melo1009さんの「SWAN SONG」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

100SWAN SONG
「ひばりんは、すごいなあ。輝いて見えるよ」
~はじめに~
CARNIVALで好きになった娘は理紗ちゃんではなく泉ちゃんでしたし、
SWAN SONGでも好きになった娘は柚香ちゃんではなく雲雀ちゃんでした。
あ、でも幼少期の最高のピアノ弾いて心臓発作起こして死ぬんだーって言ってた頃の柚香ちゃんは可愛くて好き。
妙子ちゃんもあざとさ丸出しだけど可愛いから許す。
でもひばりんがレイプされて君は無事なのずるくない? 保護されてない? 星野さんは聖人過ぎない?

閑話休題。

SWAN SONGやる前に私は何故かこのゲームに対して間違った先入観を抱いており、
このゲームの悪役担当をクワガタではなく田能村だと思い込んでいたのですね。
だってサバイバル物で糸目でいつもヘラヘラしてる男キャラって凄い信用出来ないじゃないですか。
これ絶対途中で豹変して目見開いてあろえちゃんとかレイプし出す奴だって思うじゃないですか。
クワガタイビってるひばりんはひばりんでCARNIVALでいう詠美みたいなクソアマかな?って思うじゃないですか。
でも途中でクワガタ視点とか入ってこれ複数主人公物なんやってことに気付いて、
クワガタが鉄パイプでボコボコにされるとこは普通にクワガタ死なないで…!って思いながら読んじゃったりして
(改めて読み返すとここで死んどけば良かったのになあって本当思うけど)
そして飛騨さんが倒れクワガタは増長し始め自警団の中で孤立していく2月14日の田能村、
煙草と心をすり減らしながら屋上で黄昏る彼の元へ現れるひばりん、そして差し出されるチョコレート、
マジ泣きする田能村、そして俺。亡くなる飛騨さん、ついに反旗を翻すクワガタ、
田能村死なないでお願いだから死なないでって思いながらマウスをカチカチして田能村無双でガッツポーズをし、
でもこれがきっかけで闇堕ちするんじゃないかなとか不安に思いながらやってくる学校離脱のとき。
だっていかにも闇落ちしそうなモノローグ入ってるんですよ。そんな状態で彼が叫ぶんですよ。「雲雀! 雲雀!」

>いつからだったかわからない。ずっとそう思っていたことだ。
>せめて、伝えるだけでもしておきたかった。思いというのはきっと誰かに伝えるためにあって、
>そしてそれ以外の何の意味も求めないものが一番純粋でキレイなものだと思うからだ。
>願いが叶うことがなくても、きっとこの場面で俺がそう言ったという事実が、
>普通の言葉でも特別な意味を付け加えてくれるだろう。
>いまこれから迎える瞬間を想うと、胸が躍った。きっとこの至福の刹那に全てを捧げるためだけに、
>俺はこの苦しい地獄のような世界を生き抜いてきたんだ。
>そう考えれば、何もかも肯定出来そうな気がするんだ。

ああやめろ、そんないかにも失敗しそうな前置きを入れるんじゃない。自己満足で終わろうとするんじゃない。

>目をつむって、返事を待つ。いまこの瞬間に死ぬことが出来たら、俺はどれだけ幸福だろう?
>多分、答えなんかどうでもいい。思いを告げ、返事を聞くまでのわずかな時間が、黄金の全てなのだと知っている。

まあ実際、田能村はひばりんに拒絶されてもすうっと一息ついてから「そっか。わかった」と言って笑って、
ひばりんの前では最後までカッコつけたまま飄々とした態度で学校を去り、
そして一人になった後で空を見上げて溜息をついてから煙草に手を伸ばすような男でしょう。
彼にはそれだけの強さがあります。けれど、その強さが彼を幸せにしてくれたでしょうか?
彼がそうやって確固たる自分を持っているからこそ、クワガタは彼との間に絶対的な壁を感じてしまい、
相容れない存在として力づくでの排除に動いたのです。でもそんなクワガタでも田能村は殺さなかったんですよ。
タクちゃんは友達だから。なのにクワガタと来たらこいつ本当マジで…これは後で書こう。
とにかく、その強さ故に田能村は学校を去らなくなってはいけなくなってしまった。そんな報われない話はない。
複数視点とはいえこのゲームの主人公はあくまで司君であり、田能村が女関係で良い目を見るなど、
ましてやヒロインの一人とおもしきひばりんとくっつくなんてことがあってはいけないのかもしれない
(2005年当時はここまでキツい風潮なかったかもしれないが)。それでも私は願った。どうでもよくはなかった。
この瞬間こそが黄金であると思っている田能村に、その先にある本当の黄金が与えられることを願ってやまなかった。
で、一人で終わりかけてる田能村とビクビクしながらマウスをクリックした私に向けて、
彼女はさらっと、日常会話の一つでもこなしているかの調子で答えたのだ。



「うん、いいよ」



これが、私がSWAN SONGに100点を付ける理由です。





~その後の展開について~
ここまで読んでいただければご理解頂けたかと思いますが、私はいわゆるキャラ厨と呼ばれる人種でありまして、
気に入ったキャラクターが生まれたらそいつがひたすら良い目見ないと満足できないという
エロゲは文学だとかそういう高尚な思考をお持ちの方々とは決して相いれない存在だという自覚は持っています。
でまあ、この後田能村ああなっちゃうじゃないですか。そっからもうテンションガン萎えじゃないですか。
クワガタに感情移入するって意見ちらほら見受けられるんですけど、いやまあちらほら共感出来る主張もありますよ?
でもお前田能村に見逃されて泣いたじゃない。あの涙は何だったの? お前あの時なんで泣いたの?
友達だから殺したくないって言った田能村の思いに心打たれたから泣いたんじゃないの?
本当に殺そうとした相手から見逃されたみじめさだけで泣いたの? もしかしたら田能村の『武士の情け』ですらも、
お前のコンプレックスを逆撫でして更なる殺意へと変換させるだけの煽りとした受け取れなかったの?

