さんの「遥かに仰ぎ、麗しの」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

ただ純粋に本当の愛と幸せを描く優しいやさしい物語
健速氏と丸谷氏。
『こなたよりかなたまで』と『MAID iN HEAVEN』。
全く毛色の違う作品を代表作に持つ、二人のライターが本校、分校に別れて、それぞれ筆を執った今作品。
一体どんな作品が出来上がるのか。
二人のシナリオが噛み合ったとんでもない名作か、それとも個を尊重し合った良作か、はたまた反発し合った駄作か。
プレイ前の期待度は今年の作品の中でもトップクラスだったと思う。
そして、作品を読み終えた時の私の中の答えはこうだった。

「お互いの長所を生かしあった素晴らしい秀作」

忌憚のない意見を吐かせてもらうならば、一部を除きそこまで心に響くシナリオではなかった。
名作には及ばない。だが良作という言葉だけでは物足りない。
よく出来た、優れた作品として、秀作という言葉が一番しっくりときた。

ところが、最終評価をそう定めて、実際にレビューを書いてみると何か納得がいかない。何か真に迫ってないような気がする。
そんな時思い出したのだ。プレイ中、とある一人のヒロインのルートでずっと「違和感」を受けていた事を。
それを切欠にもう一度今作をプレイしなおしてみた。何か新たに分かる事があるのではないかと考えて。
すると、やっと、そこに一つのテーマが浮かび上がってきたのだ。


本当の幸せというものは、自分一人だけでは決して成り立たない。相手を理解し相手の幸せを願える自分、と、自分を理解してくれ自分の幸せを願ってくれる相手。こんな優しい二人が想い合い、愛し合い、そして、互いに、相手の事だけではなく、自分の幸せをも願った時、初めて、それは訪れるのだ。


このどこにでもありそうな愛と幸せとを詠う文章。
これこそが『遥かに仰ぎ、麗しの』のテーマなのではないだろうか。

以下の文章は、本題にはほとんど触れておりませんが『こなたよりかなたまで』、『キラークイーン』、『女郎蜘蛛』、『MAID iN HEAVEN』、『SEXFRIEND』、『ゆのはな』に関する若干のネタバレを含みます。
また一部作品に対する批判的文章をも含みますので、それを許容して頂ける方のみお読み下さい。



・健速
本当の幸せというものは、自分一人だけでは決して成り立たない。相手を理解し相手の幸せを願える自分、と、自分を理解してくれ自分の幸せを願ってくれる相手。こんな優しい二人が想い合い、愛し合い、そして、互いに、相手の事だけではなく、自分の幸せをも願った時、初めて、それは訪れるのだ。

今作のテーマと言ってきたこの言葉だが、これは何よりも健速氏が描く物語なのである。

この言葉の意味するところは実に単純だ。
それは“互いの救済”である。

自分だけでは駄目。相手だけでは駄目。
本当の愛とは、二人で作り上げていくもの。
本当の幸せとは、その先にのみ待っているものなのだと。

氏は、『こなたよりかなたまで』で、『キラークイーン』で、執拗なほどまでにこのテーマを描き続けてきた。
遥彼方が佐倉佳苗を救ったように、佐倉佳苗が遥彼方を救ったように。
遥彼方がクリスを救ったように、クリスが遥彼方を救ったように。
御剣総一が姫萩咲実を救ったように、姫萩咲実が御剣総一を救ったように。

この人はこういう物語を描く人なのである。
いや、良くも悪くもこういう物語しか描けない人なのかもしれない。



・風祭みやび
まさに、健速氏が描く王道の物語である。
この物語を言い表すのは、たった一文で十分だと思う。
それは、最後の最後に、このささやかな家族達の物語に与えられるこんな一文だ。

「これは僕らが大事な事に気付いたというだけの、ごくごく当たり前の物語だ。」

そう、これは決して特別な物語ではない。
ワガママで意地っ張り。だけど寂しがり屋で甘えん坊。抱けばすっぽりと腕に収まるような小さな少女。
孤児として生まれながら幼い頃から献身的に小さな主人に仕えてきた心優しき少女。
たった二人で生きてきたこの少女達に、就職難でたまたまこの僻地にやって来た歴史担当の新任教師がごく普通に手を差し出し、救い上げ、そして、最後に彼女達に救ってもらった。
そんな、どこにでもあるようなごくごく当たり前のお話である。



・鷹月殿子&八乙女梓乃
滝沢司と鷹月殿子。
この二人の物語は理解から始まった。
彼らは互いに聡明だったから、そして、何より彼らは互いに似ていたから。
今まで誰一人、解ることできなかった、いや、解ろうとすらしてこなかった殿子に、司は易とも簡単に言ってのける。

「じゃあ、鷹月にとってこの学院は自由じゃないんだな?」
それでも、殿子は繰り返す。
「どれだけ願おうと、どうにもならない事って、有ると思う」

それは例えば、
泳げない人が大海原を泳ぐ事だったり、飛べない飛行機が大空を飛ぶ事だったり、逃れられない殿子が鷹月家から逃げ出す事だったり。

二人が救い合い、想い合い、愛し合い、結ばれても、殿子は変わらない。

誰が信じられるといっても、滝沢司という人物ほど信じられる人はいないだろう。
この強靭な意志、決して立ち止まらない行動力、そして何よりその誠実さ。
これほどに私が信じる人間は他には居ないのだ。
しかしどれほど信じられる相手だろうと、不可能はあるのだ。
『---第10話 満天の星のように』

そして、物語の最後。
飛行機は飛ばなかった。
殿子は、少しでも期待した事を後悔した。
殿子は、また希望を失ったのだ。
どれだけ願おうと、どうにもならない事はやはり有るのだ、と。

しかし、そんな殿子に司は何事もなかったかの様に言ってのける。

「さ、いくぞ殿子。やり直しだ」
「え?行くってどこへ」
「お前寝惚けてるのか?格納庫に決まってるだろうが!」
「だ、だって今、飛行機はバラバラになって―――――」
ちらりと振り返ると海には紛れもなく私たちの半年間の努力の結晶がバラバラになって浮いている。
「だからなんでそんなに諦めが良いんだお前は。ライト兄弟がフライヤー一号に至るまでに何機作ったと思ってるんだ?」
「いきなりうまくやろうだなんて、虫が良すぎるぞ!」

ここで殿子はようやく気付くのだ。
自分の考えていた事がいかに下らない事なのかを。

泳げないなら、泳げるようになるまで諦めなければいい。
飛べないなら、飛べるようになるまで諦めなければいい。
鷹月の家から逃れられないなら、打ち勝てるようになるまで諦めなければいい。

ただそれだけの事だったのだ。

司は、それを実践した。
泳げないから、泳げるようになるまで諦めなかった。
次に、意思を見せた。
飛べないから、飛べるようになるまで諦めないのだと。

そして殿子は思い出すのだ。
なによりも滝沢司という男がどういう男なのかを。

そうなのだ。この人はそういう人なのだ。
海。
泳ぎ。
大空。
飛行機。
私はこの時、確信する事ができた。この人は必ず飛ぶのだと。
今すぐには無理なのかもしれない。けれどいつかきっと空を往く。
今彼が自由に泳ぐように、いつかきっと空を自由に飛び回るのだ。
絶対にそうなる。
この人はそういう人なのだ。
理由なんかない。
しかし絶対にこの人は空を往く。
それは毎朝太陽が昇るのと同じぐらい、確かな事なのだ。

自由に生きるという事は、きっとこういう事なのだ。
困難に際して諦めるから自由にならない。
困難に際してなお、揺るがぬ意思と強い行動力を示し続ける。
自由というのはそのように顕されるものだったのだ。
自由とは状況や手に入れたりできるような種類のものでなかった。
ただ内から溢れてくる強い心で、示し続けるものだったのだ。

