マルセルさんの「ふぃぎゅ@謝肉祭」の感想

ネタバレ感想を見たくない場合、文字を背景色に設定することが可能です。 → 設定変更

**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

本編と同価格のフルプライスで発売されたこのFD、はたして本編と同等の価値があるか?と言われたらギリギリNOといえる残念な作品であった。断わっておくと、あくまでこれを「普通のFD」として捉えるなら、一般的には「そこそこよくできているFD]だといえる。オマケシナリオは本編のライトでを馬鹿なノリを踏襲しており「妄想のしすぎで、空気をレイプできるようになったのか?」といった超文学的な迷台詞が勢揃い。これはこれで面白い。しかし「フリーモード」が個人的に激期待はずれな出来。詳しくは長文で語るが、「自由に改造したい」という要望の「自由」を少し勘違いしているのではないか? 本編と同じ雰囲気の「キャラ」を楽しみたい人にはお勧めできるが、本編と同じ完成度の「ゲーム性」を求めている人は別に買わなくてもいいんじゃないか?的作品である。
(フリーモード、つまり「テキスト」部分以外でクリックを要求される内容では栗数計測は無効(とは完全にいえないが、殆ど役に立たない)なので、
こんかいは計測は別にいいや♪と気楽にやっていたら、栗数が有効になる「シナリオモード」での計測を忘れてしまいましたorz。なので、今回は栗数計測云々はナッシング。
ま、シナリオモードのミニシナリオは普通のミニシナリオと同じ長さです。一時間弱~一時間強のプレイ時間で、栗数でいえば2000~3000C程度ですね)

・フリーモードについて(本編をB+とするなら、こっちはC+くらい

When everything goes nothing matters

かんたんに意訳すると「すべてが許されるところでは、重要なことが何もなくなる」。
これを始めて知ったのは数年前のこと、ある海外産SLGのスタッフページで、中の人がMOD製作者にゲーム製作のヒントを教えているところだった。
初心者のMOD製作で一番陥りやすい罠は、初めて与えられた「神の手」に浮かれきってしまい、オリジナルでは抑制されていた各種要素の制限を、
小学生がお小遣いを貰ったその日に即駄菓子屋で散財するように「大盤振る舞い」して取っ払ってしまうことである。
そこで、その小学生は始めて気がつくのだ。「あれ、駄菓子ってそんなに美味しくないぞ?」と。
今まで一日2本くらいし買えなかった美味い棒を今日はたくさん買っているのに、今までと比べたら全然美味しくない。
あこがれだった、ナメック星人のような着色剤べったりのジュースも、ただの甘くてシツコイわざとらしい味にしか思えない。
つまり、今までその駄菓子の「美味しさ」は、一日に二本しか変えなかったことや、高くてあんまり手が出せないといった、
「抑制」や「我慢」といった各種環境が、その駄菓子にその駄菓子以上の「価値」を与えていていて、
その幻想が消え去ったいま、その駄菓子は餓鬼向けに作られた各種人口合成甘味料の珍妙なかたまり以上の価値はなくなったというわけだ。
(まぁ。僕はあのわざとらしい記号的な甘さは大好きですけどね。)
そうして、先の製作者もこういいたかったのである。
「いろんな抑制要素がゲーム中に働いていないと、アナーキーで詰まらない作品が出来上がってしまうよ?」と。


はじめ、本編のFDが出ると決まって「改造しまくりのフリーモード」が中に収録されると聞いたとき、ふと思いついたのは以上のようなことだった。
なるほど、ユーザーから「もっと自由に改造したい」という要望があったのはわかる。僕もたしかその手のことをアンケにかいたとおもう。
復習しておくと、本編ゲームシステムは典型的な「自転車操業」タイプのせっつきゲームだった。
ルートにもよるが、途中途中にバットエンドチェックがたくさん入って、ある数値を超えていないと即バットエンドという厳しいシステムであった。
結果、ユーザーは目先のバットエンドを必死に回避しつつ、尚且つ、その後に必要とされるフィギアやパーツを睨みながら改造を進めるという、
短期的戦術と長期戦略のダブル・バインドの統合を求められることになる。そりゃ、呑気に必要の無い改造をやっている暇なんかない。
ゆえに、あくまで感情的に言えば、ユーザーがそこからの脱出を求めて、もっとのんびりした「自由度」の高いゲームを望むのは無理もないと言える。

