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Atoraさんの千恋*万花の長文感想

ユーザー
Atora
ゲーム
千恋*万花
ブランド
ゆずソフト
得点
90
参照数
7427

一言コメント

安定期に入ったブランドは、贅沢な悩みを抱えている。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

一線級のイラストを武器に、持てる実力を如何なく発揮している。
シナリオの出来不出来はさておき、和テイストな物語の文章は非常に読みやすかった。
キャラクターの“萌え数値”は、クリエイター陣のおかげで何倍にも増幅されていた。
萌えゲーの範疇では、成人要素は物語を壊さない程度に頑張っていた。
要するに、萌えゲーの中では、トップクラスもトップクラスなのである。


もっとも、このように恰好つけてみたところで、このゲームはいたってノーマル。
なるべく多くの人に受け入られるような、手堅い作品であると言えるだろう。
歴戦のユーザーの誰もが唸る、トリッキーな仕掛けがあるわけではない。
すべてのエロゲーキャラがひれ伏すような、カリスマ性の高いキャラクターがいるわけでもない。
ただ単にちゃんと作られた萌えゲーであり、優秀なキャラゲーでもあるわけだ。
とりわけ前作は個人的なスマッシュヒットだったが、今回も期待を裏切らなかった。
少々の物足りなさも感じたが、比べることが難しい程度には満足できる内容だった。


評者の中には爆発力のなさを指摘する声もあるようだが、
尖った部分が目立たないほどに高い次元でまとまっているから、
爆発力がないように見えるだけではあるまいか。
ユーザーはどの時代も欲張りな存在で、たとえわずかでも新しい刺激を欲する。
私が感じたちょっとした物足りなさも、きっと錯覚の類に違いない。
円熟味を増してきたブランドにありがちな、質の高い倦怠期に入ったのであろう。


若干、シナリオとキャラクターがせめぎ合って魅力を相殺している気もするが、
その昔のゆずソフトを知る者からすれば、シナリオの躍進ぶりを無碍にできない。
前作で見事に分厚い殻を打ち破ったが、この作品は前作のコツをうまく飲み込んでいる。
シナリオの根幹はさておき、過度に理解しがたい超展開は鳴りを潜めていた。
いわゆるご都合主義で塗り固められておらず、腑に落ちる話やほっこりする展開が多いのである。
これは、他のヘンテコライターも見習ってほしい点である。


また今作では、サブヒロインに割いたと言うよりも、ルートを増やしたと思わせるボリュームが白眉だった。
ごくごく短いストーリーで、サブヒロインを「昇格させました」と嘯くブランドもあるが、
量的な充実ぶりを見せつけられてしまうと、それらのブランドは委縮してしまうことだろう。
このキャラクター愛は、美麗な背景にまで波及している。ここがゆずソフトの凄みだ。
モブキャラとして前作のヒロインたちが登場するのは、おそらくはファン冥利に尽きるのではないだろうか。


作品自体は質が高く、これ以上は望むべくもない。
ビジュアルは元より、シナリオですら、好みの問題ではないかと思えるほどに充実している。
だからこそ、エロゲーとしての変化が欲しいところであった。
E-moteすら駆使しない相変わらずの紙芝居形式で、
ゆず風味を心行くまで感じさせるゲームを作り出せてしまうことに、
9割の賞賛と1割の落胆を感じずにはいられなかったのである。


萌えゲーの最前線をひた走るブランドがこの方式を取り続ける限り、
その新作はキャラクターと物語を刷新するだけに留まってしまう。
ゆずソフトほどのブランドであればそれを分かっているはずだが、
敢えて保守的な作品づくりに徹するのも、ファンの多さからまた理解できる。
ただ、それが良きにつけ悪しきにつけ、停滞の象徴となっているのは事実だ。


なお、フローチャートは非常に便利なツールではあるが、
それを除いてしまえば、とても愚直な職人的萌えゲーであると言えるだろう。


誰もが気づける、それでいて些細なスパイスを。
この作品に足りなかったものがあるとすれば、それだけだ。



【雑記】
 私信みたいになりますが、このレビューを書いていて、某レビュアーさんの慧眼に恐れ入りました。