kakannkannさんの長文コメントへレスをつけたもの

kakannkann

基本的に心に残ったものしか批評しません。高得点のものしかないのはそういう理由です。

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最新レスfeeさん。

あなたの発言の通り、
説教くさいという意味が全く取れないというのは言い過ぎである。
したがって、私の発言、

>最初の論評から、Lumis.Eterneさんの言うところの、
>>「説教くさかったので、ゲームを楽しめなかった」
>というのはまったく見えてこない。

は撤回する。

この文章には上記以上のミスリーディングな要素があることに関しては
お互い同意に達していると思う。
kakannkann2011年05月06日

最新レスfeeさん

 最初の論評から、Lumis.Eterneさんの言うところの、
>「説教くさかったので、ゲームを楽しめなかった」
というのはまったく見えてこない。
ここでの議論の内容を見て初めて理解できることだと思う。
それが言いたいことだとするなら、冒頭の論評はものすごく誤解を招く文章だ。
実際、ここでのやり取りを見てみると、
非常に大きなすれ違いがあることに気が付くはずだ。

 つまり、文章や内容に問題があるのではなく、
Lumis.Eterneさんの意図していることが伝わらないということを、
Lumis.Eterneさんが気が付いてしまったというところが問題だと思う。

 ただし、彼/彼女の言っていることをうのみにするならば、であるが。
kakannkann2011年05月06日

最新レスアミーゴさん

 たぶん、Lumis.Eterneさんはそういう読まれ方をされたくないんだと思う。
彼/彼女は(本心はどうあれ)イディオロギーに触れたくなくなかったんだと思う。
実際いくつかの返答で、そういう反応をしている。

 だから消したがっているんだと思う。
kakannkann2011年05月06日

最新レスLumis.Eterneさん。

貴兄の感想は貴兄の立場では正しいことに異論はない。
しかしながら、じつは、貴兄の立場に依存した主張であるというのが私の指摘になる。
たとえば、

>どうやらそのようですね。しかし私は、かつての(大悪司の頃)のアリスソフトにはそれがある程度できていたと思っているわけです。
>だからこそ私は、大悪司をかなりきつい内容でありながらも、高く評価しているのです。

の「それができていた」というのは、貴兄の言うところの「バランス」が取れていたということだと愚考するが、
その、「それができていた」とはどういう立場でどういう意味なのか、
貴兄が明確にしない限り、無意味な言葉となるわけである。

一方、私は、購買層における『バランス』とはどうなのかを提示している。
そして、そのバランスにおいては貴兄の指摘の方が『バランス』がとれていないということを
主張しているのである。


また、わかりやすさについて、

>また、ここで私が言っている「むき出し」ということと、「わかりやすい」ということは、似ているようで少し意味が違います。
>ここで言っている「むき出し」というのはあえて言えば、なんか「説教くさく感じた」ということなのです。
>大悪司においては、こういった部分をうまく「風刺」や「ユーモア」に転化しながらも、決して「わかりにくく」はなっていないと
>思うのです。

と書いておられるが、メインターゲットのゆとり層は風刺やユーモアの機微がわからないと思われる。
自分はこういう層の方々のレポートを拝見することがあるのだが、
想像を絶するものが返ってくる。
はっきり言うと、説教くさいぐらいが正解なのである(「とある魔術の禁書目録」が流行る理由はそこにある)。
おそらく、文化が異なる。


最後に、

>私は、先のレスでも書きましたが、この作品の中で述べられている主張の是非についてどうこう言うつもりはまったくありません。
>また、中立を装うつもりもありません。
>私の言いたいことは要約すると「説教くさかったので、ゲームを楽しめなかった」という一点につきるのですから。

というなら、そう書くべきだと思う。
それ以上に主張がないとするなら、
不必要なものを配置しすぎて行間に余計な臭が漂う、
ミスリーディングな文章だと思う。

補記

最後の「ミスリーディングな文章」は最初の評論のことである。
貴兄の返答を指しているわけではない。
kakannkann2011年05月06日

最新レス評論者のメインの主張は

>しかし、この大帝国は違います。ユーザーの数もかなり多いであろうことは事前に予測できるはずで、
>そのユーザーの中には様々な考えの人がいることはわかりきったことだからです。
>もしかすると、実際にボランティアをしてらっしゃっる方だっているかもしれないのです。
>これは、この作品の中で述べられている歴史観や制作者の主張についても同じで、
>ユーザーの中にはこのゲームのテキストを読み進めるのがかなり苦痛だった方もいるのではないでしょうか。
>これまでのアリスソフトであれば、あくまでユーザーを楽しませることが第一で、
>自分達の主義主張は二の次だったはずなのです。
>それが、この作品においては逆転しているようにすら感じます。
>これでは「主客転倒」のそしりは免れないのではないでしょうか。私は、この部分に最も危惧を覚えるのです。