だとしたらやっぱりお前はこの世に生まれてくるべき存在じゃなかったと思うんだよ。

自分がクワガタだったら、もうあそこから田能村は殺せない。
友達だからと自分を見逃してくれた田能村を俺は殺せない。
なのにクワガタは殺した。そのことを笑いながら雲雀に話そうとすらした。
それを狂気の一言で片付けてしまうのは簡単だけれど、
狂気っていうのがその人間の内側に眠っている本質を剥き出しにした姿だというのなら、
狂気にも人それぞれの狂気というのが存在するはずなんですよ。狂ったから何してもいいってことにはなりませんよ。
ひばりんが言ってましたね。クワガタって虫だからピッタリの苗字だって。
酷い台詞だなあと思っていましたけど今ではその通りだと思います。クワガタは人間じゃないです。虫だよ、虫。
ていうか、感想欄でちょこちょこ見かけたんですけど瀬戸口さんの一番嫌いなキャラが田能村で、
その理由が『彼は自分が理解できない相手を諦めるから』っていうのはマジなんでしょうか。
クワガタにはその理由は当て嵌まらないんでしょうか。こいつの場合は諦めるのはなく排除しようとするから?
非干渉よりも積極的に敵対しようと意思表示することの方が好感度高いのか? 大智の会に対するスタンス然り。
この辺が気になってネットで感想を漁ると、もっともらしい意見というのもちらほら出てくる。
たとえば、クワガタに裏切られた時の判断の見極めが早過ぎるという意見。
じゃあアレですか、あの状況で話せばわかる押せば良かったんでしょうか。
終盤の槍で突き刺す押さなかった司君みたいに。それブッブーって鳴って死ぬやつですよね?
世界からピンポンピンポン大爆笑されようが、惨めに足掻く姿を滑稽だと笑われようが、
あの状況では田能村は刀持って立ち向かうしかなかったと思いますが。これは納得がいきません。
そう思っていたところに、こういう意見も見かけました。
田能村は司君が抗っていた『よく分からない何か』との戦いに参加していない。だから嫌いなんだろう、と。
この意見を見た時、私は何故一週目において田能村が死ななければならなかったのか、
そして何故二週目のエンディングに突入するための選択肢が、
司君ではなく田能村に与えられたのかということについて、考えてみることにしたのです。



一週目の田能村は、教会に現れたクワガタ達を倒すのではなく、
雲雀たちが逃げるための時間稼ぎという消極的なスタンスを選んだ結果、無残な最期を遂げることになります。
一方二週目の田能村は、やられる前にやれの精神でクワガタ達に奇襲を仕掛け、
見事クワガタを打ち倒し、捕虜にすることに成功します。
命運を分けたのは、彼に与えられた二つの選択肢。
『もうこの街は駄目だ』どうでしょうこの表現。全身から諦めオーラが漲っていますね。こっち選ぶと一週目END。
瀬戸口廉也は『自分が理解できない相手を諦める』田能村が嫌い。田能村が諦めたもの。この街。
街には電波も届きません。救助も現れません。いつだったか佐々木柚香嬢が言っていたような気がします。
本当は世界なんてもう滅びてしまっていて、残っているのはこの街だけなのだと。それは言い換えれば、
世界という単位自体が街レベルまで縮小されたようなものです。それでも一週目の田能村は逃げようとしました。
世界を見捨てて逃げようとしました。そしたらもう死ぬしかないですよね、みたいな。

『まだこの街で、やることがある』こちらの選択肢を選ぶと、田能村は続けてこう独白します。

>そうだな。もうちょっとここで粘っても良いはずだ。諦めないって大事なことさ。

『諦めない』という言葉が、彼の思考に芽生えたのです。
それをしないから嫌いだと、生みの親に言われているはずの彼が。

『SWAN SONG』の感想欄で多く見かけるのが、二週目エンディングについての見解。
あんなものはとってつけただけのハッピーエンドだ、いやいやヒマワリの種にはこういう意図が隠されているんだ、
一週目こそがトゥルーエンドだ、いやいや二週目こそがトゥルーエンドだ、むしろ二週目はバッドエンドだetcetcetc。

私はとりあえず、二週目がトゥルーというのはないんだろうな、という結論に達しました。
田能村慎は諦めてしまう人間だから、彼が諦めなかった世界が真実ということはないんだろうな、みたいな。
悲しい結論ですけどね。瀬戸口さんの田能村嫌い説が嘘だったらいいなって思うんですが。誰かソース下さい。



~まとめ~
SWAN SONG。醜い声でしか鳴けない白鳥が死に際に奏でる美しい歌声。
街は雪に埋もれ、食料は擦り減り、生活も苦しく、争いは絶えない地獄のような環境で、
そのシーンだけが切り取られたかのように眩い輝きを放っている。



「心から君が好きだ。一緒にここを出よう」



だから、SWAN SONGは田能村ゲー。
司君とか柚香ちゃんとかあろえちゃんとかの話もしようかと思ったけど、もういいや、うん。おしまい。
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