「………今も大事にするけれど、これからも大事にしなくては」
『---第11話 大空を往く者』

最後に、殿子は追いついたのだ。
二人が結ばれた夜、司が一人誓ったあの言葉に。

「今を大事に。結構な事ではないか?」
「ただし僕は同時に未来も大事に思う。それだけの話だ。」

これは、解り合ったはずの二人が、救い合い、想い合い、愛し合いながら、真に解り合うまでを描いたお話である。



滝沢司と八乙女梓乃。
この二人の物語は相思から始まった。

八乙女梓乃は何事も恐れてきた。
それは、自身が対面恐怖症であるが故の行動だった。
だが、梓乃はそれでもその現状に満足していたのだ。鷹月殿子という唯一無二の親友がいたから。
しかし、滝沢司という男が現れて、その現状が変わろうとしていた。

この二人は出会ってすぐに、理解し合った。
彼らは互いに聡明だったから、そして、何より彼らは互いに似ていたから。

自分ですら、できなかった事をあっさりやってのける司。なによりその対象は、自分にとって、唯一無二の存在である殿子なのだ。
強い驚きと激しい嫉妬。
想いが「怖い」から「憎い」に変わっていく。
そして、梓乃は止まっていた足を動かす。恐れてきたものに向かい合う決意をする。

それからも梓乃はゆっくりと足を進めていく。

悪戯を経て、
方法が「間接的」から「直接的」に、変わっていく。
海水浴や肝試しを経て、
感情が「負」から「正」に変わっていく。

そして、暴漢に襲われるという恐ろしい経験を経て、
想いが「憎い」から「愛おしい」に変わっていったのだ。

ここで、やっと梓乃と司の物語は始まるのである。
司が殿子とあっさりとやってのけた事に、ゆっくりとゆっくりと時間を梓乃は近づいてきたのだ。

だが近づいても、司と梓乃の距離は決して0にならない。
それは、やはり梓乃が対面恐怖症であるが故だった。
近づきたくとも近づけない。
後たった一歩なのに、決して届かない距離が確かに彼らにはあった。
そんな中、事は起こる。
またしても暴漢に襲われ、崖から落ちそうになる梓乃に司は叫ぶ。

「生きろ梓乃ッ!!お前が掴んでいるのは僕の手なんかじゃないっ!!お前の人生なんだぞっ!!」

………生きるってどういう事なのだろうか。

そうなのだ。
手を握らないという事は、他人を怖れるという事は、慣れた環境だけに逃げ込むという事は、命を、そして人生を投げ捨てる事に他ならないのだ。
わたくしはこれまでずっと他人を恐れてきた。
その言葉を、その視線を、そして触れ合う事を。
だからずっと手を離し続けていたのだ。
わたくしが生き始めたのは最近だった。
言葉から逃げない様になり、視線から逃げないようになり。
先生から、そして友人達から。
わたくしはやっと自分の人生を掴みかけていたのだ。長い長い時間を無駄に費やした果てに。
そしてわたくしに差し伸べられた手。
強くて優しい手。それはわたくしの何?
「せんせいっ!わたくしはっ!!」
ぎゅっ
強く握り返す。
これはわたくしの未来。わたくしの人生。
他人の手を離すという事は、自殺にも等しい行為なのだ。
そんな当たり前の事が、今になってようやく解ったのだった。
『---第11話 掴んでいるもの』


ここで、やっと梓乃は追いつくのだ。
自分の手を掴んでくれた、滝沢司という男に。

それでも、彼らは結ばれない。

それは逃げているからだ。
他の誰でもない。
自分の手を掴んでくれた、滝沢司という男が。

「せ、先生っ。生きてくださいっ!」
「貴方が掴んでいるのはわたくしの手なんかじゃない!貴方の、貴方の人生なんですよ?!」

………生きるってどういう事なのだろうか。

ああ、そうなのかもしれない。
梓乃の言葉を聞いた時、そんな想いが胸の中を駆け抜けていった。
今この子の手を放してしまったなら、今後僕は誰の事を愛せるだろう?
ずっと逃げ続けるのだろうか?今後も僕を愛してくれる人間の全てから。
それで本当に生きていると言えるのか?そこに一体どんな未来が待っている?
そうなのだ。
確かにこの細く小さな手は、確かに僕の人生そのものだった。
『---第12話 八乙女梓乃のやり方』

彼らは互いに逃げて来た。
それは互いに互いを恐れるが故の行動だった。
しかし、彼らは努力をして互いを掴みとったのである

最後の最後にしっかりと握られた二人の手。
それこそが何よりも彼らの幸せを示す証なのだ。



・本校総括
健速氏はやはり健速氏だった。
氏の答えは決して変わらない。
この3つの物語も、素材や調理が違うだけで、根底は今まで描いてきた彼の物語と変わらない。
この人は、たった1つの『理想』を除いて、代表作『こなたよりかなたまで』で全てを描ききったんだと思う。
この人は、もしかしたら「現実」と「理想」の狭間にいるのかもしれない。

“互いの救済”

自分だけでは駄目。相手だけでは駄目。
愛とは二人で作り上げていくもの。
本当の幸せとはその先にのみ待っているものなのだと。

「現実」に自分と相手。二人は作中で救われる。

しかし、この人の「理想」はこれだけにとどまらない。
自分と相手、『二人』は救われた。
ならば次は、『みんな』を救うのだと。

健速氏が描いた王道物語であるみやびシナリオにはこんな台詞がある。

「滝沢の方々が司様を救い、司様が私達を救った。ならば私達は誰を救うのか?お嬢様は以前そう仰っていました」
「………安易だな」
「はい……。しかしその安易さを、私は誇りに思います」

そう、彼女達は救われながらも決して満足しないのだ。
それは、彼女達が未だ「理想」に届いていないから。

そして、物語の最後はこう締めくくられる。

『Lasciate ogne speranza, voi ch’intrate』
「………汝等此処より入りたる者、一切の望みを捨てよ、か」
変化が始まったとはいえ、未だ分校はその言葉通りの場所だった
多くの者が悩みを抱え、やり場の無い悲しみと絶望と共にここに来る。
「………けれどいつか、な」
いつかきっと、この分校に来て希望を捨てる者はいなくなる事だろう。
けれど全てはまだ始まったばかり。
この凰華女学院分校が『風祭の玉石』と言われるようになるはもっとずっと先の事だ。
まだまだ長い道のりが僕らの前に待ち受けている。
それは平坦ではない、困難な道のりだ。
だけど僕らは進むだろう。
力が無いのも、生まれた境遇も、関係ないのだと知っているから。
『--- Epilogue そして、汝等此処より入りたる者』

まさしく、これこそがこの人の「理想」なのだ。
『二人』だけではなく『みんな』が救われる物語。
そんな、優しすぎる物語。

しかし、作中では、「現実」では、『みんな』が救われる様は描かれていない。
彼の代表作『こなたよりかなたまで』ですらその様は決して描かれない。
それはきっと、誰もまだ見ぬ高みにある。
この人が夢見る「理想」を描ききることこそがこの人の『理想』なのではないだろうか。



・丸谷秀人
人と出会って、好きになって、好きになってもらおうと努力して、やっと結ばれて、愛し愛され歩んでゆく。そんな普通の恋愛。

これが丸谷氏が今まで描いてきた作品のテーマかな、と思う。

『女郎蜘蛛』は凶悪な調教から始まる恋愛をこれでもかと濃厚に描いた。
『MAID iN HEAVEN』は終始Hをし続けるだけの一風変わった作品だが、結ばれた者同士がする事なんて究極的に言えば、体と体を重ねるか。心と心を重ねるか。この二つしかないのではないだろうか。だからこそ、この作品は恋愛が成就した後の一つの形として描かれた。
『SEXFRIEND』はSEXから始まって、想って、想い合い、愛し合う。そんな恋愛を丁寧に丁寧に描いた。
『ゆのはな』は悪人が全くいない、そんな優しい田舎町で始まる恋愛を綺麗に描いた。