そのようなユーザーの要求に忠実に従ったのか、この「フリーゲーム」はシステムからして抑制装置を緩めている。
いろいろとその要素をあげることは出来るが、一番大きいのは「セーブシステム」の廃止だろう。
近いところで言えば「トルネコ」とか「シレン」のようなセーブ形態である。セ-ブは出来ないが中断はできる。
ユーザーのアクションは逐一自動セーブされるが、ユーザーが意志的にセーブすることは不可能で、セーブ&ロードのやり直しが効かない。
本編とやったことがない人は「はぁ?なんでそれが?」と疑問に思うだろうが、本編をやった人なら「なるほど」と頷くに違いない。
これは、こんかいは本編のように、何回なんかいもセーブ&ロードを繰り返してガチャの出る順番をメモったり、
突然のバットエンドチェックを必至に回避したりといった制限が殆どないですよ?という製作者からのメッセージなのだ。

つまり、こんかいは「何回ミスしたって平気」。期限は基本的に無制限といっていいほど長いし、一生に一回といった期間限定のチャンスもない。
あなたは無限の時間と無限のチャンスを利用してガチャがチャをまわし続けることが出来るし、なんのフィギアを改造しても、
イフリナ様にどんな魔改造をしてもゲーム内容に影響を与えることはない。なんだって出来るし、なにをしてもだれからも咎められない。
そうそう、今のあなたは50円100円程度の小銭で咽び泣くぅ惨めな貧乏オタクではない。
このフリーモードには「ミニゲーム」というものが存在し「麻雀」やら「オセロ」で好きなだけお金を稼ぐことが出来る。
僕は初日でイフリナ様とオセロ勝負をして3000円も巻き上げた。だから、あなたは小銭稼ぎのためにフィギアを改造しなくてもよろしい。
潤沢な資金と無制限な時間を使って、あなたのお望みのままにフィギア改造を続けられるのだ。まさにユーザーの願った「自由」がここにある。
ユーザーの要望に答えたファンディスクが「良いファンディスク」だとするなら、これはそれに100%応えた素晴らしいファンディスクである。


ただし、それが「ちっとも面白くなかった」ということを付け加えないとフェアではあるまい。
ぶっちゃけっていえば、僕は三十分程度で「もう飽きていた」。ジェノ的に言えば「じぇんじぇん面白くないのですぅ~」。
お金があるから売却のためのフィギアは作らなくていい。時間はあるから物事に厳密な優先度をつけなくていい。
そうして、ゲーム本来の目的はというと、ただ魔改造フィギアを作ることだけだから、結論からいうと「単純作業」になってしまう。。
お金と時間はあるんだから、本編のように自分の能力を挙げなくてもいいし、フィギアの製作順序に頭を悩ませなくなると、
このゲームシステムはなんと単純ですっごく「つまんねー」ものに見えてしまう。強いて言えば、炭酸の抜けたコーラみたいなもの。
本編のゲームシステムの魅力というか「ガチャガチャを回して、改造する面白さ」は、その行為自体によるものではなくって、
「その行為に付属する、外的困難を克服する面白さ」だったというのが気づいてしまうのだ。
僕らは別にガチャガチャで得られる「フィギア」だけが欲しいのでなく、ガチャガチャをやって滅多に手に入らない「レアな」
フィギアをゲットするという希少価値的な「体験」が欲しいのである。モノ自体ではなくモノを得るための幻想を手に入れること、
このような倒錯性(?)を本編ではハードなゲームシステムとして表現できていたが、今作は図らずとも逆の結果に陥ってしまったと言えよう。
「人間には自由は重過ぎる」とドストエフスキーは言ったが、オタクには自由ほど面白くないものはないのである。