であるので、

>私がアリスソフトというメーカで最も評価している点は、きわめて秀逸な「バランス感覚」です。
>これは、なにもゲームバランスだけを指しているわけではありません。もっと広い意味での「バランス感覚」です。
>しかしこの大帝国においては、このバランス感覚がかなり崩壊しているように感じました。私は、ゲームの中に制作者の主義主張を
>折り込むこと自体は必ずしも悪いことだとは思っていません。
>しかし、このゲームのようにその歴史観や主義主張を、
>何のユーモアもひねりもなく「むき出しのまま」提示するのは、
>ゲームがあくまでも娯楽であることを考えると、大変にまずいと思うわけです。

ということだと思われる。

 僕の読解力で要約すると、
「ユーザーがたくさんいるだろう製品である以上、
作家性が鼻につかないように工夫すべきだ。」
ということなのだと思う。

 きわめて日本的、保守的な発想であるが、
これはそもそも無理な話なのだ。
世の中にはたくさんの人がいる以上、
「むき出しのまま」でないことを不愉快に感じ、
娯楽として不完全だと思う層もいるからだ。

 したがって、マーケッティングして、多くの購買層が満足するようにするわけだ。
ぶっちゃけ、SLGのような
「力で相手をねじ伏せて、自分の主張や正義を通す」
ゲーム形体で第二次世界大戦をモチーフにしたゲームを出すわけだ。
どういう層が食いついてくるかは明白だろう。
つまり、評論者の言うような不愉快に思う層は、
この手のゲームに食いついていく層のため切り捨てられた層なのである。

 一応、マーケッティングの是非について言うと、
昨今のゆとり世代の国語力
(「むき出しのまま」でないとわからないで不愉快になる人たち)と
ネトウヨ層とエロゲーマの重なり等をかんがみると、
アリスソフトの戦略は間違っていないのである。

 実際、5年前ならこのゲームはここまで売れなくって、
場合には発売中止になり、
軽薄な内容と切って捨てられたはずである。
(マブラブあたりが分水嶺と思われる)
ところが世代は変わり、「バランス感覚」のさじ加減が変わってしまい、
むしろ、そのような時代に対応したアリスソフトは大儲けしたわけだ。

 最後に老婆心ながら言うと、
評論者は「バランス」という主観的な
(そして、異端を指定するという意味で極めて暴力的な)
言葉を使っているが、
そこを明確にして、ぶっちゃけていった方が良かったと思う。
あえて中立を装うように書いた結果、
論評者と同じ層の人にはわかりにくいし、
論評者と違う層の人には不適当な批評になってしまっているのが残念だ。
kakannkann2011年05月06日

85Fate/stay night (TYPE-MOON)
オウム真理教事件の経験が生かされてないのかな → 長文感想(6365)(ネタバレ注意)(14)
最新レス 感動についてもうひとつ投稿しておきます。

 そもそも、感動の結果「不毛な諍いの種」になっていると言うのは問題なのかなと。
その他さまざまな葉鍵でも、「これがわからない奴は人間じゃない!」のような言説は良くあったので、
「不毛な諍いの種」とはそういうものとは異なるものだと勝手に解釈しますが、
もし、プレイヤーが画一的なメッセージを受けていればプレイヤー同士争わないはずです。
つまり、ここのプレイヤーが異なった印象を受け、異なった考えを得たという証明と言えるでしょう。
それは、洗脳と同一視できるものとは違うでしょう。

 そういう意味で言うと、
あなたの立場なら、むしろ、これまでの異論がなかった感動の方が問題のように思います。
異論がないと言うことは、画一化された感情の効果的な伝達でしかなく、
それはあたかも、"動物的"な消費でしかないのですから。
kakannkann2006年11月05日

