恋をしようよ Let it snow

恋をしようよ Let it snow(ボーカル有り)

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恋をしようよ Let it snowシングル
GWAVE 2015 1st Colorsコンピレーション
Duca Works Best 3アルバム
Duca Works 15th anniversary BESTアルバム

音楽得点分布

得点度数グラフ
10014
90~993
80~897
70~791
60~690
50~590
40~490
30~390
20~290
10~190
0~90

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コメント(新着順)

松本文紀なのでDucaまでもゆきこいめると。

 松本文紀の作曲ではしばしば、ボーカルへのやや強いディレイのかけ方でもって浮遊感がついている。言葉の筋ばった部位をやわらかく煮詰めたすえ、曲へなじませ溶け込ませてしまう趣向があるように思う。

 ケロQ/枕での仕事においては意味深な歌詞がなにかと多くなるのだけど、ピクセルビー組とくらべると、歌う声のあやふやさから違いが生まれてくるふうで面白い。
 ピクセルビーの「在りし日のために」などでmonetの語りかけはきっぱり通りよいし、「鏡の世界には私しかいない」の雑然としたギターのなかでさえ「遍在転生 意味ト様相」と難しげに唱える言葉そのものはクリアに通っている。
 その一方で、松本楽曲を見てみると、はなの歌声はぼやけて、雑然としたギターの響きのなかへ溶け込んでしまう。意味がゆるいというか、より自然なことば――文法をもたない、その場のかけ合いになっていくふう。花の造形みたいな (あるいは和音みたいな) 母なる偶然の産物のやわらかさをなんとか表現しようと、不自然なまでのエフェクトによって声をにじませてみるところの面白みとゆうかなんとゆうか、ぶらーぶらーぶらー。

 たとえば「空気力学少女と少年の詩」の歌声とか、どこか実体感に薄い。生々しさがない。水面へにじんだ鏡像みたいで、その言葉には重みがないから、透明度に引きずられて感覚だけの宙吊りになっちゃいそう。「一閃のひかりのごとくながれつつ 魚は月日の記憶をもたぬ」。そんな詩が詠まれたことがありました。水へと音をにじませるような、人間的重みを欠いたこの歌声を聴いていると、そんな魚の流線型へと化して、地上のものごとには囚われぬあの素晴らしい瞬間へまた少しだけふれられる気がする。
 他にも、「天球の下の奇蹟」をはじめエレクトロニカ系楽曲で、フックのメロディへと歌声のエコーが同期したと思ったら思ったときにはもう分離してる、心地よく秘密めいたからみあいだったり。遊女「Distorted」リミックスを担当したときの、まずは曇り空たちこめるようなボーカルではじまり、途中で「――ないのだと "笑う"」パァッと声を晴らしてみせ、遊女の生々しい語りかけを演出する仕方であったり。それらのぼかした趣向が好き。

 さて、本作「恋をしようよ Let it snow」でも、こうやってDucaの声をにじませて用いるのかとちょっと驚いた。朗々とした曲を歌唱力で聴かせ、真正面から言葉を伝えるのが魅力なボーカリストというイメージが強かったから、ふんわりぼやけた響かせ方は新鮮で、意外な調理法を教わった気分になる。冬の澄んだ空を通ってすこーんと反響するごときディレイがかかると、生真面目なボーカルなのにどうあっても焦点は結びきれず、溶けてにじんでいって。解すべきメッセージとして伝わってこないまま途中で雪解けてしまったから、あたたかそうな響きがよく耳にこだましていく。本編のほうも、たるひや嘩音といった根のマジメな子たちがどうあっても甘くイチャラブという、頭に粉砂糖をギュッとつめてとろかすしあわせな作品だったけど、この甘くマスクのかかったDucaボーカルはそれにぴったり似ついて溶けちゃいそう。
 冬空にあたたかく反響してきたチャイム・鉄琴からはじまって、やわっこく歪ませ広がっていくディレイギター、やわっこく広がっていくぼんやりDuca。それだからいっそう、ブレイクがスパッと印象的になる (0:53)。はじめて聴いたとき、このブレイクで「あ、この曲わかる、好き」身体のほうが反応してしまったのだけど、音をにじませていってもそれに耽溺するでもなくて、溶けたものをよく冷えた手つきで組み上げようとする矛盾めいたところ。わたしに到底理解できない作曲がされているふうで、やっぱもうよくわかんないっ。

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