一見これらの作品の作風には何の特徴もみられない。
それどころか正反対のものまである。

善と言う存在を消して恋愛物語を描ききった『女郎蜘蛛』
悪と言う存在を消して恋愛物語を描ききった『ゆのはな』

そう、丸谷氏はこんな正反対な2作を同一のテーマで描いているのである。

この人は、人間の表を描くと同時に裏を考える。裏を描くと同時に表を考える。



・仁礼栖香&相沢美綺
結論から言わせてもらう。
この司と栖香の物語はこの作品『遥かに仰ぎ、麗しの』における唯一のBADENDではないかと思っている。
そして、冒頭に書いた「違和感」を受けた箇所というのもこの物語の中でのことだ。

この物語の最後、司と栖香は笑い合っていた。
誰がどう見ても、この物語はごくごく普通のHAPPYENDに見えた。
そう思った。
いや、そう思っていた。
この時、私はまだ彼らが内包する問題に気付いていなかった

しかし、この司と栖香のお話は、彼女と最も近い位置に居る最も遠い存在によって否定される。

それが相沢美綺のシナリオだ。
美綺は、一見ちゃらんぽらんに見えても慎重で、いい加減に見えるクセに常に他人を気に掛ける。本当の危険には他人を巻き込もうとしない。実は誰よりも周りを見、気遣い、思いやることができる子なのである。
だからこそ、彼女は“気付く”。
誰かが“気付けなかった”司の過去に。

「センセ……いつも明るいけど、無理とかしてない?」
「!」
なぜかどきっとした。最近、誰かに同じコトを言われた気がする
でも、
「……そんなことはないさ。僕はいつもこうだろ?」
と僕は笑って答えた。明るく前向き。明るく前向き。僕はそういう人間だ。
そうじゃなくちゃいけないんだ。
『---第10話 なんで抱きしめたいんだろう?』

ここが、司の過去に、司の傷に、美綺が初めて踏み込むところである。
司の態度を、司の過去を気にし、美綺は司が幼少期を過ごした孤児院まで足を運ぶ。
しかし、これほどまでに司のことを考えながらも美綺はここから先に足を踏みこもうとはしない。
美綺は優しいから、賢いから、そして何より彼らはまだ結ばれていないから。

それからも、美綺は司を気遣いながら付き合っていく。
毎晩のようにうなされる司。それをどうにかしてあげたい自分。
しかし、人にはそれぞれ聞いてはいけないコトがある。
過去を聞くことができないもどかしさ、そして、過去を話してもらえない寂しさ。

うまくいっているはずなのに、問題はなにもないはずなのに、何かが足りない彼女達に最大の転機が訪れたのは卒業間際の事だった。
密輸ルートにしていた、そして皆でピクニックに来た、地下道。
そんな思い出深い場所で事は起こった。

「センセ。ひとりぼっちにされたらね。泣いちゃっていいんだよ」
「え……」
「センセ。泣いていいんだよ。ここにはアタシがいるから」
「アタシがパパとママがアタシにしてくれたみたいに、センセをぎゅっと抱きしめるから」
僕は。
ボクは。
ぼくは泣いた。
激しくわんわんとめそめそとぎゃあぎゃあと、身体が溶けてしまうんじゃないかと思うほど、泣いた。
そうだ。ぼくはずっと泣きたかったんだ。
余りにもかなしくて。余りにもひとりぼっちで。
園長先生の前でも、今のやさしい両親の前でも、泣くことができなかった。
だけど、泣きたかった。
ずっと、ずぅっと泣きたかった。
美綺はなんにも言わずに、ぼくをぎゅっと抱きしめていた。抱きしめ続けてくれた。
判っていた。
きっと美綺はぼくを冷やかしたりしない。このコトを誰にも言わない。
おそらく二度と口にも出さない。
そういう子だって知っていた。
『---第14話 ぼくはなく』

司は、ただ泣きたかったのだ。
最愛の家族に、母親に、捨てられて、悲しくて、泣きたかったのだ。
でも、泣けなかった。
それはまだ司が自分の過去に囚われている証拠だった。
そんな司を美綺は救った。
“泣いていいんだよ”
たったそれだけの言葉で。

そして、過去から救われた司は、最後に、美綺に、短くて、チカラを与えて、うれしくする。そんな4文字の言葉を送る。

「好きだよ」

それは彼が彼女が本当の幸せを手に入れた瞬間だった。

これは、セカイの果てから全てが始まった一人の少年を、世界の果てから一人の少女が救い出し、結ばれる。ただそれだけのお話なのである。

そして、この美綺のシナリオを読んで、初めてその事に気付く。
今作『遥かに仰ぎ、麗しの』のテーマはたった一つなのだと。
この作品は、本当の愛とは何か、本当の幸せとは何か。
ただ、それを描いているだけの作品なのだと。


本当の幸せというものは、自分一人だけでは決して成り立たない。相手を理解し相手の幸せを願える自分、と、自分を理解してくれ自分の幸せを願ってくれる相手。こんな優しい二人が想い合い、愛し合い、そして、互いに、相手の事だけではなく、自分の幸せをも願った時、初めて、それは訪れるのだ。


話を栖香に戻す。

栖香は美綺とは全く正反対の人間である。
一見しっかりしているように見えても無鉄砲で、常に気を張っているように見えても実は誰よりも幼い。すぐに周りが見えなくなってしまい、他人を忘れ、自分の事を第一に考えてしまう。
両親に捨てられたと勝手に思い込み、自暴自棄になって周りに当たる。理由があるとはいえ、当人には何の罪も無い姉や友人にまで冷たく振舞い、その挙句、恋人である司までをも自分を傷つける道具にしようとする。
そんな彼女だから、彼女は最後まで司の過去に“気付けない”
誰かがあっさりと“気付いた”司の過去に彼女は最後まで触れることすら出来ない。

そう。結局、この物語において、司の過去は何一つ解消されていないのだ。
だからこそ、司は今もあの言葉に囚われて本当の幸せを手に入れてはいない。

確かに、栖香が抱えていた仁礼家とAIZAWAの問題は司と美綺によって解決する事が出来た。
しかし、司が抱えている過去は未だそのまま。
物語の終わりでは、一見幸せそうに見えた彼らだが、司がこの過去に囚われている以上、この問題はそう遠くない未来、ふとした拍子に彼らの前に曝け出されることになるだろう。
その時、司と栖香にこの問題を乗り越えられるだけのなにかがあるだろうか。
栖香は、司を救うことが出来るだろうか。

きっとできないだろう。

なぜなら、この物語は栖香の成長を軸に描かれていないから。
栖香は終始自分では何一つ行動を起こさない。
美綺が初めて学院で話しかけてきた時も、自分に無いものばかりを持つ美綺に嫉妬し話すら聞かずに喚き散らしただけ。
両親が学院に来た時も、彼らを問いただしたり話し合おうとしたりせず、その答えをただ受け止めただけ。
仁礼家とAIZAWAの桜屋敷買収問題の時も、仁礼家の人々と話し合ったのは司。相沢家の人々と話し合ったのは美綺。栖香はただ涙を溜めて待っていただけ。

栖香はこの物語において最後まで成長しないのだ。
美綺を拒絶した始まりの日から、司と結ばれ卒業する終わりの日まで。
栖香は何一つ変わらない。


人を救うには、それなりの優しさと強さが必要だ。
みやびとリーダがそうだったように。殿子がそうだったように。梓乃がそうだったように。美綺がそうだったように。

幼い事は決して悪いことではない。
周りが見えない事は決して悪いことではない。
自分の事を第一に考えてしまう事は決して悪いことではない。
事実、それを可愛らしいと思う人もいるだろう。
ただ、それはやはりいつかは変わらなければいけないことなのではないだろうか。
女の子として、ではなく、一人の人間として。
それが栖香には最後まで見られなかったのだ。


