heniさんの「忘れものと落とし物」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

『ダライアス外伝』に始まり、『ダライアス外伝』に終わる
※『ダライアス外伝』のネタバレを一部含みますのでご注意下さい。



【『ダライアス外伝』について】
『ダライアス外伝』。
2DSTG(シューティングゲーム)の金字塔とも言うべき、圧倒的な完成度を誇る傑作です。
何度でも遊びたくなる絶妙かつ奥行きのあるゲームバランス、妖しげながらゲームにマッチしたBGM、そのBGMと完璧にシンクロする演出……
一言二言では語り尽くせぬ程に魅力あるゲームであり、私自身、最も好きなSTGの一つです。

その『ダライアス外伝』ですが、心理学的な要素、とりわけ「幻視」というテーマ性が内包されていることが語り草の一つとなっています。
その代表的なシーンが、ラスボスの中の一体、グレートシング撃破後のエンディングでしょう。
廃ビル群の中で、主人公機シルバーホークとグレートシングは激闘を繰り広げます。
しかしグレートシングを倒すと廃ビル群が忽然と消え、激闘が嘘のように、平穏でなにもない草原が周囲を包みます。
今まで自分達が見てきた光景は、そして直前まで戦っていたはずのグレートシングは一体何だったのか?
これらは果たして本当に存在したのか?
そんな哲学的な問いかけを残し、ゲームはエンディングを迎えます。
ちなみに、このテーマ性は楽曲においてより顕著に現れており、1~2面で使われる『VISIONNERZ ~幻視人~』がわかりやすい例でしょうか。




【『ダライアス外伝』と本作の関係】
何でこんなに長々と『ダライアス外伝』の話をしたかと言うと、無論、本作と深い関わりがあるからです。
本作の物語でキーとなる「彼女」との出会いは『ダライアス外伝』がきっかけで、エンディングでも同作をクリアして幕を閉じています。
つまり、最初から最後まで『ダライアス外伝』が何かしらの形で絡んでいるのです。
ここで一つの疑問が出てきます。何故『ダライアス外伝』なのでしょうか?

ぶっちゃけ、単に「僕」と「彼女」の交流を描くだけなら『グラディウス』でも『雷電』でも、もっと言ってしまえば架空のゲームでもいいはずです。
しかし本作ではその中核として実在する『ダライアス外伝』を選んでいます。
また、スタッフロールでもスペシャルサンクスとして同作と開発会社のタイトーの名を挙げており、本作のライターさんの熱烈な愛を感じます。
故に、『ダライアス外伝』を作中に登場させたのには何か意味があるのではないか、と考えました。
よって、以後は「幻視」、雰囲気、エンディングの三点からこの二つの作品の関連について語っていきたいと思います。




【本作の「幻視」と『ダライアス外伝』】
本作にも、先に述べた「幻視」というテーマがあります。
本作は二部構成になっていて、一部で「僕」が「彼女」や「あさか」と日常を送る中で数多くの謎と伏線が散りばめられ、二部で種明かしされる、という構成になっています。
その種明かしは、一部でプレイヤーや「僕」が見てきた光景を根底から覆すもので、「それらは果たして本当にあったことなのか?」と全てに疑問を持たざるを得なくなります。
これは、先に述べた『ダライアス外伝』のグレートシング撃破後のエンディングと重なる部分があります。
本作と、作中に登場するゲームが同じような展開になる……これは決して偶然ではないでしょう。
なお、この場面でプレイしているゲームが『ダライアス外伝』であることが初めて明かされます。
このタイミングでタイトルを明かしたのも、本作との共通する「幻視」というテーマ性を暗に示す狙いがあったように思えます。
ある程度遊んでいるプレイヤーならまずミスしないゾーンB(2面)で何度も何度もゲームオーバーになっているのも、「僕」が「幻視」から抜け出せずにいるということを上手く表現しています。




【本作の雰囲気と『ダライアス外伝』】
同時に、雰囲気を作ることにも貢献しています。
ゲーセンとは本来、ゲームの音やボタンを叩く音、人の声など、様々な音がひっきりなしに耳に飛び込んできます。
良く言えば熱気がある、悪く言えばやかましい空間、ということになるかも知れません。
しかし、本作はその真逆を表現しています。
ゲームで交流しているはずなのに何となく不安になる、ゲーセンには似つかわしくない澱んた雰囲気を持っています。
そこで『ダライアス外伝』が活きてきます。
作中「彼女」はこんなことを言います。
「ゲームをやってる間は、私はゲームの”向こう”にいる」
『ダライアス外伝』はどこかふわふわしているというか、非現実感が常にあるというか、とにかく妖しげな魅力に溢れたゲームです。
そんな世界に、「僕」や「彼女」がいる空間そのものを「彼女」の台詞の如く引きずり込み、作品世界の雰囲気まで染めていく。
これが本作の狙いだった気がします。
これが他のゲームだったら、本作の雰囲気に貢献できないどころか、ちぐはぐな感じになっていたでしょう。
そういう意味でも『ダライアス外伝』は本作の舞台装置としてこれ以上ない存在だったのだと思います。




