残響さんの芋虫の入力情報

残響さんの入力情報

得点
200点
感想
手足の無い俺、陰茎肉欲だけ。何も為せず、何も残せず。朽ちていく……悔いていく……怪奇派ハードロックバンド「人間椅子」による、救いの無い絶唱


「人間椅子」という3人組の日本のバンドがいます。バンド歴今年で確か28、9年。そろそろ30年にもなろうとしています。90sのTV番組「イカすバンド天国」でデビューし、一時の休止もなく、ひたすら……売れない時期を含め、ひたすらに、怪奇・猟奇・文学をモチーフとして、ツェッペリンやキングクリムゾン、そしてとくにブラック・サバスといった70年代ハードロックをサウンドにし、日本で……いや、世界で、人間椅子にしか演れない音楽を、30年間続けてきました。

バンドの中心人物はフロントの2人。ギターボーカルの和嶋慎治(通称ワジー)。ギブソンSGを手に、自作エフェクターを駆使し、演奏スタイルは「三味線ギターの鬼リフ」と賞される、切れ味と重み鋭い、一度聞いたら忘れられないザクザクのギターサウンド。それを、彼の故郷である、青森津軽の伝統音楽、津軽三味線っぽくキュルキュルテケテケとギターソロを弾きます。こんなギターを弾くひとはワジーしかいない。
 そして、人間性溢れる、深みと広がりのある説得力のある声をしています。主に人間椅子において、猟奇・凶器の幻想文学苦悩世界を「きっちり」歌ったり、聞き手に独特の鼓舞をするときは、ワジーが歌います。ていうか、人間椅子においては、曲を作った人が歌う、って話なだけなんですが。舞台衣装は和装の文豪風。

 そしてもうひとりのフロントマン、ベースボーカルの鈴木研一。今回のこの文章ーー「芋虫」においては、この人が主役です。
 非常に重い、ゴリゴリしたベースで、破戒僧のような白塗りのスケキヨ坊主の格好をしています。そして、歌い方は……えーと、サウンドホライズンに、じまんぐって居ますよね。あれをもっと荒々しく、下品にした感じって言って通じるかなぁ。独特の「こぶし」と、奇怪な笑い声でもって、彼独特の「地獄」を表現します。彼もまた、和嶋と同郷で青森出身(この二人は中学からの同級生です)、青森の「ねぷた」に代表される、「おどろおどろしい、心じゃわめく」文化を幼少期から浴び(刷り込まれ)、それでもって人間椅子のダークでおどろおどろしい文学ヘヴィメタル世界を表現しています。
 しかし、これは「鬼作」のEDなだけあって……皆さん、鬼作さんのユーモアは、プレイしてない人でも知ってますよね。自分もプレイはしていないのですが、それでも音に聞こえし「ユーモラスな鬼畜主人公」として、その存在感は知っております。その通り、人間椅子には、ねじれた・とぼけたユーモアがあります。例えば、研ちゃんは毎回アルバムで「地獄の○○」という「地獄シリーズ」と呼ばれる曲を書くのですが、例えば地獄の獄卒が、生首で野球をするという内容の、「地獄の球宴」では

♪なまーくびーが 絶叫するー!
なまーくびーが 号泣するー! 
(中略。どうせ生首のことです)
風が吹いたら、元通ぅりぃ!
(ここでワジーの鬼リフだったり三味線ギターソロだったり!)

それじゃあコミックバンドじゃねえか!と突っ込みをいれたい人が山のようにいると思いますが、よーしここからやっと本曲「芋虫」について語れます。
とりあえず、この記事の末尾にようつべとか張っておきますので、それ聞くなりでもいいですし、あるいはアルバム「怪人二十面相」や、特におすすめなのは、二枚組のライブ盤「威風堂々 ~人間椅子ライヴ!」における、テルミンまで導入した最近の「芋虫」ライヴを是非聞いていただきたいですね!