では、なぜ栖香は成長しなかったのか。
そして、それでも尚なぜ彼らは幸せに見えたのか。

それは、司が一方的に栖香を手懐けようとしてきたからだ。
最後のHで処女を喪失した後、お見合いに行った栖香はこんな台詞を吐く。

「私の体も心も司さんだけの物だって、刻みつけたかったんです」
「だから……あんなに求めて来たのか……」
小さなうなずきが返ってくる。
「妊娠していれば嬉しいです……。そうしたら誰が何と言おうと、産んで育てて見せます。司さんと私の子供を」
「………」
「昨日言った事は一言だって嘘ではありません。結婚しても体は許しません。絶対に」
「そんなコト…無理に決まってる」
「無理でも許しません。絶対に許しません。だって私は、滝沢司の女ですから」
「私を仁礼の娘としてではなくひとりの女の子として見てくれた、たった一人の方の女ですから」
「うまく行けば……。相手が私に愛想をつかして私を離縁するかも知れません」
「其の時、もし司さんがまだお一人だったら、其の時は、私を好きにして下さい。司さんには其の権利があります」
「もしお一人で無かったら……もう二度と姿を現しません」
「いえ……今のは忘れて下さい。私の事は忘れて誰かいい人と結ばれて下さい。其れがきっと幸せへの道ですから」
『---第13話 The Transient Daydream』

この会話は到底普通の恋人達がする様なやり取りではない。
これほど一方的な関係を恋人関係とは呼ばない。呼べない。
むしろ主人と奴隷の主従関係に近い。
「滝沢司の女」「権利」…この言葉は、主人と奴隷との間の調教完了の証とすら取れる。

そうなのだ。
受動的な栖香はただ唯々諾々と司の欲求に答えてきた。
司はただ欲望のままに栖香を求めてきた。

だからこそ、彼らは本当の幸せに、決して届かない。
司は栖香の全てを欲するあまり、彼女の人としての成長を止めてしまった。
そして、栖香は最後まで司の過去に、傷に気づけなかった。

一見、ごくごく普通のHAPPYENDに見えたこの栖香シナリオ。
しかし、実はこのシナリオは、暗にこの作品のテーマに対する一つのBADENDを提示していた。
なんのことはない。この物語は自分達の問題に目を背け、目先の欲望に走ってしまった哀れな男女を描くことによって、そしてそれを否定することによって、この作品のテーマを裏から肯定していたのだ。


即ち、互いに想い合い、愛し合うことができない二人は決して本当の幸せを手にする事は出来ない、と。


少し言葉が足りないと思うので補完する。

この2人の物語の凄まじい所は彼女達をどこまでも対照的に描いたことである。
作中で栖香はこんな台詞を呟く。

「あの人は、私という存在に対する、完全なアンチテーゼみたいな人でした。少なくともそう見えたのです」

この台詞ほど彼女達を巧く表している言葉は無い。

栖香は、この作品のテーマを裏から描くための存在として。
美綺は、栖香のアンチテーゼとして、栖香を否定することによって、この作品のテーマを明らかにする存在として。
それぞれ描かれていたのだ。

この構成力は本当に恐ろしい。
丸谷氏は作品全体を使うのではなく、ヒロイン6人の中のたった2人だけを使って、作品のテーマの表裏を見事に描ききったのである。
それも義理の姉妹という非常に近くて遠い存在を巧妙に使ってである。
これは人間の表と裏。どちらも描く事ができる丸谷氏にしかできない芸当だろう。
私は、この2人の物語のせいでこのライターの底が見えなくなってしまった。


さて、ここまで丸谷氏の構成力をこれでもかと褒めちぎってきたのでちょっとだけ不満な点を挙げておく。

まず、第一点。
栖香シナリオはBADENDだと気づかないとただの出来の悪い恋愛物語に見えてしまう点。
もうこれでもかと言うほど上記したが、栖香はただの受動的なお嬢様のままで本当に成長しないので人としての魅力を感じない。
更に司が過去に囚われているという伏線を張り巡らせながら回収してないように見えるので、そこの印象も悪くなってしまう。
普通に読んでいると我儘お嬢様と調教好き教師の伏線投げっぱなしの物語にしか見えないのだ。

次に、第二点。
やっぱり栖香シナリオ。シナリオの描写がぬるい点。
これはライターではなくブランドの責だと思う。
丸谷氏は、もっと過激な、もっと露骨な、BADENDを描きたかったのだと思う。そして氏はそれを描ける人なのだ。氏はそれを『女郎蜘蛛』で実践してきた人だから。
しかし、PULLTOPは対外的に「読者を不快にさせたり悪い意味で驚かす様な作品は作らない」と公言しているブランドなのである。
この姿勢はPULLTOP×まるちゃんコンビの前作『ゆのはな』においては大成功を収めたが、今作では逆に両者の意識の違いを露呈する形になってしまった。
そして、その両者の妥協点がこの栖香シナリオなのかな、と思う。
栖香を敢えて人として成長させず、司の過去を敢えて解決させないことで、暗にBADENDを示す。過激で、露骨な、ことは避け、あからさまにBADENDだと言うことを描写しないのは、両者が出来る最大の譲渡をしたうえでの判断なのではないだろうか。

そして、第三点。
これは、ある意味致命的なのだが、両シナリオに言える。話自体があまり面白くない点。
栖香シナリオはほとんどがHシーンと仁礼家とAIZAWAの問題の描写に割かれているので、他の話を割り込ませる余裕が無いのはある程度理解できる。
不満なのは、美綺シナリオである。
確かに、この物語のテーマは“互いの救済”なので、その点は非常に巧く描かれている。
ただこれは、数箇所の伏線と第14話での地下道のやり取りだけで語られているのだ。
更に、栖香シナリオでは最後までかかった問題だった仁礼家とAIZAWAの問題はこの物語では比較的早い段階で解決する。
だから必然的に、それ以外の何かでシナリオを埋める必要が出てくる。
そこで彼らは、凰華半島要塞調査団なる組織を結成し、この凰華女学院を色々と調べていくのだが…これがイマイチ面白くない…。
キャラクター同士の掛け合いは、それなりに面白い。ヒロインではないが、美綺パパ、ママ、ワンボや弥生、のばら、香奈、高松姉妹、貴美子、智代美、奏のキャラターは非常に良くできていて、流石丸谷氏と何度も唸らされた。特に香奈と奏はいい。ただそれでも、話自体は…うーんイマイチ。
例えば健速氏なら、殿子シナリオの飛行機の様に、物語のテーマに絡めて話を作っていくのだが、丸谷氏はそれをしなかった。
だからこそ、『ゆのはな』の様に話自体で「楽しませる」事が求められるのだが、今回はその点が残念な結果に終わってしまった。