85Fate/stay night (TYPE-MOON)
オウム真理教事件の経験が生かされてないのかな → 長文感想(6365)(ネタバレ注意)(14)
最新レス むしろ、オウム心理教の反省からfateがあると僕は思います。

 オウムというのをどう解釈するかは難しい問題ですが、
いわゆる大きな物語の終焉(共産主義の凋落など)のなかで、
新しい物語をつむごうとした集団だとおもいます。
彼らは閉塞した社会を新たな価値で変容し解決しようとした以上、
心理的には1960年代の学生運動とまったく違いません。
共産主義がニューサイエンスに変わっただけなのです。
 どちらも、彼らは閉塞したこの世界を変えようとしている時点で、
彼らは閉塞していないということもできるでしょう。

 その後の流れについては割愛するとして、
fateやいわゆるセカイ系といわれる物語はどうなんでしょうか。
 彼らは(偽造された)世界を前提としていて受け入れています。
だから、この世界を変革しようという意思もありませんし興味もありません。
世界とはこういうものだから、その中でうまくやっていくという流れでしかありません。

 これは、オウムや世界同時革命のような夢想に従って
世界を変革しようとする意思とはまったく方向性が違います。
 このような差異は、彼らのディスカッションのスタイルなどにも現れます。
徒党を組んで統制された組織を作り、その上で議論をするという方法論を行いません。
個々人が勝手なことを言っているに過ぎません。
世界観は共通しているかもしれませんが、
それをつなぎ合わせる一本芯の通った思想がないからです。
むしろ、さまざまな世界観が並列し存在しえる様相を描いています。
実際fateは桜ルートと凛、セイバールートは互いに認め合わない関係にあるでしょう。
 これは、オウムや一部の政治団体!のような、
理想のためには全体主義的で没個性となる団体と真逆のあり方です。

 このようなあり方はそれはそれで問題視される点はあるでしょう。
しかしながら、少なくとも、「立ち上がれ、諸君!」といわれたとき、
この世界の変革という理想を胸に立ち上がるかどうか、
そして、全体主義的な徒党を組み、他人に判断を強要するかどうか、
この二点に関しては否といえると思います。
(むしろ、アメリカの例を見ると、
あなたの危惧している状況は既におきていて、
祖国のためと兵士が借り出されていますが、
それはむしろ強いアメリカや宗教といった大きな物語の世界であり、
fateのような流れとはまた独立しているというべきでしょう)



補足

 感動をどんどん求めるようになったのは、
プレイヤーの感動要求水準が高くなったからでしょう。
生半可な感動では彼らは感動できなくなっています。
 「感動的な音楽、目くるめく映像、流麗なレトリックとともに語りかけたとき」
一番耐性があるのはそういうゲームをやった人間でしょう。


11/05 22:40 訂正
kakannkann2006年11月05日

70マブラヴ オルタネイティヴ (âge(age))
最近の高得点をつけている人のコメントの内容がかなり痛い=低得点をつけている人の悪口になっているように思う。ここは2ちゃんねるではないのでケンカはほどほどに。 → 長文感想(1224)(ネタバレ注意)(3)
最新レス 明確な思想性があるゲームである以上、
お互いの価値観のぶつかりあいが生じざるを得ないのかもしれません。
(自分と異なる信念があったとして、それを低脳や未熟さとつなげて貶めたり、
萌えオタという不明瞭なレッテルを貼ったり、
真正面から向き合おうとしない態度を非常に残念に思います)

ただ、そういう位置までプレイヤーを引き摺り下ろしたという点で、
ageの目論見は達成されたといえるでしょう。
kakannkann2006年03月23日

最新レスそもそも、何を持ってポストモダンとするかをあえて明確にしないで話をしているので、あなたが自分のポストモダンはこうだという信念があるならば、それはそれで。少なくとも、「Fate」をポストモダンに含めないというならばあなたの解釈は妥当に思います。僕の感覚では「Fate」はポストモダン、「群青」は前半はモダン→ポストモダンでグラウンドルートでモダン回帰、「最果て」は完全にモダンという取り扱いです。

 ただ、コメントとして、

>あと、なんていうか、私の独断と偏見のポストモダンっぽくみると、自分で信念etcを持とうとなんてしなくても、人って無自覚に、そのときどきで変化する何か確かなものを追ってるものだと思うんですよね。まあ、ここでいう確かなものっていうのが実は後からその人が振り返ってみると結局、信念etcと同じことなんでしょうが、でも、実際に行動している真っ最中には本人には全然自覚がなかったりするものだと思います。