曲の内容ですが、まず非常に悲痛なベースとギターのリフから入ります。これが延々続きます。ヘヴィではなく、アルペジオ。なんだか悲しくて、静かで。そう、この曲、2/3はバラードなんです。飛翔することはまずない、っていう感じのリフが延々。落ち込む、落ち込んでいく。1音、1音が、どこまでも。それなのに、ちょっとだけ甘い感じもするんですね。音色と、フレーズに。てろん♪って感じで。しかしそれも、精神としては「自嘲」の表現なんだ、とすぐに気づきます。「こんな俺……」っていう。

♪ひねもす隠れ ひねもす食らう

この「芋虫」は、「鬼作」のED曲という以前に、江戸川乱歩の短編「芋虫」を歌った曲であります。
乱歩の「芋虫」は、戦争で両手両足を奪われた「夫」が、家で「妻」と、肉欲の限りを尽くす、という非常にインモラルな内容です。

♪ 何も判らず 何も残さず
何も……何も……

両手両足が使えない。まさに「芋虫」。彼を苛むのは、「俺には何も出来ないのだ」という痛切なもがきです。両手両足が使えない。夢があっても実現できない。ただ、屹立する肉棒でもって、刹那の肉欲に溺れる。それだけの存在。何も、残せず。

 鈴木研一は、そういう男の鬱屈を、

♪ 俺は芋虫 貪るだけの 俺は芋虫 肥えてゆくだけの

と歌います。ここがサビです。このフレーズで「歌い上げ」ます。こんなフレーズを、こんな歌詞を! このエロスケでも、povでこのフレーズに言及されている方がいますが、それだけ印象的に「おーれーはーいーもむーしー」と歌われます。何の希望もなく、自分を呪って。頭脳が良いわけでない。何かを作れるわけでもない。ただ、何も出来ない。のたうつだけ。

♪ 闇に蠢き 闇に悶える
何も得られず 何も叶わず
何も……何も……

 ある種の人間にとっては、蠢くだけしか出来ないのです。生産性なんて何もない。ただ、闇の中に。そのひたひたとした汚れた羊水の中に。そして、自分自身を恥じ、フラッシュバック……! ころしてくれ、ころしてくれ!と声なき声を叫んでいます。 実際につぶやいてみたりなんかしちゃったりして。ころして、ころして、しにたい……なんて、ね。そしてその浅ましさ、情けなさに余計、
「屑が!」
と自分を責め、破壊し、恥じ、自分から自信というものをはぎ取っていきます。多少、自分に知識とかがあったとしても、それが何なのか。何にも接続出来てない、何も作れていない、誰をも幸福にしていない、依存してばっかりの俺が何を……

♪ 俺は芋虫 醜いだけの
 俺は芋虫 卑しいだけの
俺は芋虫 嫌らしいだけの

 鈴木の研ちゃんは、木訥な歌い方をします。シャープではない。ちょっと頭の悪いような歌い方すらしています。「だからこその楽曲・芋虫」なのです。卑しいと、嫌らしいの繋げ……これは言葉遊びなんかじゃない……心からの、自信をねじ曲げ狂わせ殺していく、心の叫びなんです。

 そして、ここから和嶋は、芋虫が糸を吐くように、「ヒュルヒュルキュルキュル」みたいな音を、ギターとエフェクターを使って(前述したように、最近のライヴではテルミンを使って)表現します。
 そんな、なんだか不気味なギターソロから、曲はミドル・アップテンポになります。しかし拳を振り上げきれません。芋虫という男が「進んで」いることはわかります。のたうちながら進んでいます。でも、そこで歌われているのは、

♪ ああ ずるずると血膿のぬめる肉塊
ああ どろどろと はらわた腐る肉塊
ああ 朽ちてゆく 朽ちてゆく 朽ちてゆく

人間界で生きていくことを……何かを作りながら生きていくことを、「ヤスリで全身を削るように」と表現した人がいました。血膿も出ますよ、これほどまでに鬱屈した人間性を、欲望を、怪奇を猟奇を、生々しく描くのが、文学派ロックバンド・人間椅子なのですよ!
クソがクソが、屑が屑が、ゴミが、しねよしねよ、と世界を、人間を呪いながら。四肢もなく、それでも前に進もうとする。傍目からみたら、もうその場でのたうって、一歩も前に進んでいるようには見えないけども。それでも、ほとんど恨みにも似た狂熱の妄念によって、動き続ける。正しさなんて知らない。お前らの「正しさ」「論理」ってやつが俺を殺したんだろう、と言外に含みながら。
 それでも動き続ける。悩んでいる。俺はこんなものか、と。クソが、と。それでも……生きている、生き続けるとは、結局は墜ち続けることだとしても、醜く足掻く。