最後に、第四点。
これは不満点というより、一萌えゲー好きとして私の我侭と妄想を延々書き連ねているだけですので、読み飛ばしていただいても一向に構いません。
というより、読んでも「何言ってんだこいつ?」とか「よーよー、うるさいんだよ!」とか思ってしまうような部分の方が多いと思いますので、読んで頂ける方も軽く受け流していただけると幸いです。
上記した様に、この2人の物語の構成上、栖香が損な役回りにされてしまうのは仕方ないんですが、それでもやはり文句を言いたくなってしまうんですよね。なぜ、彼女を選んだのかと!彼女はね、可愛いんですよ、物凄く。例えば、栖香シナリオでのワンシーン。海辺で彼女と司は初めてのキスをする訳ですが、声優さんの名演技もあいあまって、非常にエッチぃ。特に直前まで司のことを「先生」と呼びながら、キスをする時には「司さん」になっている描写。これは当然、教師と生徒という関係を考えての行動で、まぁただの言い訳というか言い逃れなんですが、それでもそこには確かに教師と生徒の禁断の関係を匂わせるものがある訳です。これは本当にいい意味で厭らしい彼女を表してくれています。例えば、美綺シナリオでのワンシーン。凰華半島要塞調査団なる組織を結成してみんなで凰華女学院を調べていくわけですが、そこはやっぱり彼女達は学生ですから、中間テストとかそういうものがあるわけです。普段勉強してない美綺みたいな子は数日前に慌てて一夜漬けなんかして赤点を免れようとするわけです。学生時代、誰もが似たような経験をした事があるかと思います。ですが、ほら、彼女は優等生ですから。「寮の標準時」なんて渾名があるほどきっちりしている優等生ですから。たとえ調査活動に忙しい中でも当然のように勉強を………と思ったらやってないんですよ!それもアレですよ、テスト勉強をしてないとかだけならともかく、普段から彼女の日課だった、予習と復習までしてないというんですよ。いや~これなんかね、中々の萌えポイントですよ。普段しっかりとしてなんでもこなしてる彼女が、たかだかお遊びの調査活動のためにこうもひたむきに、一所懸命になっていたのかと。そうなんですよね、彼女は一見しっかりしているように見えても、どこか抜けてて、どこか頼りないんですよ。だからこそ「尻穴奴隷にしてくださいっ!」だとか真顔で言っちゃうわけなのです。そして、何よりもそこが彼女の最大の魅力なワケです!こういうギャップはこの世界ではよく使われますが、丸谷さんは本当その辺が巧いですから、分かっていながらやっぱり萌えさせられてしまうんです。ただもう何回も繰り返したようにやっぱり2人の物語の構成上、彼女は決して人と成長させてもらえないんですよ。じゃあ、丸谷さんは彼女の成長を描く事ができなかったか?というと、決してそういうわけじゃない。彼は分かっていながら、それを描かなかったわけです。これはもう本当に巧いとしか言いようが無い、と思いながらやっぱり悔しいわけです。成長した栖香が見たかった、と。成長しながらもどこか抜けてる可愛らしい栖香が見たかった!と。丸谷さんが描いた駄目人間の成長物語というと『ゆのはな』の椿さんが記憶に新しいわけですが、いや~彼女はまた可愛いんですよ!最後なんかもうにゃあにゃあ言ってるわけですよ。いやすいません、これだけ言ってもプレイしていない方には意味不明だと思いますが、兎に角もう可愛いわけですよ、椿さんは!だから、駄目人間同士、栖香が成長したらやっぱりああいうラブラブ甘甘な物語が待っていたのかなーと思うと、もうそれだけで悔しくて涙が出ちゃうわけです。だって男の子ですから。
本当にしつこいくらい繰り返しますが、この構成は巧妙さは今年の作品の中ではトップの巧さだと思っています。だからこの結末は仕方が無いんです。それでもやっぱり成長した栖香が見たかった!これが最後の不満点です。

こんな妄想を御見聞下さってありがとうございました。
本題に戻ります。


以上四点がちょっとした不満点。
まぁ、これらはそれほど大きな問題点ではない。
2つの物語の見るべきところはやはり上記したテーマ性だからだ。
この対極の位置にいる姉妹の物語を敢えてそのまま真逆の方向から描き、両者を巧く重ね合わせ纏めあげてしまった丸谷氏の構成力と筆力は恐ろしいというほかない。



・榛葉邑那
ここまで提示しておいて、丸谷氏は、最後の最後に確認してくる。
本当の愛とは、幸せとは、なんなのか、と。
『遥かに仰ぎ、麗しの』は、一体これまで何を描いていたのか、と。
この司と邑那の物語は今作『遥かに仰ぎ、麗しの』の根底に潜んでいる。

李燕玲を悪人だと、一方的に思い込んでいる司に邑那はこんな言葉を言ってのける。

「裁くなら、彼女を少しでも知ってからにしてください」
この台詞はこう言い返られる。
「愛するなら、私の全てを知ってからにしてください」

なぜなら、この二人は互いの全てを知っているから。
彼女達は、この世界でたったふたりだけの国の人間だったから。
領土は温室ひとつ、国民はふたり。
ふたりだけの軍隊。ふたりだけの政府。ふたりだけの仲間。ふたりだけの盟友。
後の世界は全て敵だったから。

だからこそ、司が燕玲を裁く言葉は邑那を裁く言葉でもあるのだ。

「司さんには本当のこと、いいえ、違う面も知ってそれでいて、決めて欲しいと思うんですよ」
声が少しずつ大きくなる。
「……だって、ゆうは……このままだと結局、あの源八郎とおなじ存在になるわよ」
「能力、見識、手法、みんなそっくりだもの」
「わたしはゆうに並んで歩いていけるわ。でも、彼は、ごく普通の人間なのよ。そんなゆうを見てどう思うと思うの?」
「わからない。わからないよ。でも、わたしは司さんに本当のことを知って言いたい。私のたったひとりの親友を嫌って欲しくない」
「駄目よ。絶対に駄目よ。言ったら全部無駄になってしまうから」
僕は最後の植え込みを強引に突っ切った。その衝撃でか、植え込みから何かが落ちた。邑那の携帯電話だった。
携帯と目の前から同時に声が聞こえた。
「もう手遅れですよ」
『---第13話 王国』

そして、邑那は司に全てを求めたのだ。
あなたの知らないわたしを見せても、わたしを愛して欲しい、と。

結局、愛するという事はそういうことなんじゃないだろうか。
強いだけの人間なんてどこにもいない。優しいだけの人間なんてどこにもいない。どんな人間にもなにかしら人には見せたくない部分がある。
それでも、いや、だからこそ。
本当に愛するという事は、愛されるという事は、そんな醜い部分すら見せ合っても、想い合えることなのではないだろうか。
目の不自由な人間達が象について語るように。
恐ろしかった名の無い像がいつの間にか優しく思えてしまうように。

世界は光の当て方で見え方ががらりと変わってしまうものなのだ。

そして、その全てが自分を創っているのだから。
本当の幸せというものは、その先にのみ待っているものなのではないだろうか。


この物語は、きっと丸谷氏が辿り着いた恋愛物語の最後の答えだ。
『女郎蜘蛛』と『ゆのはな』と正反対の恋愛物語を描いておいて、彼はその全てを選んだのだ。



・分校総括
丸谷氏はやはり丸谷氏だった。
この人は恋愛物語を描くのだ。
『女郎蜘蛛』と『ゆのはな』とで、彼は人の表と裏。その極限を描いてきた。

その答えこそが邑那の物語である。
この物語は過去のどの作品より丸谷氏らしい。

そして、そんな彼だからこそ、栖香と美綺の表裏一体の物語を描けたのである。

上記した様に美綺のシナリオは、“互いの救済”という手法で、テーマを描いている。
注目して欲しいのは、この“互いの救済”という書き方は本来なら、健速氏の手法だという点である。実際に彼は、みやび、殿子、梓乃、全ての物語でこの手法を使っている。
そうなのだ。今作がある程度、纏まりが取れているのはメインライターである丸谷氏がサブライターの健速氏の手法を用いたことに要因がある。
だからこそ、邑那を除く、5人の物語は絡み合う。

そして、邑那の物語は、今作『遥かに仰ぎ、麗しいの』のテーマ『愛と幸せ』の確認なのである。
だからこそ、邑那という存在は、5人の物語全てを司る位置づけにいる。

この人はつくづく恐ろしいライターだな、と思う。



・『遥かに仰ぎ麗しの』総評

『Favorite Heroine』…八乙女梓乃
『Favorite Story』…八乙女梓乃&榛葉邑那
『Favorite Scene』…相沢美綺 第14話「ぼくはなく」&榛葉邑那 第13話「王国」