さらに、追い討ちをかけるのが、シナリオ(物語)の弱さと魔改造によるイフリナ様調教計画の撤廃。
なるほど、フリーモードなんだから、普通の作品と同じような物語を求めるのは筋違いではある。
しかし、だからといって、この手抜きっぷりは少々いただけない。初期設定は抜群にいい。「一年A組留年クラス」だっけ?
学園エヴァというか、本編のキャラの殆どがイフリナ先生のクラスに数年間留年しているという、ある意味オタの願望を皮肉ったナイスな異常設定であり、
これを思うぞんぶん縦横無尽にしゃぶり尽くしていれば、本編以上にハチャメチャで面白い日常空間を楽しめたと思うのだが、
実際にこれが楽しめるのはゲーム序盤部分だけであり、あとは既読ルーチンテキストのたんなる繰り返し。笑えたのは最初の部分だけだった。
と、なると、期待できるシナリオ部分は、魔改造によるイフリナ様の変化(調教)だけになるが、これも全然ダメ。
トバカとイフリナ様は先生と生徒という関係になっていているんだけど、はっきりいってそれを生かしているエロテキストだと思えない。、
本編に見られた「淫」とか「愛」の属性調教部分のパロメーター変化は撤去されており、基本的に生徒と先生の関係はが最後までずーっと
変わらないので魔改造のモチベーションが下がる下がる。ミクロなシチュの変化はマクロなエモーションの連続性と対応していないと単純な記号性に堕してしまうのだ。
魔改造の困難さと魔改造によるイフリナ様の属性の変化によって本編のエロ度は確保されていたが、それらが欠如した今回のエロシーンは、
本当にただのオタがいろんなフィギアの前で妄想して毎回ぶっ掛けているような、ある意味リアルで散文的な寒いエロシーンになってしまった。
エロシーン自体のテキストはまったく変わっていないのに、このうっすらとしたエロ薄感はなんといえばいいのだろう?
こちらも、本編の良い部分をまったくダメにしてまった、本末転倒な仕様変更であろう。


まぁ、さっきからイフリナ様の如き勢いで叩き続けているが、一般的な尺度からみれば「そんなに悪い」内容ではないとも言っておこう。
序盤だけでとはいえ、この留年組のイカ臭い青春ドラマはかなり笑えるし、部分部分の小ネタもけっこうたのしい。
確かに、ミニゲームが肝心のゲームシステムを殺してしまっているが、各種ミニゲームのエンジンは中々優秀であり、これだけでそこそこ楽しめる。
本編の素晴らしい出来をまったく度外視してみれば、小ネタの詰まったファンディスクとして、素直に楽しめるとはおもう。
しかし、本編を「物凄く楽しんだ」僕からみると、このフリーモードは「全く期待はずれ」だったと声を大にして主張しておきたい。
「改造を自由に楽しめる」ということはただ単に「自由度をあげる」ということを意味しないハズである
あくまで僕の望みを言えば、それは「短期的な戦術性」の廃棄と「長期的な戦略性」の強化であって、
具体的に言えば、殆ど実現不可能と思えるハイレベルな目標値のために、本編では利用できなかった様々な改造やトレード、
オークションとうとうを有機的に効率的に長期的に使い、腰を据えてじっくり計画を煮詰めながらプレイすることを意味していた。
その為には、本編のゲームバランスをかなり弄る必要があろうが、とーぜん、このメーカーはそれをやってくるだろうと予想していたのだ。

もちろん、それは「高望みし過ぎ」だという議論は解かるし、エロゲ云々だけではなく、一般のソフトメーカーでもこれをやるのは難しいだろう。
ただ、ここは、大味なゲーム性と大胆なイベントの変化と魅力的なキャラを利用したアリスソフトの諸作品とは違った、
構築性重視のややマゾ的なゲーム性をウリにできるメーカーだと期待していたのに、こんなヌルイお茶を出されては、
僕としても卓袱台をひっくり返すしかないのだ。乱暴に言えば「難しくてクリアできません~」なんて奴はさっさと切り捨てて、
沸々と煮えたぎる熱いマグマのよう激辛ゲーを出して欲しいのである。ここは、そんな無茶な要求にも見事に応えられる、やればできる子なんだから。

長文感想へのレスを書くには
 ・ユーザーIDを有している
 ・COOKIEが有効である
 ・COOKIEを有効にした状態でログインしたことがある
 ・5つ以上一言コメントを書いている
 ・長文感想を書いたユーザーが長文感想へのレスを許可している
の5つの条件を満たしている必要があります。

コメントデータ

このコメントはだいたい2099回くらい参照されています。