 人間椅子は、イカ天でデビューし、こういう曲ばっかり歌っているから、そりゃあ売れません。メジャー契約も打ち切られ、長い間バイト生活をしながら音楽活動を続けました。
 そのくだりは、和嶋の自伝「屈折くん」で垣間見ることが出来ますが、とにかく赤貧。そして悩みっぱなし。おそらく、和嶋も鈴木も、この「芋虫」のような精神だった……ことは間違いない。でなければ、こういう曲は書けません。鬱にも、アル中にも、ギャンブル中毒にもなりました。
 それでも、光を求めて。音楽を裏切りたくなくて。活動を続けて、続けて。在るとき、悟りを開いて。いつしか、人間椅子には、デビュー当時をしのぐ、「新しいファン」がつくようになりました。この文章を書いている筆者もその一人です。こんど神戸でライヴがあるので、島根からはるばる行きます。
 
 最近の人間椅子は、本当にすごいです。楽曲にも、演奏にもパワーがみなぎっていて、スタジオアルバム最新作(20枚目)「異次元からの咆哮」は、曲それぞれのキャラが立ちまくっていて、妖怪大集合!みたいな感じがあります。それでいて、シリアスにキメるところはキメて、しかしいつも怪奇とユーモアを融合、そして楽曲のヘヴィネスとメロディは素晴らしく……。
 迷う、とは何でしょうか。「これでいいのか……?」と思いながら、日々を過ごしていって、何も作れていけていない、というのは、本当に苦しいです。自分も、この数年、キツかった。
 最近、ふとそれが「抜けた」かな、と思います。いろいろと理由はあるのですが、とにかく「抜けた」。そして抜けてみると、「ああー、おれってこの程度なのか」とちょっと拍子抜けすると共に、「しかし、もう迷わない。あとは突き進んでいくだけだ」というハラも座ります。「これでいいのだ」というバカボンのパパ的悟りですね。自分が「恋カケ」の長文感想を書いてた時は、かなり迷っていました。あのときも、「これでいいのか?」とキツかった。しかし、今、こうして「よし……やっていこう」としてる今から見ると、あの時期もあれで、意味はあったのかな、と、手垢のついた表現で恐縮ですが、思うのです。

 その「得心、悟り、抜け」というのは、ほんと、理屈ではどうにもならんのです。蠢いていくしかない。死んでは、この「得心、悟り、抜け」には、いけない。物理的に、ね。まあ単純な話ですが。
 ホントに、理屈ではこの「得心、悟り、抜け」にはいけなかったなマジで……恥ずかしい話なんですが、ライフハック的なんとか、自己啓発的なんにも、かなりハマってしまいましたよ。いろいろ手を出してね。はっきり言って、エロゲに使う金以上に、ツールや本にも手を出してたんじゃねえか、って思う。

 大事なのはそこではなかった。静かな心で、「丁寧に行動する」っていうことだとわかった。模型で例えれば、雑に、スピード工作して、いっぱい作って承認欲求を稼ぐというよりも、丁寧に、じっくりヤスリをかけ、今ただこの時を充実させる、ということが、大事なのだと。
 はっきり言ってトロい。たいしてスマートではない。それでも、世界と自分とを若干でも握手できてたりする。それだけで、自分にとってはたいした達成だったりします。
 それが出来てなかったから、今まで、何万文字も文章を書いて、しかし病気が治らずに、っていう生活をしていました。
 「世間」と仲良くする必要は、とくに自分の場合ないですが、「世界」と握手する必要は、あるのかもな、とことばを弄してみますが。

 それでも、ここでこうして分かったようなことを書いてますが、本質的には自分は「芋虫」です。のたうつ、蠢く、芋虫。いつか蝶になりたいと。自由に飛びたい、と。ここでこうして蠢いていた記憶があるからこそ、自由の意味っていうのが判るんだ、と。この苦しみがあってこそ、判る自由の意味。創作の意味。自分はどこにでも行けるんだ、と。想像の世界へ。体力の限り、世界のどこへも(ということで神戸にも行きますし、4月末には東京行きますよ)行けるんだ、と。そう、キャンプして旅するくらいの自由ささえ、あるんだ、と(ゆるキャン△サイコー! マジサイコー! なでしこ×しまりん尊い……)

というわけで、同じ人間椅子の近作の大作にして名曲から、歌詞を引用して、ここはどっとはらいにさせていただきます。長文お読み頂いてありがとうございました。

♪空を行く雲は 好きに変わるのよ
蝶になり 花になり 雨になり 風になり

空を行く鳥は 好きに行けるのよ
海を越え 山を越え 夜を越え 時を越え
(人間椅子「マダム・エドワルダ」)

※参考音源
https://www.youtube.com/watch?v=gXI4UlPDfp4

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1674904

(ライヴ盤「威風堂々」トレーラー」)
https://www.youtube.com/watch?v=fJx_79h_Gqk
得点(200点~70点) 120点~200点は100点として集計します。
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