今作は、愛と、幸せと、をただただ描いただけの作品である。
健速氏は、“互いの救済”という彼らしい手法を使い、みやび、殿子、梓乃の3人の物語でそれを示した。
丸谷氏は、栖香の物語では健速氏と逆の手法を使い、裏を。美綺の物語では健速氏と同じ手法を使い、表を。それぞれ示した。そして、邑那の物語では、“互いの全てを知る”という彼らしいを使い手法を使い、この6人の物語の愛と幸せとを確認した。
(その結果、栖香はやはりはじかれる事になるのだが)

正直に言って、この二人のライターの、物書きとしての相性は決して良くない。

まず「わかる」という言葉の捉え方からして違う。
健速氏は「解る」。丸谷氏は「判る」。
これは彼らの過去作から見られる特徴で、彼らは決してこれを曲げない。

そして、致命的な事に彼らは文体の特徴が正反対なのだ。
詩的な文体で格調高くあろうとする健速氏。
柔らかい文体で読者を楽しませることに主眼を置いている丸谷氏。
これ以上冗長になるのは避けたいので、ここに記述はしないが、第1話「汝等此処より入りたる者」の彼らの締め方を見ると、この違いが最も顕著に現れている。


それでも、相性が決して良くない二人のライターを同時に起用する事になっても、PULLTOPには描きたいものがあったのだ。
そして、この作品、このテーマに限って、彼らの思考はピタリと重なったと言わざるを得ない。
彼らは、素晴らしい愛と幸せを描く優しいやさしい物語を見せてくれた。


また健速氏と丸谷氏にやられたと思わされるのは悔しいのだが、『名作と言わざるを得ない迷作』として、今作『遥かに仰ぎ、麗しの』には今年最初で最後の『A+』評価を与えたいと思う。

Ⅹさんの「遥かに仰ぎ、麗しの」の感想へのレス

長文拝見させていただきました。
丸谷氏の作品を過去にプレイしたことのない自分にとっては、栖香シナリオはただのサービスシナリオ的扱いなのかと思ってましが、
この長文を見て、丸谷氏単独の作品も目を通してみたくなりました。(笑)

ただ、そうなると、栖香の存在が必要なかったとも思えてしまいます。
それは、アンチテーゼな存在を作り、作品の根本テーマ(PULLTOPのテーマ)を危ういものにしてまで盛り込む必要があったのか、ということです。

この物語の中でその表裏を描くことは、その物語の本質を捉えるためと言うよりむしろ、作者と読者の間に交わされる、「文章の遊び」、そんな気がするんです。

「最も少ない人数でこのシナリオの本質が断定できる組み合わせを、次の六人から選びなさい」

こんな感じの遊びです。

ですが、そんな遊びを提案するのに
栖香シナリオは甘すぎる。

Xさんも仰るように、甘すぎるのです。

この描写では、初めて丸谷氏の文を読んだ人間が、彼の文の癖を知らずに読んだ人間がその遊びに乗るには明らかに文が不足している、そう思うんです。
その理由は、Xさんの推測なさった、会社との折り合い。実際これに尽きると思うのですが、

だったら、言葉足らずの文章遊びなんて半端なことは勘弁・・・

と、いうのも、栖香かわいいんですもん!
どのヒロインよりもクリーンヒットなんです!!

・・・単なる迷いごとです。すみません。
Xさんの妄想に妙に同調してしまったので(笑)



ただ、イマイチ分からないのが
最終話「遥かに仰ぎ、麗しの」です。

あれの意味はなんだったのでしょうか。

次の新任教師が来ることで、彼にも本編と同じ結果を匂わせて、本作品のテーマの普遍性を描いた。とか
本編を通して得た幸せを、学校と言う一つの囲いに包まれたゆりかごのように表した。とか、
勝手に想像を働かせてはいますが、あんまりにも印象が薄すぎるエピローグに納得がいかない状態です。



蛇足ではありますが、
Xさんの文は、勝手ながら作品の内容確認のためによく読ませていただいてます。
Xさんの文、大好きです(おぉ)


とりあえず丸谷氏は要チェックですね(笑)ガンコそうですけど。
2006年12月24日01時44分26秒
お返事が遅くなってしまい申し訳ありません。

1610さん
コメントありがとうございます。

やはり栖香ルートは全てにおいて中途半端な感は否めませんね。
そして仰る通り、彼女は可愛い…。
私が一番好きだったりするのは海辺での初めてのキスですね。
ああいう文章の裏に潜むエッチぃさを書かせたら丸谷氏の右に出る者はいないかもしれません。


最終話「遥かに仰ぎ麗しの」についてですが、あれはやはり、全ての救済という意味合いで描かれたんだろうなと思います。

話の中で『Lasciate ogne speranza, voi ch’intrate』の文字が刻まれた門が、真新しい門に変わっていましたが、これは素直に考えて作品を象徴するヒロインであるみやびのシナリオの延長上。
そして、レビュー中にも書きましたが、みやびシナリオにはしっかりと、“いつか”この鳳華女学院は希望を捨てる者はいなくなるだろうと、書かれています。

「遥かに仰ぎ、麗しの」はこの“いつか”に向ける最初の一歩。
この大きすぎる理想に辿り着くには、どれだけの障害が待ち構え、どれだけの時間を要し、どれだけの人たちの力が必要になるか、想像もできませんが、彼らは絶対に辿り着く。

なぜならば、司は“いつか”この鳳華女学院は希望を捨てる者はいなくなる「だろう」、と現代から未来の希望を語っておきながら、次に、凰華女学院分校が『風祭の玉石』と言われるようになるのは“もっとずっと先の事”「だ」。と未来から現代の回想へと視点を変え断言しているからです。

つまり、この物語は最終的には全てを救うのです。
作中では語られない“いつか”は“もっとずっと先の事”ですが、絶対に訪れます。
これは健速氏の「理想」だとレビュー中で書きましたが、最終話「遥かに仰ぎ麗しの」にて、このような形でみやびシナリオから繋げている所から見て、氏の「理想」であると同時に作品を作り上げたPULLTOPというブランドの「答え」でもある。

この解釈が一番自然かつ美しいと思っています。


丸谷氏は、仰るとおり要チェックですね。
丸谷氏らしさは当然PILの新作『仏蘭西少女 ~La Fille Blance~』に期待していますが、
丸谷氏は(おそらく)サブライターであろう『ティンクルくるせいだーす』にも大期待してます。あのストーリー紹介の馬鹿馬鹿しさに惚れました。そして、メリロットさんにも惚れました。ぱじゃまのスタッフが氏をサブに選んだのは間違いじゃないと確信してます笑。


文章下手の私ですが大好きだなんて言って頂けると素直に嬉しいです。
では、失礼します。
2006年12月30日20時22分50秒
参考になりました
2007年01月13日18時49分16秒
レビュー拝読させて頂きました。このレビュー自体が力作ですね。

>この司と栖香の物語はこの作品『遥かに仰ぎ、麗しの』における唯一のBADENDではないかと思っている。

と言うのは、私には少々深読みのし過ぎのように感じられるのですがどうでしょうか?
と言うのも、司は第14話の桜屋敷で栖香にきちんと「好き」だと初めて伝えています。この時点で、私は栖香の「存在」によって司は自覚の無いままですが、充分に救われたと考えています。またこの時点では充分ではないとしても、エピローグの「成長した栖香」ならば、司を救えるはずです。
詳しくは自分のレビューの方に書いてしまったのですが、栖香は第14話からエピローグの間に、明らかに大きな成長を遂げています。エピローグの彼女はすでに「美綺をアンチテーゼとしていた彼女」ではなく、「あたたかさといいにおいをまとった、一人の女の子」であり、美綺と仲良くなって彼女の良いところを吸収しています。
私は、司の全部が好きだ、と言った彼女の言葉を信じたいと思うのですが、どうでしょう?
もし宜しければ、今一度、栖香シナリオの第14話とエピローグの間には、作品世界では充分な時間が流れている事を意識して読み返されてみたら如何でしょうか?

