思えばいくらでも暗部から悪役を出せそうなものだ。
だが、先の龍司は早々に悪役としての地位をお役御免になってしまうし、
イヴルートの大屋汐莉に至っては、必要以上に悪役としての役割を背負わされた。
シナリオ上の立ち位置を考えれば、彼女はもっと低い立ち位置のヒール役である。
これは一種の錯覚のようなもので、所在無さげな主人公の目線の低さから、
相対的に高い障壁であるかのように見えているに過ぎない。
このことにより、物語からカタルシスを得られないのである。
ここで言っておくと、イヴルートはリテイクすべきレベルの内容である。
主人公が物語に介入する行動をしないため、
イヴと汐莉の関係性や汐莉の悪者っぷりばかりに焦点が当たり、
ストーリーが間延びした印象を受けた。イヴ自身の第一印象が良いだけに、
このストーリーの出来には頭を抱えたプレイヤーもいるだろう。
各ルートの完成度には長短があれど、基礎的な部分で物語が瓦解している気がする。
さて、話がそれたが、悪役はもっと悪役らしく、
孤高か、高潔か、はたまた厳格で在るべきなのだ。
この物語が成功するには、たとえば『車輪の国、向日葵の少女』における
法月将臣のような悪役の核となる存在が必要だった。
そして、結局のところ【ワン・ズ・ギフト】とは一体なんだったのか。
それを手にした時点で、成り上がりが達成されていたのではないか。
皮肉にも、「公式HPの紹介文がクライマックス」という見方すら可能なのかもしれない。
成り上がりモノは、決して小さな檻に囚われてはならない。
その大切なピースが欠如しているからこそ、成り上がりモノとしての完成度が著しく低くなってしまった。
まだ如何様にも物語の風呂敷は広げられた。その空白を思うと、私はこの作品を素直に直視できない。
最後の難点は、この作品が「本来のまどそふとの作品ではない」ということだ。
この完成度では、kuwa gamesにまどそふとの看板を背負わせるのは力不足であった。
大雑把なシナリオや薄味のHシーンゆえ、この作品をラインナップに加えるのは忍びない。
まどそふとの過去作である『ハミダシクリエイティブ』も『ワガママハイスペック』も、
萌えゲーという一点において、時代背景や流行を活かした作品であると同時に、
主人公が作中で主体的に活躍していたし、Hシーンでは卑語の使い分けをしていた。
特に『ワガママハイスペック』以降は、キャラクターが可愛いのはもちろん、
シナリオにも大きな瑕疵が見当たらない、優等生的な作品を創出できるのが強味であった。
一方で、本作では粗の方が目立ってしまい、気持ちよく読破できない。
大小の欠点を集約していくと、この『セレクトオブリージュ』という作品は、
・まどそふと名義でありながら、実態はkuwa gamesの制作である点
・成り上がりモノでありながら、成り上がりモノとしての体を成していない点
上記の二点において、「2つの羊頭狗肉を掲げた稀有な作品」の評価で片付いてしまうから、
過去作よりも評価が低いわけである。
絵ゲー、またはキャラゲーと言われればそれまでではある。
しかし、音楽やイラスト以外の観点から評すると、本作はあまりに好材料に乏しい。
シナリオが多少破綻していても、エロゲーはエロでカバーできる可能性があるのだが、
本作ではそれすらも抜けがある。これでは、自ずと評価も厳しくなる。
初心者向けというのが作品唯一のストロングポイントであろうか。
さて、ユーザー側にも、購入する作品をセレクトする権利はある。
この作品は期待値だけは一流だったが、その期待に応えられなかったという意味で、
エロゲー界の「ゴールデンラズベリー賞」に選ぶユーザーがいてもおかしくない。
最後に。これは私のワガママではあるが、次回作では、
まどそふとらしいハイスペックでクリエイティブな作品でもって、
年々淋しくなっているエロゲー業界に新たなストリームを起こし、
私をはじめとするナマイキなレビュアーたちの鼻を明かしてほしい。
【雑記】
ゲーマーズの特典が原画家の画力の高さを物語っていると思いました。
kuwa gamesの公式Xが、2023年から更新されていないのも疑問でした。
普通なら発売前後にお知らせを出すはずですが、
公式サイトがオープンした時点で力尽きてしまったかのようです。