kakannkannさんの長文コメントへレスがついたもの

kakannkann

基本的に心に残ったものしか批評しません。高得点のものしかないのはそういう理由です。

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最新レスそもそも、何を持ってポストモダンとするかをあえて明確にしないで話をしているので、あなたが自分のポストモダンはこうだという信念があるならば、それはそれで。少なくとも、「Fate」をポストモダンに含めないというならばあなたの解釈は妥当に思います。僕の感覚では「Fate」はポストモダン、「群青」は前半はモダン→ポストモダンでグラウンドルートでモダン回帰、「最果て」は完全にモダンという取り扱いです。

 ただ、コメントとして、

>あと、なんていうか、私の独断と偏見のポストモダンっぽくみると、自分で信念etcを持とうとなんてしなくても、人って無自覚に、そのときどきで変化する何か確かなものを追ってるものだと思うんですよね。まあ、ここでいう確かなものっていうのが実は後からその人が振り返ってみると結局、信念etcと同じことなんでしょうが、でも、実際に行動している真っ最中には本人には全然自覚がなかったりするものだと思います。

というルールを入れていないのが「Fate」かなと思っています(最果ての感想参考のこと)。 
kakannkann2006年03月17日

最新レスだんだん、ポストモダンっぽい感じがしてきましたね。

ただ、「このような固定観念にとらわれることへの批判する姿勢があれば、偏ったものの見方から発生する大きな争そいごとに対して"抑止力"になるのではないでしょうか。」
といえるかどうかが微妙なんですよ。
いえる立場もあるし、いえない立場もあると。

例えば、「Fate」(僕は一応ポストモダンだと思うんですが)は、
世界にこうあるべきだという絶対の価値観はありません。
しかし、登場人物は全員己の信念を持っていて、
その信念にのっとって殺し合いをすると。

むしろ、世界共通の絶対正義がないから
個々人が「偏って」いる「固定観念」を持つことが許されるといえます。

ほかには「批判」しないという立場、「無関心」というのもありえると。
別に自分の手の回る範囲以外で人が死のうがどうなろうが知ったことじゃない
といった感じでね。

まあ、こちらの方は作品例を挙げられない
(「イリヤの空、UFOの夏」にそういう表現があると
聞いたことはありますが未読ですので不確かです)

ま、僕自身ポストモダンがよくわかっているわけではないので、
詳しく知りたいならその類の本を読むことをお勧めします。
ポストモダニストによる反戦運動もあったと記憶していますので
そのあたりを調べてみるのもよいかと思います。
kakannkann2006年03月14日

最新レス前半について、

えっと、肯定-批判は二分論の構造を持っていますよね。

後半について、

個々人が勝手な宗教を持つことは否定してないと思いますよ。

むしろ、
「神様を信仰している状態」=「このような固定観念にとらわれること」
という軸で(つまり、それはいけないことだという倫理観を持ってきて)
世界を切るやり方は、
近代的だと思います。
kakannkann2006年03月13日

最新レス>>そもそも、批判-肯定というライン自体が構造なんですが
>すみません、構造という言葉に対しての説明で、この表現は初めて聞いたのですが
>どういった意味なのでしょう…?

ちょっと質問の内容がわからないので詳しくお願いします

>>「お互いがお互いの信念を持って殺しあうというシチュエーションが考えられますので。
>それは信念というもの自体を神様みたいに崇めようとしていることでしょう。同じことかと。

いや、単純に、人の命<自分の信念であれば成り立ちますよ。
kakannkann2006年03月11日

最新レス そもそも、ポストモダンというのはモダンの後という意味を持っているだけの言葉なので、いろいろあるんですよね。だから、一つに絞って語れないところはあると思います。

ただ、「「絶対的な価値」としての思想、宗教etcを批判しようとする姿勢(そもそも、批判-肯定というライン自体が構造なんですが)」と「民族や思想の価値観の違いで殺し合うような状態を否定する」とは関係がないと思います。「お互いがお互いの信念を持って殺しあうというシチュエーションが考えられますので。
kakannkann2006年03月11日

最新レスポストモダンに対してはそういう態度が一番良いかと思いますよ。
あなたが理系なら「地の欺瞞」を読んでげらげら笑ってみるのもいいかもしれません。

>現実のこういった戦争の反省を踏まえている考え方が
>ポストモダンって印象もあったもので

ちょっとこの部分が気になったのでコメントしておきます。
そもそも僕自身、ポストモダンに詳しいわけではないので
(しかも、統一的な流れじゃないし)
語るに厳しいものがあるのですが、
たとえば、戦後民主主義のようなモダンな世界では
戦争や民族や思想の価値観の違いで殺し合うような状態を否定するわけです。
それは倫理的な意味もあるし
歴史に学んだ部分もあるでしょう。
ところがポストモダンはそういう軸を脱構築するわけで。

必ずしもそういうものではないと思いますがいかがでしょうか。
kakannkann2006年03月10日

最新レス登場人物は自分がやっている戦争に意味がないと知っているのに、
それだからこそかえって没入し、戦争マシーンになっていく様が、
東浩紀の指摘する動物化に対応すると思います。
動物化の内容は東浩紀の「動物化するポストモダン」参照のこと。
kakannkann2006年03月07日