また、この作品は各ルート間の設定の同一性には拘っていないようです。本校系と分校系に限らず、全部が同じ「司」だとは思って読まない方が良いような気もします。
逆に言えば、ある程度の御都合主義を許してまで、この作品で描きたいことがあったということでしょうね。

それでは、突然のコメントの上に不躾な事を書いてしまい、失礼致しました。
2007年02月03日01時57分07秒
レヴュー読ませていただきました。
いやぁ・・・本職の方でしょうか(汗



ネタバレな所が残念で未プレイな方々には見せるわけにいかないところが歯がゆいですが、一度終えてしまった方にも是非見て欲しいと思う文章でした。もはや「作品」の域

あまりに感激してしまったので、もう一度「遥か」をやってみようと思います。
ちなみに私は すみすみ萌えで殿子シナリオ惚れです
2007年02月09日06時03分08秒
すいません。遅いお返事で失礼します。
言い訳をさせて貰うと、コメントを頂いているのに気付きませんでした汗。



fantastipoさん
そう言って頂けるとこちらとしても嬉しいです。ありがとうございます。
『ゆのはな』の方ですが、完成度としては『遥かに仰ぎ、麗しの』の更に上をいっているので、この作品が合えばおそらくは楽しめると思います。
誠に勝手ながら『ゆのはな』レビューに頂いたレスを含め、こちらで返信させて頂きました。


khamさん
いえいえ、自分とは異なる意見を聞くのは私としても勉強になりますので。
ただ実を言うと、khamさんの仰る「好きと伝えられた事が成長である」という結論は、このレビューを書く前に私も一度辿り着きました。
そして、実際に文章にもしてみたのですが、それだとどうしても納得がいかなかったので、もう一度栖香ルートをやり直してこのレビューの結論に達しました。
ですが、このレビューには我ながら書き足りない所があると思ってるので、khamさんの様な反論が出てくるのは十二分に理解できます。
特に栖香と美綺についての記述は、最初は「雪の中の傷跡」を抱える司への栖香と美綺の対応を対比して、もっと長々と書いてあったんですが、あまりにも長くなり読みにくかったので消した、という経緯があったりします。

というわけで、失礼ですが私としては考えを改めるつもりはありません。


中佐さん
そこまで褒めて頂くとむず痒いです笑。ありがとうございます。
この作品はネタバレなしで書くのはちょっと難しいですね。
正直に言えば、今回の様にライターの過去作品を持ち出して書いていくやり方はできれば今後はしたくないかなぁ、と思っています。
過去にそのライターがどんな作品を描いていようが、今読んでいる作品はたった一つなので、「その人の作品」としてではなく「その作品」として物事を考えたいなぁ、と。
まぁ実際どうなるかは分かりませんし、今作のようにそこに触れないと難しい作品もあると思いますが。

私はレビューにも書いたとおり、梓乃萌えで、邑那シナリオ好きです。
梓乃は序盤の真っ黒っぷり(日本語がおかしいですが気にしないで下さい笑)に惚れました。
邑那シナリオはちょっと別格ですかね。これが無かったら評価はもっと低くなっていたと思います。
殿子シナリオは一番健速氏らしい(らしい、より、本質と言った方が正しいでしょうか)物語なので、あれが楽しめたのならば中佐さんが積んでいる『こなたよりかなたまで』も楽しめると思いますよ。



では、失礼します。
重ね重ね申し訳ありませんでした。
2007年02月19日23時53分25秒
>ええと、これは司に関してですよね。
>確かにこれも私が栖香エンドはHappyEndだと考えている理由の一つですが、
>もう一つの大きな理由は「栖香が成長したから」です。

私は司の成長の話など一度もしていません。
この件は栖香に対してのものです。
そこを踏まえた上でのこの結論です。

後は文面通りの意味合いですので如何様にでも読んで解釈して下さい。
2007年02月20日23時33分48秒
Ⅹさんは返信の中で

>khamさんの仰る「好きと伝えられた事が成長である」という結論は、

と書かれていますよね。


私にはこれが自分の栖香に対する考えを表していると感じられなかったので、
てっきり司に関することなのか、または自分の書き方が悪かったのかと思い、再度レスさせて頂きました。
真意が伝わらないと言うのは、とても気持ちが悪いものですから。

>私は司の成長の話など一度もしていません。
>この件は栖香に対してのものです。
>そこを踏まえた上でのこの結論です。

との事ならば問題ありません。
質問に対して明確な回答を頂きたかった気もしますが、
どちらにせよ2番目のレスは必要なかったようですので、削除しておきます。


それでは粘着したみたいになってしまい、申し訳ありませんでした。
不愉快な思いをされたのなら、お詫び申し上げます。
2007年02月21日12時06分16秒
khamさん
そこまで言われると私としても不本意ですので、軽く解釈を書いておこうと思います。



私は、過程無き結果というものはありえないと考えています。

栖香についても同様で、彼女が成長したと言うならば、「成長した過程」をしっかりと物語の中で描くべきです。
>栖香シナリオの第14話とエピローグの間には、作品世界では充分な時間が流れている
とkhamさんは仰いますが、そこから判断するという事はあくまでも「読者の想像」でしかなく、「筆者の主張」ではありません。

ですので、彼女が成長したかどうかを結論付けるのはエピローグではなく、あくまで本編の中の事象から判断するべきだと考えます。


更に付け加えるならば、
私が前述した
>khamさんの仰る「好きと伝えられた事が成長である」という結論は、このレビューを書く前に私も一度辿り着きました。
と言うのは、まさにそのままの意味で、当初は私もkhamさんの仰る様に「栖香は最後に成長したんだな」と感じました。
ただ、それと同時に随分と出来の悪い物語だなぁ、というのも正直な感想でした。
それは、私が『ゆのはな』を読んでいたから、丸谷氏が描く素晴らしい「成長物語」を知っていたからです。

『ゆのはな』という素晴らしい「成長物語」を描いた丸谷氏が、
「栖香は自らは何もしなかったけど、最後に司を好きだと言えたから、それは成長だ」
という、ご都合主義としか言いようがない物語を今更描くとはどうしても思えません。

丸谷氏は描こうと思えばいくらでも「成長する栖香」を本編の中で書けたはずです。
繰り返しますが丸谷氏はもうその「成長物語」を描いた事があるのですから。


結局、今作において丸谷氏は「成長」なんてものを描く気はなかったのだと思います。
だからこそ、今作は「成長させない事」に意義がある。
これは栖香だけに限らず、実を言うと美綺も「成長」という視点でも見ると、彼女達は始点が違うだけで最初から最後まで本質的には変わりません。
(レビューにも書いた様に邑那だけはまた別ですが)

丸谷氏が描きたかったものはそこにあるのではないでしょうか。



「明確な回答」としては以上です。

>どちらにせよ2番目のレスは必要なかったようですので、削除しておきます。
今更言っても仕方がありませんが、後から他の方がこのレビューを見た時にどのようなやり取りだったのか判断できないので、レビューを書いた者としては残して頂いた方がありがたかったです。
私は、自分の意見を押しつける気も、相手の反論を捻じ伏せる気もありませんので。

尚、私はこれ以上このレビューを無理に補足するつもりはありませんので、あしからず。
2007年02月21日22時34分36秒
>この人はつくづく恐ろしいライターだな、と思う。
『ゆのはな』『女郎蜘蛛』未プレイの私には唯の萌えゲーライターにしか思えないのですが・・・。