というルールを入れていないのが「Fate」かなと思っています(最果ての感想参考のこと)。 
kakannkann2006年03月17日

最新レスだんだん、ポストモダンっぽい感じがしてきましたね。

ただ、「このような固定観念にとらわれることへの批判する姿勢があれば、偏ったものの見方から発生する大きな争そいごとに対して"抑止力"になるのではないでしょうか。」
といえるかどうかが微妙なんですよ。
いえる立場もあるし、いえない立場もあると。

例えば、「Fate」(僕は一応ポストモダンだと思うんですが)は、
世界にこうあるべきだという絶対の価値観はありません。
しかし、登場人物は全員己の信念を持っていて、
その信念にのっとって殺し合いをすると。

むしろ、世界共通の絶対正義がないから
個々人が「偏って」いる「固定観念」を持つことが許されるといえます。

ほかには「批判」しないという立場、「無関心」というのもありえると。
別に自分の手の回る範囲以外で人が死のうがどうなろうが知ったことじゃない
といった感じでね。

まあ、こちらの方は作品例を挙げられない
(「イリヤの空、UFOの夏」にそういう表現があると
聞いたことはありますが未読ですので不確かです)

ま、僕自身ポストモダンがよくわかっているわけではないので、
詳しく知りたいならその類の本を読むことをお勧めします。
ポストモダニストによる反戦運動もあったと記憶していますので
そのあたりを調べてみるのもよいかと思います。
kakannkann2006年03月14日

最新レス前半について、

えっと、肯定-批判は二分論の構造を持っていますよね。

後半について、

個々人が勝手な宗教を持つことは否定してないと思いますよ。

むしろ、
「神様を信仰している状態」=「このような固定観念にとらわれること」
という軸で(つまり、それはいけないことだという倫理観を持ってきて)
世界を切るやり方は、
近代的だと思います。
kakannkann2006年03月13日

最新レス>>そもそも、批判-肯定というライン自体が構造なんですが
>すみません、構造という言葉に対しての説明で、この表現は初めて聞いたのですが
>どういった意味なのでしょう…?

ちょっと質問の内容がわからないので詳しくお願いします

>>「お互いがお互いの信念を持って殺しあうというシチュエーションが考えられますので。
>それは信念というもの自体を神様みたいに崇めようとしていることでしょう。同じことかと。

いや、単純に、人の命<自分の信念であれば成り立ちますよ。
kakannkann2006年03月11日

最新レス そもそも、ポストモダンというのはモダンの後という意味を持っているだけの言葉なので、いろいろあるんですよね。だから、一つに絞って語れないところはあると思います。

ただ、「「絶対的な価値」としての思想、宗教etcを批判しようとする姿勢(そもそも、批判-肯定というライン自体が構造なんですが)」と「民族や思想の価値観の違いで殺し合うような状態を否定する」とは関係がないと思います。「お互いがお互いの信念を持って殺しあうというシチュエーションが考えられますので。
kakannkann2006年03月11日

最新レスポストモダンに対してはそういう態度が一番良いかと思いますよ。
あなたが理系なら「地の欺瞞」を読んでげらげら笑ってみるのもいいかもしれません。

>現実のこういった戦争の反省を踏まえている考え方が
>ポストモダンって印象もあったもので

ちょっとこの部分が気になったのでコメントしておきます。
そもそも僕自身、ポストモダンに詳しいわけではないので
(しかも、統一的な流れじゃないし)
語るに厳しいものがあるのですが、
たとえば、戦後民主主義のようなモダンな世界では
戦争や民族や思想の価値観の違いで殺し合うような状態を否定するわけです。
それは倫理的な意味もあるし
歴史に学んだ部分もあるでしょう。
ところがポストモダンはそういう軸を脱構築するわけで。

必ずしもそういうものではないと思いますがいかがでしょうか。
kakannkann2006年03月10日

最新レス登場人物は自分がやっている戦争に意味がないと知っているのに、
それだからこそかえって没入し、戦争マシーンになっていく様が、
東浩紀の指摘する動物化に対応すると思います。
動物化の内容は東浩紀の「動物化するポストモダン」参照のこと。
kakannkann2006年03月07日