【本作のエンディングと『ダライアス外伝』】
本作は明確に答えを与えられる部分が多く、プレイ後に想像の余地はあまり与えられません。
しかしエンディングは別で、色々考えられる余地があります。

ここでは、全てを知った「僕」が『ダライアス外伝』のゾーン【Z】をクリアしています。
『ダライアス外伝』はルート分岐のあるマルチエンドで、ゾーンZのエンディングは戦いの果てに母星が破壊してしまって主人公が途方に暮れる、いわばバッドエンドです。
私は最初、「ゾーン【Z’】の誤字ではないのか?」と思いました。
ゾーンZ’は上述したグレートシングと戦うルートで、『ダライアス外伝』のエンディングの中でも特に幻視を意識しているからです。
どちらかと言えば、こちらの方が本作には近しい感じがします。

しかし色々考えてみると、本作を締めくくるにはゾーンZの方が相応しいような気もしてきます。
ネタバレになってしまうので深くは語りませんが、この場面の「僕」は色々なものを失った状態です。
しかしながら、ゾーンZのエンディングのようにお先真っ暗なのではなく、どこか前向きなものを感じさせます。
今までのことや自分を冷静に見つめ、現実に立ち向かえるようになった、成長した「僕」がそこにいるからです。
つまり、本作とゾーンZのエンディングは喪失という大きな共通点がありながらも、決定的に違う部分があるのです。
失くしたものは多いけれども、「僕」にはまだこれから先に何か物語の「始まり」があるような気がする。
そんな「僕」と未来のないゾーンZを対比させ、際立たせるために、最後にゾーンZを「僕」にクリアさせたのではないでしょうか。
クリア後に見られるイベントでは何かが始まったことを思わせる描写があるため、なおさらそう思えます。
ここまで『ダライアス外伝』をストーリー上に登場させたのだから、ここでクリアさせたのにも何か意味はあるだろうと考えた結果、私はそのように思い至りました。

それを考えた時にもう一つ面白いのが、本作の舞台が1997年であることです。
これは『ダライアス』シリーズの続編『Gダライアス』が稼働した年でもあります。
『Gダライアス』はシリーズにおけるいわばエピソード0で、「始まり」を描いたゲームです。
全てを失って終わる『ダライアス外伝』ゾーンZをクリアし、物語の「始まり」の『Gダライアス』が始まる。
すなわち、『ダライアス』シリーズのように「僕」もまた、新しい物語が始まろうとしていることを示唆しているのかも知れません。
『ダライアス』を徹底して本作と繋げて考えるのならこのような解釈もありますが、拡大解釈が過ぎる気もしますので、話半分に聞いていただければと思います。




【まとめ】
本作は3~4時間程度でクリアできるくらいのボリュームですが、しかしその密度は濃く、満足度は決して低くありません。
本作は、「幻視」というテーマをより普遍的なものに落とし込んでいます。
つまり、『ダライアス外伝』における問いかけの先を描いているということです。
今まで見てきたものが幻視であるなら、じゃあ本当は何だったのか?
またそれを踏まえて「それ」をどう見るべきなのか、どう付き合うべきなのか?
「幻視」という一見荒唐無稽なテーマから徐々に現実的な問題へと移っていき、「僕」が辿々しくも真摯に真実を見つめていく様が、短いながらにしっかりと描かれています。
伏線に関しても、種明かしをした……ように見せかけてさらなるどんでん返しがあり、全部終わるまで油断ならないゲームになっています。

このように単体で見ても見所あるゲームですが、そこに『ダライアス外伝』が絡むことで更に面白くなります。
本作は最初から最後まで何かしらの形で『ダライアス外伝』が登場しました。その意味を考えたり、テーマやエンディングの解釈を同作を起点にアレコレ考えてみたり、より深く楽しむことが出来ましたね。


感想は以上です。ここまで読んで下さりありがとうございました。
参考にしていただけたり、共感を得られましたら嬉しい限りです。

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