邑那シナリオでも主人公の過去(トラウマ)に言及していません。よって、栖香エンドがバッドエンドとの解釈には無理があると思います。
スーパー超人の美綺には障害を設定出来ないので、健速氏の真似をして主人公側に障害を設けざるを得なかったようしか思えません。それに、一晩泣いただけで解消出来るモノが、今後の2人の障害と言えるほど大それた物なのでしょうか。真似ただけなので、本物の障害には成っていない感じです。

[一般的に、萌えゲーはヒロインに萌えさせてなんぼなので、主人公の過去(トラウマ)を重視しないし描きません。反対にシナリオゲーは主人公の価値観を理解し共感させる為に、主人公の過去(トラウマ)を丁寧に描きます。]


>だからこそ邑那という存在は、5人の物語全てを司る位置づけにいる。
邑那という存在(物語)は健速氏が描いてきた主人公(物語)の対極に位置し、本校編とは全然関連付けられないと思います。
邑那は自分とその王国を守る為に他者を害する人で、健速主人公は自分を害しても他者への思いやりと愛を貫こうとする人です。
2007年02月21日22時54分49秒
kimさん
邑那シナリオは、最後に「全てを受け入れる」という選択を二人がとるので、「救われない事」に意義があります。
あのシナリオは、他のシナリオとは全く別物です。
他のヒロイン達のシナリオでは司のトラウマの描写が執拗に描かれるのに対し、邑那シナリオでは共通ルートでの一回しか描かれていないのはそのためでしょう。

>『ゆのはな』『女郎蜘蛛』未プレイの私には唯の萌えゲーライターにしか思えないのですが・・・。
貴方が丸谷氏をどう思おうと貴方の自由ですが、私にそれを押し付けられても困ります。

>尚、私はこれ以上このレビューを無理に補足するつもりはありませんので、あしからず。
この一文は読んでいただけましたか?
2007年02月21日23時09分42秒
この作品が丸谷氏シナリオ初プレイなので、どうしても良い感想を持てませんでした。
『女郎蜘蛛』等をプレイしないとダメですかね。

ところで、邑那エンドも救われない=別離なのですか?
2007年02月21日23時20分50秒
kimさん
>この作品が丸谷氏シナリオ初プレイなので、どうしても良い感想を持てませんでした。
私も最初に丸谷氏の作品を読んだ時は冗長な文章が少し気になった覚えがあります。

>『女郎蜘蛛』等をプレイしないとダメですかね。
『女郎蜘蛛』と『ゆのはな』は一見全く関係のない作品に見えますが、「丸谷秀人が描いた」という視点から見ると非常に深い関わり合いを持つ作品です。
なので、個人的にはこの2作をお勧めしたいのですが、
『女郎蜘蛛』は古い作品の上、攻略が非常に難しい。
『ゆのはな』は人によっては日常描写が長すぎて面倒臭い。
という欠点を持つため一概にはお答えできませんね。ただやってみる価値はあるかと思います。

>ところで、邑那エンドも救われない=別離なのですか?
前述したように、邑那シナリオは「救われない事」に意義があります。
司が最後に言う「それでも、邑那があの老人のようにならないために、僕はきっと必要なんだと思う」という台詞こそがこの物語の全てなのですよ。

しつこいようですが、
>尚、私はこれ以上このレビューを無理に補足するつもりはありませんので、あしからず。
この一文は読んでいただけましたか?
2007年02月21日23時33分50秒
Ⅹさん、丁寧なご回答ありがとうございました。

なるほど、私が一番知りたかったⅩさんの「読み方」がよく分かりました。
そして
>「栖香は自らは何もしなかったけど、最後に司を好きだと言えたから、それは成長だ」
との一文を読んで、Ⅹさんの返信が司に関することだと私が誤解した理由も分かりました。
私も色々と書きたいことはありますが、それはやめておきますね。

貴重なお時間を割いて返信くださったことに感謝します。
それでは失礼致します。
2007年02月22日00時13分33秒
khamさん
とりあえず、誤解はしっかりと解けたようで何よりです。

私としても、
khamさんに指摘された「栖香シナリオの読み方」

kimさんに指摘された「邑那シナリオにおいて、司が救われない事の意義」
は、しっかりと書いておきべきだと考えていたので、丁度良かったです。
頭の中では考えていても、機会がなく、しっかりと文章に書き著さないことは往々にしてありますので。
ただそれでも、真正面に今からこのレビューに書き加えるほどの体力は私にはありませんので、そういう意味でも今回のやり取りは有益だったと思います。
そもそも、一度は書いて、消していた事なので、どうしても面倒だったというのもありますから。

しっかりと収拾して良かったです。
色々と至らないところもありますので、お手数をかけましたが、これにて失礼したいと思います。
2007年02月22日01時51分27秒
2007年02月22日12時42分55秒
拝見して、まず思ったのが
「読みやすい(^^)」でした。 まとまってるし、改行がうまい。

また、2名のシナリオでの違いと、私も感じてたモヤモヤが理解できました(^^)

私が感じてたこの作品のテーマは「女の子たちを救おう」であり
もちろん、個々の個性に沿った救済法があるんだと思い
分校、本校に大きな差と違和感を感じても、そりゃまぁいいかぁと思ってました

かなり納得(^^) いやはやスッキリさせてもらいました(^^)
2007年07月20日08時18分21秒
レビューのレベルが違う・・・。

自分が『かにぎし』をやり終えて感じた、なんかうまく言葉にできなくてモヤモヤしたものをこのレビューは120パーセント十分に説明してくれました。

Xさんのレビューを読むと、いかに自分が読解力と分析力と表現力が足りないかを痛感させてくれます。

文章下手と謙虚に発言なさってますが、このレベルで謙虚になられては、自分が惨めになってきます。
こういう人が「本物」って言うんだなというのを痛感しました。

この作品で健束氏に関しては色々な人が評価しているものの、丸谷氏に関しては皆軒並み低評価です。自分もXさんと同じで『女郎蜘蛛』からの丸谷ファンなので邑那ルート以外の書き込みの甘さには気付いていましたが、それが意図的なものとはこのレビューを読むまで気付きませんでした。

単純に「劣化」の一言で思考停止していた自分の脳が憎い・・・。

ただ一つ自分からの苦言を言わせて貰うならば、

>正直に言えば、今回の様にライターの過去作品を持ち出して書いていくやり方はできれ>ば今後はしたくないかなぁ、と思っています。

今作品のように作品単体ではライターの意図がつかみにくい作品というものが必ず出てくるはずです。事実、自分もkimさんのように『ゆのはな』『女郎蜘蛛』未体験ならば今作品だけでは丸谷氏を単なる萌えゲーライターとしてしか思えなかったと思います。そして他の丸谷低評価の人と同じく、丸谷氏は健束氏に肩を並べるライターではないと評価を下していたと思います。

でもそれは丸谷氏の正当な評価とはいえません。そういうときに今の自分のような未熟な文章力で丸谷氏の過去の作品をもちだして丸谷氏を擁護しようとしてもそれは、逆に丸谷氏の過去の作品を汚すことにつながりかねません。

Xさんのような読解力、分析力、表現力に優れた方が過去の作品を持ち出すことこそ、その作品と過去作品の正当な評価が出来るものだと思っています。

Xさんには表現に枷をつけずに自由に表現してもらった方がライターにも、他のユーザーにも利益になると思います。

なのでXさんが、この作品には、他の作品のことも書いた方がいいな、と思った時にはできれば書いてもらいたいです。





2007年07月20日22時42分24秒
俺もあの文章を読んで衝撃を受けましたよ。
プロが書いてるかと思うほどの考察と文章力には驚きました。
俺も本校は高評価でしたが分校は低評価でしたが、この文章を読んで評価が変わりました。
2007年10月09日23時03分53秒

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